十三の一 踊り場の六人

文字数 3,560文字

 あのカラスは、なぜに俺が人間に見えた? あのおまじないってのがノリトウなのか? そもそもノリトウとはなんだ。
 そんなことを考えながら、思玲のあとを追う。ドーンを乗せて校舎の非常階段をふわふわと浮かぶ。
 二階と三階の踊り場に川田達はいた。

「二人ともまだ寝ているぜ」
 狼は腰をおろしたまま思玲に牙を見せる。

「見れば分かる。お前も感情を隠す(すべ)を覚えろ。よいしょっと」

 思玲は川田の頭をまたぎ、寄り添い眠る白猫と青い小鳥の前でしゃがむ。気配で桜井が目覚める。ぽかんとしたあと、羽根を伸ばして大あくびをする。
 思玲が横根に声をかける。白猫がゆっくりと目を開ける。

「思玲さん、着替えたんすね」
 小鳥がすいすいと飛び、狼の頭に乗る。「背が高いから、なにを着ても似合っていいですね」

 川田は気にいらない顔をするが、口にはださない。

「おべっかを言われることはしていない」
 思玲が三階への階段に腰かける。「瑞希、寝ぼけてないだろうな。大事な話がある」

 横根が目をこすったあとに彼女を見上げる。
「き、昨日はなにもかも本当にごめんなさい。自分が情けないです」

「謝られることもしていない。おたがいにな」
 そして俺をにらむ。「哲人と和戸も地べたに降りてこい」

 俺は踊り場のコンクリートのそばまで降りる。ドーンが頭から飛びおりる。
 思玲がきつい顔で全員を見わたす。

「この二人には伝えてあるが、今から流範を捕らえにいく」

 本気だったのか。全員が息をのむ。

「なんのためっすか?」桜井が言う。

「お前達を人に戻すために決まっているだろ」
 思玲は眼鏡をはずしシャツで拭きながら、
「春節に入って早々に玄武くずれを助けたことがある。そのでかい陸ガメは、楊偉天が白猫とオオトカゲを人に戻しあらためて玉を光らしたと言った。そして白虎が具現したらしい。おそらく白虎と青龍になるべき者を入れ替えた」

 レンズに息をかけて爪でこする。眼鏡がないと黒目がちが強調される。

「四神の白虎が?」
 目やにがついたままの横根が聞く。

「その人はただの白い虎になったのだと思う。結局はあいつに殺されたからな。……異形にしたうえに扇の試し打ちなど、断じて許せぬ」
 思玲はしばし唇をかみ、
「あの男が四神くずれを人に戻したことは事実のようだ。あの老人と行動をともにする大鴉も、その術を知っているかもしれぬ」

 眼鏡をかけなおす。きつい顔立ちに戻る。

「それを聞きだすために捕まえるというのか?」
 狼が目をほそめる。
「……憂さ晴らしにいいかもな」

「ちょっと待てよ」
 俺は口を挟む。
「あの異形を追いこむなんて危険ですよ。それに、どこにいるのか知っているのですか?」

「あてすらない」
 思玲が長髪を後ろにかき集めながら言う。

「作戦は?」
「たいした策などない」
 思玲は濡れたままの髪を輪ゴムで結ぶ。「全員で探すだけだ。どうせ私達は桜井の気配のおかげで丸見えだ。ゆえに先手を打つ。哲人、またごたごた御託を並べるつもりか?」

「迷惑の張本人が言うのもあれですけど」
 桜井がくちばしをひろげる。
「師傅は、台湾で私達みたいなのを人に戻してるんすよね。それチャレンジしてもいいんじゃないっすか? 思玲先輩ならできると思います」

 高音の鳴き声混じりだ。コザクラインコを乗せた狼が顔をしかめる。

「私はお前の先達ではないから無理だな」
 思玲が嫌味な笑いを向ける。
「我が師傅がお持ちになる破邪の剣がなければ、魔道士は箱に触れることすらできない」

 コザクラインコが思案する。ひらめいたって感じに、空中で両羽根を合わせようとする。
「箱に触れないのならば、松本君に頼んで玉をだしてもらうとか」

「さすが青龍になる資質の者は言うことが違うな。そんな考えがあったとは、さすがの楊偉天も気づかなかっただろう。玉はすなわち卵だ。巣の中になければ、ただのガラス玉だ」

 思玲の言い分に、桜井がむくれ気味になる。俺は色々と納得する。それぞれが受けた四つの光を玉に戻せば人に戻れる。そのための手段を聞きだす。
 充分にあり得る話だ。だが至難だ。探すのだって困難だし、捕えても白状させられるだろうか。聞けたところで、楊偉天にしか使えぬ術かもしれない。そもそも知らないかもしれない……。それより俺の透明な光はどうなる? 青龍の玉のおまけだから、そこに戻ると信じよう。

