十一の二 大空あおげるかよ。ラジオなんかねーし。風よどんでるし
文字数 2,094文字
「和戸は?」
ヒマワリの上にぽつんと乗る俺に、思玲が声をかけてきた。休むとか言ったくせに、俺達の様子を見にきている。
「校庭に行きましたよ。お前は来るなと言われた。だから放っておいた」
「ひそんでいてもらいたいがな」
思玲がヒマワリの葉に顔をよせる。中庭は真っ暗なのに、彼女はすべて見えるようだ。
「大学の門を壊しましたけど、今は顔認証なんて技術がありますよ。あなたも特定されて捕まるかも」
どうでもいいと思いながら、俺は淡々と述べる。
「没関係 」と思玲が人の言葉を口にする。このフレーズなら習っている。関係ないってことか。
「私達は治外法権だ。警察やマスコミで気概あるものが叫ぼうが、上からの声に潰される。またどこぞのご子息がやらかしたかなと、あきらめて終わる」
むかつく話だ。
「上級民とでも言いたいのですか?」
「その真逆だ」
闇の中で思玲が笑う。
「忌みされ畏れられているからだ。人智のおよばぬ事象に対処させるためだけに、許された存在だからだ。存在しても立証できぬ事象はいずれも公とならない。つまり我々も」
東京の夏の夜は、妖怪の目でも星はかすかだ。彼女へすべき質問も今さら意味ない。でも思玲は問いかけてくる。
「和戸が言っていたな。哲人は弁護士を目ざしていたのか?」
「かもしれないけど、過去形ではないです」
あの学校の実績をあげるために特別待遇で入学した身だから当然だ。でも大学が望む現役合格など現時点ではふざけた夢だ。
「すこし話したが、私も弁護士に関わった」
思玲はヒマワリの茎をつつきながら言う。俺は小さく揺れる。
「散々な目にあわせた者がいう話ではないが、勘違いにしろ、あの男も弱きを守るため私に歯向かった。哲人も斯様な人間を目ざすのか?」
「あとの三人は?」話題を変えたい。
「落ち着きのない桜井も、今は瑞希に寄り添い熟睡だ。川田は二人を見守っている。私の代わりにな」
一人でいたい。彼女がうとましい。
「護符もさすがに穢れただろうな。つたないが私が祈って浄化してやる」
穢れだの祈りだの、非現実的なセリフもうんざりだ。それを持って消えてくれと、懐に手を入れる動作をする。
思玲が制止する。
「私が身を清めてからだ。多少は違うだろう。プールに向かうが裸体をさらすから来るなよ」
彼女はひとしきり喋って去っていく。俺は花の上に乗るだけだ。植物に接していると心が休まる。逃避できる。めげるなって、ヒマワリ達の声が聞こえてきそうだ。
ドーンはどうしているのだろう? 飛べないくせに一人で。
俺はふわりとヒマワリから離れる。カラスを探しに校庭へと向かう。中庭のさきで闇が弱まる。朝など来なくていいのに。
*******
「あいつらは?」
物思いにふけっていた俺に、ドーンがさらに聞いてくる。
「三人一緒だってさ。俺達も行こうか」
スズメが鳴きだした。朝の挨拶だ。動物の声が聞こえる俺には分かる。
「俺はいいや。どうせ足手まといだし」
ドーンが校庭に目を戻す。「ずっと練習していた。……飛ぶの無理かも」
ドーンに並んで腰かけようとして、朝礼台の上に浮かぶ。人の作った鉄のかたまりに触れたくない。
「飛べなくてもいいだろ」
俺の言葉は励ましにもならない。
「このしなびた鱗だらけの足で歩けってのか」
ドーンが気色ばむ。
「ここに登るのだって一苦労だし。この気味悪いくちばしを使ってようやくだ。こんな体に人の心が残っているって拷問じゃね?」
そうだと思うけど肯定できるはずない。
「だからこそ人に戻るのだろ? 彼女や家族も待っているよ」
校庭は明るくなっていく。反対側にバックネットが浮かびあがる。俺達だけ朝から取り残されるなら、ずっと闇にとどまりたい。
「ちょっと前に桜井と話した。哲人はヒマワリの上で寝ていたから、かわいくて起こせなかっただと」
俺は寝てなんかいないし、色々と考えていただけだ。
「なにか聞いたの?」
ドーンが大きなくちばしを向ける。流範とやりあったせいで、それに嫌悪を感じる自分が悔しい。
「夏奈ちゃんはここに来る前に自宅に帰った……て言うか、千葉と言っても近所がピーナッツ畑って言ってたよな? 飛ぶの速すぎね? ……窓から覗けば、自分の部屋もそのまま存在したらしい。でも庭にいた祖父に声をかけても、自分だと気づいてもらえなかったって。まとわりついたら殺虫剤をかけられたって」
むごすぎる仕打ちだ。なにがあっても彼女を守りたい。口だけで終わらせたくない。
「俺だって親も妹も気づくはずねーしな。あいつにだけはこんな姿見せたくねーし。はやいところ心が消えたほうがいいかも」
カラスがうつむく。弱気を見せないでくれ。
「お前は高校バスケの西東京選抜候補の候補になった和戸駿だろ? まだあきらめるなよ」
「カカッ、ベンチにいるだけの気分だね。ボールも触れず、結果を待つだけだ」
ドーンが折れかかっている。でも返す言葉など……朝空でカラスがお気楽に鳴いていやがる。
「俺も加えろ!」
マジかよ。一直線に降りてきた。俺はあわてて懐に手を入れる。護符を握りしめる……。
