十五の三 うっすら見えた
文字数 1,849文字
カンナイの降りたった校庭片隅を目ざす。青い小鳥もカラスもいない。
ぞくっ
校舎の反対側のバックネットから、切羽詰まった気配が届く。そっちまで逃げたのか、追いつめられたのか?
誰もいない校庭を横切る。太陽が照りつけるだけだ。
「夏奈ちゃーん!」
雌カラスをまいたらしきドーンが上空から俺を追い越す。でもバックネットの向こうから、カンナイが現れる。
「……空での喧嘩はまだ無理」
ドーンが羽根を傾けて逃げだす。カンナイは俺に気づくはずなくドーンを追いかける。二羽のカラスは町なかに消える。
俺は地面に顔を戻す。桜井どこだ!
「松本君、ここだよ」
一塁側のコンクリート製のベンチの下から、彼女の声がした。
「怖くてなにもできなかった。だいぶやられた」
俺は片羽根をだらりとさげた青い小鳥を持ちあげる。両手に抱える。
幻影である桜井を抱きかかえる。
「イタタ……。もう大丈夫よね」
シャツが裂けるほどに傷を負っているのに、無理して笑いかけてくる。
カラスが飛んできて、二人だけの時間はすぐに終わる。幻の彼女は傷を負った小鳥に戻る。
「四神くずれがまた浮かんでいるぜ」
ゴウオンがあざけるように舞う。
「まだ元気ってことかい。私がもうすこし痛めつけるよ」
ヂャオリーがくちばしを向けて降りてくる。
俺は心底怒っている。こいつらはゆるさない。左手で小鳥を胸に抱き、右手で木札をだす。
たとえ異形の姿であろうと、こいつが死んだら俺も死ぬぞ。
護符を無理やり発動させる。桜井へと飛びこむヂャオリーに木札を向ける。
向けただけだ。
「クッ」一言もらし、雌カラスは地面に落ちる。身動きしなくなる。
「お、おい、ヂャオリー。……いきなり抜け殻かよ」
バックネットにとまったゴウオンは俺をにらまない。小鳥へだけ、仲間を失った憎悪を向ける。俺は木札をかかげる。
「ゴウオン、やめろ」
カンナイが上空に戻ってきた。
「やはり異形は化け物だったか。誘ったのは俺だ。俺が責任を取る」
カンナイが一直線に俺達へと飛ぶ。護符は激しく発動している。どんなに秀でたカラスであろうと、こっちの世界にかなうはずない。
桜井へたどりつくことなく、カンナイは声もたてずに地面に落ちる。かすれた白線のネクストサークルの横で動かなくなる。
「うっすら見えるぞ」
ゴウオンがバックネットから俺を見ている。黒い瞳で。
「怒りで姿を現したのかよ。まるでミョウオウ様だな」
お前だって怒りで震えているだろ。俺は生き残りのカラスとにらみあう。やがてゴウオンは飛びたつ。俺は誰もいなくなった校庭で、気を失った人である桜井を抱きしめる。
***
「そのハシブト達は抜け殻だよな。哲人の仕業かよ」
小学校の校庭に戻ったドーンが上空で騒ぐ。カラスは死骸のことを抜け殻と呼ぶのか。魂の抜けおちた殻か。
「……着地する。ミスったら受けとめて」
ドーンが俺めがけて滑空する。俺を越えて、ピッチャーマウンドの上につんのめるように降りる。振り返る。
「しかし殺すかよ。二羽も……。いやいや哲人サンキュー、いやドンマイ」
俺の顔を覗いて非難めいた口調を変える。黙ったままの俺へと、困惑したような笑みを向ける。
「こいつらからは余裕で逃げられたけど、降りかた分かんなくてさ。で、ハトの着地を観察してきた。哲人のところまで飛ぶぞ」
ドーンが羽根をひろげて再び浮かぶ。俺の目前に舞いおりる。
「さっきはブレーキのタイミングが遅かった。コツはつかんだ。もう大丈夫に決まっている」
小鳥が俺の胸もとで目を開ける。
「小さめだから和戸君だよね? 飛んでるし。ははは……」
無理して笑う。「松本君が倒してくれた。私ら昼はつらいっぽい」
「哲人が怒るわけだ。夏奈ちゃんまで抜け殻になるなよ。哲人、なんとかしろよ」
ドーンが必死に羽ばたきホバリングしながら言う。
「桜井は(異形だから)きっと治るよ。おい茂って涼しげな木陰に行こう」
異形である俺がそう告げる。
「カラス達をどかしてあげよ。埋めるの無理でも」
小鳥が俺の目を見上げる。俺達は人だから、そうすべきだよな。
「野球少年もかわいそうだしな。哲人、いつまでも悪い」
ドーンが高く飛ぶ。
「桜井をここじゃない場所へ連れてからだよ」
照らしつける太陽は俺達の敵だ。俺は小鳥を抱えたまま死骸へと手をあわせ、ふわふわと校舎側へと戻る。
仲間同士で必死に飛んだカラス達はもういない。報いを受けるべきことをした連中だとしても。
校庭を囲むように、ミンミンゼミ達が鳴きはじめる。
次回「本心は一羽邪魔だ」
ぞくっ
校舎の反対側のバックネットから、切羽詰まった気配が届く。そっちまで逃げたのか、追いつめられたのか?
