六の一 各駅停車の旅

文字数 1,490文字

1.5-tune


 異形になってしまったのに、我が身を案じていられない。妖怪になっても気になるのは金銭的問題。この半月の経費はリクトのカードもふくめて後日清算するそうだが、後日とはいつだろう。
 湯水のように使われたお金の心配をしながら、吠えつづける子犬(手負いの獣だ)をなだめ、すれ違う人に威嚇しまくる白人女性(白虎もどき)をなだめる。
 駅前でカラス(朱雀くずれ)をキャリーバッグ(遺失物として受けとった)にしまう女の子(魔道士)への周囲の目にはらはらさせられる。乗り換えて、ようやく故郷へと続く各駅停車に乗る。ふた悶着ぐらいあったが、あとは一時間ちょっとの電車旅。すでに全員ぐったりだ。
 なのに途中駅で鉄道警察が二人乗り込んでくる。一直線に彼女達の四人座りのシートにやってきた。JRの駅でリクトが脱走しかけたのと、フサフサが駅員の胸ぐらを持ちあげたのが原因に決まっている。俺は動く電車の窓から逃げだそうとするフサフサをなだめ、スーリンの横に浮かんで対応をアドバイスする。

「ペットは既定のサイズに収納したら運搬できますよね?」
 女の子がはにかみを混ぜながら対応する。完璧な演技だ。
「この人は日本語が苦手なだけで、ジャパニ、日本人には威嚇しているように見えてしまうのです。体も大きいので、スキンシップのつもりが大騒ぎになって、すみませんでした。……パスポートだと?」「どう答える?」

 俺の心に声をかけてくる。

「私の手違いで荷物と一緒に送ってしまい、それを取りにいくのです。この人は環境保護のNPOに所属しています。アメリカ人です。捕らえると国際問題になりますよ(余計なセリフを足すな)。
こいつ、いえ彼女の名前は……、フーサです。私は松本思玲(しれいと日本語読みした)。たぶん小学校四年生です。大峠駅で家族が待っていますので、お気づかいは結構です。……なるほどな。
迎えに来る祖父は警察OBです(いまは老人ホームにいる祖父の名と最終階級を伝えさせた)。こまかいことは駅でお爺様にお聞きください。……しっかりしているとよく言われます。まるで二十五歳だなんて」

 こんな愛らしい子ににこやかに直視されたら、最終的には警察も笑みを返して去るだけだ。不必要ににらみをきかす大柄の白人女性が真横にいても。しかしスーリンの声は、人の言葉でもこっちの世界にスムーズに伝わる。
 このやり取りには肝を冷やしたけど、電車は俺の故郷へと着実にすすむ。俺はやはり人の目に見えず、ここまで騒ぎすぎた子犬は段ボールですやすやと寝て、キャリーケース(こっちを選んだ)からドーンのぼやきがうるさいぐらいだ。
 人の目に見える残りの二人は、かなり目立つ組み合わせだ。でも地元の爺ちゃんやおばちゃんが好奇心で声をかけようが、露骨に無視されるか歯をむきだされるだけだった。俺達はかまわずにいてもらえたら、それぞれが心の声を交わすだけの静かな一団だ。

「今回の哲人は前回より大きい。日本でいう小学校三四年生ぐらいだな。蛍光灯もクーラーも平気で良かった。あいかわらず肝が据わっているし」

 スーリンはそう言うけど、人であったときよりは辛い。サングラスと上着が欲しい。

「それとな、いつまでも私をカタカナで呼ぶな。心には字まで伝わるからな」

 たしかに。だったら今後は思玲と呼ぼう。……いまは、この女の子は俺より頭ひとつぐらい背高いな。俺も人の目に見えていたら姉弟にでも見られただろうか。

「その年ごろで現れるとはな。生意気な口もきくな」

 思玲はまだ俺をにらんでいた。
 俺こそ小学生の女の子に横柄に扱われているのだけど。




次回「失われた記憶の整理」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み