十五の一 雷と轟音と朝日

文字数 3,104文字

「空にでるな! どこかに隠れろ!」

 カンナイの飛びかたを思いだす。風を操るかのように美しかった。こいつらは飛行のプロに決まっている。俺達が空中戦でかなうはずない。
 カラス達はまだ上空で旋回している。様子をうかがっているようだ。やがて二方に分かれてフェンスに降りる。一羽でいるのがカンナイだ。俺もようやく小学校にたどり着く。

『か弱き妖精よ。お前が頼るものは果たして強いか』

 図書館からの声が追いかけてくる。人の窮地につけこむいやらしい声だ。気分が悪くなる。無視してフェンスを越える。
 屋上に降りたっても、二人はどこにも見あたらない。彼女の気配は伝わる。

「うまいところに逃げたね。鳥でなくネズミみたいだわ」
「まず俺がいく。お前達は援護しろ」

 奴らの真ん中にいる俺に気づくことなく、カンナイが滑るように屋上に降りる。前後左右上空を警戒しながら貯水タンクの下へと向かう。緊迫した桜井の気があふれてくる。空の真っただ中にあるこの場から、あいつらを逃さないと。

『窮地なのだろ』
『無視は精神衛生によくないぜ。離れたとこに声かけるのはしんどいんだよ』

 使い魔どもの声が交互にまとわりつく。俺はその声を振りはらうようにカンナイへと突進する。触れもせずにふわりと横へ流される。カンナイは気づきもしない。

「そこにいるのだろ? ハシボソもどきと青龍インコ」

 ハシブトガラスが暗闇に声かける。その頭をぽかぽかと殴る。手が滑るだけだ。……俺に向かった蜂は流された。黒人に向かった俺は流された。つまり触れあえない関係だと……、力なき方が押し流される?

「でてくるなよ。こいつは(俺より)強いぞ」
 二人に念押しする。

「松本君、お札は?」
「はやく笛を鳴らせよ」

 奥からの声に、カンナイがはっと振り向く。すぐ背後の俺に気づかず、その先を眺める。
「誰と話していやがる」ぼそりと言う。仲間に向けて「どっちか来てくれ」

「笛は壊れた」俺も仲間に声をかける。「木札は効果ないと思う」
「なんだそりゃ」

 ドーンと桜井のあきれ声がハモる。護符が発動しても怖いんだよ。
 一羽が降りてきた。ぴょんぴょんと跳ねて近づく。
 仕方なく木札を懐からだす。逃げやがれ。

「フーフダじゃないかよ。なんで浮いているんだ?」
 カラスは興味を示すだけだ。

「ゴウオン、それはなんだ?」
 カンナイも俺の手に目を向ける。

「山育ちのあんたは知らないか」
 ゴウオンと呼ばれたカラスが木札をつつく。発動しなくて安堵してしまう。
「人間が頼りにする札だが、こいつは土着かもしれないなっと」

 くちばしをいきなりひろげる。あわてて手を引っこめる。

『頼りの札もその有り様。キキキッ』

 木札を懐中にしまう。突然消えて、ハシブト達がビクッと後ずさりする。

「ならば、そっちの二羽だな。カンナイさんばかりじゃ悪いから、俺が(もぐ)るぜ」

 ゴウオンがタンクの下に向かう。俺は体当たりして、ゴウオンがよろめく。すれ違わない!

「は、腹が減って目がまわったかな」
 ゴウオンが照れ笑いをする。

 カラスにくわえかけられて、護符がかすかに発動したのか? 俺はゴウオンに飛び乗る。押しつぶせはしないが、ずり落ちるまでぽかぽかと頭を殴る。

「……フーフダの(ばち)が当たったかも。南の島の雌に来てもらう。ヂャオリー、交代だ」

 ゴウオンがフェンスに戻っていく。入れ替わりに、ヂャオリーと呼ばれた雌カラスが降りてくる。慎重そうにそばまで来ない。鎖と有刺鉄線で厳重に閉ざされた鉄柵の門にとまる――。非常階段が逃げ道だ。

