三百六十一話 チュウ

文字数 1,743文字

今日は都と『おうちデート』の日だ。俺がゲームをやっているのを、都が俺の膝を枕にしながら見る。そして二人でお喋りを楽しむ。


「うわっ、木からおじさんの顔が・・・」


スタートボタンを押すと、都の言葉通り、木からなんともシュールなおじさんの顔が出てくる。学生服を着た主人公が木に近付くと、おじさんが喋り始めた。俺は主人公の名前を『なおじ』に、学生服を着て頭に大きなリボンを着けたヒロインの名前を『みやこ』にした。


「あっ、『なおじ』と『みやこ』が『チュウ』してる」


都がくすくすと笑った。


「独特な雰囲気のゲームね・・・」

「『ラブデリック系』っていうんだ」

「今度他のもやってよ」

「気が早いな。もう次のデートの約束か?」

「駄目?」

「駄目なわけないだろ」

「えへへ・・・」


ゲームを進める。


「あ、『みやこ』だ。『この町では三角ボタンで誰にでもチュウできるんだよ』・・・」

「無法地帯だな」


ゲームを進める。


「どことなく昭和のノスタルジックな感じがするね」

「癒されるだろ」

「うん」


ゲームを進める。


「『みやこ』と『チュウ』するために色んな人と『チュウ』して経験を積んでこころを鍛えるゲームってこと?」

「そうそう」

「そっかあ。『なおじ』はそんなに『みやこ』とチュウがしたいのかあ」

「したいな。物凄く」

「フフッ・・・」


ゲームを進める。


「クリアまでどれくらいかかるの?」

「今日は無理だな。二日か三日くらい?」


ゲームを進める。


「えっ!? 全裸で町を歩くの!?」

「このあと煙草も吸うぞ。窃盗もする」

「『チュウ』するためにそこまで・・・」


夕食後から、かなり夜更かしをしてゲームを楽しんだ。都が先に風呂に入り歯磨きを済ませ、寝る準備を整える。そのあと、俺も風呂に入って歯磨きをして、寝巻に着替えた。二人でベッドに横になる。化粧水で少ししっとりした都の頬を触るのが堪らなく気持ち良い。


「おやすみ、直治」

「おやすみ、都」


その夜、夢を見た。

遠い記憶。中学生の時の俺だ。

脂ぎり、醜く太っている。

視線の先には、大きなリボン。

教室は騒がしい。


『おーい、朝礼始めるぞー』


教師が入ってくると、教室が静かになる。


『きりーつ、れーい、ちゃくせきー』


揺れるリボン。


『出欠取るぞー。青山』

『はーい』

『榎木』

『はーい』

『一条』

「はい」


都の声だ。


『石田』


俺は都を見ていたせいで、反応が遅れる。


『はい』


教師が出欠確認を続ける。俺はずっと都を見つめていた。授業中も、休み時間も。都は真面目に勉強をして、休憩時間は本を読んでいるようだった。時間が過ぎて、昼休みになる。教室のドアは開け放たれて、クラスに関係なく友人達でグループを作り、お喋りを楽しみながら弁当を広げ始める。


「ごめん、待った?」


俺は笑ってしまった。教室に入ってきたのは、学生服を着た淳蔵、美代、千代、桜子だった。


「おい直治、なに都を一人にしてんだよ」


淳蔵はそう言って、俺を見る。都が振り向いた。さらさらで艶があるのにどうしても少し外側に跳ねてしまう髪。その髪を飾る大きなリボン。


「悪い。ちょっとぼーっとしてた」


俺は都に歩み寄る。ふわりと微笑む都は、可愛い。桜子が家庭科部に入っているので昼休みに調理室で食事をすることが許されているらしい。そこに行っていつも食事をしているようだ。俺はそっと振り返り、俺を見た。『石田』は自分の席から一歩も動かず、一人黙々と弁当を食べている。

そこで目が覚めた。

俺と都は向かい合って寝ていた。

下らない夢を見てしまった。直前の記憶が僅かに反映されていたからこんな夢になったのだろうか。淳蔵も美代も、もう『一条淳蔵』と『一条美代』なのに、俺は未だに『石田直治』を引き摺っているらしい。都は気持ち良さそうに寝ている。俺は酷く優しい気持ちになって、そして泣きたくなった。目を閉じる。都の寝息に誘われて、俺はちゃんと眠り直すことができた。


「おはよう、直治」

「おはよう、都」


朝の準備を済ませて、都が俺の部屋を出る。『おうちデート』の終わりだ。


「ねえ、直治」

「うん?」


部屋の外まで見送る、なんておかしな言い方だが、俺はいつもそうしている。都はにやりと笑うと、


「この町では三角ボタンで誰にでもチュウできるんだよ」


と言った。


「・・・フフ、そっか」


都とチュウをする。今日も『一条直治』は幸せだ。
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