二十四の二 新しい彼女をさっそく部屋に連れこむ

文字数 3,865文字

『目立つから着地はしねえ。時速120キロに抑えるので、お前らは道すれすれで降りろ』
 九郎がとんでもないことを言いやがる。

「護りの術がある。五百メートルぐらいから飛び降りよう」
 俺の新しい彼女は精魂果てても豪快だ。

「人も何もないところにね……あるかな」
 そっちのがマシだとしても、近隣の林を紅色の竜巻に巻き込むわけにはいかない。それだって絶対に目撃される。スマホを向けられ実況されつつ追われる。そもそも肝心の問題がある。
「着地しないで九郎はどうやって俺達を拾う?」

『あ、そうか。……思玲様がいれば姿隠しを張ってもらえたのにな』
「ドロシーならできるだろ。結界のが封印より簡単だろ」

 琥珀が簡単に言うけど、加減できずにジムニーが消えてなくなるかも。

「何千回と練習したけど無理。自分で自分を閉ざせない。人けないところに降りて見つかったら記憶を消す――シンプルに香港流で行こう」

 ***

 朝の六時半。先日と同じ公園の駐車場にモノクロジムニーが着陸する。すぐに飛び立ち上空から見張りを始める。幸いにも記憶を前世まで飛ばされる犠牲者は現れなかった。
 ドロシーがリュックサックから白いスニーカーをだす。俺に背を向けて履く。
 シャワーで体を清めるまで着替えないらしい。早く下着もはかせないと、どうしても俺の意識がそこへ向いてしまう。着替えは何日分あろのだろう。……このまま帰国せず、メンズのトランクスを部屋着にする彼女。現実世界は問題も期待も山積みだ。

「魔道具系は入れてない。パソコンは取り上げられた。新しいスマホも買ってくれない。鍛錬以外にすることなかった。はい」

 またリュックサックを渡される。肩ひもも直っていた。
 俺とドロシーは並んで歩く。汚れたチャイナドレス。新品の白いスニーカー。散歩の人達に二度ほど二度見された。おかげで血みどろ服の俺が目立たない。でも通報されそうだ。ドロシーは疲れているけど足は引きずらない。

「変態大蔵司の部屋で太ももを舐められて、おかげで傷は治った。でも奴の手と舌が……。中途半端で終わったから傷跡が残っている。この話はおしまい」
「それでも大蔵司は自分の意志で治癒したのだろ。僕達は違う。単に我が主が望むことをしているだけだからな、そこを勘違いするなよ」

 琥珀のずれた正論が乱入して、俺の好奇心がうずこうが、その話はおしまいになる。
 アパートにたどり着く。やはり鍵は開いたまま。琥珀がスマホを向けながら最初に入る。背後へと親指を立てる。

「哲人さん違ったダーリン返して」

 リュックサックを受け取ったドロシーがトイレに転がり込む。靴を履いたままで。
 ドアが壊れているから音が丸聞こえ。しばらくしてシャワーの音に変わる。
 俺は人だから喉が渇く。冷蔵庫を開けても何もなく、水道水をコップに入れて二杯飲み干す。ようやく机の椅子に腰かける。

「みんなの様子を教えて」
 あらためて琥珀に尋ねる。

「僕と九郎が戻ったのは三日前だった」
「それって、白虎により冥界へ送られた」
「ああ。思玲様が某社に引き上げてもらった」
「影添大社のこと?」
「しっ」

 琥珀が人差し指を口に当てる。ドロシーのリュックサックに手を入れて消えたはずだけど、さすがに復活していた。

「二千万円らしい。請求先を魔道団になされたようだから、ドロシーのいる場で話題にしない」
 小声で言ったあとに、
「我が主が幽閉されていると、影添大社隣の公園で雅に教えられた。哲人が殺されたのも聞いた。……雅は哲人を見捨てたのではないからな。みなを守れとの主の命により公園から動かなかった」

「夏奈がいたのだから当然だよ」
 そもそも藤川と峻計と貪に勝てるはずない。あの狼も殺されただけだ。

「僕達は桜井ちゃんの家へ向かった。和戸は、哲人が思玲様と一緒に幽閉されていると言い張っていた。瑞希ちゃんも哲人の死を現実逃避的に信じていなかった。
桜井ちゃんは受け入れていた。たくみ君の仕業じゃないと言った。悪いのは影添大社と言い張った」

「……なんだよそれ」
 夏奈は俺を殺した藤川匠を、なおも信じるのかよ。

「龍の資質はじわじわと漏れているのに、心は明らかに藤川匠へ向いているのに、彼女はみんなから離れようとしなかった。まるで呼び止められているようだった。ある意味、彼女がみんなをまとめた。空中分解するのを阻止した」

 死んだあとの記憶はあやふやだけど、俺の魂は呼び止められたりしなかった。夏奈夏奈夏奈とお経のように唱えて、しがみついていただけだ。 

「川田は昼寝ばかりだけど、哲人がいないと怖くて近寄れない。思玲様と連絡とれず。敵は今日まで現れず。上海も現れず。そうそう、雅は影添大社に張りついている。昼も夜も人を盾にしまくっているから、獣人も手をだせない」

「つまり小康状態だった……」

 藤川匠はなんでアクションを起こさなかった?