お天狗さんの木札は待ち兼ねていた。
次回「ボソとブトと俺?」
ヒマワリの上にぽつんと乗る俺に、思玲が声をかけてきた。休むとか言ったくせに、俺達の様子を見にきている。
「校庭に行きましたよ。お前は来るなと言われた。だから放っておいた」
「ひそんでいてもらいたいがな」
思玲がヒマワリの葉に顔をよせる。中庭は真っ暗なのに、彼女はすべて見えるようだ。
「大学の門を壊しましたけど、今は顔認証なんて技術がありますよ。あなたも特定されて捕まるかも」
どうでもいいと思いながら、俺は淡々と述べる。
「
「私達は治外法権だ。警察やマスコミで気概あるものが叫ぼうが、上からの声に潰される。またどこぞのご子息がやらかしたかなと、あきらめて終わる」
むかつく話だ。
「上級民とでも言いたいのですか?」
「その真逆だ」
闇の中で思玲が笑う。
「忌みされ畏れられているからだ。人智のおよばぬ事象に対処させるためだけに、許された存在だからだ。存在しても立証できぬ事象はいずれも公とならない。つまり我々も」
東京の夏の夜は、妖怪の目でも星はかすかだ。彼女へすべき質問も今さら意味ない。でも思玲は問いかけてくる。
「和戸が言っていたな。哲人は弁護士を目ざしていたのか?」
「かもしれないけど、過去形ではないです」
あの学校の実績をあげるために特別待遇で入学した身だから当然だ。でも大学が望む現役合格など現時点ではふざけた夢だ。
「すこし話したが、私も弁護士に関わった」
思玲はヒマワリの茎をつつきながら言う。俺は小さく揺れる。
「散々な目にあわせた者がいう話ではないが、勘違いにしろ、あの男も弱きを守るため私に歯向かった。哲人も斯様な人間を目ざすのか?」
「あとの三人は?」話題を変えたい。
「落ち着きのない桜井も、今は瑞希に寄り添い熟睡だ。川田は二人を見守っている。私の代わりにな」
一人でいたい。彼女がうとましい。
「護符もさすがに穢れただろうな。つたないが私が祈って浄化してやる」
穢れだの祈りだの、非現実的なセリフもうんざりだ。それを持って消えてくれと、懐に手を入れる動作をする。
思玲が制止する。
「私が身を清めてからだ。多少は違うだろう。プールに向かうが裸体をさらすから来るなよ」
彼女はひとしきり喋って去っていく。俺は花の上に乗るだけだ。植物に接していると心が休まる。逃避できる。めげるなって、ヒマワリ達の声が聞こえてきそうだ。
ドーンはどうしているのだろう? 飛べないくせに一人で。
俺はふわりとヒマワリから離れる。カラスを探しに校庭へと向かう。中庭のさきで闇が弱まる。朝など来なくていいのに。
*******
「あいつらは?」
物思いにふけっていた俺に、ドーンがさらに聞いてくる。
「三人一緒だってさ。俺達も行こうか」
スズメが鳴きだした。朝の挨拶だ。動物の声が聞こえる俺には分かる。
「俺はいいや。どうせ足手まといだし」
ドーンが校庭に目を戻す。「ずっと練習していた。……飛ぶの無理かも」
ドーンに並んで腰かけようとして、朝礼台の上に浮かぶ。人の作った鉄のかたまりに触れたくない。
「飛べなくてもいいだろ」
俺の言葉は励ましにもならない。
「このしなびた鱗だらけの足で歩けってのか」
ドーンが気色ばむ。
「ここに登るのだって一苦労だし。この気味悪いくちばしを使ってようやくだ。こんな体に人の心が残っているって拷問じゃね?」
そうだと思うけど肯定できるはずない。
「だからこそ人に戻るのだろ? 彼女や家族も待っているよ」
校庭は明るくなっていく。反対側にバックネットが浮かびあがる。俺達だけ朝から取り残されるなら、ずっと闇にとどまりたい。
「ちょっと前に桜井と話した。哲人はヒマワリの上で寝ていたから、かわいくて起こせなかっただと」
俺は寝てなんかいないし、色々と考えていただけだ。
「なにか聞いたの?」
ドーンが大きなくちばしを向ける。流範とやりあったせいで、それに嫌悪を感じる自分が悔しい。
「夏奈ちゃんはここに来る前に自宅に帰った……て言うか、千葉と言っても近所がピーナッツ畑って言ってたよな? 飛ぶの速すぎね? ……窓から覗けば、自分の部屋もそのまま存在したらしい。でも庭にいた祖父に声をかけても、自分だと気づいてもらえなかったって。まとわりついたら殺虫剤をかけられたって」
むごすぎる仕打ちだ。なにがあっても彼女を守りたい。口だけで終わらせたくない。
「俺だって親も妹も気づくはずねーしな。あいつにだけはこんな姿見せたくねーし。はやいところ心が消えたほうがいいかも」
カラスがうつむく。弱気を見せないでくれ。
「お前は高校バスケの西東京選抜候補の候補になった和戸駿だろ? まだあきらめるなよ」
「カカッ、ベンチにいるだけの気分だね。ボールも触れず、結果を待つだけだ」
ドーンが折れかかっている。でも返す言葉など……朝空でカラスがお気楽に鳴いていやがる。
「俺も加えろ!」
マジかよ。一直線に降りてきた。俺はあわてて懐に手を入れる。護符を握りしめる……。
お天狗さんの木札は待ち兼ねていた。
次回「ボソとブトと俺?」