十二 ボソとブトと俺?
文字数 3,785文字
「勘弁しろよ!」
俺の素振りを見てか、毒づく声がした。カラスは鋭角にターンして空へと戻る。屋上のへりに着地する。
「おい、ボソ。ここも俺の縄張りだぞ」
羽根をたたみながら、でかい声をかけてくる。
「ボソって誰?」
カラスを見上げながらドーンに聞く。
「たぶん俺。昨日の連中もそう呼んでいた」
ドーンも見上げたまま答える。「ハシボソガラスだかの略じゃね」
校舎の上は朝限定の澄んだ夏空だ。じきにえげつなくなる。
「その人間はなにをだそうとした?」
このカラスの声はよく届く。俺が見えるし……。こいつは異形か? 流範の残党か?
「大カラスのくちばしを折ってやったぞ。消されるまえに立ち去れ」
俺はお札を突きだす。頼むから逃げてくれ。
遠目にもカラスがびくっとしたのが見えた。
「お札かよ。びっくりさせるな。俺の名はミカヅキ。そんなお月さんがでていた夜更けに、殻を割って餌をせがんだ親泣かせだ」
カラスがいきなり名乗りだした。
「フサフサにだまされるのを覚悟で、朝飯前にわざわざ来たぜ。そっちに降りるけど、テッポーだけはやめろよな」
羽根をひろげて滑空してくる。……フサフサの名前をだしやがった。あの野良猫の知り合いかよ。
*
「いい朝だな。どうせ暑くなるけど、今日あたりはどかんと夕立がきて、涼しくすやすや眠れるかもな。ボソにとっても、人にとっても」
ミカヅキと名乗ったカラスは、朝礼台にとまるなり喋りだす。
「朝の挨拶など抜きにしろよ」
ドーンが俺にやや張りつく。今のがカラスの挨拶か。「俺はハシボソガラスじゃねーし。人間だ」
「カカカッ、ボソも面白いな。でも、あいにく俺はそっちの本物の人間と話しにきた」
人間って俺か? こいつは座敷わらしと人の区別もつかない。それにフサフサの名前をだした。つまり、ただの日本のカラスか? でも物の怪である俺が見えるし。
なんにしろ邪魔だ。
「俺は妖怪だ。だからお前は飛び去れ」
ミカヅキが俺を凝視する。
「だから浮いているのか!」
クワッと鳴き声ももらす。はやく気付け。
「初めて見たぞ。でも、あっちのでかいイエ……人間の言葉でダイガクだっけ? あそこにたむろする人間と同じにしか見えないぞ」
……それって。
「この学校じゃなくて? 小さい人間じゃなくて?」
ミカヅキがアアと鳴き声で答える。こいつには俺がおさなごに見えない。
「ミカヅキ。哲人がどう見えるんだ?」
今度はドーンが聞く。
「こいつは哲人と言うのか。お前も名乗れ。野良の礼儀だ」
「お、俺は和戸駿、哲人みたく仲がいい奴はドーンと呼ぶ」
ドーンが即答した。このカラスは命令慣れしているな。
「あいよドーン。哲人はだな」
ミカヅキが俺をしげしげ見る。
「ほかの人間と同じで毛が少ないな。顔なんか丸だしだ。ほかに変わったとこはない。若い男で、中腰に前屈みで俺達に目線をあわせている。頭の髪がちょっと茶色で、目は青色で、俺達を邪険にしないタイプだな。とても妖怪変化には見えないぞ」
まんま人間である俺だ。目が青色って以外は……。俺も青龍の光を受けたと確信できた。
「俺は人間には見えないのかよ」
「ドーンが人間に? どこをどう見れば?」
ハシブトガラスがハシボソガラスを見つめる。種族の違いもあるにしろ、ミカヅキのがひとまわり以上大きい。
「俺だって人間だったんだぜ」
ドーンがくちばしからため息をこぼす。
「そんなことがあるんだな。しかも、よりによってボソだなんてなって、ハシボソの連中もいい奴なのは知っているぜ。なんにしろ人間なんかよりカラスのがいいだろ。猛禽賊にだけ気をつければ、空を飛ぶのは最高だろ? カカカッ」
俺とドーンは黙りこむ。
「飛んでいないのか?」
