四十一の三 翼の四人

文字数 2,083文字

「僕は戦わないよ。主様に禁じられているからね。……なんで猫になっちゃったの? 鳥型の異形は人の肩で羽根を休められるのに」
 幼い大ワシがきっぱり言う。だから横根と接しられたのか。九郎も俺の頭で休んだな。
「ドロシーちゃんは声が大きいから苦手なんだ」

 ハトぐらいの大きさの風軍が枝であくびをして、駐車場に降りたつ。

「孫には異形と触れあえる資質が皆無と、我が主が言っていたよ。僕だけべたべた触られて、すごく嫌だったんだ。――危ないから、もっとどいて」

 風軍がもう一度伸びをする。小ワシが大ワシへと変げする。戦わなくとも、俺達の羽根になってくれる。

「空からの狩りだな。俺のが雅よりすごいな」
 川田が大ワシの背に飛び乗る。

 俺も浮かびあがり風軍の上に乗る。万が一を考えて、白猫をしっかりと抱える。ドーンが俺の頭に乗り、風軍が羽根をひろげる。

「なんか中途半端だね。もっと小さいか、もっと大きいほうがいいのに」
 横根が俺へと笑う。

 いまの俺は大人でも子どもでもない危うい体だ。傷もなき異形になれたのだから、文句は言わない。
 四神くずれと霊力が落ちた座敷わらしを乗せて、風軍が空に浮かぶ。目的地は、獣人への印が残る、ロタマモを消し去った空き地だ。時間を確認しようとして、リュックに手を入れる。スマホは握るなり消えた。なおさら気になる。

「こいつも俺より速いし」
 ドーンが残念がっている。
「て言うか、ハイイロクマムシってなに?」

 琥珀にスマホで検索してもらってある。
 不死身の肉体とグリズリーのごとき凶暴さをもつ、巨大な異形。陸海空に地中に宇宙(本当かよ)どこにでも存在できる、星ランク五個の満月系。知性は皆無。過去の伝説的陰陽士をもってしても、討伐はかなわなかった。
 盆地の夜景がひろがる。みんな魅入ったように静かになる。俺は、駐車場で露泥無が言った言葉を思いだす――。


 *****


――ドロシーは妖魔に魂を奪われるのに、どれだけ耐えた? あの人間の土壇場の心の強さを知りたい

 魂が持っていかれるとき、俺は地に(龍にだけど)足をつけて耐えた。陽炎のビルでは、横根はあがいでいた。必死に俺へと手を伸ばしていた。ドロシーは瞬時にいなくなった。

――やっぱりな。あの娘は幼いころの心の傷を背負ったままだ。そこで成長が止まっている。依存したい心が残っている。それが松本に向かっている。だが彼女は松本を男として愛していない。祖父の庇護を受けられる魔道士のコロニー以外で、はじめて心を通えた人間だから、おさなごが親へと向ける感情を松本に抱いただけだ。……もはやドロシーの居場所は松本だけだ。だけどお前は桜井夏奈を救うためにこの世界に来た。つまり、あの娘に居場所などそもそもなかった。このまま消えるのが彼女にとって最善かもしれない

 この蹴りをいれたら5メートルほど吹っ飛びそうな痩せた黒猫の言い分が真実だとして、俺にどうしろと言うのだ。

――だが、ちがう捉え方もある。過去になにがあったか知らないが、あの娘は閉ざされるほどに力を現す。たとえ魂だけで幽閉されても、松本の呼ぶ声にたやすく答えられるかもしれない。そして、あの娘が放つ光は完全なる闇さえも消しかけた。つまり、いずれは僕ですら倒される存在だ。ゆくゆくは沈大姐や劉昇と並ぶ存在だ。さすがに言いすぎか。でも、そこまででないとしても――

 そこで露泥無は言いよどんだ。俺は続きをうながさないのに、黒猫がまた口を開く。

――そこまでではないとしても、松本と組めばあの二人を越えるかもしれない。あの娘は龍をも倒す存在と化す。そんな恐ろしきものを、奴らはわざわざ掌中に入れた

 本堂での二人だけの時間。そんな導きを感じた。峻計達と対峙すると、なおさらだった。彼女といると無敵に感じる。

「純度100の白銀弾って知っている?」
 俺は話題をそらす。

――気づいていたのか? 昨夜の森で魔道団の代名詞でもある純度47の白銀弾は、あの娘が手にすると異様なまでに輝いた。あれも証かもしれない。完全なる白銀など伝説だけの代物だ。だが存在するとしたら、それこそ龍を倒す者が持つべきものだろう……。思玲が松本を呼んでいる。僕も彼女に話すことがあると伝えてくれ。……なるほど、どうやらケビンの記憶から――


 *****


 リュックサックが一例だ。ドロシーと俺は一身になる存在。でもカラスの導きを授かり導きは変わった。……変わっていないのかもしれない。なんであろうと、夏奈とドロシー、二人とも助ける。そのほかを考える必要ない。
 ドロシーのリュックサックから護符をとりだす。ここからは常に手にしていよう。護布もとりあえずは俺がつかう。リュックをシャツの中に入れて、ベルトを締めなおす。
 盆地の明かりが減っている。空からだと、こんなに速いのか。

「あそこで川が合流するよね。そこをまっすぐ行こう」

 俺の導きに、風軍が盆地の切れ目である南へと羽根を傾ける。

「やっぱりね」
 幼い大ワシが笑う。
「さっきおまじないを口にしてから、行く方向が分かるんだ」

 風軍もミカヅキの導きを受けていた。




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