三百五十話 かんな

文字数 1,821文字

「フフ、お客さん、好き者だねえ」


俺が気取ってそう言うと、都はにたりと笑った。今の俺は陰間になりきっている。華やかな髪飾り、艶やかな振袖。美しさを際立たせる化粧をして、都を誘うために上品に微笑んでみせる。


「知ってるでしょ、都。一流の陰間は女を相手にしないんだよ」

「じゃあ僕はどっちに見えるのかな、美代さん」

「どっちだろうねえ」


くすくすと笑い合う。


「あ、んん・・・」

「身請けさせてよ」

「そう? いいね・・・。俺、読み書きできるし」

「教養があるんだね。ならそろばんも弾けるだろう?」

「あはっ・・・。あう・・・」


布団と畳の上に広がる紅い振袖が身体を揺さぶられるたびに揺れて、まるで金魚の鰭みたい。


「きれい」


幼子のような声でそう言うと、都もふふふと笑った。

夢のような一夜を過ごしたあと。

上機嫌な俺とは対照的に、直治はこれ以上ない程に不機嫌だった。


「おー、直治。新しいメイドどうだ?」


淳蔵のいつも通りの問いに、直治は腕を組んでソファーの背凭れに身体を預ける。


「持病持ちだ」

「え? 病気持ちは薬抜くのが面倒だから雇わねえんじゃねえの?」

「仮病」


直治は溜息を吐きながら顔を横に振った。


「『虚偽性障害』っていう精神障害もあるんだが、あいつはそれじゃない。『自分は病人だ』と言って、特別扱いされたくてやってるんだ。あいつなんの病気だと主張してると思う? 統合失調症と解離性同一障害。つまり『多重人格』だよ」


淳蔵が珍しく言葉を失っている。直治は元統合失調症患者だ。それも重度の。都の力で『寛解』ではなく『健常』に治療したが、直治は過去の自分を恥じ、統合失調症の人間に接していると取り乱してしまうことがある。


「新しいメイド、確か、かんな君だっけ」

「そうだ。話しかけてみろ。酷いぞ。別の話しねえか?」


説明したくもないらしい。直治は『レトロゲームと定義していいハードはどこか』という話を始めた。その後、雑談が続き、時間が過ぎて俺は事務室に戻る。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


問題のかんなが来た。青木かんな、二十三歳。


「ハーブティーを持ってきました」

「ああ、ありがとう」


誰かから俺がハーブティーを常飲しているのを聞いたのだろう。皆、情報収集のために敢えて情報を流し新入りに運ばせる。会話する絶好の機会だ。


「かんな君、直治から聞いたよ。統合失調症と解離性同一性障害をオープンにして働いてるんだね」

「あ、はい。主人格は今、怯えて引っ込んでいます」

「主人格?」

「はい。私は京子を守るための第二人格なので・・・。この身体は本来は京子のものなんです。京子は環境の変化に敏感だし、人と関わるのが苦手なので・・・」


なんじゃこいつ。マジか。


「統合失調症なのはどっち?」

「京子です。まあ、私もですけど。幻覚、幻聴、においもします。あと命令もされますね。京子からの命令なのか妄想なのか、区別がつかない時があります・・・」

「そっかあ。俺の知り合いにも統合失調症の患者が居てね。なにか力になれることがあるかもしれないから、遠慮せずになんでも相談してね」


にこりと笑ってみせると、かんなは、


「フォフォフォフォ」


と笑った。毛虫のようなぼさぼさの眉毛、腫れぼったく睨んでいるような目元、小さな団子鼻、長い人中、分厚い唇、歪んだ歯並び。美醜は人の主観に寄るとは都の談。俺の主観ではかんなは全く美しくなかった。寧ろその逆だ。醜い。声もくぐもっていて活舌が悪いので聞き取りづらい。気持ちの悪い笑い方に僅かに鳥肌が立った。


「美代様はお優しいんですね・・・。でも、注意してください。京子はとても凶暴で我儘なので・・・」

「忠告をありがとう」


その日のハーブティーは問題なく飲んだ。問題は翌日のハーブティーだった。ティーカップの中から悪意を感じる。


「悪いけど淹れ直してくれる?」

「えっ・・・」

「変なにおいがするよ」

「そ、そうですか?」


動物的、とまではいかないが、俺達の五感は人間より遥かに優れている。食事になにか混ぜられたらわかる程度には。


「カップも洗ってね」

「・・・わかりました」


嫌なにおい。恐らくかんなの唾液を混入させたのだろう。成程、ジャスミンが選ぶわけだ。


「皆にも忠告しないとな・・・」


プライベート用の携帯を取り出し、かんなの取り扱ったものには注意するように経緯を説明する。『ドカンッ!』と館が爆発するような揺れを感じた。


『ジャァァァァスミィィィィィィンッ!!!!』


都の怒号。


「ざまあみろ馬鹿犬」


独り言ちた。
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