十三の二 青い鳥のさえずり
文字数 2,069文字
「夏奈ちゃん、なにを知っているの?」
横根がまぶしそうに見あげる。
「私に入ってきた声が言ったんだよ!」
青い小鳥が目をつぶる。
「若い女の道士が現れるかもしれない。そいつは心弱く情に流されやすい。命を賭して箱に関わるかもしれないから、ゆめゆめ気をつけなさい。そう言って笑いやがった」
青い鳥がうつむく。俺達はおのずと目をあわせる。
「思玲が、私達のために死ぬというの?」
横根が俺にすがった目を向ける。……あの箱は思玲のなにもかも奪う。流範も言っていた。魔道士除けの呪術だかに、思玲みずから身を差しだす。楊偉天はそこまで予測しているのか。
「楊偉天ってジジイの……、思いどおりに進ませない」
川田が言葉をしぼりだす。「でも俺になにができるって言うんだ」
狼の吠え声がコンクリートに挟まれた非常階段に響く。
川田の言うとおりかも。あと一日足らず。御託を並べるときも悲運を嘆く時間もない。なのに、俺達にできることがあるのか?
「もっと教えないとならない」
桜井は俺達を見おろしたままだ。
「あのジジイは(そう言って川田に微笑みかけた)さらに言った。劉昇という男が日本に現れるかもしれないと。その人は私の首をまっさきに刎ねる。
青龍の玉だけは二重に光を封じてある。透明無垢の光をだ。だから龍と化しても劉昇にかなわない。儂が東京に出向いて完全なる四神獣にしてやるから、それまでは他の三人を踏み台に逃げなさい。そう言って笑った。心の中で何度も何度も言って、何度も何度も笑った」
「踏み台だと? ふざけやがって」ドーンが吐き捨てる。
「か、夏奈ちゃんは、そう言われてどう思ったの?」
「聞くなよ。こいつは操られていたんだ」
川田が横根をとがめた。
それぞれが怒りや怯えを露わにする。俺は一点にだけ心が支配される。
青い玉にかけられたもうひとつの光。青龍を意図的に弱めるための透明な光……。
それを桜井の代わりに俺が浴びたのか。それが、か弱き物の怪と化す光だったのか?
「もうひとつだけみんなに伝える」
桜井の声に我へ返る。
「頼れる踏み台を選べと言われた。『そいつは危険だぞ、やめておけ。その娘は近すぎる、やめておけ』私の心を探られた。『こいつらか? ヒヒヒ、強固な踏み台だ。だが強すぎる。やめておけ』
でも私はみんなを呼んでしまった。みんなを選んでしまった」
四人は小鳥だけを見つめる。
「あ、操られていたんだ、仕方ないよ。グループ送信だったし、たまたま俺達が暇人だった」
俺の言葉に力などない。
「私はみんなだけを求めた。瑞希ちゃんが学校にいたのも、和戸君がパチンコで速攻負けたのも偶然じゃない」
俺は一年生の冬を思いだす。――外は木枯らしだったかな。俺へと真顔で言いかえしてきた桜井。
もし今も人であったなら、彼女はきっとあの時と同じ必死な顔でみんなを見ている。
「本当にごめんなさい。みんなだけは、なにがあっても人に戻ってください」
朝日は踊り場の底まで照らさない。青龍となるべきものであった桜井の言葉を最後に、しばし沈黙が流れる。
「カカッ、待たせすぎだって」
朱雀くずれのドーンがくちばしを開く。
「あの姉ちゃんが怒りだす。そろそろ行かね?」
カラスが俺に真っ黒な目を向ける。ふがいない俺は、誰かが切りだしてくれるのを待っていた。
「そうだね」と、か弱き精霊もどきの俺は相づちを打つ。浮かんでいるのに立ちあがる仕草をする。
「私も行く。どうせ思玲と松本君に頼りっぱなしだろうけど、もう迷惑はかけないよ。絶対に」
白虎のなり損ないの横根も四肢をあげる。
「俺は桜井に言いたいことがある」
玄武のでき損ないの川田がうなり声をあげる。「お前が一番つらい目にあっていたな」
そう言うと、前足を手摺りにかけて半身を持ちあげる。小鳥を舌で舐め、コンクリートへと体を戻す。俺達を一瞥する。
「いまの俺は犬族だから、仲間と認めた証にこうしたくなるんだよ。……思玲も仲間だ。一段落したら必ず顔を舐めてやる。尻尾だって振ってやる」
黒い狼が階段を降りていく。四本足には段差がつらいとぼやきながら。
「今のはセクハラ発言だよね?」
横根がみなに笑みを浮かべる。
「でも思玲もパワハラしまくりだから、どっちもどっちだね。私もいつか思玲のほっぺたを舐めようかな」
白猫が駆けだす。よちよち歩きの狼を追い越して軽やかに消える。
「ははは、顔はセーフだった。お先に!」
蒼い鳥が踊り場から空へと飛びだす。
「わりい。人になったらなんでもおごる」
ドーンが俺によじ登る。頭にしっかりと乗るのを待って、俺は階段をふわふわと降りる。
「人間に戻ると忘れるらしいから、その直前だね。川田の店にしようかな」
「焼き鳥屋かよ」
俺だって、こいつらを選ぶよな。とにかく花火はあげようぜって、五人の心が調和したよな。人に戻るために。思玲までも巻き添えにしないために。
腹に手をあてて隠しもつ箱を確認する。いずれ彼女をうわまわる力が顔をだすぞと、妖怪である俺の勘が訴える。
一方的なタイムリミットまで、まだ一日以上もある。
次回「幻影少女」
横根がまぶしそうに見あげる。
「私に入ってきた声が言ったんだよ!」
青い小鳥が目をつぶる。
「若い女の道士が現れるかもしれない。そいつは心弱く情に流されやすい。命を賭して箱に関わるかもしれないから、ゆめゆめ気をつけなさい。そう言って笑いやがった」
青い鳥がうつむく。俺達はおのずと目をあわせる。
「思玲が、私達のために死ぬというの?」
横根が俺にすがった目を向ける。……あの箱は思玲のなにもかも奪う。流範も言っていた。魔道士除けの呪術だかに、思玲みずから身を差しだす。楊偉天はそこまで予測しているのか。
「楊偉天ってジジイの……、思いどおりに進ませない」
川田が言葉をしぼりだす。「でも俺になにができるって言うんだ」
狼の吠え声がコンクリートに挟まれた非常階段に響く。
川田の言うとおりかも。あと一日足らず。御託を並べるときも悲運を嘆く時間もない。なのに、俺達にできることがあるのか?
