三十七の二 次に会えるのは

文字数 1,417文字

 浄化槽のふたが闇に覆われている。露泥無には悪いが、張麗豪にふさわしい場所だ。

「ドーン、川田、行くよ」
 低い枝にとまるカラスと、その下で寝そべる片目の猟犬に声かける。

「しつこい。俺はリクトだ」
 川田が立ちあがり伸びをして、ドーンが俺の頭に降りる。

「やっぱり夏奈ちゃんは呼ぶべきでなくね?」頭上で言われる。「腹いせで、瑞希ちゃんの残りの魂がヤバいかも」

 奴らが持つ横根の半分の魂。それを奪還してから夏奈を呼ぶというのが、ドーンの言い分だ。でも、

「呼ばなきゃ駄目だよ」

 横根に却下された。彼女は先ほどの川田への祈りのせいで、胸もとの珊瑚がないと気づけぬ存在になってきている。

 合流して真っ先に露泥無に尋ねてはいる。

――横根の魂は半分でない。六割程度だ。珊瑚も所有するのだから、こちらの魂が本体といえるだろう。それでも祈りは自殺行為だったな。繰りかえせば消滅して四割だけが残る。だとしても海神の玉だけでもロタマモから奪還できたと思えば――

 気分が悪くなるだけだった。

「和戸の杞憂は一理ある」

 背後の思玲が言う。それ以上続けてこない。だから俺達は龍を呼ぶ。みんなぎりぎりに位置している。完全なる夜になるまえに、あの時の五人で呼ぶ。夏奈が戻ってくれば、あの時の六人だ。方法なんて分からない。見晴らしのいい場所で、みんなで声をあわせるだけ。

「だんなは?」川田が聞く。

「俺達だけ。もう解放してやれよ」ドーンが言う。

 川田である猟犬はどうでもよさげだ。林へと空へと鼻を向ける。

「昨夜の狼をぶっ倒しにいくだって!」
 闇が叫んだ。「どうすれば、そこまで浅慮になれる?」

「声がでかい」
 思玲が闇をこづき、俺達をにらむ。
「冗談だ。あれの倒し方を頭でっかちに聞いただけだ」

 備えるのはいいけど……。日は翳っていく。影が濃くなっていく。

「僕は松本から離れない」
 麗豪の番の続行を命じられた露泥無が断言する。
「もはやアラートが発令された。新月とともにサキトガが現れる。楊偉天も来るかもしれない。完全なる日没まで、あと一時間二分だ」

 それを聞き、思玲が舌を打つ。
「それだけしか時間がないのか。急いで山に入るぞ。ドロシーは扇を預けておくから、しっかり麗豪の番をしていろ。済んだら琥珀に渡せ。
琥珀はハラペコをにらんでいろ。あたりの闇が濃くなって、まぎれて逃げようとしたら即座に食え。ケビンは寝ていろ」

 達者でなと、ケビンは駐車場に去っていく。横根が珊瑚のペンダントを握る。ドロシーは俺を見ていた。

「私も――」
「リュックサック、どうしよう?」

 彼女の言葉をさえぎる。彼女がいると夏奈を呼べない。
 川田以外が俺達を横目で見ている。ドロシーは唇を噛んでいる。

「もちろん返してもらう。パパのシャツも」
 彼女が言う。
「でも今じゃない。シャツが破けようと気にしなくていい。……気をつけてね」

 ドロシーも立ち去る。
 ……呆気ないな。これから最高の結果が待っていたら、俺の記憶から彼女は消える。もう一度心のなかで、ありがとうと告げる。

「ドロシー、大鷲が来るらしいが」
 露泥無が彼女の背に言う。
「それで帰るなんて夢想しないほうがいい。結界に守られなければ数時間も乗っていられない。風邪をひくか、下に落ちる」

 彼女は聞こえないふりだ。すぐに見えなくなる。

「あの娘の百倍は惚れられたな」

 思玲の声は冷やかしではない。
 あの娘が誰だか聞かない。林の中を闇が支配しようとしている。




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