四十九の二 ファイナルシフトアップ
文字数 3,298文字
即時の撤退。
俺も川田も雅も、横たわる龍である夏奈のもとにたどり着く。結界に包まれる。俺はリュックから四玉の箱をとりだす。
「私は思玲様を守るだけ」
雅が横たわり、女の子を蒼い毛皮で覆う。
「俺はまだ戦う。結界を開けろ」
ドロシーを降ろした川田が横根に言い「邪魔だが、ハゲの相手には必要だ」
思玲の手から落ちた護符をくわえる。
「川田、すこしだけ待って」
俺は外箱を開ける。四玉の玉はすでに怯えている。木箱を隔てても感じる。
白猫へと、
「木の蓋をどかすなり横根と夏奈は人に戻る。俺と川田はここからすぐに離れる。次の攻撃で結界が消えた瞬間に開けるよ」
横根が祈りをやめる。……また薄らいでいるよな。
「わ、私もまだ人にならない。そしたら結界が消えちゃうよ」
透けた白猫が訴える。
でも横根が立ち去っても夏奈の巨体がさらされる。ギリギリまで守ってもらうべきだ。
「またすぐに箱を開ける。今度は白ライオンになってもらうよ」
俺は微笑みかける。
夏奈を救おうとする感情が結界を育んでいる。彼女こそ精根尽きるかも。横根はもうこっちの世界に戻さない。
毒と火焔が盛大に飛んできた。結界は押しとめるがひび割れる。……横根の結界は瞬時に復活するよな。周囲の仲間を包みこむよな。
俺は独鈷杵を握りしめる。木箱を開ける。
ウワンウワンウワン……
俺に見つめられて四玉の怯えが極限になる。
「川田、行こう」
閉じかけた結界をかき分ける。隻眼の黒き狼とともに飛びだす。
ドロシーの光はなおも照らしている。
「挟み撃ちだ。獲物は松本が決めろ」
手負いの獣が闇にまぎれる。
峻計は姿を見せない。結界にこもり、すぐ横にいるかもしれない。土壁にしてもだ。空に麗豪、地に法董……。倒すべきはなによりも法董!
「勝てると思うのか?」
法董が冥神の輪を横へと投げる。重機のごとくパワフルに俺へと駆けだす。俺が投げた独鈷杵をたやすく避ける。俺の首をつかむなり背負い投げる。
上空から白銀の輪が俺へと飛ぶ。
「松本!」
黒い魔獣が滅魔の輪を跳ね飛ばす。くわえた天宮の護符が、獰猛にどす黒いほどに輝いていた。なのに護符を落とし、法董の首を噛もうとする。
法董の正拳突きが川田を数メートルも飛ばす。
「川田、二度と捨てるな! ぐえっ」
護符を投げ戻した俺へと法董の蹴りが飛ぶ。背骨に直撃。妖怪のくせに血を吐く。吐いた血が水たまりに混ざり消えていく。
輪が奴の手に戻る。俺の折れた背骨はかってに接着する。
夏奈達はどうなった? 目を向けられない。
「この書をめくりたい。知と識を授けると、死者達が呼んでいる」
麗豪が空でつぶやく。
こいつの鞭はそぞろだが、藪から毒の玉が飛んでくる。法董は跳躍して避ける。俺は吸いこみ、むせる。
「土壁め。俺も殺す気だな! お前達も今宵のうちに消してやる」
僧が吠える。
上空から俺へと輪を投げる。川田が口にした護符ではじく。俺は法董へと独鈷杵を投げる。蹴りかえされて戻ってくる……。
こいつマジで強いかも。
護布が欲しい。でもドロシーを守ってもらう。
ちらりとよそ見する。青龍は横たわったままだ。でかいから人に戻るのに時間がかかるのか? たしかに玉は怯えたよな。
「あいつはどこだ? またもや、なにか狙っているぞ」
川田は俺と背中合わせだ。
峻計の思惑など分かるはずがない。すべてに集中しろ。
「麗豪、書に囚われるな!」法董が叫ぶ。「楊偉天と同じ目にあうぞ」
――まさしくな
峻計が姿をだす。雷術。麗豪が蜃気楼と消える。
「法董、間一髪救われたな」
麗豪が残された民家の屋根に現れる。書を閉じる。
「峻計、どういうつもりだ?」
「あの有能な蛇は私に従った。滅邪の輪が怖くてな」
峻計は姿を消さない。
「私の傷を笑いものにしたらしいな。貴様達にはもはや船頭はいない。地裂雷!」
なにも起きない。峻計は姿を隠す。
「軽い雷術が地を這うものか!」
法董が何もない闇へと冥神の輪を投げる。結界に跳ねかえされる。
「だから劉昇の雷は空に向かわなかったのか」
峻計が姿を見せないまま笑う。
レベルの高すぎる戦いだが、こいつらは内輪もめばかりだ。その隙に、俺は夏奈達をしかと見る。……青龍が溶けだしていた。透けた白猫が祈りつづけている。
箱が蓋されているじゃないか!
