四百二話 胸

文字数 2,089文字

やばい。今日も失敗しそうだ。


「うーっ、可愛い、都・・・」


明日は二人とも仕事をしないと決めて、ゆっくり眠ろうと二人で同じベッドで眠る。俺が抱きしめている都は既に夢の中。月光を反射する都の肌は磨かれたように綺麗だ。羨ましいくらい長い睫毛に、ふわふわの唇。形の良い手は俺の心臓の音を聞くように胸に添えられている。もっと強い力で抱きしめて、肺がいっぱいになるくらい甘いにおいを嗅いで、キスしまくって、虐められたいし、虐めたい。見つめ合って、お喋りを楽しんで、同じベッドで眠りたい。アホか俺は。同じベッドで寝てるんだっつうの。えっちなことするか、一人で処理しておけばよかった。俺は都と一緒に居ると知能が猿になる。えっちなことしか考えられない情けない男だ。


「ううっ・・・。世界一可愛いよ・・・。愛してるよお・・・」


同衾には成功したのか、してないのか。いつもより睡眠時間は短いが気持ち良く起きることができた。寝起きの都は隙だらけだ。起きて一番最初にすることがジャスミンのごはんだなんて、あの野郎、悔しいが愛されていやがる。キッチンから戻ってきた都はまだ眠そうな顔をしていた。


「おかえり」

「ただいまあ」


二人で歯磨きを済ませたあと、俺は体重計に乗る。変化なし。


「私も計ろうっと」


と言って、都が体重計に乗り、数値を見てすぐに降りた。そして顔を両手で覆った。


「どっどど、ど、どうしよう・・・」

「・・・増えてた?」

「ろ、ろくじゅう、ろっきろ・・・」

「あららら」

「『あららら』じゃないよぉ! 美代が美味しいもの食べさせるからでしょ!」

「ええー? 俺のせいなの?」

「そう! 美代のせい! もおー!」

「変なダイエットしちゃ駄目だからね?」

「ううー・・・。はい・・・」

「あ、そうだ。ひろもそろそろ二年生になるし、ラジオ体操はバッチリ覚えてるだろうから、朝の食前にやる? 都がやるなら俺もやるよ」

「おっ、名案! ひろ君がやるって言ったらやろうか」

「やろう」

「やろう」


そういうことになった。ひろに提案すると、


「いいねー! やるやる! 今日からやろうよ!」


と承諾してくれた。千代に頼んで裏庭の物置小屋からラジカセを探してもらい、玄関ホールでやることにした。


「お前らもやるのかよ」


淳蔵と直治、千代と桜子、倉橋と紫苑に真理愛まで居る。


「ラジオ体操したら絶対揺れるだろ、なにがとは言わんけど」


淳蔵が小声で俺と直治に言うので、一発殴ろうかどうかちょっと考えて、やめた。


「音楽かけますよォ!!」


千代は隙間時間にできるラジオ体操が好きだそうで、やる気に満ち溢れている。日本国民なら誰もが聞いたことがある音楽と、身体に染みついた動き。自称『ラジオ体操のプロ』の千代がお手本ということで皆の前に立つ。俺はちらりと横目で都を見た。

揺れてる。

めっちゃ揺れてる。

ゆさゆさ、じゃなくて。

どたぷんっ、って感じで。

良いもの見た。

いや今日から毎日見られる。

幸せか。


「お疲れ様でした」


千代が一礼して言う。


「お疲れ様でした!」


ひろが元気いっぱいに言った。

問題が起こったのは翌日。

ラジオ体操をしたあと、真理愛が都に近付き、


「都様、ちょっとじっとしてもらっていいですか?」


と言った。


「ええ、いいわよ」


都はにこりと笑ってその場でただ立つ。真理愛が取り出したのはペンライト。ボタンをカチカチと押して色がかわるのを確認している。真理愛はそれを、都の胸に突き刺すように横から押し当てた。


「あれ? 光らない・・・」

「真理愛さん、なにをしているの?」


真理愛を引き剥がそうとした直治を、都が手で制す。


「私、都様は豊胸だと思ったんですけど、これ本物なんですね」

「答えになってないわよ。なにをしてるの」

「豊胸した胸にライトを押し当てると光るらしいですよ?」

「・・・そう。直治」


直治は物凄い勢いで真理愛を都から引き剥がした。


「無礼なことをするな」


ひろが居る手前、それ以上キツいことは言えない。


「さ、朝ご飯食べましょう。動いたらいつもよりお腹すいちゃったなー」


都が食堂に向かって歩いていく。小学一年生のひろに空気を読ませる真理愛は最悪だ。そのあと、都は『どうせもうすぐ喰うんだから』と咎めることはしなかったが、直治はしっかりと真理愛を叱ったらしい。真理愛はただただ泣いて『ごめんなさい』を繰り返したそうだ。今までそれで乗り切ってきたのだろう。

その日の夜。皆で集まって酒を飲む。


「あんたその乳、自前なの?」


と倉橋が言う。都は何故か情けない顔をした。


「無駄に大きいでしょ。Jカップもあるのよ」

「デッケー! 胸囲1mある?」

「あるわよ。102cm」

「重いだろそれ。視界も遮られるし」

「そうねえ、」


倉橋が持っていた箸を都の胸に向かって振り下ろす、が、都が倉橋の手首をそれよりも早く掴んで留めた。


「首は絞めやすいんじゃないかしら? 胸が邪魔で腕がつっかえて防御しづらいし」

「クソッ、隙のねえばばあだな」

「そうでもない」

「そうかよ」

「それにしても本当かしら? 豊胸したら光るって」

「さあ? なんにせよガキ共の夢が壊れなくてよかったな」

「ほんとにね」


都はくすくす笑う。倉橋もけらけら笑った。
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