六十八 選択肢、宣託死

文字数 7,745文字

4.95-tune


 **王思玲**

「折坂が戻ってこない。消滅したか?」
 両手の魔道具を森の奥へとかまえながら命じる。「雅見てこい」

「これ以上バラバラにならないでくれ」
 ハラペコである黒猫が悲鳴のような声をあげる。
「ドロシー様ご無事で何よりです。まだ私めを正式に認められておりませんが、ぜひともあなた様の式神に」

「折坂を消すなんて、王姐の螺旋では無理だ」
 ドロシーは聞いていない。私の隣に来る。ペガサスが付き従う。……瀕死だったが、やはり不死身か。足取りに問題なし。気力は残っているか。
「ハーブと空から攻撃したら、藤川に狙い撃ちされた。やっぱり二方面作戦は厳しかった。だけどここから挽回だ」

 たいした十八歳だ。その頃の私より間違いなくタフだ。

「戦場では思玲と呼び捨てろ。あの天珠を上海に返してないだろな」
 賢者の石などという垂涎してしまう珠だ。物欲独占欲のかたまりのこの子なら、デニーにパンツをチラ見させてでも返還しないだろう。

(つい)。でも貪を封じてあるから折坂は閉じこめられない」
「わかった。片面の結界を張ってやるから、急いで着替えろ」
「それだと閉ざされない。へへっ」

 もはやドロシーのチャイナドレスはぼろ布だ。台北の賭場から叩きだされたオヤジのがまともな服装だ。
 聖なるペガサスは主とその伴侶の傷だけを癒す。さすがに服までは修繕できない……なんでドロシーが主になっている? 馬を問い詰めたいが、こいつはドロシー以外に尻尾しか向けない。

 貪。暴雪。折坂。ずっと戦ってきたのだろうな。私は自分のためだけに戦うと誓ったが、そのしわ寄せがこの子に来てしまった。しかも私は峻計を倒せなかった。私も倒されなかったが。
 ここからはドロシーとともに戦うか。峻計には逃げられるけど、ニョロ忍なら追える……。私にも斥候式神がいたな。あの馬鹿燕はいまどこだ? なんか使命を与えていたっけ?
 韓国だ。爺さんの見舞いになってしまったな。

ザワザワ
ザワザワ

「うざい」また春南剣を掲げて、木霊を追い払う。

「破邪の剣……。日本の田舎に二本もあるなんて奇跡だ。交差させたらどんな螺旋がでるだろう」
 下着姿のドロシーが憧憬を向けてくる。「ホックがちぎれそう。思玲、上だけ貸して」

「ストックがない」
 そもそもサイズがぶかぶかだろ。

「私が縫います。ドロシー様は脱がずにいてください」

 ハラペコおばさんが、ドロシーのブラジャーへ針仕事する。標準装備かよ。

「それが終わったら上から監視しろ。ハラペコには九郎と忍と琥珀のぶん働いてもらう」
「僕に命じられるのは一人だけだが自発的におこなう」

 折坂は現れない。この陣営を警戒している。そりゃそうだろうな。
 それでも私から離れない。惹きつけられたまま。

「お待たせ。チャイナドレスはもう不要だけど、捨てると哲人さんが怒るから持ってかえる」

 赤地に白柄のTシャツはともかく、やけにショートなパンツ。人に見せつけられるほど脚線の自己評価が高かったのか。

「選択ミスだな。九月の日本の夜だと肌寒いだろ」
「これは京さんの服だ」
「それで今後だが、貪を珠からだして、あらためて成敗する。そして折坂を閉じこめる。可能か?」

 キョキョと鳴き声がした。

「思玲はまた異形になれと言うのか? ドロシー様といえども、人のままで邪悪な龍と戦えるはずない」
「キモい鳥には聞いてない。ドロシーどうだ?」
「巫女装束と同じだ。京さんの護りのコーティングは軽くてしっかり」
「何度でも聞く。ドロシー可能か?」

「露泥無ちゃんは猫になって。……貪なら倒せる。もう少ししたらだけど」
 ドロシーが右手のひらを見つめる。……察した。純度百を隠していたな。
「でも夏奈さんが貪を赦した。だから私は倒さない。貪を入れたままでデニーさんへ返す」
 そして私を見る。不敵な眼差しと化す。
「代わりに藤川匠から九尾弧の珠を取り返す。そして狐を復活させて倒そう。空室になった珠に折坂をしまう」