「カッ、可能性にかけるってことだね。でも俺みたいな役立たずは、昼間から哲人に乗っかって浮かぶだけかよ」
「お前次第だ」

 思玲はドーンにそう言うと、胸ポケットから葉で作った細工を取りだす。

「草笛か?」川田が言う。

草鈴(カオリン)と呼ばれる。哲人、吹けるか試してくれ」

 ふたつあるうちのひとつを俺に突きだす。ヒマワリの葉で作ったと、触るなり分かった。感覚で唇にあてる。夏草の香りがひろがる。息を吹きかけると、チリリーと草笛とは思えない澄んだ音が響く。
 思玲が安堵した顔を覗かせ、もうひとつの草鈴を吹く。やはりチリチリと鈴のような音がひろがる。

「この雌雄の笛を吹けば、もう片方の耳にだけ届く。数十里ぐらいなら充分に聞こえる」

「数十里って何キロメートルですか?」
「この町ぐらいのたとえだ。難しく考えるな」
 横根の問いを軽くながし「私の組と哲人の組に分かれる。私とともに流範を追いつめるのは川田と瑞希だ。空からあぶりだすのは残りの三人だ」

 すっと立ちあがる。俺達は誰も腰をあげない。

「策はないと言っていましたけど」
「理屈を並べるではないぞ」
 思玲ににらまれる。「楊偉天に報いるため、流範は最後まであきらめぬだろう。奴も我々を探したいに違いない。機会はある」

 たしかにチャンスはあるかもしれない。でも捕らえたとしても、

「教えてくれると思えないです。式神が裏切るなんてあり得るのですか?」
 俺は意見を述べるのをやめない。この作戦は不確実すぎる。仲間が危険に晒されるだけだ。

「俺は思玲に賛成だ。これよりよい考えが浮かんだら呼んでくれ。とにかく俺は動きたい」
 川田である狼が四肢をあげる。桜井がふわっと浮かび、差しこんだ朝日に照らされる。狼は思玲を見上げる。
「俺は保健所とかに捕まるから、紐をつけて思玲と一緒なんだろ? 気にしていられるか。俺は一人で動く。見つけたら、あらんかぎりに吠えて知らせる」

 だったら俺も川田と動く……。六人一緒にいるべきでないか?

「俺も川田と行くよ。三組のが見つける確率があがらね?」
 ドーンが狼へとちょこちょこ跳ねる。

 それはなおさらハイリスクだ。桜井と二人きりといっても今はインコだし。

「和戸、お前次第と言っただろ」
 思玲がきっぱりとした口調を続ける。
「お前は使いの鴉どものおとりになれ。和戸が一番弱いゆえ、残党も油断して襲いにくる。そこを哲人と桜井で捕らえ尋問し、親玉がどこにひそんでいるかを聞きだせ」

 この女以外の五人が固まる。

「……さすがにヤバいんじゃないっすか、だよね?」

 桜井が横根に同意を求める。白猫が首を大きく縦にふる。当たり前だ。俺達は将棋の駒じゃない。

「そう言うなって。だったら俺は哲人と行くよ」
 当事者のドーンが俺へと真顔で笑いかけてくる。
「それならうまくいくかもね」

「流範達を恐れさせぬため、私は和戸達から離れた場所で姿をあらわにする。なにかあったら草鈴を鳴らせ。護符があれば大丈夫だ」
 思玲は決然とした態度を崩さない。
「川田にも大事な役目がある。それまでは無理をしてほしくない。私とともに動け」

 その役目とはろくなものでないだろう。妖怪である俺の背筋が寒くなる。

「どんな仕事だ」

 やはり川田が問い詰める。「まだ伝えぬ」と思玲は階段に向かう。川田が牙をだして迫る。思玲は一段降りかけて、立ちどまる。

「誰かに兆候が現れたら私の扇を試す。玉と箱にかかった妖術を消し去れるかをな」
 振り返りもせずに話す。
「かき消すことができたのなら、お前の牙で巣を引き裂け。護りの術はもはやなく、四つの玉が怯えだす。みなに入った光をおのれの中に戻そうとする。そのときに箱を囲んでいれば、お前達は人に戻れる」

 口早に言って、彼女はまた階段を降りていく。

「ちょっと待ちなさいって!」
 インコが思玲の顔の前にまわりこむ。
「あの声の意味が分かりました。すみませんした! でも自分を犠牲にしない。そう約束してください!」

 すごい剣幕だ。俺達は呆気にとられてしまう。

「犠牲になるなど言っていない」
「言ってないけど知ってます!」
「耳もとで大声をだすな」
 思玲が小鳥を手で追いはらう。「あの剣があれば師傅に任せる。剣がなければ扇を試す。それだけだ。私は日本などで死にたくない。死ぬ気もない。本心だ」

 思玲は階段の下へと消える。桜井は手すりにとまる。
 青い小鳥が背の低い太陽に照らされる。




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