「飛びかたが分からないんだよ。コツを教えてくれよ」
「そんなの教わってやるものじゃないぜ。どれくらい飛べる? ツバメのようにはやく飛べないなんて言うなよ」
「まったく飛べない。昨日から歩くだけ」
「羽根は痛めてないな」
ミカヅキが素早く観察する。「ドーンはすばしこそうなハシボソだ。飛べないはずがない。飛ばないと食われるのを待つだけだ」
「脅すのなら飛びかたを教えろって。お願いだから」
「しつこいな。巣の中のひなどもだったら、くちばしでこづいているぞ。飛ぶのは自分の力ですることだ。空を飛びたいって本気で思え。それが嫌なら、さっさと人間に戻れ」
機関銃みたいな言い合いに紛れて、ひどい言い分だ。俺は口を開きかけるけど、ドーンのが速い。
「俺も哲人も人間に戻りたい。でも戻れないんだよ」
「ないないだらけだな。カカカッ」
「笑うな、くそカラス。カカッ、そういや飛べたところで、もうじきお前らみたいな本当のくそカラスになるだけだったな。カカカカカ」
ドーンがキレかけている。俺は護符を握りかえす。
「くそカラスになる? カラス野郎でいいじゃないか」
「人間の記憶が消えるんだよ。彼女の記憶も消えるってことだよ! それで終了だ」
「くそカラス。あきらめるな!」
俺の荒げた声に、ドーンがびくりとする。俺は最後まであきらめないつもりなのに。今から始まりだと思っているのに。
「彼女って、つがいのことだな」
ミカヅキは俺の感情などお構いない。「おたがいを忘れると思うのか? 俺のかみさんはもういないけど、あいつが人間なんかになろうが俺は抜け殻になるまで覚えている」
ドーンがくちばしを開けようとするけど、
「もういい。なにも言うな」
ミカヅキがさえぎる。
「それほどまでにカラスが嫌で人間に戻りたいのだな。それなら俺がおまじないをかけてやる。特別にだ」
カラスの突拍子もない話に、ドーンと目をあわせる。俺達を人に戻すと言うのか?
「お前は異形になった人をもとに戻せるのか?」
「お前じゃない。名乗っただろ」
俺はカラスにたしなめられる。「隠しているが、俺は正真正銘のミツアシだ。たしかに俺だって人間などになったら、一刻もはやくカラスに戻りたいしな」
ミツアシ、三つの足、三本足のカラス……八咫烏 のことか? 神話の聖なる鳥を自称しているのか?
「仲間は他に三人いる。みんなを人に戻せるのか?」
足などふたつしかない自称八咫烏にだってすがってやる。
「そりゃ無理だ。でも目の前にいる哲人達だけなら……?」
ミカヅキの背後に、思玲が忽然と現れる。手にした扇から銀色の光が放たれる。俺とドーンはミカヅキをかばおうとして、おたがいがぶつかる。
「なにも見えなかったけどテッポーか?」
ミカヅキはすでに上空にいた。
「カッ、俺は行くぞ。朝になる前に起きたのに、今から朝飯だからな。縁があったらまた会おうな」
朝日を浴びながら去っていく。漆黒の羽根を鉄紺色に反射させる。
「忘れるところだった」すぐにUターンしてくる。「かしこめよ」
駅方面から始発電車らしき音がする。あっちの世界も朝を迎えた。思玲の手もとを気にしながら、大柄のカラスが中空を軽やかに旋回する。
「カモタケツノミノミコト! なんにでもきくカラスのおまじないだ。じゃあな」
俺達に呪文らしい声をかけて、カラスは水色の空に消えていった。
俺とドーンは顔を見あわせる。俺の手は見えないままだし、ドーンはカラスのままだ。
「あの鴉は流範の手下か? なにかしなかったか?」
濡れた髪の思玲が来る。白いシャツと薄紺のタイトなジーンズに着替えている。
「呪術を感じたぞ。いや告刀 ? すまぬ戯言だ。鴉ごときが使えるはずない」