ズドン
背中への強烈な衝撃。だけど痛くない。手負いの獣がのしかかっていた。
「危なかったな。この木札がないと助けられなかった」
護符をくわえた川田が笑う。
あいつの本命は俺だった。それよりも、
「箱を開けろよ!」
俺の叫びに、横根が首を振る。
「私が閉じた!」思玲が答える。「お前らが手こずっているからだ! 私が寝ているあいだに、勝手に事を進めるな!」
傷だらけの少女はリタイアしていろ。俺の心を察した雅が低くうなる。
「早く開けろ!」それでも俺は叫ぶ。
「だったら早く倒せ……。坊さんだけでもな」
思玲は大声を続けられない。
そりゃ、このままだと人に戻った二人はこっちの世界の争いに巻きこまれる。思玲は正しいけど、だとしても正しくない。峻計と土壁、法董と麗豪、こいつらを全部倒すまでに夏奈は消える。……そうだな。せめて法董だけでも。
雅がまだ唸っている。結界の前で、モグラが顔をだした。それを押しのけて、小鬼が穴からでる。背後を気にしながら結界をノックする。中へと転がりこむ。
「松本哲人、決着をつけたいようだな。たしかに長引くのは互いに利がない」
法董が冥神の輪を握る。
俺達へと駆けてくる。輪を投げないのは接近戦だ。つば競り合いでのかすり傷でも、俺は消滅する――。
だから独鈷杵を投げる。そして背を向けて逃げる。川田が俺を追い越しやがる。
だめだ。どうしても冥神の輪が怖い。
――怯えるなよ
声が聞こえ……声じゃない。笛の音色だ。明るく軽快な響きは、沈大姐が殲の上で奏でた高山青だ。
「ドーンか?」
川田が空を見上げる。法董も見上げる。その空を峻計の雷が乱れ飛ぶ。でも笛の音は途絶えない。その旋律に勇気がよみがえる。
「効かねーよ」
笛からくちばしを離した迦楼羅がカカカと笑う。
「沈おばさんの曲、あれはヒントだったな。他にもリクエストしろよ」
再びの雷術を迦楼羅は軽やかに避ける。術の鞭などたやすく逃れる。昨夜の俺より素早いかも。
それより琥珀だ。
「パソコンに電波をつなげろ!」名前は呼ばない。「そしたらプラチナ会員だ!」
「松本は色々考えすぎだ。突っこむぞ」
川田が俺をにらむ。こいつにも蛮勇が戻った。
手負いの獣が法董へとあらためて向かう。毒と炎が割りこみ競演する。川田は突破する。
「守りを捨てた貴様らを死だけが待つ。嘿 !」
法董が跳躍して川田を避ける。
強烈な波動が、俺達の背後で炸裂した。結界の外の連中は誰も気にしない。
俺は法董へと独鈷杵を投げる。
「嘿 !」
法董は蹴落とし、地面の川田へと冥神の輪を向ける。俺は手ぶらで駆ける。
「我が主の命 により助太刀する」
蒼い狼が俺を追い越す。琥珀が結界を破壊したな。
「人の目にさらされた体」
張麗豪がつぶやく。「雅、これが本気の姿か。昨夜の私とは茶番だったのか」
麗豪の鞭は狼達には届かない。ドーンの笛が絶唱する。俺の手に独鈷杵が戻る。法董に戻らんとする輪へと投げる。
まとめてつかもうとする奴の手を、雅が噛む。地面へと引きずり落とす。でも奴のもうひとつの手に輪が戻る。俺へと鞭がからみつく。
この術は杖経由じゃない。俺は麗豪を引きずる。屋根から転がり落ちた麗豪が鞭を消す。
「気をつけろ!」
俺は雅へと叫ぶ。雅はすでに法董から離れていた。法董は雅の背へと輪を投げようとして、俺と川田に気づく。
法董が空高く跳躍する。……狼達ですら捕らえられない。
――貴様は死に絶えろ
峻計の公平なる憎悪。
雷が法董を包む。橙色の僧服が黒く焦げ、法董が地に落ちる。
川田が飛びかかる。くわえた天宮の護符が黒く輝く。
「報いだ」
俺も独鈷杵を突く。
法董は悲鳴を漏らすことなく泥にうつ伏す。その手から冥神の輪が落ち、ぬかるみに垂直に埋もれる。
ドーンの笛は絶えまない。
次回「思玲の矛と盾」
俺も川田も雅も、横たわる龍である夏奈のもとにたどり着く。結界に包まれる。俺はリュックから四玉の箱をとりだす。
「私は思玲様を守るだけ」
雅が横たわり、女の子を蒼い毛皮で覆う。
