三十一の二 後部座席の二人
文字数 1,988文字
ピンクの車が動きだす。大蔵司は助手席に乗っているから運転手のいない車だ。交通量のすくない裏道を行こうが、すれ違う車が事故を起こさなければいいけど。
みんなと合流するのは十四時前後か。この時間に考えないと。
琥珀が呪いの言葉を使った。堂々としているから裏切り者だったのを忘れていた。助けてもらったとしても、こいつの素性がいよいよ分からなくなった。でも、いま考えることではない。大蔵司も影添大社も考える必要ない。楊偉天配下のパワフルな魔道士も、考えたところでどうにもならない……。
琥珀達が怯えた滅魔の輪はまだ一枚ある。あれだけは意識しておかないとな。か弱い異形は瞬殺と言っていたから。
夏奈のこと。彼女を人に戻すのが次にすべきこと。深夜の極みに俺が呼んでも、彼女はすでに藤川匠のもとにいるかもしれない。魂を捧げられなかった不完全な魔導師だとしてもだ。だから夜を待たずに……。手紙に記されかけた内容を横根に聞かないといけない。でも、いまじゃない。その質問に彼女が身構えていると感じる。
滝に沈められた独鈷杵。取りにいくべきかもしれないけど、そんな時間はない。俺のコンディション。三日ぐらい寝て過ごすべきだよな。そんな時間がどこにある。こうして横根の膝でやすめるだけで充分と思え。
ドーンと川田は元気だろうか。思玲もドロシーも、露泥無も……。フサフサがいまどこら辺にいるか思いだしてやらないと、俺だけでも。
「顔色がよくなってきたよ」
横根がつぶやく。
大蔵司が俺の腕から針を抜く。俺は目をつぶったままだ。横根の温かさを感じたいのに、彼女にぬくもりはない。彼女のことこそ考えなければ。
横根は人間くずれでなかった。幽霊でもない。法董が彼女を見て言った。魂が半分しかないと。では、残りの魂はどこにある?
決まっている。サキトガが持っている。
いやしい使い魔達は、彼女の魂をふたつに裂いて持ち歩いた。あとの半分をコウモリから取りかえさなければ、横根は永遠に人の目に見えないかすれた異形のままだ。そして半分の魂を奪還したいのは、サキトガも同じだろう。
新月の夜が始まるまで六時間、それが終わるまで十五時間。そのあいだに俺達は横根の魂を守り、奪いとらないとならない。
ロタマモを倒したことで、俺との契約は失効しただろう。今後、使い魔達は見境なく俺を狙える。あさましい奴らにも復讐の心はあるかもしれない。
楊偉天達もいる。夏奈を青龍にするために、俺と俺の持つ箱を狙っている。あいつらにこそ注意が必要だ。配下はなおも、峻計、麗豪、土壁、竹林、さらに法董……。さらなる異形の登場も予告していたな。ロタマモがいなくなったいま、楊偉天達のが恐ろしいかも。
それでも餌である俺はみんなのもとに向かう。横根を連れていくなんて建前だ。ドーンに会いたい。思玲にも会いたい。人である川田にこそ、もう一度会いたいのに。
藤川匠。奴は破邪の剣を持っている。法董の魔道具のおかげで、あの剣の怖さを思いだせた。悪しき魔導師が、あれを使いこなすことができるだろうか?
おそらく俺達へと月神の剣は輝かない。なぜなら俺達こそ正義だから。
段差を拾って、車がバウンドする。それをきっかけに横根の膝から頭を起こす。小さい車だと横になるのも窮屈だ。
彼女を枕にしていたのは、彼女にすがるためだ。彼女が頼られていると感じ、安心してもらうためだ。彼女だって、残りの自分がどこかにいることに気づかされたのだから。
ドロシーのリュックの傷跡をさする。外ポケットが5センチほど横に切断されていた。俺の鍵が犠牲になったが、スマホは外で充電していて助かった。内側の荷物は無事っぽい。傷口を術がふさいでいる。さすが魔道士のカバン。
琥珀は四玉の箱を盾にした。俺だって経験あるから文句は言えない。どっちにしろ緋色のサテンがなかったら、箱は切断され琥珀はいなくなっていた。
隣からの視線を感じる。
「松本君は夏奈ちゃんが好きなんだよね」
横根が俺へと微笑む。
「でも、私は松本君をもっと好きになったよ。誰もいないし、魂も半分だけだし、どうせ記憶は消えるから、いくらでも告白できる」
やめろよ。運転席と助手席で聞き耳を立てまくられている。この異形達は拡散させるタイプだ。
「夜になったら、俺はまた物の怪になる」そんな言葉でにごす。「そして、みんなそろって本来の世界に帰ろう」
横根がうなずき、窓の外を見る。
フロントガラスも直り、ピンクの軽自動車は大きな道にでる。大蔵司が運転席に戻る。パトカーとすれ違っても、警戒される素振りはなかった。
昨夜以来、ドーンと会える。あいつの声を聞かされれば、カラスであろうと抱きしめたくなるかも。泣いてしまうかも。