誰もいない校庭を横切る。太陽が照りつけるだけだ。
「夏奈ちゃーん!」
雌カラスをまいたらしきドーンが上空から俺を追い越す。でもバックネットの向こうから、カンナイが現れる。
「……空での喧嘩はまだ無理」
ドーンが羽根を傾けて逃げだす。カンナイは俺に気づくはずなくドーンを追いかける。二羽のカラスは町なかに消える。
俺は地面に顔を戻す。桜井どこだ!
「松本君、ここだよ」
一塁側のコンクリート製のベンチの下から、彼女の声がした。
「怖くてなにもできなかった。だいぶやられた」
俺は片羽根をだらりとさげた青い小鳥を持ちあげる。両手に抱える。
幻影である桜井を抱きかかえる。
「イタタ……。もう大丈夫よね」
シャツが裂けるほどに傷を負っているのに、無理して笑いかけてくる。
カラスが飛んできて、二人だけの時間はすぐに終わる。幻の彼女は傷を負った小鳥に戻る。
「四神くずれがまた浮かんでいるぜ」
ゴウオンがあざけるように舞う。
「まだ元気ってことかい。私がもうすこし痛めつけるよ」
ヂャオリーがくちばしを向けて降りてくる。
俺は心底怒っている。こいつらはゆるさない。左手で小鳥を胸に抱き、右手で木札をだす。
たとえ異形の姿であろうと、こいつが死んだら俺も死ぬぞ。
護符を無理やり発動させる。桜井へと飛びこむヂャオリーに木札を向ける。
向けただけだ。
「クッ」一言もらし、雌カラスは地面に落ちる。身動きしなくなる。
「お、おい、ヂャオリー。……いきなり抜け殻かよ」
バックネットにとまったゴウオンは俺をにらまない。小鳥へだけ、仲間を失った憎悪を向ける。俺は木札をかかげる。
「ゴウオン、やめろ」
カンナイが上空に戻ってきた。
「やはり異形は化け物だったか。誘ったのは俺だ。俺が責任を取る」
カンナイが一直線に俺達へと飛ぶ。護符は激しく発動している。どんなに秀でたカラスであろうと、こっちの世界にかなうはずない。
桜井へたどりつくことなく、カンナイは声もたてずに地面に落ちる。かすれた白線のネクストサークルの横で動かなくなる。
「うっすら見えるぞ」
ゴウオンがバックネットから俺を見ている。黒い瞳で。
「怒りで姿を現したのかよ。まるでミョウオウ様だな」
お前だって怒りで震えているだろ。俺は生き残りのカラスとにらみあう。やがてゴウオンは飛びたつ。俺は誰もいなくなった校庭で、気を失った人である桜井を抱きしめる。
***
「そのハシブト達は抜け殻だよな。哲人の仕業かよ」
小学校の校庭に戻ったドーンが上空で騒ぐ。カラスは死骸のことを抜け殻と呼ぶのか。魂の抜けおちた殻か。
「……着地する。ミスったら受けとめて」
ドーンが俺めがけて滑空する。俺を越えて、ピッチャーマウンドの上につんのめるように降りる。振り返る。
「しかし殺すかよ。二羽も……。いやいや哲人サンキュー、いやドンマイ」
俺の顔を覗いて非難めいた口調を変える。黙ったままの俺へと、困惑したような笑みを向ける。
「こいつらからは余裕で逃げられたけど、降りかた分かんなくてさ。で、ハトの着地を観察してきた。哲人のところまで飛ぶぞ」
ドーンが羽根をひろげて再び浮かぶ。俺の目前に舞いおりる。
「さっきはブレーキのタイミングが遅かった。コツはつかんだ。もう大丈夫に決まっている」
小鳥が俺の胸もとで目を開ける。
「小さめだから和戸君だよね? 飛んでるし。ははは……」
無理して笑う。「松本君が倒してくれた。私ら昼はつらいっぽい」
「哲人が怒るわけだ。夏奈ちゃんまで抜け殻になるなよ。哲人、なんとかしろよ」
ドーンが必死に羽ばたきホバリングしながら言う。
「桜井は(異形だから)きっと治るよ。おい茂って涼しげな木陰に行こう」
異形である俺がそう告げる。
「カラス達をどかしてあげよ。埋めるの無理でも」
小鳥が俺の目を見上げる。俺達は人だから、そうすべきだよな。
「野球少年もかわいそうだしな。哲人、いつまでも悪い」
ドーンが高く飛ぶ。
「桜井をここじゃない場所へ連れてからだよ」
照らしつける太陽は俺達の敵だ。俺は小鳥を抱えたまま死骸へと手をあわせ、ふわふわと校舎側へと戻る。
仲間同士で必死に飛んだカラス達はもういない。報いを受けるべきことをした連中だとしても。
校庭を囲むように、ミンミンゼミ達が鳴きはじめる。
次回「本心は一羽邪魔だ」