「さすがの閃きだな。しかも貪に丸聞こえ。主の意見を、ハラペコはどう思う?」
「まだ式神と認められてないが、もちろんドロシー様の身を思い、僕の命に代えても考えなおしていただく」

 ドロシーは聞いていない。右手で何かを握りしめ、また隠す。

「そうだった。思玲に頼みがある。老大大が」
「私は養子にならない」
「資産は五百万USドルあるらしい。香港に相続税はないし、そもそも裏の金」
「考えさせてくれ。今夜が終わったあとにゆっくり……即決した。養子になってやる」
多謝(どーちぇ)!」
「条件は台湾在住を続けること。世話をみさせないこと。それでよろしければ、ドロシーは珊瑚の玉を私に譲れ」

「これを?」
 こいつは左手に現す。「私だと輝かないから不要だ。返す」

「邪魔でも首にかけていろよ。そして返すでなく譲るだ。受け継がないと意味がない……ちっ」
 ドロシーから奪うように受けとる。「来るぞ」

 我慢の限界って奴だ。満月の獣人は私への欲望を抑えられないらしい。馬鹿め。

「どこ?」
 ドロシーがきょろきょろする。察する能力は人並み。
「へっ、木霊が怯えた。右に潜んでいる」

「賢いな。ほれ、一度だけ貸してやる」
「ひえ」

 ドロシーへ春南剣を突きだす。刃先を向けてなのでのけぞらせてしまったが、力あるものが使うのが最善だ。

(はお)! (はお)! 多謝(どーちぇ)!」
「螺旋を一発放て。そしたらすぐに返せ」
 私も力を温存できる。

「……ナスティだ。私を呼んでいる」

 “えげつないほど”にか。
 ドロシーはうっとりと眺めやがる。剣の長さからして、こいつの背丈にジャストフィットだ。

「はやく構えろ。雅は牽制だけだ。巻きこまれるぞ」
「御意」

 七葉扇との螺旋。一発で倒すことはないだろう。むしろ剣だけのが――

「うおわ!」
「ひい!」

 樹海が紅紫に染まったなんてものじゃない。溶ける、溶けそう。

「へへっ、これなら藤川と対峙できる」

 その中心でドロシーが春南剣を掲げていた。
 雅さえ尻尾を巻きかけた。ハラペコなど私の背中に隠れている。ペガサスだけが彼女にかしずいている。

「もういい。おろせ」
 激しすぎる。邪な心なき私でもねじ伏せられそう。……正義を自負できる私をも怯えさせるってよくないよな。すなわち圧倒的……悪。

ジロッ

 そんなはずないだろ。みたいにペガサスににらまれた。生意気な奴だ。

「なんなのですか……」
 おさまりいく光のなかで忍が茫然と浮かんでいた。
「私の体がさらされた。近くの木霊は消滅した。折坂は逃げた」

「ハーブ、追撃だ!」
 ドロシーがペガサスの羽根に足かけて飛び乗る。
「忍、案内しろ」

「いいえ。私は哲人様に命じられ、あなた方を迎えにきました」
「いやだ。折坂が町に向かうかもしれない。だったら私とハーブだけで追う」

「みんなはまだ生きているか?」
 尋ねるしかない。いなくなっているとしたらイウンヒョク。もしかすると川田も。

「私達のパーティーは異形も含め全員無事です。重傷を負っているのはデニーさんのみ」
「ドロシー様。合流しましょう。松本と力を合わせて各個撃破すべきです」

 ハラペコの言うとおりだろう。藤川匠は桜井のもとへ向かうしかない。無理やり龍を復活させようとする。阻止できるのはドロシー。
 最高のハッピーエンドを迎えたいのなら、桜井から龍の資質を取り払う。できそうなのは、やはりドロシー。
 そんで最後まで横槍しやがるのは。

「峻計は死んでないだろな?」

「もはやあいつに戦闘力はありません。陰辜諸の杖で混沌を生じさせるだけ」
 忍は浮かんだままだ。「次のターゲットは思玲様」

 やったぜ。相思相愛のまま。

「剣を返せ。忍はハラペコだけ連れていけ」
 私は馬上のドロシーへ手を突きだす。
「私はここで餌になる。異形どものアイドルである私がぽつりといれば、折坂は戻ってくる。木霊も来るが峻計も来る。あいつに折坂を人へ化けさせよう」

