六の二 座敷わらしと飛べないカラス
文字数 2,844文字
交差点から先のあふれる光も、この高さだと気にならない。
「よい眺めじゃね? 川田だったら、ドーンがドローンとか言いそうだし」
なにも知らないカラスがつぶやく。「帰る前に必ず飛んでやる。そんで師傅さんに、その記憶だけは残してもらお」
俺はなにも言いかえせない。思玲はなかなか姿をださない。さすがに破壊した校門前から去ったかも。おそらく町中には行かないから、さきほどの側道へと浮いていく。
しばらく行っても彼女達は見あたらない。
「はぐれるのヤバくね?」
ドーンが騒ぎだす。……こっちは霊がいたから避けたかな。反対側に向かう。頭に乗せたカラスは重くはないが、じわじわとこたえてくる。
野次馬だらけだ。正門に横付けされた警備会社の車の上を素通りする。会社帰りの人達が脇道を歩く。彼らを上空から追い越しても思玲は見つからない。
『途方に暮れているか』
『無理もないよな』
心への呼ぶ声が聞こえた……。
校内に目を向けると、うす暗い図書館が見える。こっちに思玲が来るはずがない。空中で反転する。
*
さまよい続けて、さすがに疲れてくる。「ちょっと枝に降りて」と街路樹に近寄る。
「できればチェンジしたいけど」
ドーンは枝に飛びうつろうとして躊躇する。「もうすこし寄って」
へっぴり腰で片脚づつ乗る。俺も並んで腰かける。
樹木に接すると気持ちいい。街灯の明かりを、イチョウの葉がはばんでくれる。月が半分ほどにカットされて浮かんでいる。メロンみたい。
休んでいる場合ではない。俺は浮かびあがる。
「思玲達を探してくるから、ここで待っていて」
「無理無理、マジで無理。猫とか来たらマジでヤバいし」
おじさんが鳴き声たてて騒ぐカラスを見上げる。それ以上の興味も持たず通りすぎる。たしかにドーンを一人にできないか。また腰をおろす。
「やっぱ哲人は強いな。放っておけば、今も一人で行ったよな?」
おたがいの姿がおぞましく変わっていようが、違和なく会話を交わせられる。これも楊偉天の術によるためか。そうだとしても、それだけであるはずがない。……ドーンなら飛んでくれそうな気がする。だから、すこしだけ真実を告げる。
「思玲が、人は鳥になっても飛べないと言っていた。それでか、朱雀系の人達はニワトリが多かったらしい」
「チキンかよ! カラスのがまだましだし」
ドーンがガガガと鳴きながらうける。
「でも飛ぶのむずそうだぜ。そもそもコツが分かんね。川田や瑞希ちゃんは、四つん這いなんて赤ん坊の頃から慣れているのに」
「だからこそ飛んでやろうぜ」
飛んでくれよ。
「言われるまでもなく」
カラスが真顔で見つめてくる。「そんで、はやく夏奈ちゃんを見つけないと。いつまでも堅い三人だけだと疲れるし。カカカッ」
桜井の話がでて、どきっとする。
「ドーンは、桜井のこと許せるの?」目をあわせないで聞く。
「そりゃ思うことはあるけどね」
そらした目を覗きこんでくる。カラスも目はつぶらなんだと、余計なことに気づいてしまう。
「哲人の本気の想いを抜きにしても、はやく一緒にならないと。そんで、みんなで人間に帰るじゃん。こんなのあまり楽しくねーし」
ドーンの漆黒の瞳に、俺がはっきりと映っている。ざんぎり頭の男の子が俺を見つめている。横根が言ったように保育園児ぐらいの俺だ。
ドーンはちょっとだけ間をおいて、くちばしをひろげる。
「あいつの記憶から俺は消えているのかな」
彼女のことだ。俺までやるせなくなる。またちょっと真実を告げる。
「俺と桜井だけが人間だったとき、みんなのことを忘れた。あの子だけはドーンのことは忘れないよ」
根拠などどこにもないけど。
「だね。あいつとは丸三年だし。過去最長だし」
カラスが空を見上げる。「誰も俺のことを忘れるはずねーし」
「お前らは夜になろうと涼むだけか」
いきなり下から声が届く。思玲がにらんでいた。
「あいつらは必死に探しているだと? 川田の目立てがあてにならぬのが、よく分かった」
思玲の両脇にいる猫と狼まで、俺達をあきれた目で見上げていた。
*
「思玲はくたくたになっても、私達を門の外まで連れだしてくれたんだよ」
憤慨で白猫の目がきつい。最初に言ってくれないと、結界をまとって移動する労苦など分かるはずない。
「かまうな瑞希。私が術をだすのに身を削るのを何度も見たのに、あやつには所詮は他人ごとだったのだ」
「俺が引きとめたんだよ」
ドーンが俺から飛びおりる。
「でも、まだ飛べない俺を置き去りにして、みんなを探そうとするし。それもひどくね?」
「全員がそろったのだから、もういいだろ」
川田が低くうなる。「桜井も探してやる。ドーン、今度は俺の上に乗れ」
さすが川田。横柄な優しさだ。
「犬の上にカラスが乗ったら速攻で拡散じゃん。俺は思玲の肩に乗るのが一番おさまりよくね?」
「哲人は充分に休んだから、まだまだ和戸を乗せられる」
思玲が間髪入れずに返答する。
「めぼしい場所は見つけられたか?」
俺に目を向ける。今夜を過ごす隠れ家か。思玲達を探す以外になにもしていない。
「本当に涼むだけだったのか」
思玲があきれだす。頼まれた覚えなどないのに。
「すみませんね。俺一人で探しにいきますから、結界の中ででも休んでいてください」
嫌みを込めて言う。
「当然だ」思玲が道ばたによって腰をおろす。「お前達もこっちに来い。私も消えるから、この場所を忘れるな」
川田とドーンが素直に彼女へと近寄る。思玲が扇をだす――。
マジに俺一人で行かせるつもりか?
「結界にこもるだけでOKじゃないですか? 俺は木の上にでもいますよ」
「お前らは結界慣れしていないから、心が圧迫されない薄いものしか張れぬ。朝になれば使いの鴉が飛びまわる。そんな結界など、そいつらさえ感づく。質より量だ。それから逃げても遅い。そして、あいつらは平気で人を巻き添えにする。強いパッションがあれば、雑魚の異形でも人を襲える。道沿いなどに潜っていられるか。
そもそもお前が外をうろついていたら即座に見つかる」
そこまで並べたてるのか。
「分かりましたよ」俺はみんなに背を向ける。
「私も行きます」横根の声がした。
「瑞希、遊びではないぞ。哲人だから頼んだのだ」
思玲の声が聞こえないかのように、横根は浮かんだ俺の真下へと駆けよる。
「横根はみんなといるべきだよ。俺は人には見えないし、護符もあるから平気らしいけど」
おそらくそう言うことだろう。
「一人より二人のがいいよ。絶対に」
白猫が俺を見上げる。
「それに、もう狭いところはやだ」
正門方面へと歩きだす。
「さきほどの野良猫がおるかもしれぬ。お前達が独断ですることに、私は手をわずらわさない」
思玲は追ってこない。やはり彼女は疲れているのか。横根を断るべきだけど、そりゃ二人のがいいに決まっている。町なかをうろつくだけだし。
「了解。一緒に行こう」
俺は横根のあとを追う。「遠出はしませんから」
背後にいるだろう思玲に声をかける。
次回「座敷わらしと純白猫」