四百八話 冷水

文字数 2,090文字

小夜が面白いことをし始めた。


「美代様、お茶を持ってきました」

「ありがとう」

「あっ・・・。ちょっと、じっとしていてくださいね」


俺の肩をぱんぱんと払い除ける。気安く触ってんじゃねえよ。


「ゴミでも付いてた?」

「まあ、そんなところです」


意味有り気に言う。


「では、失礼します」

「お仕事頑張ってね」


別の日はジャスミンの玩具を片手に廊下でくるくると回っていた。


「こらっ! やめなさい! もうっ!」

「小夜君、なにをしているの?」

「あっ・・・。いえ、なんでもありません。美代様が来たから逃げちゃいました。えへへ」


また別の日は、


「なんだろう・・・。ここ、なんだか凄く嫌な感じがする・・・。頭が痛い・・・」


と客室の四号室の前で蹲っていた。


「大丈夫? 頭痛薬持ってるけど飲むかい?」

「あっ、美代様! いえ、大丈夫です! 少し集中すればすぐに治るので。はあ、ふう、失礼しますね!」


にっこり笑って去っていく。談話室で小夜の一人芝居について話すと、淳蔵は失笑し、直治は項垂れた。


「見てて痛々しいよなァ」

「『共感性羞恥心』がゴリゴリ刺激されて鳥肌ヤバいよ」

「頭が痛いのは俺だよ・・・」


廊下を倉橋と桜子が通りかかる。


「おっ、丁度良いところに。美月」

「はい」


淳蔵はいつからか倉橋を『美月』と呼ぶようになった。都もそのことを咎めていない。桜子はお辞儀をして去っていく。


「お前、新しいメイド、どう思う?」

「小夜さんですか? 一生懸命働いていますよ」

「『本物』のお前から見てどう思う?」


倉橋はにっこりと笑った。


「直感、と言えばよいのでしょうか。鋭いとは思いますよ。正しく使えば天気予報は不要になりますし、交通事故もある程度は回避できるでしょう。世渡りも上手くできるでしょう。正しく使えばの話です。都様に気に入られた時点で無駄になりましたね」

「ほおー・・・。なんで誤った使い方をしてるんだろうな?」

「千代さんが面白い分析をしていましたよ。彼女は他人に誇れるものが一つも無いから嘘を吐くのです。自分はお金持ちの家の子だ、自分は可愛いんだ、自分には霊能力があるんだ、と、この三つのどれかの嘘を吐く。クラスメイトに一人は居るそうですね。嘘でも吐かないと他人の興味を引けない可哀想な子、だそうですよ」

「あいつなかなか容赦ねえなァ・・・」

「私はこれで失礼します。ああ、そうそう、彼女は美代様に夢中ですよ。お気を付け下さいませ。では・・・」


倉橋は去っていった。


「俺かー。めんどくさ・・・」

「若い女にモテて良かったな」

「で? 直治。あいつがここに来た理由、俺はまだ知らねえんだけど、なにして来たんだ?」


直治は苦い顔をした。


「倉橋、いや、千代の言う通り、霊能力で周囲の気を引こうとした。勘の鋭さで何度か当たって人気者になる。それで調子に乗って徐々に嫌われていく。孤独が助長させたのかはわからねえが『死は尊いものだ』と考えるようになり、死に強く結びつく心霊やグロテスクなものを好むようになる。完全に嫌われて孤立してからも周囲の気を引こうとして『貴方あと何年で死ぬわよ』と寿命や死に方を予言してみせたり、グロテスクなものが苦手なヤツにそういう画像や動画を見せて泣かせたりな」

「馬鹿だなァ」

「虐めると呪われそうって理由で腫れもの扱いだ。で、受験を控えた中学三年の夏。スクールカースト上位の女学生に『数学の教師に暴行された』と打ち明けられる。横暴な教師だったからやりかねないと小夜は信じて、教師を呪殺することを二人で決め、野良猫だの野生の小動物だのを捕まえて生贄にしたんだよ。小夜にもその女学生にも誰かを呪殺する能力もなければ方法もない。なにが気に食わなかったのかは知らねえが女学生は小夜を親の仇のように嫌っていて、高校受験を失敗させるために動物の虐殺現場を盗撮していたんだ。人を呪わば穴二つ、ってか? 女学生も小夜も問題行為がバレて、誰も知らない土地に引っ越してやり直すことになったんだが・・・」


直治が息を吸う。


「小夜は更生しなかった。動物を虐待、虐殺する写真や動画をネットにアップロードするのが秘密の趣味になった。小夜はこう思った。『こんなに殺しているのに呪われないってことは、心霊なんてこの世に存在しないんだ』ってな」

「なんだあいつ、信じてないのかよ」

「そうだ。信じてないから強気な態度に出てあんなことしてるんだよ。高校では『神秘研究会』という名の非公認の部活で学生生活を楽しんだ。秘密の趣味も続けてな。ジャスミンの野郎、危ないんじゃないか? どうなっても知らないぞ、俺は。だって都が小夜を雇うと言ったんだからな」

「なんでまたそんな面倒なのを・・・」

「倉橋のこころを掻き乱すためでしょ」


多分、正解だろう。淳蔵と直治が沈黙する。


「気分が悪くなっちまった。部屋に戻るぜ」

「俺も戻るよ。また」

「おう。またな」


事務室で一人、考える。やっぱり淳蔵は動物が好きだし、直治は『肉』と定めるまでは優しい。人間も動物だから淳蔵は小夜に優しくするし、まだ『肉』じゃないから直治も小夜に優しくする。

人間じゃなくなった時。

『肉』になった時。

二人は、冷水よりも冷たい。
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