「それから峻計をおどし、また私は異形になる」
「それは却下だが、さすがに雅とだけで奴らの相手は怖い。ドロシーもいてくれ。洞窟に潜んでいろ」
「そして飛びだす。へへ、騙し討ち大好き。わかった」

「これぞ愚策中の愚策。たしかに峻計は川田さんを人にしました。危険と察したからです。だが一旦は全員が集合して態勢を整えるべき。さもないと傷ついたものを離脱させることもできない……」

 化け物の雄叫びが、忍のだらだら喋りをストップさせた。ペガサスがかすかにいななく。

「な、なんだ」またハラペコがうろたえる。

「私と同類かもしれません」雅は冷静だ。「しかもかなり強い」

「藤川匠のあらたな手下?」
 ドロシーがみるみる青ざめる。「犬系ならば……群れは躾けられない。哲人さんがやられちゃう。ハーブ急げ!」

 臨機応変な独断専行。こいつと組めるのは地上で一人だけ。
 主を乗せたペガサスが飛んでいく。ヨタカが必死に追いかける。
 忍が私を見る。

「私も戻りますが思玲様は?」

 私の選択肢は、ドロシーの尻を追ってあらたな異形と戦うか、ここで化け物を待ちかまえるか。そんなのばかり。
 一度ぐらいはこの剣に聞いてやるか。

「私に一人で戦い抜く力あるか? 夏梓群に劣らぬ強さがあるか?」

 思玲は春南剣をかかげる。同時に森を紫色に照らす。寄ってきた木霊がただの土に戻る。

「私はここに残る」

「御意」蒼き狼が答えてくれる。

 忍はまだ私をじっと見ていたが、手に何かをだす。

「主に伝えておきます。……あなた様の螺旋で、折坂が落としたようです。この護りでも陰辜諸の杖にはかないませんが、気休めにつかってください」

 不夜会の天珠か。それがあれば連絡を取りあえる。異形でなくても私は使える。

「不要だ。哲人に渡せ」
「かしこまりました。ご武運を祈ります」

 蛇だった娘もいなくなる。
 私と雌狼だけになる。

「陰辜諸の杖。雅は人にさせられるかもな」
「年配の姿でしたら笑ってください」

 思玲は笑いを漏らす。矛と盾が必要なら、私が盾となろう。邪魔者をおびき寄せよう。

「そしたら大和獣人を紹介してやる。あれも意外に爺さんだ」
「ふっ」
 雅も笑う。

「ジョークだ。これを首にかけろ。守ってくれる」

 紐をほどき、雅のぶっとい首に珊瑚を結びなおす。木霊は遠巻きしている。峻計を震えさせてやる。



 **松本哲人**

 巨大狼は両方の目が赤い。全身の毛並みは黒く、たてがみは灰色。さきほどしめ縄をふりほどいたためか、体中から血を流している。黒い血を。
 峻計のしわざで、川田はほんとの異形になってしまった。

 勝てるはずない。頼みの大蔵司は終わってしまった。いまある結界が消えれば、俺も彼女も川田に喰われる。川田だった傀儡狼の怪物に。

「へへへ、弾は尽きたけど、見届けてあげる」
 自動小銃を投げ落とした幼子の魄が、夜空を落書きしている。空だからか紅色のラインはかすれていく。月は南へ昇っていく。
「すぐそこの高速道路に車が走ってないのに気づいているかな? 私が事故を起こしてあげたからだよ、へへへ」

 榊冬華は必ず倒す。俺が叶えられなくても、俺以外の誰かが必ず。
 俺に選択肢はない。死を告げられただけ。巨大すぎるまだ狼は襲ってこないけど。
 こいつは賢い。もしくは覚えている。俺達を守るしめ縄の結界の凶暴を。

 最悪なのは、もうひとつの結界が先に消えそうなこと。中には、夏奈やウンヒョクだけではない。生身の自衛隊員もいる。……建物にもだ。
 峻計が俺を襲えと命じたのが幸いしたかも。でも結界が消えるなり喰われそう。夏奈達がさらされたら、順番を逆にしそう。
 この狼は吠えない。威嚇しない。雅のようにひそやかだ。それも不気味だ。