「俺はまだ戦う。結界を開けろ」
ドロシーを降ろした川田が横根に言い「邪魔だが、ハゲの相手には必要だ」
思玲の手から落ちた護符をくわえる。
「川田、すこしだけ待って」
俺は外箱を開ける。四玉の玉はすでに怯えている。木箱を隔てても感じる。
白猫へと、
「木の蓋をどかすなり横根と夏奈は人に戻る。俺と川田はここからすぐに離れる。次の攻撃で結界が消えた瞬間に開けるよ」
横根が祈りをやめる。……また薄らいでいるよな。
「わ、私もまだ人にならない。そしたら結界が消えちゃうよ」
透けた白猫が訴える。
でも横根が立ち去っても夏奈の巨体がさらされる。ギリギリまで守ってもらうべきだ。
「またすぐに箱を開ける。今度は白ライオンになってもらうよ」
俺は微笑みかける。
夏奈を救おうとする感情が結界を育んでいる。彼女こそ精根尽きるかも。横根はもうこっちの世界に戻さない。
毒と火焔が盛大に飛んできた。結界は押しとめるがひび割れる。……横根の結界は瞬時に復活するよな。周囲の仲間を包みこむよな。
俺は独鈷杵を握りしめる。木箱を開ける。
ウワンウワンウワン……
俺に見つめられて四玉の怯えが極限になる。
「川田、行こう」
閉じかけた結界をかき分ける。隻眼の黒き狼とともに飛びだす。
ドロシーの光はなおも照らしている。
「挟み撃ちだ。獲物は松本が決めろ」
手負いの獣が闇にまぎれる。
峻計は姿を見せない。結界にこもり、すぐ横にいるかもしれない。土壁にしてもだ。空に麗豪、地に法董……。倒すべきはなによりも法董!
「勝てると思うのか?」
法董が冥神の輪を横へと投げる。重機のごとくパワフルに俺へと駆けだす。俺が投げた独鈷杵をたやすく避ける。俺の首をつかむなり背負い投げる。
上空から白銀の輪が俺へと飛ぶ。
「松本!」
黒い魔獣が滅魔の輪を跳ね飛ばす。くわえた天宮の護符が、獰猛にどす黒いほどに輝いていた。なのに護符を落とし、法董の首を噛もうとする。
法董の正拳突きが川田を数メートルも飛ばす。
「川田、二度と捨てるな! ぐえっ」
護符を投げ戻した俺へと法董の蹴りが飛ぶ。背骨に直撃。妖怪のくせに血を吐く。吐いた血が水たまりに混ざり消えていく。
輪が奴の手に戻る。俺の折れた背骨はかってに接着する。
夏奈達はどうなった? 目を向けられない。
「この書をめくりたい。知と識を授けると、死者達が呼んでいる」
麗豪が空でつぶやく。
こいつの鞭はそぞろだが、藪から毒の玉が飛んでくる。法董は跳躍して避ける。俺は吸いこみ、むせる。
「土壁め。俺も殺す気だな! お前達も今宵のうちに消してやる」
僧が吠える。
上空から俺へと輪を投げる。川田が口にした護符ではじく。俺は法董へと独鈷杵を投げる。蹴りかえされて戻ってくる……。
こいつマジで強いかも。
護布が欲しい。でもドロシーを守ってもらう。
ちらりとよそ見する。青龍は横たわったままだ。でかいから人に戻るのに時間がかかるのか? たしかに玉は怯えたよな。
「あいつはどこだ? またもや、なにか狙っているぞ」
川田は俺と背中合わせだ。
峻計の思惑など分かるはずがない。すべてに集中しろ。
「麗豪、書に囚われるな!」法董が叫ぶ。「楊偉天と同じ目にあうぞ」
――まさしくな
峻計が姿をだす。雷術。麗豪が蜃気楼と消える。
「法董、間一髪救われたな」
麗豪が残された民家の屋根に現れる。書を閉じる。
「峻計、どういうつもりだ?」
「あの有能な蛇は私に従った。滅邪の輪が怖くてな」
峻計は姿を消さない。
「私の傷を笑いものにしたらしいな。貴様達にはもはや船頭はいない。地裂雷!」
なにも起きない。峻計は姿を隠す。
「軽い雷術が地を這うものか!」
法董が何もない闇へと冥神の輪を投げる。結界に跳ねかえされる。
「だから劉昇の雷は空に向かわなかったのか」
峻計が姿を見せないまま笑う。
レベルの高すぎる戦いだが、こいつらは内輪もめばかりだ。その隙に、俺は夏奈達をしかと見る。……青龍が溶けだしていた。透けた白猫が祈りつづけている。
箱が蓋されているじゃないか!
