四十二の三 滝

文字数 1,770文字

 沈大姐が現れて、見限ったはずの露泥無がいるわけは推測できる。
 見捨てられたと俺達に思わせて、その心を読むサキトガをおびきよせた。俺達はまさに釣り餌だった。

「川田君とドーン君は?」
 白猫が俺から這いでてしまい、ヨタカである露泥無へと尋ねる。

「見てないのか? 大鷲は炎上して墜落した。乗っていた連中も道連れだ」
 ヨタカは感情もなく言う。
「それよりも身構えるべきだ。殲の結界に守られていようと、もうじき地面に激突する」

 みんなを助けに行かないと、なんて思っていられない。真っ暗な地上が近づいている。露泥無が結界の中で浮かびあがる。俺は横根を抱えて身を固くする。

「……やっぱり無敵形態になる」

 ヨタカが完全なる闇となり消える。鬱蒼とした樹木達が視認できた。次の瞬間、俺達を封じた跳ねかえしの結界は林をなぎ倒す。回転しながら横滑りして、崖から落ちる。
 回転がようやく止まる。透明のボールは、狭い沢を浮かび流される……。
 川に落ちるのは何度目だ。目はまわるけど痛みはない。横根である白猫は、さらに平気のようだ。

「ここからどうやって脱出するのだ?」

 俺は露泥無に聞くけど返事はない。結界は岸に引っかかりながら、どんぶらこと漂う。

「露泥無、返事をしてよ」
 横根の声にも反応はない。「気絶しているの?」

 ウォーターボールでのキャニオニングを楽しんでいられるか。川田とドーン、夏奈とドロシー、みんなを助けにいかないと……。川の流れが速まる。

「た、滝だ」

 白猫が感づく。一瞬の浮遊感のあと着水する。滝つぼを数回転したあと、また下流へと流される。これぐらいの衝撃では結界は破壊されない……?
 岸辺の向こうに彫像が見えた。妖怪の目だから分かる。

――ガハハハ

 彫像が笑いやがった。思いだせるに決まっている。ここは、中学一年生の夏に飛び降りて死にかけた、いや一度死んだ滝だ。
 横根の手紙に記された独鈷杵!

「外にでるぞ!」

 結界を中からばんばん叩く。横根も爪をだし引っ掻く。どちらも跳ねかえされるだけだ。滝から遠ざかる。

「ここはどこだ?」

 呆けた面の女の子が結界の中に現れる。ようやく目を覚ましやがった。流れがゆるやかになり、ボールは浅瀬でとまる。

「結界を開けろ」俺は言うけど、

「僕には無理だ」
 女の子が座ったまま答える。
「松本は楊偉天の結界さえ二度も開けただろ。こっちのが容易だと思うが」

 たしかに陽炎のビルで、増殖する結界を破壊した。思玲の結界も内から破ったことがある。でも、あれはお天狗さんの木札があったからだ。それと、使い魔を縛っていたいばら……。
 ドロシーのリュックを腹からだす。横根が借りた指揮棒を取りだす。

「それは魔道具だ。松本には扱えない。そもそも弱い術しかでない」

 術などだせなくていい。俺は指揮棒の先を結界に突き刺す。ドロシー、ごめん。

「壊せ」

 彼女の魔道具に命じる。闇に亀裂が走り、結界は崩れ落ちる。俺の手の中で、指揮棒も粉々に砕けて消えていく。
 俺達は川に腰から落ちる。膝丈ほどだった。白猫が露泥無である女の子に駆けあがる。俺は水をはじきながら立ちあがる。

「ロタマモを倒した力か……」
 露泥無も腰をあげる。「奴以上の怪物だったのだよな」

 怪物だろうがなんでもいい。俺は上流へと浮かぶように駆けだす。
 これこそ導きだ。聖大寺の独鈷杵。
 明王だかは、もう二度と滝に飛びこむなと笑ったな。それは冗談だろうか、本気だろうか? 闇の向こうに滝の音が聞こえた。石で作られた仏像が見える。

――七難八苦もようやく折り返しか

 何年ぶりに聞く声。

――それを手にしたら、もとの人に戻れないぞ。忌むべき存在だ

 押しつぶされそうな声。俺ははじき返す。白い壁のように滝が見えた。夕立のせいだろうか? 記憶より水量が多い。

――勝手にしろ。どうせ儂のたちゆかぬ世界だ。ガハハハハ……

 好きにさせてもらう。
 俺は中空に浮かびあがり、助走をつけて滝つぼに飛びこむ。水をはじきながら潜っていく。めざすものがどこにあるかなんて、分かるに決まっている。
 それは水底に突き刺さっていた。左手で握る。

――ならば儂が与えた砂粒ほどの力を存分に注ぎこめ。さらにあがけ

 引き抜き浮かびあがる。水面から錆びた法具を天にかざす。
 独鈷杵は煌々と輝く。




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