二の三 好戦的厭戦

文字数 2,858文字

 パーカーじゃなくて半裸に虎柄パンツだけど、琥珀みたいのが七体もいる。それだけで気概は瞬時に失せた。
 だけど、それぞれが小刀など拳銃など持っている。それでいて目に知性は、十二磈以上に宿っていない。
 おそらく勝てるけど……。

「消滅させてしまいますよ」
 梁勲へ聞く。

「手合わせだろ。お互いに手加減するに決まっている」
 アグネスが答える。

 だったら屈服させればいい。

「これを見ろ」
 俺は独鈷杵を掲げる。怯えろ。

「法具だ」
「法具だ」
「すげえ」
「かっちょいい」
 小鬼達が羨望の眼差しを向けてきた。
「俺が奪う」
「俺のだ」
「みんなでこいつを食べよう」

 やっぱりこいつらは賢くない。つまり戦う覚悟を決めろ。

「俺は手加減できない」

 宣言と同時に駆けだす。
 先頭でふわりと浮かぶ小鬼を、ぺこりと叩く。

「いてえな」
 小鬼がにらむ。その手に拳銃が現れる。

ズドンンンン……

 中庭に反響する。
 超至近で、ためらいもせず撃ちやがった。しかも、この弾は人の作りしもの(実 弾)じゃないか。手加減ゼロじゃないか。そのくせはずしてくれた。

「わあ」

 人の作りし反動で吹っ飛んでいるし。座敷わらしだったら音だけで戦闘不能になっていたな。

「銃は禁止だ。脳みそに当たれば私でも即死だ」

 梁勲の声とともに、小鬼が投げ捨てる。

「喰らえ!」

 代わりに別の小鬼から矢が飛んできた。

「やっちまえ」
「やっちまえ」

 小刀を持った二体も襲いかかってきた。

 俺は背を向けて逃げる。いて! 尻に矢が刺さった。引っこ抜くけど、かなり痛い。……狭い空間で七対一。逃げ場はない。劉師傅の護布が欲しい。ドロシーの太ももの傷を縛った赤いサテン。
 六魄である黒い影が漂っていた。俺はこいつらの王らしいよな。

「俺の代わりに戦え」

「お前は弱かった」
「たいしたことない」
「私達のが強い」

 こいつらも喋れたのか。俺は強いらしい六魄達の裏に隠れる。
 六魄達が振り返る。

「戦う見返りに」
「お前の魂をくれるか?」
「六等分だ」
 俺へと殺意(食欲)を向けてきた。

「はは、十三対一か。たしかに六魄は弱くない」
 梁勲が真上で笑う。扇を俺へとはらう。

ずしん!

 空気の塊が俺へとのしかかる。地面に押しつけられる。十四対一じゃないか。

「いまだ」
「いまだ」

 小鬼達が牙を向けて飛んできた。……こいつらは弱小新月系を狩る。その魂をすする。
 考えろ。梁勲は拳銃の使用を禁止した。つまり俺を殺す気はない。強いらしいけど弱そうな敵を多数使っている。
 ならば俺を痛めつけるのが狙い。……川田とドーン。夏奈と横根。思玲。みんなを待たせている。茶番に付き合うはずがない。

「どけ」異形へと命じる。

「ひっ」「ひっ」「ひっ」
「ひっ」「ひっ」「ひっ」
 六魄どもが後ずさった。こいつらは多少賢い。

「いばるな」「どくかよ」「やろうぜ」「食おうぜ」
「ははは」「俺のだ」「俺のだ」
 でも小鬼どもは俺を囲みやがった。

「一体ずつ倒す。いやなら負けを認めろ」
 アグネスへと最終警告する。

「やはりジャップは残虐なアニメを作るだけあるな。中身も残酷だ」
 アグネスの目に怒りが灯る。
「この子達は嗅覚がある。強い敵からは逃げる。――襲え、腕ぐらい食べてもいいぞ」

 どっちが残酷だ。……異形は死ななければ回復する。

「主を恨め!」

 先頭にいた小鬼の足へと独鈷杵を投げる――。避けやがった!