「お兄ちゃん助けてあげようか?」
 邪悪な女の子が結界の外で笑う。「でもね、魄である私でもこの中に入れない。さすがは影添大社の結界だ。へへ」

 いまはまだ、こいつはスルーしとけ。何かあれば冥界に逃げる程度の奴だ。……はやくドロシーか思玲が現れないかな。できれば両方。希望をいえば陰辜諸の杖を奪還してほしい。時間切れになるぞ。

「危なくなるから私は避難するね」

 悪霊みたいな女の子が消える。同時にあちらの結界がかすみだした。しめ縄が消えていく。
 巨大狼が向きを変えた。

「川田やめてくれ!」
 俺は叫ぶだけ。守ってくれている結界に触れることもできない。

 狼に人だった面影はない。俺の声など届くはずない。弱まった結界に飛びかかった。中には夏奈がいる。デニーもいる。鶏子も。

「コケコッコー!」

 消えゆく結界から紫色の波動砲が発射された。狼の開いた口に直撃。コカトリス矮小種はそのまま飛びたつ。その背にコバルトブルー。

「夏奈!」

「哲人! 京さん! よく頑張った! しびれたよ」
 キーウィを抱えた夏奈が鶏子に騎乗していた。
「鶏子、あのペイントの先にも発射しろ」

「コケコッコー!」
「ひえええ」

 紫毒が榊冬華の魄を追撃する。マーキングがあるから逃げられないけど、素早すぎる。山を越えて一目散に消えた。……鶏子と夏奈が追跡していくし。

「夏奈、戻ってこい! わあ!」

 こっちの結界もかすんだらしく、巨大狼の尻尾に吹っ飛ばされる。営舎に背中から当たる。痛くないけど背骨がきしむ音がした。……大蔵司は直撃を避けられた。でも狼のすぐ脇で動かない。
 川田であった狼は悶絶しまくっている。どす黒い紫毒が効いている。暴れすぎ。地上の全員はむきだし。

「黒乱、大蔵司を救ってくれ」
 ウンヒョクの力強い声がした。回復してくれた。「ここは俺が守る」

 デニーや隊員さんが結界に包まれる。言っちゃ悪いがウンヒョクの結界は薄い。狼が本気で攻めたら一撃で消える。それでも時間稼ぎになる。

 ウンヒョクが結界の前に陣取り矢を放つ。
 狼は刺さろうと目も向けない。
 俺は大蔵司のもとへ駆ける。
 狼が即座に赤い目を向ける。

「我が主の命により助太刀いたすよ」
 子熊がちょこちょこやってきた。「大蔵司を起こして僕を抱っこさせ……」

 すべてが紅色に照らされた。樹海からの光。紫色を帯びている……。思玲とドロシーの光だ。

「隙あり!」
 誰もが瞬間呆けてしまったのに、黒乱が駆けだす。
「喰らえ!」

 子熊の爪が伸びる。それは狼の前脚を――

つん、つん

「わああ!」
 巨大狼に蹴られて黒乱が飛んでいく。

「くそ、くそ」
 ウンヒョクが乱れ撃つ。

 狼はよろめかない。俺をあらためて見る。
 大蔵司の意識は戻らない。空は明るい。月はさっきより登ったな……。あっ、隕石だ。

ゴオオオオ……

 巨大なキウイフルーツが空から落ちてきた。狼を押しつぶし、目が現れる。羽根が生える。足が伸びる。くちばしも伸びる。

「殺しちまったらゆるせ」
 雕が体を退かす。ぺちゃんこになっただろう狼にとどめを刺すつもりか。
「うお!」

 でも吹っ飛ばされる。営舎へと飛ばされ、押しつぶす間際で小さくなる。子熊がキーウィをナイスキャッチする。

「僕の毛皮は硬いから、あれくらいやられても平気だよ」
「俺の羽毛もだ。だが恩に着る」

ぞくっ

 怒りを感じた。巨大すぎる狼が夜空を見上げた。

おおおおおおん……

 満月へと遠吠えした。そいつは後脚で立ちあがる。毛むくじゃらのままで人の姿になっていく。……超特大狼男だ。顔は狼のまま。川田の面影は、むき出しのあそこがでかいくらい……。

「コケコッコー!」

 なんていう雌鶏だ。戻ってきた鶏子が紫毒で雄の急所を狙った。でも狼男は毒を片手で払い落とす。
 鶏子はそのまま上昇する。狼男はスルーして地面の俺を見る。両手の爪を向ける。
 月夜にコバルトブルー。

