三百五十六話 まっかっか

文字数 1,754文字

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


幸恵がハーブティーを持ってきた。


「いつもありがとうね」

「いえ・・・」

「幸恵君、どうしたの? 元気が無いみたいだけど、俺でよければ相談に乗ろうか?」

「ありがとうございます。実は、推しが不祥事を起こしてしまいまして、今、ネットで炎上してるんです・・・」

「おやまあ」

「どうするべき、なんでしょうね。『アンチ』に噛み付かれたら・・・」

「うーん、時間経過で鎮火するのを待つか、本人が火消ししない限りはなんともねえ」

「時間経過か、本人が火消し、ですか・・・」

「そうだね。『人の噂も七十五日』って言うけどさ、有名人ならそうもいかないよ。不祥事を起こしたのなら本人が謝罪するしかないよね。謝罪の形も色々あるけど」

「謝罪の形、というと?」

「犯罪を起こしたのなら認めて素直に罪を償うしかないよね。モラルとかマナーの問題なら、謝罪もそうだけど、『自粛』って意味で活動休止とか、程度に寄れば引退とか・・・」

「そんな・・・」

「推しが企業となにかしらの契約をしてるとまずいかもね。ドラマとかCMとかやってると、降板されて違約金とかもあるかも」

「そう、ですね・・・」

「あ、そうだ。『アンチ』についてだけど、度が過ぎた誹謗中傷の場合は『開示請求します』って宣言したほうがいいかもね」


幸恵は、はっ、とした。


「『火のない所に煙は立たぬ』って言うけど、『アンチ』はわざわざなにもないところに火をつけて燃やしたりもするでしょ。誹謗中傷だけじゃなくて、事実無根の噂を流したり、脅迫したり、『なりすまし』をしたり。こういうのは証拠を集めれば『開示請求』できるし、今の時代じゃあんまりにも多過ぎて、弁護士事務所がパンクしてるなんて話もあるし」


『アンチ』とは、対象に悪意を持ち、反対意見を押し付けたり、嫌がらせをする人間のことだ。『開示請求』は個人情報取扱事業者に対して、その情報の開示を請求する手続きのこと。ネット上での悪質な嫌がらせや犯罪行為に対して行う。

幸恵の騙りは、『なりすまし』は、犯罪だ。

『会社』が訴えようと思えば、開示請求後、会社に損害を齎したと判断し、損害賠償を請求することも可能だろう。俺の説明で幸恵がそのことに気付いたのか、顔を青くしている。遅いっつうの。もしお客様から電話が一本でも入っていればすぐにでも『ショー』が開催されたのに。


「そ、そうですよね! 不祥事を起こしたとはいえ、嫌がらせが悪質なら訴えられても仕方がないです。大丈夫です! 私の推しは賢いので! 私は前向きに、応援し続けます!」

「うん。推し活、お互い頑張ろう。ああ、そうだ。お喋りしてると直治にバレたら、俺のせいにしていいからね」

「いえいえ、ちゃんとお叱りを受けますから! それでは美代様、失礼します!」


その日の夜の幸恵のブログは、面白かった。


『タイトル:重要なお知らせ。

 こんにちは。メイド長のCです。

皆様に重要なお知らせがあります。明日、このブログとSNSを削除します。理由は、過激な誹謗中傷が相次いでいるからです。このままではI家に迷惑がかかってしまうと考えたため、Cちゃんとしてのネットでの活動を引退します。応援してくださった皆様、心配してくださった皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。これからも私はI家でお仕事を頑張っていきます。応援してくださった皆様、心配してくださった皆様、ありがとうございました!』


翌日の直治は上機嫌だった。


「『ショー』の日程が決まったなァ」

「明後日だね」

「桜子も楽しみにしてるぞ」


淳蔵がくつくつと喉を鳴らした。


「お、ひろが来たな」


とてとて、足音と共にひろが現れる。


「あっちゃん! みーくん! なおさん! あそんでー!」

「おー、ひろ。今日はなに描くんだ?」

「あっちゃんかいていい?」

「えっ、俺?」

「うん! あっちゃん『おうじさま』なんでしょ? まんとつけたげる! なにいろがいい?」

「あー・・・。紫で」

「むらさきのまんと! かくねー」


淳蔵が顔を真っ赤にしている。


『一体だぁれの王子様なんでしょうねえ?』


ひろにはわからない声で言う。


『なに真っ赤になってんだよ兄さん、さらっと流せよ』

『ほんとだよ。二歳児の言葉に発情してんじゃねえよ』


淳蔵は情けない顔を隠すためか、片手で顔を覆って俯き、こくりと頷いた。
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