三十二の二 少女と手下達

文字数 2,391文字

「あなたは素晴らしいです。こんなに早くアンディ達の仇をとるなんて……。私とケビンは彼の魂とともに香港に帰りますが、松本さんもいつか来てください。歓迎します」

 シノが泣きながら俺の手を握る。俺が座敷わらしだった記憶はないし、必要もないとのことだった。ラインの交換もする(わざわざインストールしてくれた)。
 これが俺への態度だよな。なのにドロシーは……。ここへ残ると決めたら、さっきの態度が気にさわってきた。

「あの日本人は何様だ。子供のように扱いやがる。哲人は私の説明をしていないのか」
 思玲が憤慨しながら登場した。
「九郎、葡萄だ。緑色のだからな」

 思玲が帽子で首筋をあおぐ。夏休みの小学生みたいに髪の毛まで汗だくだ。あらためて俺を見あげる。
「大変だったらしいな。だが人間に戻ったからと、上から目線で話すでないぞ」

 横根やドーンと報告しあっていた小鬼が振りかえる。

「我が主、お久しゅうございます」
 飛んできて少女の前にかしずく。
「まっさきに馳せねばならぬところを、あやつらに捕まりまして。いかなる齢であろうと聡明なお姿を拝見できて、私も耐えてきた甲斐がございました。早速ではございますが、飛び蛇がうろついております。願わくは、私と手負いの獣に排除の申しつけを」

「任せる」思玲はぞんざいに答える。「大蔵司が驚いていたぞ。貴様は妖術を使えたのだな。楊に教わったのか?」

 思玲は小鬼をにらんでいる。いにしえの呪いの言葉のことだろう。

「お耳に入れるまでもない代物です」
 琥珀は顔を伏せたままだ。
「新月の夜だろうと人も異形も倒せませぬ。されど、お気に召さねば二度と使いませぬ」

 その割には騒音の中で耳に口をつけて唱えたよな。俺達には聞こえないように。
 でも法董はうつ伏しもせず逃げていった。奴が強靭なのか、できそこないの呪いを昼間の異形が唱えたからか……。

「お待たせでした」

 琥珀の横に九郎が降りたった。体形的にかしげないが、シャインマスカットを思玲へとかかげる。それは高級ブドウだぞ。……一房ぐらい許してやってください。こいつらに代わって、農家の人達へと心で詫びる。

「のろい。九郎は、あの間抜けジャパニーズを手助けしてやれ」
 思玲がブドウの粒を口に入れながら言う。
「シノとケビンを日暮里だかに匿ってもらう。そこまで運転しろ」

 あの二人を血まみれの車に乗せるのか。

「影添大社ですね。場所は知ってますんで、おまかせを」

 思玲も思玲だが、九郎の主への言葉にも敬意が感じられないような……。墓地から家族が戻ってきた。抱かれた赤子があーあーと琥珀達に手を伸ばしている。両親は気づかない。

「目で追うな。あれくらいの赤子は誰でも感づく」
 思玲は俺に言ったあとに「それが済んだら、ドロシーのパソコンを取りに行ってこい。トータル何分だ?」

 自称ツバメのペンギンに聞いているが、つまりドロシーは日本に残るのか。

 九郎がすこし思案して、
「東京まで運転してから香港に往復ですか。急いでも十二時間はかかりますかね」

 思玲も考える。またブドウを口に放って、
「九時間で帰ってこい。夜半に間にあわせろ」

「無理ですって。琥珀を抱えて来るのに五時間かかりましたぜ。人間のものを持ち歩くとなると――」

 九郎の開いたくちばしに、ブドウの粒が投げこまれる。ペンギンは目を白黒させて吐きだす。

「こんなものも食べられないのか? 琥珀は無理だよな? 哲人は?」

 体が欲していたので、俺だけ受けとる。

「それも済んだら台湾に飛んでもらうからな。――賄い婆やは、師傅が亡くなられたことを知らぬだろう。手紙を書いておく」

 思玲が立ち去り、九郎が琥珀に愚痴をこぼす。小鬼がペンギンの肩を叩き、俺は少女のあとを追う。

「露泥無は?」
 どの姿もどこにもいない。また闇になって――。

「ハラペコはリクトに食われた」
 思玲は振り向きもせずにぽつり言う。
「冗談だ。猫になり本堂で昼寝だ。いまの私より体力がない」

 闇が本性ならば夏の昼間は厳しいのだろう。しかし俺達への見張り役とは言えない。

「スーリンちゃん。上司が急いで帰れとうるさいんだ」
 巫女姿の大蔵司がやってきた。クライアントに会うときの正装らしい。長い黒髪を清楚に結んでいるが、あれはかつらだ。
「ケビンて方はどこ?」

 そうだった。彼が立ち去るまえにお礼を……。メンバーが多すぎる。俺、ドーン、川田、横根、思玲、ドロシー、シノ、ケビン、大蔵司、琥珀に露泥無に九郎もいる。サッカーチームを組んでも一人あまる。

「旦那は山に行ったぜ」
 川田が気配もなく横にいて、ぎょっとする。
「狩りでないから来るなだと。それより姉ちゃんの車からうまそうな匂いがするな」

「車も食べるなよ」
 念のため言っておく。思玲へと「ケビンの怪我は治ったの?」

「お前と同じにするな。肋骨が五本砕けて、うち二本は肺に刺さったのだから、おとなしくしてほしい。――ドロシーを呼んできてくれ。ついでにハラペコも起こせ」
 女の子に命令される。
「どうでもいいが、お前臭いな」

 こいつに指摘されるまでもない。それでも自分の脇とか嗅いでしまう。

「どうせ私にしか気づけぬ匂いだ。血が匂っている。はやく行け」
 思玲がブドウを噛みながら言う。
「ケビンは魔道具を作るつもりだろ」

 公園で思玲も術で扇を作ったな。異形であっても神秘的な体験だった。
 ケビンは黒い螺旋を槍で受けようとした。かなわず槍は折れ、彼は血を吐いて川に落ちた。……肺に肋骨って重傷だよな。それなのに魔道具を作ろうとする。なおも戦うというのか?
 もっとシンプルに竹槍を作るとか。俺や思玲に持たせるために……。などと考えながら本堂を開ける。
 ドロシーはまだ着替えていた。体を拭いていた。そのままの体で俺をにらみ、銃をかまえる。唇をなめる。

「殺」

 薄墨色の術を機銃掃射されて、俺は庭へと吹っ飛ぶ。




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