昨夜の野良猫の話を思いだした。ノリトウだかの使い手の……ミツアシがいると言っていた。今のカラスのことかよ。
「大口は叩いていたけどね」
ドーンがくちばしに薄く笑みを浮かべる。
「フサフサの知り合いらしいです」俺も答える。「ノリトウの使い手の」
「ふっ。野良の連中か」
思玲が例によって鼻で笑う。テンパっている彼女は、俺の話など半分も聞かない。
「かまっていられるか。哲人、護符をだせ」
思玲が手を突きだす。……浄化するとか言ったな。俺は彼女のもとまで浮かぶ。握ったままのお札を渡す。思玲はそれを胸へよせてひざまずく。胸もとから赤い玉のペンダントを取りだし、お札と重ねあわせる。
目を閉じて呪文めいたものをつぶやく。
「終わった、と思う」
思玲が手をついて立ちあがる。ひたいの滴を拳でぬぐう。
「まあ、やらないよりはましだろう」
俺へと木札を押しかえす。
「その玉はなんですか?」
四玉より小さくて不透明で、深い赤色の玉だった。
「受け継がれた祖国の珊瑚だ。これを用いて、瑞希に憑りついた若い娘の霊にも消えてもらった。私は死霊相手に護刀でなくこいつを使う。宝の持ちぐされにならぬようにな」
女子高生の霊のことか。俺達が嘆くあいだも、思玲は働いていたってことか。
「行くぞ。全員で集まる」
彼女は唐突に歩きだす。知らぬうちに太陽が完全に顔をだしていた。
「なにをするのですか?」
答えにたどり着かない話し合いなら、もうしたくない。
「流範を捕える」前を向いたまま言う。
……なにを言いだしやがる。嘆きあうほうがまだましだ。
「カカッ、それなら行こうぜ」
ドーンがやけっぱちに笑いやがる。俺の頭によじ登る。
「夏だし、こっちの世界で花火をあげてやる。自分の力でな」
地面には浮かぶカラスの影だけだ。俺は仕方なく思玲を追う。
朝から日差しが強い。太陽までやけくそだ。
次回「踊り場の六人」
俺の素振りを見てか、毒づく声がした。カラスは鋭角にターンして空へと戻る。屋上のへりに着地する。
「おい、ボソ。ここも俺の縄張りだぞ」
羽根をたたみながら、でかい声をかけてくる。
「ボソって誰?」
カラスを見上げながらドーンに聞く。
「たぶん俺。昨日の連中もそう呼んでいた」
ドーンも見上げたまま答える。「ハシボソガラスだかの略じゃね」
校舎の上は朝限定の澄んだ夏空だ。じきにえげつなくなる。
「その人間はなにをだそうとした?」
このカラスの声はよく届く。俺が見えるし……。こいつは異形か? 流範の残党か?
「大カラスのくちばしを折ってやったぞ。消されるまえに立ち去れ」
俺はお札を突きだす。頼むから逃げてくれ。
遠目にもカラスがびくっとしたのが見えた。
「お札かよ。びっくりさせるな。俺の名はミカヅキ。そんなお月さんがでていた夜更けに、殻を割って餌をせがんだ親泣かせだ」
カラスがいきなり名乗りだした。
「フサフサにだまされるのを覚悟で、朝飯前にわざわざ来たぜ。そっちに降りるけど、テッポーだけはやめろよな」
羽根をひろげて滑空してくる。……フサフサの名前をだしやがった。あの野良猫の知り合いかよ。
*
「いい朝だな。どうせ暑くなるけど、今日あたりはどかんと夕立がきて、涼しくすやすや眠れるかもな。ボソにとっても、人にとっても」
ミカヅキと名乗ったカラスは、朝礼台にとまるなり喋りだす。
「朝の挨拶など抜きにしろよ」
ドーンが俺にやや張りつく。今のがカラスの挨拶か。「俺はハシボソガラスじゃねーし。人間だ」
「カカカッ、ボソも面白いな。でも、あいにく俺はそっちの本物の人間と話しにきた」
人間って俺か? こいつは座敷わらしと人の区別もつかない。それにフサフサの名前をだした。つまり、ただの日本のカラスか? でも物の怪である俺が見えるし。
なんにしろ邪魔だ。