ズドン
背中への強烈な衝撃。だけど痛くない。手負いの獣がのしかかっていた。
「危なかったな。この木札がないと助けられなかった」
護符をくわえた川田が笑う。
あいつの本命は俺だった。それよりも、
「箱を開けろよ!」
俺の叫びに、横根が首を振る。
「私が閉じた!」思玲が答える。「お前らが手こずっているからだ! 私が寝ているあいだに、勝手に事を進めるな!」
傷だらけの少女はリタイアしていろ。俺の心を察した雅が低くうなる。
「早く開けろ!」それでも俺は叫ぶ。
「だったら早く倒せ……。坊さんだけでもな」
思玲は大声を続けられない。
そりゃ、このままだと人に戻った二人はこっちの世界の争いに巻きこまれる。思玲は正しいけど、だとしても正しくない。峻計と土壁、法董と麗豪、こいつらを全部倒すまでに夏奈は消える。……そうだな。せめて法董だけでも。
雅がまだ唸っている。結界の前で、モグラが顔をだした。それを押しのけて、小鬼が穴からでる。背後を気にしながら結界をノックする。中へと転がりこむ。
「松本哲人、決着をつけたいようだな。たしかに長引くのは互いに利がない」
法董が冥神の輪を握る。
俺達へと駆けてくる。輪を投げないのは接近戦だ。つば競り合いでのかすり傷でも、俺は消滅する――。
だから独鈷杵を投げる。そして背を向けて逃げる。川田が俺を追い越しやがる。
だめだ。どうしても冥神の輪が怖い。
――怯えるなよ
声が聞こえ……声じゃない。笛の音色だ。明るく軽快な響きは、沈大姐が殲の上で奏でた高山青だ。
「ドーンか?」
川田が空を見上げる。法董も見上げる。その空を峻計の雷が乱れ飛ぶ。でも笛の音は途絶えない。その旋律に勇気がよみがえる。
「効かねーよ」
笛からくちばしを離した迦楼羅がカカカと笑う。
「沈おばさんの曲、あれはヒントだったな。他にもリクエストしろよ」
再びの雷術を迦楼羅は軽やかに避ける。術の鞭などたやすく逃れる。昨夜の俺より素早いかも。
それより琥珀だ。
「パソコンに電波をつなげろ!」名前は呼ばない。「そしたらプラチナ会員だ!」
「松本は色々考えすぎだ。突っこむぞ」
川田が俺をにらむ。こいつにも蛮勇が戻った。
手負いの獣が法董へとあらためて向かう。毒と炎が割りこみ競演する。川田は突破する。
「守りを捨てた貴様らを死だけが待つ。
法董が跳躍して川田を避ける。
強烈な波動が、俺達の背後で炸裂した。結界の外の連中は誰も気にしない。
俺は法董へと独鈷杵を投げる。
「
法董は蹴落とし、地面の川田へと冥神の輪を向ける。俺は手ぶらで駆ける。
「我が主の
蒼い狼が俺を追い越す。琥珀が結界を破壊したな。
「人の目にさらされた体」
張麗豪がつぶやく。「雅、これが本気の姿か。昨夜の私とは茶番だったのか」
麗豪の鞭は狼達には届かない。ドーンの笛が絶唱する。俺の手に独鈷杵が戻る。法董に戻らんとする輪へと投げる。
まとめてつかもうとする奴の手を、雅が噛む。地面へと引きずり落とす。でも奴のもうひとつの手に輪が戻る。俺へと鞭がからみつく。
この術は杖経由じゃない。俺は麗豪を引きずる。屋根から転がり落ちた麗豪が鞭を消す。
「気をつけろ!」
俺は雅へと叫ぶ。雅はすでに法董から離れていた。法董は雅の背へと輪を投げようとして、俺と川田に気づく。
法董が空高く跳躍する。……狼達ですら捕らえられない。
――貴様は死に絶えろ
峻計の公平なる憎悪。
雷が法董を包む。橙色の僧服が黒く焦げ、法董が地に落ちる。
川田が飛びかかる。くわえた天宮の護符が黒く輝く。
「報いだ」
俺も独鈷杵を突く。
法董は悲鳴を漏らすことなく泥にうつ伏す。その手から冥神の輪が落ち、ぬかるみに垂直に埋もれる。
ドーンの笛は絶えまない。
次回「思玲の矛と盾」