「上から見させてもらったけど、物の怪がいるかもね」
「流範様に傷を負わした奴らが相手だ。なにがいてもおかしくはない」

 カンナイが雌カラスに返事する。こいつの冷静さが怖い。だから背後から体当たりする。ふわりと流される。

「思玲がいると脅せ!」
 俺はひとつ覚えの技を命じる。

「おいカラス! 思玲さんが隠れているぞ。てめえらなんかミンチだからな」

 ややガラわるい桜井の声に、カラス達が笑い声をあげる。

「だから一羽が四方に目を配るんだよ」
 ゴウオンがフェンスから言う。「どこにいるか分かれば、羽根があれば避けられる」

『力は足りず助けもいない』
『だからこそ、ここへ来い』

 誰が従うか。そんなに誘うのならお前達が来――。
 胸の中でお札が発動する。すんでのところで、まがまがしい奴らと交渉せずに済んだ。

「あの光は、今の俺達には見えないかもしれない」
 冷徹な声がする。「はやく流範様に会って、力を戻さないとな」

 充分に力があるカンナイが隙間に顔を入れる。俺はご機嫌斜めな木札を取りだす。むごい目はやめてと念じながら、尾羽根に押しつける。
 グワッと、カンナイが跳ねあがる。鳴き声をたてながら空へと逃げる。他の二羽もつられたように飛ぶ。今のうちだ!

「急いででてこい! 階段に行くぞ」

 青いインコが飛びだしてくる。氷上を滑るように非常階段へ向かう。

「さっきの場所だな」

 ドーンもひょこひょこでてくる。当然のように俺によじ登る。ガッと声をだして、はじかれたように落ちる。カラスが黒目をむいている。
 まだ機嫌が悪い木札にやられたようだ。しかもカンナイよりダメージを受けている。頬でも叩いて起こしたいが、とどめをさしてしまうかも。

「桜井、戻れし! ドーンを起こせし!」

 焦ると方言がでてしまう。小鳥がすいすいとやってきた。

「和戸君恥ずかし」

 足を上にしてひっくり返るカラスのもとに着地する。頭の羽毛をくわえるなり、おもいきり引っぱる。悲鳴をあげてドーンの意識が戻る。足を地面に戻し、頭の上に羽根を乗せようとする。

「見えない異形にやられたみたいだが、それほどではない」
 カンナイが静かな羽ばたきで戻ってきた。
「態勢をなおすぞ。ハシボソは飛べない。ゴウオンは人間が登る道をふさげ。そこから逃げるつもりだ」

 カンナイの指図に一羽がふわりと飛ぶ。入口の有刺鉄線の上に軽やかに着地する。

「きれいだな」

 ドーンはうつろな目でハシブトガラスの飛行を追っていた。

「ヂャオリーはボソを責めてくれ。痛めてから聞きだせ」
 カンナイは空中にたたずみながら指示を続ける。
「南国鳥の飛びかたを見たよな。こいつは正真正銘の異形だ。俺がなんとかする」

(シー)」ヂャオリーが人の言葉を真似る。「それなら先に追いはらってくれよ」

 こいつら賢い。三羽だけのが救いだ。

「カカ。楽しくなるな。異形との果し合いだ。飢え死ぬより楽しいぞ」
 カンナイが降りてくる。風と一体みたいだ。

「これが飛ぶということか」

 ドーンはくちばしを開けて見とれている。それどころではないだろ!

「桜井逃げろ」
 俺は札をかかげて小鳥にかぶさる。でもインコはすり抜ける。

「和戸君逃げろよ!」

 桜井がドーンに向けて突っこむ。いや、ハシブトにタックルかよ!
 カラスは鋭角に空へ戻る。インコは地面に落とされる。

「……ツミのような一撃だな」
 カンナイが空中で体勢を整える。

 桜井を狙うと言いながら、本当のターゲットはドーンか。こいつらはこざかしい。俺は二人をかばい、木札を空に突きだす。……お札はもう機嫌を取り戻している。
 カンナイは護符を恐れることなく飛んでくる。木札ごとふわりと飛ばされる。
 二人へと目を戻す。どちらもまだ無事だが、

「かたまっていたら、まとめて狙われる!」
 桜井が空へと上がる。

「よっしゃ、ばらけたね」
 ヂャオリーが羽根をひろげる。

「カンナイさん、次の指示はなんだ?」
 鉄門の上でゴウオンが笑う。

「俺達は知恵あるカラス族だったよな」
 カンナイが空から告げる。「ここから先は境目だ。自分の頭に浮かんだとおりに飛んでくれ」




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