「俺は妖怪だ。だからお前は飛び去れ」
ミカヅキが俺を凝視する。
「だから浮いているのか!」
クワッと鳴き声ももらす。はやく気付け。
「初めて見たぞ。でも、あっちのでかいイエ……人間の言葉でダイガクだっけ? あそこにたむろする人間と同じにしか見えないぞ」
……それって。
「この学校じゃなくて? 小さい人間じゃなくて?」
ミカヅキがアアと鳴き声で答える。こいつには俺がおさなごに見えない。
「ミカヅキ。哲人がどう見えるんだ?」
今度はドーンが聞く。
「こいつは哲人と言うのか。お前も名乗れ。野良の礼儀だ」
「お、俺は和戸駿、哲人みたく仲がいい奴はドーンと呼ぶ」
ドーンが即答した。このカラスは命令慣れしているな。
「あいよドーン。哲人はだな」
ミカヅキが俺をしげしげ見る。
「ほかの人間と同じで毛が少ないな。顔なんか丸だしだ。ほかに変わったとこはない。若い男で、中腰に前屈みで俺達に目線をあわせている。頭の髪がちょっと茶色で、目は青色で、俺達を邪険にしないタイプだな。とても妖怪変化には見えないぞ」
まんま人間である俺だ。目が青色って以外は……。俺も青龍の光を受けたと確信できた。
「俺は人間には見えないのかよ」
「ドーンが人間に? どこをどう見れば?」
ハシブトガラスがハシボソガラスを見つめる。種族の違いもあるにしろ、ミカヅキのがひとまわり以上大きい。
「俺だって人間だったんだぜ」
ドーンがくちばしからため息をこぼす。
「そんなことがあるんだな。しかも、よりによってボソだなんてなって、ハシボソの連中もいい奴なのは知っているぜ。なんにしろ人間なんかよりカラスのがいいだろ。猛禽賊にだけ気をつければ、空を飛ぶのは最高だろ? カカカッ」
俺とドーンは黙りこむ。
「飛んでいないのか?」
「飛びかたが分からないんだよ。コツを教えてくれよ」
「そんなの教わってやるものじゃないぜ。どれくらい飛べる? ツバメのようにはやく飛べないなんて言うなよ」
「まったく飛べない。昨日から歩くだけ」
「羽根は痛めてないな」
ミカヅキが素早く観察する。「ドーンはすばしこそうなハシボソだ。飛べないはずがない。飛ばないと食われるのを待つだけだ」
「脅すのなら飛びかたを教えろって。お願いだから」
「しつこいな。巣の中のひなどもだったら、くちばしでこづいているぞ。飛ぶのは自分の力ですることだ。空を飛びたいって本気で思え。それが嫌なら、さっさと人間に戻れ」
機関銃みたいな言い合いに紛れて、ひどい言い分だ。俺は口を開きかけるけど、ドーンのが速い。
「俺も哲人も人間に戻りたい。でも戻れないんだよ」
「ないないだらけだな。カカカッ」
「笑うな、くそカラス。カカッ、そういや飛べたところで、もうじきお前らみたいな本当のくそカラスになるだけだったな。カカカカカ」
ドーンがキレかけている。俺は護符を握りかえす。
「くそカラスになる? カラス野郎でいいじゃないか」
「人間の記憶が消えるんだよ。彼女の記憶も消えるってことだよ! それで終了だ」
「くそカラス。あきらめるな!」
俺の荒げた声に、ドーンがびくりとする。俺は最後まであきらめないつもりなのに。今から始まりだと思っているのに。
「彼女って、つがいのことだな」
ミカヅキは俺の感情などお構いない。「おたがいを忘れると思うのか? 俺のかみさんはもういないけど、あいつが人間なんかになろうが俺は抜け殻になるまで覚えている」
ドーンがくちばしを開けようとするけど、
「もういい。なにも言うな」
ミカヅキがさえぎる。
「それほどまでにカラスが嫌で人間に戻りたいのだな。それなら俺がおまじないをかけてやる。特別にだ」
カラスの突拍子もない話に、ドーンと目をあわせる。俺達を人に戻すと言うのか?