太陽は西へとじわじわ傾きだす。ちぎれた雲は、ふわふわの毛をした猫達みたいだ。
次章「4-tune」
次回「落城」
みんなと合流するのは十四時前後か。この時間に考えないと。
琥珀が呪いの言葉を使った。堂々としているから裏切り者だったのを忘れていた。助けてもらったとしても、こいつの素性がいよいよ分からなくなった。でも、いま考えることではない。大蔵司も影添大社も考える必要ない。楊偉天配下のパワフルな魔道士も、考えたところでどうにもならない……。
琥珀達が怯えた滅魔の輪はまだ一枚ある。あれだけは意識しておかないとな。か弱い異形は瞬殺と言っていたから。
夏奈のこと。彼女を人に戻すのが次にすべきこと。深夜の極みに俺が呼んでも、彼女はすでに藤川匠のもとにいるかもしれない。魂を捧げられなかった不完全な魔導師だとしてもだ。だから夜を待たずに……。手紙に記されかけた内容を横根に聞かないといけない。でも、いまじゃない。その質問に彼女が身構えていると感じる。
滝に沈められた独鈷杵。取りにいくべきかもしれないけど、そんな時間はない。俺のコンディション。三日ぐらい寝て過ごすべきだよな。そんな時間がどこにある。こうして横根の膝でやすめるだけで充分と思え。
ドーンと川田は元気だろうか。思玲もドロシーも、露泥無も……。フサフサがいまどこら辺にいるか思いだしてやらないと、俺だけでも。
「顔色がよくなってきたよ」
横根がつぶやく。
大蔵司が俺の腕から針を抜く。俺は目をつぶったままだ。横根の温かさを感じたいのに、彼女にぬくもりはない。彼女のことこそ考えなければ。
横根は人間くずれでなかった。幽霊でもない。法董が彼女を見て言った。魂が半分しかないと。では、残りの魂はどこにある?
決まっている。サキトガが持っている。
いやしい使い魔達は、彼女の魂をふたつに裂いて持ち歩いた。あとの半分をコウモリから取りかえさなければ、横根は永遠に人の目に見えないかすれた異形のままだ。そして半分の魂を奪還したいのは、サキトガも同じだろう。
新月の夜が始まるまで六時間、それが終わるまで十五時間。そのあいだに俺達は横根の魂を守り、奪いとらないとならない。
ロタマモを倒したことで、俺との契約は失効しただろう。今後、使い魔達は見境なく俺を狙える。あさましい奴らにも復讐の心はあるかもしれない。
楊偉天達もいる。夏奈を青龍にするために、俺と俺の持つ箱を狙っている。あいつらにこそ注意が必要だ。配下はなおも、峻計、麗豪、土壁、竹林、さらに法董……。さらなる異形の登場も予告していたな。ロタマモがいなくなったいま、楊偉天達のが恐ろしいかも。
それでも餌である俺はみんなのもとに向かう。横根を連れていくなんて建前だ。ドーンに会いたい。思玲にも会いたい。人である川田にこそ、もう一度会いたいのに。
藤川匠。奴は破邪の剣を持っている。法董の魔道具のおかげで、あの剣の怖さを思いだせた。悪しき魔導師が、あれを使いこなすことができるだろうか?
おそらく俺達へと月神の剣は輝かない。なぜなら俺達こそ正義だから。
段差を拾って、車がバウンドする。それをきっかけに横根の膝から頭を起こす。小さい車だと横になるのも窮屈だ。
彼女を枕にしていたのは、彼女にすがるためだ。彼女が頼られていると感じ、安心してもらうためだ。彼女だって、残りの自分がどこかにいることに気づかされたのだから。
ドロシーのリュックの傷跡をさする。外ポケットが5センチほど横に切断されていた。俺の鍵が犠牲になったが、スマホは外で充電していて助かった。内側の荷物は無事っぽい。傷口を術がふさいでいる。さすが魔道士のカバン。
琥珀は四玉の箱を盾にした。俺だって経験あるから文句は言えない。どっちにしろ緋色のサテンがなかったら、箱は切断され琥珀はいなくなっていた。
隣からの視線を感じる。
「松本君は夏奈ちゃんが好きなんだよね」
横根が俺へと微笑む。
「でも、私は松本君をもっと好きになったよ。誰もいないし、魂も半分だけだし、どうせ記憶は消えるから、いくらでも告白できる」
やめろよ。運転席と助手席で聞き耳を立てまくられている。この異形達は拡散させるタイプだ。
「夜になったら、俺はまた物の怪になる」そんな言葉でにごす。「そして、みんなそろって本来の世界に帰ろう」
横根がうなずき、窓の外を見る。
フロントガラスも直り、ピンクの軽自動車は大きな道にでる。大蔵司が運転席に戻る。パトカーとすれ違っても、警戒される素振りはなかった。
昨夜以来、ドーンと会える。あいつの声を聞かされれば、カラスであろうと抱きしめたくなるかも。泣いてしまうかも。
太陽は西へとじわじわ傾きだす。ちぎれた雲は、ふわふわの毛をした猫達みたいだ。
次章「4-tune」
次回「落城」