「おりゃー!」

 夏奈が降ってきた! その手には天宮の護符。忍はやはり彼女に渡したのか。夏奈が土俵ぐらいある狼男の頭上に着地する。

「川田君は寝てろって!」
 天宮の護符でつむじ付近を殴る。

「グワアアアア」

 それだけで狼男の絶叫が響き、営舎の窓が割れる。ウンヒョクの結界も割れる。隊員さん達が跳ね起きる。
 狼男が顔を振りまわし、頭上を爪ではらう。

「きゃあ」夏奈が落とされる……。

 大蔵司ごめん。
 彼女を置いて俺は駆けだす。俺が夏奈を受けとめる。五階ぐらいの高さから。キャッチできるはずなく俺も骨折するかも。だけど痛みはない。だから受けとめられる。
 落ちてくる夏奈と目が合った。そのはるか上で、狼男とも目が合った。

「松本君!」

 またもコバルトブルー。
 夏奈は龍になるかも。俺を怪我させぬために。違う。俺とともに戦うために。

「どちらも無謀すぎる」忍の声がした。

 5メートルほど上で、ジャージ姿の女子高生が夏奈を背からキャッチする。引きずられるように落下して、夏奈がほどよい速度で俺にのしかかる。

「ははは」夏奈が間近で笑う。「よき思い出」

「私の力で二人とも姿を隠しています。その隙に逃れましょう。それと、これをお受け取りください」

 忍に急かされて俺は走る。渡された天珠をポケットに突っ込む。浮かぶ忍に背へしがみつかれて夏奈を抱えて走るなんて、痛覚に関係なく転んでしまう。
 真横に巨大な爪が刺さる。

「おりゃ!」
 なんて奴だ。夏奈がその爪を天宮の護符で叩く。

 巨大狼が悲鳴をあげて、手を引っ込める。必死な夏奈は俺より強すぎ。……俺といると強すぎる。

「龍の資質をコントロールしている……。貉が大蔵司などを覆って隠しています。ウンヒョクさんが再び結界を張りました。匿った人々へ記憶消しをほどこすために、彼も中に入りました。営舎は、雕さんが巨体となり身を張って守ろうとしています」

 忍が先回りして教えてくれるけど、彼女は楊聡民の杖を手にしている。俺も隠されている状態だから他に隠しているものが見えるのかなんて理屈で考えるより何より、紅色で乱雑にペインティングされた夜空。羽根の生えた白馬が浮かんでいた。
 乗っているのはもちろんドロシー。彼女は人に戻っている。大蔵司らしきセンスの服に着替えている。

 ようやくようやく共闘できる。彼女と一緒にいられる。

「魔物め、ひれ伏すか討伐されるか選べ。死ぬほど照らせ!」

 榊冬華のペイントを消滅させる強烈な明かり。またもウンヒョクの結界がかき消された。完全なる闇である露泥無もさらされた。狼男も目を両手で覆う。

「そいつは川田君だ。絶対に倒すなよ!」
 夏奈の声はよく届く。「妹ちゃん、聞こえたか!」

「へへ、聞こえた。だったら夏奈さんは私のお姉さんだ」
 ペガサスが垂直に近い角度で降りてくる。
「私が日本のお姉ちゃんを守る。哲人さん乗せてあげて」

 ……俺と戦うでなく、夏奈を守るのを選んだドロシー。彼女といれば夏奈は龍にならない。

「だめ! 逃げて!」でも夏奈は俺にしがみつく。「ドロテア逃げて! 来る! 怒ってる!」

 ドロシーぐらいかわいい女の子を思いだす。ドロシーぐらい沈んだ顔の女の子を。
 脳裏さえも青い閃光にかき消された。

「ぐわあああ」

 背後からの強襲。青い光に胸を貫かれた狼男がうずくまる。

「くそ、小さくなったら建物を守れない」
 巨大キーウィな雕が怯えている。
「でも俺自慢のモース硬度なら……狙われない?」

 空気が変わった。照らす月をやけに間近に感じてしまう。

「ただいまより儀式を始める」

 藤川匠が林から現れる。その手には月神の剣。もう一つの手には、白い子猫。




次回「妄執者の儀式」
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