「お前は異形になった人をもとに戻せるのか?」
「お前じゃない。名乗っただろ」
俺はカラスにたしなめられる。「隠しているが、俺は正真正銘のミツアシだ。たしかに俺だって人間などになったら、一刻もはやくカラスに戻りたいしな」
ミツアシ、三つの足、三本足のカラス……
「仲間は他に三人いる。みんなを人に戻せるのか?」
足などふたつしかない自称八咫烏にだってすがってやる。
「そりゃ無理だ。でも目の前にいる哲人達だけなら……?」
ミカヅキの背後に、思玲が忽然と現れる。手にした扇から銀色の光が放たれる。俺とドーンはミカヅキをかばおうとして、おたがいがぶつかる。
「なにも見えなかったけどテッポーか?」
ミカヅキはすでに上空にいた。
「カッ、俺は行くぞ。朝になる前に起きたのに、今から朝飯だからな。縁があったらまた会おうな」
朝日を浴びながら去っていく。漆黒の羽根を鉄紺色に反射させる。
「忘れるところだった」すぐにUターンしてくる。「かしこめよ」
駅方面から始発電車らしき音がする。あっちの世界も朝を迎えた。思玲の手もとを気にしながら、大柄のカラスが中空を軽やかに旋回する。
「カモタケツノミノミコト! なんにでもきくカラスのおまじないだ。じゃあな」
俺達に呪文らしい声をかけて、カラスは水色の空に消えていった。
俺とドーンは顔を見あわせる。俺の手は見えないままだし、ドーンはカラスのままだ。
「あの鴉は流範の手下か? なにかしなかったか?」
濡れた髪の思玲が来る。白いシャツと薄紺のタイトなジーンズに着替えている。
「呪術を感じたぞ。いや
昨夜の野良猫の話を思いだした。ノリトウだかの使い手の……ミツアシがいると言っていた。今のカラスのことかよ。
「大口は叩いていたけどね」
ドーンがくちばしに薄く笑みを浮かべる。
「フサフサの知り合いらしいです」俺も答える。「ノリトウの使い手の」
「ふっ。野良の連中か」
思玲が例によって鼻で笑う。テンパっている彼女は、俺の話など半分も聞かない。
「かまっていられるか。哲人、護符をだせ」
思玲が手を突きだす。……浄化するとか言ったな。俺は彼女のもとまで浮かぶ。握ったままのお札を渡す。思玲はそれを胸へよせてひざまずく。胸もとから赤い玉のペンダントを取りだし、お札と重ねあわせる。
目を閉じて呪文めいたものをつぶやく。
「終わった、と思う」
思玲が手をついて立ちあがる。ひたいの滴を拳でぬぐう。
「まあ、やらないよりはましだろう」
俺へと木札を押しかえす。
「その玉はなんですか?」
四玉より小さくて不透明で、深い赤色の玉だった。
「受け継がれた祖国の珊瑚だ。これを用いて、瑞希に憑りついた若い娘の霊にも消えてもらった。私は死霊相手に護刀でなくこいつを使う。宝の持ちぐされにならぬようにな」
女子高生の霊のことか。俺達が嘆くあいだも、思玲は働いていたってことか。
「行くぞ。全員で集まる」
彼女は唐突に歩きだす。知らぬうちに太陽が完全に顔をだしていた。
「なにをするのですか?」
答えにたどり着かない話し合いなら、もうしたくない。
「流範を捕える」前を向いたまま言う。
……なにを言いだしやがる。嘆きあうほうがまだましだ。
「カカッ、それなら行こうぜ」
ドーンがやけっぱちに笑いやがる。俺の頭によじ登る。
「夏だし、こっちの世界で花火をあげてやる。自分の力でな」
地面には浮かぶカラスの影だけだ。俺は仕方なく思玲を追う。
朝から日差しが強い。太陽までやけくそだ。
次回「踊り場の六人」