「いまだ」
「いまだ」
「いまだ」

 手ぶらになった俺へと一斉に襲いかかってきた。体中にしがみつかれる。噛みつきやがった。体を回しても払い落ちない。……弱い新月系を餌とする小鬼。ふざけるな。

「やっぱり弱かった」
「鬼どもに全て食べられる」

 六魄どもの声も近づいてきた。梁勲の馬鹿にした笑い声が聞こえる。
 その嘲りに、独鈷杵が俺の手に戻る。……くそう、俺は弱い者いじめが大嫌いなのに。

「お前ら全員が悪い」
 俺は法具を振るう。

「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」

 小鬼二体に当たった。残りの五体は俺から離れる。
 足もとで小鬼が黒い液を吐く。同時に消える。弱者をたやすく屠る快感――
 そんなものは感じない。終わらせるだけだ。俺はアグネスをにらむ。

「七坊は立ち去れ。仲間はすぐに補充してやるから嘆くな」

 五体の小鬼達は、ふわふわと先を争い裏門らしきへ去っていく。
 アグネスが俺をにらみかえす。

「梁大人。私が化け物を成敗します」

ドクン

 なおも人でなく異形扱いしやがった。

「え?」
 アグネスが俺を見た。後ずさりする。

「怯えるな。それでも私の護衛役か」
 梁勲がまた地面に降りてくる。
「お飾りどころか使いこなすどころか……。アグネスを責められない。だったら、こいつのお相手ができるな」

 梁勲が扇を振るう。姿隠しの結界が消える。おのれが椅子にして寄りかかり空に浮かばせていたものが露わになる。

「風軍、相手をしてやれ」
「はーい」

 幼い大ワシが羽ばたき中空へ浮かぶ。俺へと狩りの目を向ける。

「俺の負けです」

 独鈷杵を地面に落とす。
 夏奈川田ドーン思玲。思春期に戻ってしまった横根。みんなのためだとしても、風軍とは手合わせすらできない。こいつがいなければ、俺は何度も死んでいた。サキトガに喰われていた。

「戦ってよ」
 風軍が戸惑いの目を向ける。「さもないと餌に見えちゃう。食べちゃうよ」

 その目が猛禽の眼差しに変わる。

「梁大人」
 俺はその下にいる若々しい老人へと歩む。「俺はあなたと戦いたい」

「ふざけるな」

 アグネスが梁勲の前にでる。
 よりも刹那に。
 まさに突風。

「主様に敵意を向けるな!」

 風軍にのしかかられた。爪で抑えられる。でかすぎるくちばしが俺へと、俺の手には独鈷杵――

「風軍やめろ!」
 梁勲が叫んだ。くちばしが顔をついばむ直前で止まる。
「六魄が怒りに呼応した。……つまりはだ」

 俺は地面に転がったままで、人だったもの達を見る。赤黒い陽炎のように揺らいでいた。
 梁勲は黙って俺を見ている。風軍の吐息からはビーフジャーキーみたいな匂いがする。
 俺は風軍に怒っていない。

誰へも感情を昂らせていない。

「つまり何ですか?」
 アグネスが尋ねる。

「つまり、この男だけは赦せない。だが終わりだ。風軍は小さくなれ」
 梁勲が扇を畳む。「孫が来た」

 鳩ほどの大きさになった風軍が梁勲の肩にとまる。六魄達が怯えるように俺の周りに集まる。
 俺は立ちあがる。

「邪魔だ」
 中庭への入り口方面を塞ぐ一体を手でどかす。……ひんやりなんてものじゃない。

「雅は哲人さんの匂いを覚えている。この子が教えてくれた」

 入口に立つドロシーは松葉杖をついていた。
 薄紅色のポロシャツ。ショートパンツの右側の太ももに包帯が巻かれている。人の目に見えぬ大きな蒼い狼が横に侍る。

「哲人さんを守るためならば、私はまた教場を破壊してもいい」

 龍を倒す者の怒り。彼女は思玲の七葉扇を円状に広げて祖父をにらんでいる。……肩までの黒髪。ちょっとだけ肉厚な唇。品の良すぎる鼻。切れ長のアーモンドアイとしか表現できぬ奇跡的瞳。
 やっぱり大蔵司よりかわいいかも。夏奈よりも。




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