三百七十九話 限度があるよ

文字数 2,135文字

「えっ!? ランドセルをですか!?」

「ランドセル『も』ね。あとは勉強机とベッドも。ひろ君が『自分の部屋が欲しい』と言い出したら、紫苑さんの隣の部屋を与えようと思うの。どう?」

「そそ、そんなぁ・・・。ありがとうございます!!」


都がにっこりと笑った。紫苑とひろと相談し、ひろが小学校に進学後も二人は一条家で暮らすことになった。


「昔はランドセルは男の子は黒、女の子は赤だったけど、今ってどうなのかしら?」

「ベージュやブラウン、スカイブルーやピンク、ミントグリーンと幅広いみたいです」

「洒落てるわねえ、最近の若い子は・・・」

「男の子でもピンクを選んだり、女の子でも黒を選んだりするみたいです。多様性の時代ですからね、今は」

「あっ、そうだ。色鉛筆には大分慣れたから、そろそろ絵の具に挑戦させてみない?」

「絵の具、ですか。でも談話室を汚しそうですし・・・」

「談話室でのお絵描きは慣れたらにしたらいいわ。それに汚れたって家具やカーペットは買い替えるし。それよりもひろ君がお絵描きでどこまで才能を伸ばすか、努力するか、見てみたいのよ」


こういう時は金を惜しまないのが都だ。


「漢字ドリルの覚えも物凄く早くて、本人に理由を聞いてみたら『こういう絵だと思ったら覚えられる』って言っていたでしょう? もう三年生までの漢字は殆ど覚えているし、試しに本を読ませてみたらスラスラ読み解いていたわ。『本を読んで頭の中に浮かんだ光景を絵にしてみて』とアドバイスしてからは読解力もぐんぐん上がっているし・・・」

「うーん、でも算数は苦手なんですよね、物凄く。ひろはやっぱりなにかあるんじゃあ・・・」

「もし仮にそうだったとしても、紫苑さんとひろ君が一条家で伸び伸びと暮らせるように支援させてもらうつもりよ。ひろ君のことは母親である紫苑さんが一番理解しているでしょうから、病院や施設に行って相談してみるのなら、私は止めたりなんかしないわ。紫苑さんがひろ君のことを考えてのことですもの。だから焦らずに、ゆっくりね、紫苑さん」

「はい。ありがとうございます、都様。小学校に入学する前に、念のため、一度調べることにします」

「わかったわ。では紫苑さん、お仕事に戻ってください」

「はい。失礼します」

「ありがとうね」


紫苑が談話室を出ていった。


「ふうー・・・」


都が溜息を吐く。


「美代ぉ」

「なあに?」

「なんか最近、疲れが溜まっちゃって・・・。甘いもの、なにか、なにか作って・・・」

「うーん、シェイクはどう?」

「お願いするわ・・・」


都がふらふらと談話室を出ていく。


「気を抜けねえよなァ。小梢が居るし・・・」


淳蔵の言葉通り、すっかり大人しくなったものの、都に反抗的、いや敵対的な態度を取っていた小梢はまだ一条家で働いているのだ。家の中でも気が抜けないのだろう。都にも責任は大いにあるが、疲れている姿を見るとやっぱり可哀想だと感じてしまう。


「仕方ない。『アレ』を解禁するか・・・」

「おいお前、まさか・・・!」


直治が顔を真っ青にする。


「なんだ『アレ』って」

「淳蔵は知らないよな、うん。知らないよな。千代君と桜子君は都におねだりされたら作っちゃうだろうから秘密にしている疲労回復ドリンクがあるんだよ。この秘密は俺と直治しか知らないんだが、兄貴も兄弟である以上、知っておくべきだよな・・・」

「えっ・・・。そんな凄いの・・・?」

「作り方を見せてやる。着いて来い」


俺達はキッチンへ向かった。


「これで作る」

「ブレンダー? 直治がスムージー作るのに作る・・・」

「そうだ。今から世にも恐ろしい光景を目にすることになる。悲鳴を上げるなよ・・・」


俺は冷蔵庫を開けると、未開封の生クリームのパックを一つ取り出した。そしてそれをブレンダーの専用の容器の中に丸々一つ注いだ。


「うわお・・・」


次に砂糖。大さじ三杯。


「ええ、めっちゃ甘そう・・・」


最後に冷凍庫からブルーベリーを取り出し、ドバドバと入れる。


「まさか、これ・・・」


ブレンダーで細かく撹拌し、スムージーが出来上がった。


「これで完成だ」

「『これで完成だ』っていやこれ、ほぼ生クリーム・・・」

「試飲、いや試食してみろ」


直治が小さなスプーンを取り出した。そしてスプーンで少し掬い、淳蔵に手渡す。淳蔵は全く気乗りしない様子で口に運んだ。


「うッわあ・・・。濃いとかそういう話じゃねえぞこれ・・・」

「秘密のレシピだ。誰にも言うなよ」

「こんなモン誰にも教えられねえよ!」

「兎に角、都にも秘密のレシピなんだ。これだけは『作って』って可愛くおねだりされても絶対に作らない。都に言わせれば『盆と正月が一緒に来たような飲みもの』なんだ。お前が部屋に運んでこい。そしてレシピの謎は守り通せ。できるな?」

「きゅ、急にとんでもない試練が・・・。わかりました・・・」


淳蔵はドリンクを受け取り、都の部屋に向かった。

一時間後。

事務室で仕事をしていると、淳蔵からメッセージが来た。


『ほんとに『盆と正月が一緒に来た!』って言ってた』


直治が呆れているスタンプを送る。


『レシピの謎は守り通せたか』

『負けませんでした』

『偉い』

『甘いもの好きにも限度があるだろ・・・』

『確かに』


甘いものが好きな淳蔵にこんなことを言われてしまうなんて、と、俺は少し笑った。
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