四十三の二 圧倒的式神

文字数 2,113文字

「悪かったじゃんね。羽根が燃えて飛べなかった」
 ドーンが木札をくわえて俺の頭に戻る。雷型の護符はこいつのものになったようだ。
「これ邪魔。哲人が持っていろよ」

「どなたか知らないけどありがとうございます」
 風軍も復活する。
「でも疲れているし眠いからこのままで休ませてね」

 ハトみたいなワシは川田の頭に着地する。

「俺は馬じゃないぜ。……さっき乗せてもらったしな」

 手負いの獣はぼやきながらも受けいれる。人の心があったときの川田を思いだしてしまう。

「て言うか、どこを目指すの?」

 ドーンが頭上で聞いてくる。
 俺は空を見上げる。真っ暗なだけで雷雨の兆しなど見あたらない。

「川田は逃げた獣人の気配は追える?」

 俺の問いに、狼は残忍に笑う。

「ばらけて逃げようが、俺には意味ないぜ」
 狩りへの期待があふれていやがる。
「朝になろうが追いつめてやる」

 それだとかかりすぎだ。でも風軍が回復するまではそれしか道はない。そもそも追撃モードの風軍には二度と乗りたくない。

「いまの時刻は分かる?」
 猫に戻った露泥無にダメもとで聞く。

「僕は新月の夜には空気を読める。人の時間で十時ぐらいだろう」
 黒猫が得意げにひげを立たせる。

 夜半である深夜零時まであと二時間か。夏奈が現れる時間。それと九郎が戻ってくる時間(確約してなかったが)。

「松本、のろいぞ」

 川田はすでに歩きはじめていた。横根と露泥無が追いかける。俺は護布を肩に結び、ふわりと浮かんで後に続く。ドーンが頭でバランスを取る。

 ***

 俺がしんがりを行く。
 意識しないと浮けない体。真っ暗な林。たまに見える空には星が見えるほどだ。夏奈はまだ来ない。奴らを出し抜くのは失敗したけど急ぐしかない。ドロシーも囚われのままだ。

「わあ!」
 目のまえの黒猫が跳ねあがる。
「大姐からだ。――露泥無です。全員合流しました。大タカは空高く飛ぼうがターゲットから離れないので、本来の場所近くで、はい、長話はしません。……はい、まだ鴉さえも死んでいません」

 どういう伝達手段か知らないが、黒猫が空へと話しだす。

「逃げられたのですか! いえいえ非難などしていません。……はい。……いえ、松本は破邪の法具を手にしました。もはや異形としては使い物になりませんが、力は、は、はい、承知しました」
 黒猫が振りかえり、役立たずらしき異形の俺を見あげる。
「使い魔や獣人が従うのをその目で確認して、藤川匠は大魔導師の転生と判断なされた。逃げたサキトガは後回しで、そいつの討伐に向かうとのことだ。だが林の中では殲は使いづらい。だから川田と松本を特別に式神として使ってやると仰せだ」

 言い分は気にいらないが、つまり沈大姐とともに藤川匠のもとへ向かえるという訳だ。願ってもない。

「俺も行くぜ」
 ドーンが上空から降りてきた。
「て言うか、俺と瑞希ちゃんだけこんな山の中にいられねーし」

 白猫も首を縦に振る。たしかに俺達が死んだら、二人とも完全な異形になるのを待つだけだ。

「僕も一緒だけどね」
 黒猫が白猫を見つめる。
「楊偉天達もこの地にいる。闇と化せる僕が君達を(かくま)う。いざとなれば風軍に乗って逃げる。ついでに四玉の箱もリュックも守っておこう。松本も身軽になれるだろ」

 横根がいなければ、彼女の祈りに頼らないで済む。……やっぱり不安だ。箱とリュックが露泥無……。それも不安だ。などと躊躇していたら、樹木達が無数に倒れる。木霊達が恨みの声をだし、すぐに怯えだす。

ブワブワブワブアサッ

 隕石が落ちたような地に、巨大な翼竜が姿を現す。……風軍の倍以上ある。俺の実家よりでかい。

「松本と手負いの獣、乗れ」

 殲の頭上から大姐の声がした。いきなりすぎる。

「また空からだぜ」

 川田が尻尾を振りながら、翼竜の巨体を駆けあがる。風軍がしがみついたままだけど狼は振り払わない。
 俺もふわっと浮かぶ。横根が背中に飛びつく。振り払えるはずがない。

「俺も連れてってくださいよ」

 ドーンが露泥無の案に従うはずない。すでに沈大姐の前でホバリングしていた。俺もたたずむ殲に着地する。鱗が野球のベースぐらいあってつるつるだ。
 沈大姐は二胡だけを持っていた。

「わ、私も行きます」横根が翼竜に飛び降りる。

 大姐が二人をじろりとにらむ。二胡を持たぬ手の中指と人差し指を突きださせる。赤い閃光が二たび飛びでる。

「猫は合格だ」沈が言う。「だが鴉は死にに行くだけだ」

 彼女が飛ばした光を、横根は軽やかに避けた。でもドーンは直撃を受けて地面へと落下した。
 俺は沈をにらむ。川田が俺の横にはべる。うなり声がもれる。

「さすがに無理じゃね? 俺、めっちゃ近かったし」
 迦楼羅が舞いあがってきた。
「て言うか、こいつも連れていくのだろ?」
 黒猫の首根っこをつかんでいた。

「その姿でも危うい」
 沈は怒りに満ちた俺など一瞥もしない。
「だが、その傷でたいした精神力だ。お前も乗れ」

 そして沈栄桂が二胡を奏でる。……この切なげなメロディーは祈りだ。ドーンの傷が治っていく。

「殲、飛べ」

 大姐の命令に、翼竜が羽根をひろげる。
 俺達はまた空にでる。風軍が川田の頭であくびをして、また眠たげに目をつむる。




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