三十六の一 覚醒の始まり
文字数 1,867文字
血がうずきだした。俺のありふれた血に薄まった大蔵司の血が、なおも表にでようとしている。
「いつでもお前を殺せるように、梓群は私から離れるな。私が松本にやられたら、自分の首を掻き切りな」
峻計が七葉扇を胸もとにしまう。
ドロシーの視線はうつろだ。さんざん見てきたから分かる。典型的な傀儡だ。
あいつの両手に黒羽扇が現れる。……黒い邪悪な光。一度でも受ければ終わりだよな。なのに背後から人の群れ。光を避ければ、この人達に当たる。
「ドロシー目を覚ませ!」
叫びながら走る。木の裏に隠れる。
あいつは護布で守られている。思玲の扇も持ち、ドロシーを人質にしている。さらに傀儡の群と、対の黒羽扇。人々が俺のあとを追ってくる。
「その木をへし折っても、どうせお前は逃げる。姿をさらせ」
峻計は笑わない。
「さもないと、まずは梓群の顔をただれさせる。黒羽扇に心をこめてじっくりさすれば、永遠に醜い顔だ」
姿をだせば、漆黒の光を喰らうだけ。林だから生き延びる方法はある。ジグザクに樹間を逃げれば、黒い光を避けきれるかも。ドロシーを見捨てて――。それをさせないための人質だ。
「十秒だけ待て」その間に考えよう。
「サキトガの真似か。一秒たりとも待たない」
傀儡達も待ってくれない。……操られた横根。操られた川田。駅ビルの屋上で……、あいつは劉師傅に怯え逃げたよな。
ならば思い込もう。その師傅に俺は――
「俺こそ強い!」
人々と対角線にならない側から姿をさらす。
「だからお前を倒す!」
同時にあいつへと駆けだす。直線と見せてステップして、それでも最短の距離を駆ける。あいつは対の扇を交互にふるう。当たれば即死の黒い光を、俺は四発避ける。
あいつの顔に恐怖が浮かんだ。
俺はドロシーを救うふりをして、あいつの首へと両手を向ける。峻計が至近距離で黒羽扇を交差させる――。
あいつのまわりを巡る劉師傅の護布が、俺へと移る。俺を守りだした緋色のサテンに押しとどめられ、漆黒の螺旋が目の前で破裂する。
どちらもはじき飛ばされた。痛みがないだけ、立ちあがるのは俺のが早い。あいつに向かい走る。サテンが洗濯機の中のように守ってくれている。
ドロシーも能面のままで峻計のもとへ走りやがる。起き上がろうとするあいつへ、かしずきやがった。
口から血を流した峻計が指を鳴らす。あいつとドロシーが消える。
「峻計!」
俺は立ちどまらない。あいつは俺へと向かう。直感を信じる。
「噠 !」
ドロシーの咆哮。目の前で黒水晶が粉々に砕け散る。
「我が五感は結界に閉ざされることなく、我が力は閉ざされるほどに高まる」
ついでに傀儡の術までほどきやがった。
「噠 !」
ドロシーがあいつへ印を結ぶ。手のひらからの紅色の光を、黒羽扇ではらい落とされる。
貴重すぎる時間稼ぎだ。
「ドロシー!」
俺は彼女を抱き寄せる。これで緋色のサテンが二人を守る。
「思玲の扇」
彼女の耳もとでささやく。彼女がうなずく。
俺はドロシーを抱えたまま、あいつへと突進する。あいつが仕掛けた護りの術が、あいつの体を攻撃する。
ドロシーが俺に抱えられたまま、あいつの胸もとに手を伸ばす。七葉扇を奪いとる。
扇が円状にひろがる。俺に抱かれながら、彼女が唇を舐める。
「滅べ」
巨大な光が飛びでる。放った本人まで巻きこまれる。ドロシーと俺は萌黄色の光に包まれる――。
師傅の布が回りながら俺達を守っていた。
「死んじゃうところだったね」
俺を見上げるドロシーは楽しそうだ。
「へへへ」
光が収まっていく。対の黒羽扇を斜め十字にかざした峻計が、なおも立っていた。
はじき飛ばされるのを耐えた跡が、地面にふたつの線で残っている。緋色のサテンの旋回が弱まり、俺の肩にかかる。その布でドロシーを覆う。
峻計が構えをほどく。
「貴様も化け物か? やがては劉昇ほどか? 光が凝縮されていたら、私は消えていたな」
あいつがドロシーをにらむ。
背後から複数の気配がする。
「ドロシー」俺は振り向けない。「妖術を祓え」
こいつは人間嫌いじゃない。人間恐怖症だ。それでも彼女に頼るしかない。
「……だったら、手をつないでいて」
当りまえだ。俺は彼女の手を強く握る。
彼女も力強く握りかえし、俺の目を見上げてうなずく。心がつながる。
彼女は手をほどき俺へと護布をかけて、俺の背後に立つ。
彼女は扇を亮相にかまえるだろう。峻計とにらみ合う俺は見ることなどできない。でも、人々が倒れていく気配は感じられた。