――すぐにだよ。松本がいなくなるなり、夏奈はすぐに僕のもとへ来る

 奴は涼しげに笑いながら言った。
 でも思惑ははずれた。夏奈はみんなのもとから去らなかった。それどころか受け入れた。

「昨日まではな。ドロシーが香港から戻ってきた。あの滅茶苦茶が再び現れるかを、九郎と賭けをしたが僕が勝った。その後の行動は誰も予測できなかったけどね。
以上かな。簡潔だが、みんなといつもいたわけではないから。ドロシーが死んだときも、僕と九郎は日暮里のはるか上空でうかがっていた。混乱に乗じてあわよくば思玲様を奪還するために」

 彼女へと加勢しなかったのか。生き返ったからいいけど見殺しじゃないか。たったいまは返り討ちを恐れず戦ってくれたのに……。影添大社へ討ち入り。俺でも付き合えないよな。

 牢屋に閉じ込められても反省しない絶望的にマイルールオンリーな孫娘を、祖父でもかばいきれるはずない。しかもレベル11乱発とサルベージ代金二千万円もかぶりそうだ。
 どこに行こうとロンリーなドロシーか。本来ならば同性にねたまれるほど、もてもてドロシーな青春を送っているはずなのに。忌むべき資質を持たずに生まれれば、異国の俺に会うことなく。

「……電話するか? 僕のスマホに川田の番号だけ登録してある。かければ瑞希ちゃんがでる。ドロシーのおかげで哲人も操作できる。すぐにリセットさせるけど」

 俺の感傷の原因を勘違いした琥珀が言う。俺も立ち止まっていられない。

「もちろん。でもちょっと待って」
 自分のスマホを立ち上げる。


人に戻った松本です。記憶の混乱が収まったらシスターに調べてもらってください。ゼカニュの時代の司祭長について。それと龍の弟について。


 シノへとメッセージする。人であった俺とも会話しているから、記憶は頭痛とともに多少は戻るだろう。

「番号を教えて」
 自分のスマホで電話する。持ち主である川田がでた。

『松本の幽霊か? 瑞希も龍もまだ寝ている。ドーンばカラスのくせに梅の枝でまだ居眠りだ』
「人間の松本だよ。生き返ったとみんなに教えて」
『そうか。だが松本の女は死んだ。仕返しに付き合う』

 なんで気付けるんだよ。

「ドロシーも生きている。影添大社にお返ししない。俺を殺した連中だけにだ」
『分かった。……龍がでてきた。あれも勘が鋭い』
「夏奈を龍と呼ぶな。横根に換わって……」

 すでに電話が切れていた。かけなおしても出てくれない。じきに横根からかかってくるだろう。番号を川田で登録しなおす。ちなみに横根と夏奈は琥珀に番号を教えてくれなかったそうだ。異形として人に接してきたから分かる。その態度こそが普通だ。

「やっぱり、おなかに何も入れたくない。ドライヤーも無理。ダーリンがシャワーを終えるまで休ませて。……リュックに歯ブラシを入れ忘れたから借りちゃった。へへ」

 薄紅色と白色のギンガムチェック。長袖シャツとジーンズのドロシーが、ユニットバスルームから出てきた。石鹸の香り。履きなおしたスニーカーを脱いで、濡れた髪のままで俺のベッドに転がり込む。横向きで目を閉じる。頬に赤みは戻りつつある。
 人間同士の二人。俺も汗と汚れを落としたら、隣で横になりたい。琥珀がいなければ実行していたかも。この子の寝顔は無垢で寂しげで切なすぎるもの。

「すぐに済ます。そしてすぐに出かけよう」

 そうだとしても告げる。ドロシーは薄目を開けてうなずく。
 俺は自分の服をみつくろい、彼女のスニーカーを玄関に置いて、バスルームへ入る。浴槽にチャイナドレスが脱ぎ捨ててあった。彼女の着ていたものだとしても触りたくないほど汚れている。ちょっとは水洗いしてほしかった。……時間がかかったと思ったらお手入れもしたのかよ。意外と言ったら失礼か。
 新しい歯ブラシをおろす。俺は彼女の使ったお古で歯を磨く。間接キスをやり返してやった、へへ。

 シャツとチャイナドレスと体の汚れを流す。痛覚なきままだから、湯の温度調整を慎重にする。というか温かい感覚が消えたら水温を落とせばいいだけだ。こんな体に慣れてきた俺。癒しはいつまで残るのだろう?

 ドロシーの使ったタオルで体を拭き終えたところで、スマホがトイレのふたの上で揺れた。登録されていない番号ということは横根からだ。やっぱりすぐにかけなおしてくれた。
 パンツを履きながら耳に当てる。新しいスマホからだろう。古いのは藤川匠が持ち去られた。届け出したから使用できない。でも俺の番号は記録されている。

『有能な奴が忘れ物を拾ってくれたよ。あの法具は、我らの主を新たな所有者として認めたけどね』

 あいつの声が電波を伝わってきた。




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