「もっと教えないとならない」
桜井は俺達を見おろしたままだ。
「あのジジイは(そう言って川田に微笑みかけた)さらに言った。劉昇という男が日本に現れるかもしれないと。その人は私の首をまっさきに刎ねる。
青龍の玉だけは二重に光を封じてある。透明無垢の光をだ。だから龍と化しても劉昇にかなわない。儂が東京に出向いて完全なる四神獣にしてやるから、それまでは他の三人を踏み台に逃げなさい。そう言って笑った。心の中で何度も何度も言って、何度も何度も笑った」
「踏み台だと? ふざけやがって」ドーンが吐き捨てる。
「か、夏奈ちゃんは、そう言われてどう思ったの?」
「聞くなよ。こいつは操られていたんだ」
川田が横根をとがめた。
それぞれが怒りや怯えを露わにする。俺は一点にだけ心が支配される。
青い玉にかけられたもうひとつの光。青龍を意図的に弱めるための透明な光……。
それを桜井の代わりに俺が浴びたのか。それが、か弱き物の怪と化す光だったのか?
「もうひとつだけみんなに伝える」
桜井の声に我へ返る。
「頼れる踏み台を選べと言われた。『そいつは危険だぞ、やめておけ。その娘は近すぎる、やめておけ』私の心を探られた。『こいつらか? ヒヒヒ、強固な踏み台だ。だが強すぎる。やめておけ』
でも私はみんなを呼んでしまった。みんなを選んでしまった」
四人は小鳥だけを見つめる。
「あ、操られていたんだ、仕方ないよ。グループ送信だったし、たまたま俺達が暇人だった」
俺の言葉に力などない。
「私はみんなだけを求めた。瑞希ちゃんが学校にいたのも、和戸君がパチンコで速攻負けたのも偶然じゃない」
俺は一年生の冬を思いだす。――外は木枯らしだったかな。俺へと真顔で言いかえしてきた桜井。
もし今も人であったなら、彼女はきっとあの時と同じ必死な顔でみんなを見ている。
「本当にごめんなさい。みんなだけは、なにがあっても人に戻ってください」
朝日は踊り場の底まで照らさない。青龍となるべきものであった桜井の言葉を最後に、しばし沈黙が流れる。
「カカッ、待たせすぎだって」
朱雀くずれのドーンがくちばしを開く。
「あの姉ちゃんが怒りだす。そろそろ行かね?」
カラスが俺に真っ黒な目を向ける。ふがいない俺は、誰かが切りだしてくれるのを待っていた。
「そうだね」と、か弱き精霊もどきの俺は相づちを打つ。浮かんでいるのに立ちあがる仕草をする。
「私も行く。どうせ思玲と松本君に頼りっぱなしだろうけど、もう迷惑はかけないよ。絶対に」
白虎のなり損ないの横根も四肢をあげる。
「俺は桜井に言いたいことがある」
玄武のでき損ないの川田がうなり声をあげる。「お前が一番つらい目にあっていたな」
そう言うと、前足を手摺りにかけて半身を持ちあげる。小鳥を舌で舐め、コンクリートへと体を戻す。俺達を一瞥する。
「いまの俺は犬族だから、仲間と認めた証にこうしたくなるんだよ。……思玲も仲間だ。一段落したら必ず顔を舐めてやる。尻尾だって振ってやる」
黒い狼が階段を降りていく。四本足には段差がつらいとぼやきながら。
「今のはセクハラ発言だよね?」
横根がみなに笑みを浮かべる。
「でも思玲もパワハラしまくりだから、どっちもどっちだね。私もいつか思玲のほっぺたを舐めようかな」
白猫が駆けだす。よちよち歩きの狼を追い越して軽やかに消える。
「ははは、顔はセーフだった。お先に!」
蒼い鳥が踊り場から空へと飛びだす。
「わりい。人になったらなんでもおごる」
ドーンが俺によじ登る。頭にしっかりと乗るのを待って、俺は階段をふわふわと降りる。
「人間に戻ると忘れるらしいから、その直前だね。川田の店にしようかな」
「焼き鳥屋かよ」
俺だって、こいつらを選ぶよな。とにかく花火はあげようぜって、五人の心が調和したよな。人に戻るために。思玲までも巻き添えにしないために。
腹に手をあてて隠しもつ箱を確認する。いずれ彼女をうわまわる力が顔をだすぞと、妖怪である俺の勘が訴える。
一方的なタイムリミットまで、まだ一日以上もある。
次回「幻影少女」