四百十八話 振り回されて

文字数 1,690文字

かちゃ、と勝手に鍵が開き、ぱたん、と勝手にドアが開いた。


「なんだよ」


ジャスミンは大きな雨傘を咥えている。きゅんきゅん、鼻を鳴らす。粋な計らいのつもりなのか、こいつは時々こういうことをする。


「はいはいわかったわかった。寄越せ」


俺は傘を受け取った。ジャスミンはニパッと笑って去っていく。事務室を出て鍵をかけ、玄関のドアを開ける。ひさしの下、都が壁に背を預けて雨を見つめていた。


「都」

「やっほー、美代。どこか出掛けるの?」

「うん。デートに」


都はきょとんとしたあと、はにかんだ。相合傘なんて初めてだ。緊張する。ジャスミンは粋なヤツだ。大きい傘が有難い。


「気分転換に雨のにおいを嗅いでいたの」

「都は詩人だね」

「そ、そうかな・・・」

「なにか、あったの?」

「ううん。ちょっと最近疲れやすいだけ。年かねえ」

「十五歳の女の子がなに言ってんだか。おじさんなんて三十路なんだよ?」

「あはっ、私と美代、十五歳差なんだね」

「そうだよ、可愛いお嬢さん」

「素敵なおじさまね」


都は『外』に出られない。だから、


「相合傘は初めて?」


のはずだ。


「うん。初めて」


こころの中で勝利の拳を握る。


「俺も初めて」

「フフッ、中々良いね」

「濡れてない?」

「うん。大丈夫」


ゆっくりと庭を歩き、館に戻る。都を部屋まで送ってから談話室に向かった。


「おう弟よ。一番遅いとは珍しい」

「パソコン持ってないのも珍しいな」


俺は腰に手を当ててにやりと笑ってみせる。


「なにムカつく顔してんだよ」

「相合傘デートをしてきたもので」

「は?」


直治が間髪入れず喰い付く。


「色々話してて今更気付いたんだけどさ、俺と都、十五歳差なんだよね」


ソファーに座りながら言うと、淳蔵が『成程』と言った顔で腕を組んだ。


「俺とは十一歳差かあ・・・」

「おじさん三人で十五歳の女の子に振り回されてるんだよ俺達。泣けてくるねえ」

「なにが『泣けてくるねえ』だ。にやにやしやがって」

「十五歳・・・十五歳・・・」


淳蔵はなにやら『十五歳』に引っ掛かっている。


「どうした兄貴」

「昔は女性は十六歳から結婚できたから、ギリギリ犯罪かなって」

「犯罪にギリギリはないだろ」

「あ、まあ、確かに・・・」

「元『半グレ』の考えをここで出すなここで」

「すみません・・・」


珍しく恥ずかしそうにしている。


「我ながら恥ずかしい・・・。『上知と下愚は移らず』ってヤツだな・・・」


これまた珍しく自虐までしている。


「俺達は産まれが最悪だっただけで愚かではないよ」


直治が苦い顔をした。俺は失言に気付く。


「美代、そんな顔するな」

「ごめん、その、」

「いや、俺は・・・」


直治は俺の言葉を遮るように言い、少し俯いて考えるような仕草をしたあと、顔を上げて続けた。


「兎に角、そんな顔するな。美代の発言を不愉快に思ったわけじゃない」

「うん・・・」

「淳蔵も自虐するな。本当の下愚は俺だ」

「お前こそ自虐すんなっつーの」

「この話はこれで終わりだ。いいだろ?」

「おう」

「うん」


俺はなんとか新しい話題を探す。


「そういえば、美代の読み、外れたぞ」


こういう時は話術が巧みな淳蔵の存在が有難い。


「外れた?」

「小夜は倉橋のこころを掻き乱すためじゃなくて、都のこころを掻き乱すために雇ったんだよ。ほら、こないだ顔色悪かっただろ? アレ、昔の夢を見ちまったみたいでな」


淳蔵が声を僅かに落とす。


「銃の使い方を覚えるために、初めて生きものを撃った時の夢を見たんだよ」

「成程。確か、野兎を・・・」

「そうだ。ジャスミンが見せたんだろうよ。都にはそれとわからない方法でな。全く自分勝手な女だよ。罪人を甚振るのはなんとも思ってないのにな」

「ああ、それは確かに。寧ろ楽しんでるよね」

「そこがいいんじゃねえか」


直治が唇を歪めて笑う。


「美代が『都様親衛隊隊長』なら直治は『一条都教の教祖』だな」

「『みやキチ』がそれ言う?」

「美代は口が悪過ぎるが意見には全面的に同意する」

「『みやキチ』って、おい、もうちょっとこう、なんかないのか・・・?」


千代と桜子も、紫苑もひろも、小夜も、倉橋でさえも、一条都という存在に振り回されている。腹立たしい時も傷付く時もあるが、それでも俺は都が愛おしい。
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