「へへっ、ようやくだせた」
背中合わせにドロシーが笑う。
次回「いずれは無敵」
「いつでもお前を殺せるように、梓群は私から離れるな。私が松本にやられたら、自分の首を掻き切りな」
峻計が七葉扇を胸もとにしまう。
ドロシーの視線はうつろだ。さんざん見てきたから分かる。典型的な傀儡だ。
あいつの両手に黒羽扇が現れる。……黒い邪悪な光。一度でも受ければ終わりだよな。なのに背後から人の群れ。光を避ければ、この人達に当たる。
「ドロシー目を覚ませ!」
叫びながら走る。木の裏に隠れる。
あいつは護布で守られている。思玲の扇も持ち、ドロシーを人質にしている。さらに傀儡の群と、対の黒羽扇。人々が俺のあとを追ってくる。
「その木をへし折っても、どうせお前は逃げる。姿をさらせ」
峻計は笑わない。
「さもないと、まずは梓群の顔をただれさせる。黒羽扇に心をこめてじっくりさすれば、永遠に醜い顔だ」
姿をだせば、漆黒の光を喰らうだけ。林だから生き延びる方法はある。ジグザクに樹間を逃げれば、黒い光を避けきれるかも。ドロシーを見捨てて――。それをさせないための人質だ。
「十秒だけ待て」その間に考えよう。
「サキトガの真似か。一秒たりとも待たない」
傀儡達も待ってくれない。……操られた横根。操られた川田。駅ビルの屋上で……、あいつは劉師傅に怯え逃げたよな。
ならば思い込もう。その師傅に俺は――
「俺こそ強い!」
人々と対角線にならない側から姿をさらす。
「だからお前を倒す!」
同時にあいつへと駆けだす。直線と見せてステップして、それでも最短の距離を駆ける。あいつは対の扇を交互にふるう。当たれば即死の黒い光を、俺は四発避ける。
あいつの顔に恐怖が浮かんだ。
俺はドロシーを救うふりをして、あいつの首へと両手を向ける。峻計が至近距離で黒羽扇を交差させる――。
あいつのまわりを巡る劉師傅の護布が、俺へと移る。俺を守りだした緋色のサテンに押しとどめられ、漆黒の螺旋が目の前で破裂する。
どちらもはじき飛ばされた。痛みがないだけ、立ちあがるのは俺のが早い。あいつに向かい走る。サテンが洗濯機の中のように守ってくれている。
ドロシーも能面のままで峻計のもとへ走りやがる。起き上がろうとするあいつへ、かしずきやがった。
口から血を流した峻計が指を鳴らす。あいつとドロシーが消える。
「峻計!」
俺は立ちどまらない。あいつは俺へと向かう。直感を信じる。
「
ドロシーの咆哮。目の前で黒水晶が粉々に砕け散る。
「我が五感は結界に閉ざされることなく、我が力は閉ざされるほどに高まる」
ついでに傀儡の術までほどきやがった。
「
ドロシーがあいつへ印を結ぶ。手のひらからの紅色の光を、黒羽扇ではらい落とされる。
貴重すぎる時間稼ぎだ。
「ドロシー!」
俺は彼女を抱き寄せる。これで緋色のサテンが二人を守る。
「思玲の扇」
彼女の耳もとでささやく。彼女がうなずく。
俺はドロシーを抱えたまま、あいつへと突進する。あいつが仕掛けた護りの術が、あいつの体を攻撃する。
ドロシーが俺に抱えられたまま、あいつの胸もとに手を伸ばす。七葉扇を奪いとる。
扇が円状にひろがる。俺に抱かれながら、彼女が唇を舐める。
「滅べ」
巨大な光が飛びでる。放った本人まで巻きこまれる。ドロシーと俺は萌黄色の光に包まれる――。
師傅の布が回りながら俺達を守っていた。
「死んじゃうところだったね」
俺を見上げるドロシーは楽しそうだ。
「へへへ」
光が収まっていく。対の黒羽扇を斜め十字にかざした峻計が、なおも立っていた。
はじき飛ばされるのを耐えた跡が、地面にふたつの線で残っている。緋色のサテンの旋回が弱まり、俺の肩にかかる。その布でドロシーを覆う。
峻計が構えをほどく。
「貴様も化け物か? やがては劉昇ほどか? 光が凝縮されていたら、私は消えていたな」
あいつがドロシーをにらむ。
背後から複数の気配がする。
「ドロシー」俺は振り向けない。「妖術を祓え」
こいつは人間嫌いじゃない。人間恐怖症だ。それでも彼女に頼るしかない。
「……だったら、手をつないでいて」
当りまえだ。俺は彼女の手を強く握る。
彼女も力強く握りかえし、俺の目を見上げてうなずく。心がつながる。
彼女は手をほどき俺へと護布をかけて、俺の背後に立つ。
彼女は扇を亮相にかまえるだろう。峻計とにらみ合う俺は見ることなどできない。でも、人々が倒れていく気配は感じられた。
「へへっ、ようやくだせた」
背中合わせにドロシーが笑う。
次回「いずれは無敵」