四百五話 右目に溜まる

文字数 1,765文字

新しいメイド、米田小夜がやってきて二週間目。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


初めて、お茶を持ってきた。


「美代様、お茶を持ってきました」

「ありがとう」


言葉遣いが少々怪しいが、十九歳なので仕方がない。いや、ちゃんとできる女はできるのだが、ここに『肉』として来るような女は常識がなってないのばかりなので、やっぱり仕方がない。


「あのう、美代様」

「なんだい?」

「千代さんから聞いたんですけど、この館って『出る』んですよね・・・?」


きたきた。


「ああ、『出る』らしいね。俺は全然信じてないけど」

「えっ!? 夢を商品として提供するホテルの人なのに、信じてないんですか??」

「あはは。商品として提供してるわけじゃなくて、お客様の間でそういう噂が独り歩きしているだけだよ」

「はあ・・・?」

「で、なんだい? もしかして『視た』とか?」

「そうです! 視たんですよ! ここだけの秘密なんですけど、私、霊感があるんです。向こうがそれに気付いたんですね。最近、私と遊んでほしそうにしているのを視るんですよ・・・」

「へえー。どんな姿形をしているの?」

「おかっぱ頭の小さな男の子です」


俺は危うく笑いそうになった。


「おかっぱ頭の、小さな、男の子かあ・・・」

「あの子は多分、山の神様ですね」

「ねえ、その話、昼過ぎに談話室で淳蔵と直治にも聞かせてあげてくれないかな?」

「はい! わかりました!」


小夜は嬉しそうに笑った。


「・・・というわけで、もう少ししたら小夜君が来るよ」

「おかっぱ頭の小さな男の子、山の神様、ねえ?」


淳蔵が呆れる。いつもより早い時間に直治が小夜を連れて談話室にやってきた。


「おー、来た来た」

「淳蔵様、美代様、失礼します」

「どうぞ」


小夜は一番奥の席に座る。


「それで? おかっぱ頭の小さな男の子が視えるんだって?」

「はい! ひろ君と同じくらいの年頃ですね。神聖な力を感じますが、邪悪な力も感じます。山の神様ですが、あまり良い神様ではないようです」

「へえー・・・」

「どこかからジャスミンのおもちゃを持ってきて、私と遊んでほしそうな顔をして、じいーっと見つめてくるんです。気付いてくれたのが嬉しいんですね、きっと」

「俺はそういう話信じないから新鮮だわ」

「俺も信じないねー」

「俺も信じない」


小夜は瞳をきらきらと輝かせる。


「霊感は体質のようなもので、産まれ持ってくる人もいれば、なにかがきっかけで目覚めたり逆に失ったりする人も居ます。美代様はもう少しで目覚めそうな感じがしますよ!」

「そうなの?」

「はい! 右目が怪しい感じがします! 右目でなにか視えるようになるかもしれません!」


驚いてしまった。

そしてそれを淳蔵と直治に気付かれてしまった。


「小夜君は今までどんな体験をしてきたの? いくつか聞かせてほしいな」

「はい! 私が霊感を持っているのに気が付いたのは小学三年生の時で、物心ついた頃にはもう視えていたんですけどー・・・」


どうでもいい話のあと。


「小夜、淳蔵に仕事の話があるから先に仕事に戻ってくれ」

「はい! それでは皆様、失礼します」


直治が小夜を談話室から追い払う。


「質問タイムだ。美代、お前の右目、なにかあるのか?」


淳蔵が早速聞いてきた。


「なにかあるのかもね。俺も知らない」

「『俺も知らない』って、なんだよ。驚いてたのに・・・」

「なにかあるのは確かだよ。でも都が教えてくれないんだ」


ぴた、と淳蔵と直治が固まる。

夢を見させられているのだろうか。

俺が大学を卒業して秘書として働き始めた頃。


『美代』

『なあに?』

『・・・やっぱり、美代が一番『溜まりが早い』な』


独り言を言うように、都が俺の右目を見て言う。


『溜まり・・・?』

『秘密よ。誰にも言わないでね。それから、今まで通り、右目はあまり他人に見せないでね』

『うん』

『良い子ね。ご褒美をあげる』


俺の髪を掬い上げ、都が右の目蓋にそっと、キスを落とす。あの時、何故か、ジャスミンに感情を吸い上げられた時と同じ感覚がした。


「・・・なんだ、『溜まりが早い』って」


直治が不機嫌に言う。やはりジャスミンに夢を見させられていたらしい。


「俺が知りたいよ。それより、小夜君は本当に霊感があるのかな?」

「馬鹿美代。当てずっぽうが当たっただけだろ」


淳蔵も不機嫌になっている。


「・・・当てずっぽう、か。悲しいことじゃないといいね」


俺は苦笑した。
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