四十 導きがあるのならば

文字数 3,478文字

「松本君、目を覚ましてよ」

 悪夢を見る間もなく、俺は起こされる。横根瑞希の声だ。

「横根…………?」

 目を開けると、指揮棒の提灯を持った女子中学生がいた。こんな山奥で、夏服のセーラー服。

「わ、私、こんな格好だけど人間になったと思う」
 髪をシンプルに左右に結んだ中学生の横根が言う。
「ドーン君の声が聞こえなくなったから。たぶん琥珀も見えないと思う」

 胸のリボンの中心で赤い珊瑚が輝いている。その肩には鳩ほどの大きさの猛禽がとまっている。
 疲れ果てた風軍は、横根の肩を止まり木に選んだ。彼女はそれにも気づいていない。

 展望台と記された立札があった。その向こうは真っ暗闇だ。ドロシーの灯し火が俺と横根を照らすだけ。ほかのみんなは無事だろうか?

「あの二人は?」
 腰をあげながら尋ねる。中学生の横根がきょとんとするので、人の声で聞きなおす。
「川田とドーンは? 思玲は? 琥珀は? 露泥――」

 血でむせび、横根が背中をさすってくれる。

「ス、思玲は張麗豪を追った。ドーン君は川田君を探しにいったよ。さっき戻ってきたけど、また飛んでいった」

 この状況下で、川田め。
 俺はもう歩けない。ドーン達が来るまで、ここで横根を守る。それまでは横になろう。
 横根が不安そうに俺を見おろす。 

「ドロシーは? 彼女が琥珀達に何をしたか知っている? 思玲とケビンが烈火のように怒っていた。でもドロシーは私にこの明かりを貸してくれた。……彼女は?」

 横根の代わりに魂を奪われた。言えるはずない。
 横根の肩にかかった髪に風軍がうずくまる。異形と触れあっているけど、横根は人に違いない。俺は返事をせずに目をつむる。

 *

「戻っていたなら教えろよ」
 ドーンが飛んできた。
「あの龍が夏奈ちゃん? でかすぎだし。……ドロシーちゃんは? いろいろヤバいことがあったし。瑞希ちゃんが透けなくなったけど高校生になっちゃった。清純そうでエモみすらあるけど、俺の声聞こえねーし……。み、瑞希ちゃんの肩にいるの猛禽賊じゃね? 俺降りて大丈夫?」

 真っ暗な木立から騒いでいる。カラスである以上に異形だから、夜になれば俺よりすべてを感じとる。横根の年齢で意見が分かれたけど、中三か高一ぐらいってことだ。

「この子はドロシーの式神みたいなのだから大丈夫」
 心の声を返す。

 横根は俺の横で体育座りしていた。指揮棒のさきの明かりは、さっきよりもか細くなっている。ドーンが俺の頭に降りてきて、彼女は安堵の笑みをこぼす。

「松本、どこにいた?」
 手負いの獣が藪からでてきた。
「その鳥はでかくなるだろ? そしたら食いたいな。瑞希は人間だな? 食えと言われても食わないからな」

 残りかすかな灯し火が、片側の目だけ光らせる。ドロシーのリュックをくわえていた。

「カーッ、それを探しにいったのならば言っておけよ。て言うか、哲人がなくしたのかよ」
「空から落ちるのが見えた。けっこう遠くだったが、松本とあの女の匂いがするから簡単だった」

 夜が来ても、手負いの獣は俺達とともにいる。俺達を助けてくれる。

「みんな、なにを話しているの?」
 横根が俺へとうかがう。

「横根がさらにかわいくなったって」
 俺は人の声をかける。
「全部ではないけど、夏奈に人の心が戻っている。だから横根が解放された」

 横根は半分だけの体で祈りを重ねた代償に、すこし幼く人に戻った。しかも記憶が残っている。ある意味、人間くずれだ。喜びようがない。

「そのワシがいるのならば、ドロシーちゃんに会ったんだろ? 彼女はまだ逃走中?  ……なんで裏切ったの?」
 ドーンが尋ねてくる。

 推測できるけど、本人の口から聞いていない。琥珀達になにかして、麗豪を逃がしたとしか知らない。

「ドロシーは裏切ってないよ」
 人の声で返し、心の声を続ける。
「だから横根の代わりに魂を奪われた」

 ドーンは黙るけど、やがてくちばしを開く。
「だったら助けないとね」

 龍の起こした嵐が嘘のように星がきれいだ。月などどこにもない。片側の肩ひもが切れたリュックを受けとり、横根を見る。

「俺はまたあっちの世界に行く。横根は川田と一緒に山から下りて。こいつといれば安全だから」
 言ってみただけだ。

「私も行く。絶対に」
 彼女は見つめかえすに決まっていた。
「白猫になる」

「カカカ、そんで、みんなで一緒に人に戻るじゃん」

 ドーンの言うとおりだ。俺はうなずき、横根に人の言葉で真実を伝える。横根は覚悟を深める。俺の話を聞きながら、彼女は川田の頭をさする。


「ちょっとどいていてね」
 小声で言って、ちいさくなった大ワシをそっと岩の上に乗せる。

「あっ、鴉だ」
 風軍は目覚める。
「異形だから、さっきの鴉じゃないね? もしかしてドーン?」

 そうだった。こいつは俺とドーンの名前を知っていた。……さっきのカラスとは。

「もしかしてミカヅキに会ったの?」

 ここは東京でないけど。俺の問いに、

「名前は知らない。僕がちっちゃい今の姿で見える、変わった鴉。主様の印が消えて困っていたら、こっちに行けと教えてくれた」
 風軍が羽根を伸びしながら言う。
「代わりに頼まれごとされたよ。青い目で頼りなさげで強そうな人間に伝えろだって。それって哲人だよね? それでね、このなんにでも効くおまじないは、最初の一言しか力がないから間違えるなだって。ドーンもいるから始めるよ」

 風軍が小さい姿のまま、俺達の上へと舞いあがる。俺達四人を見おろす。

「かしこんでね。カモタケツノミノミコト!」

 ドロシーの明かりが灯るだけの暗闇だ。なにも変っていないけど、またノリトウを授かった。導きは俺達にある。

 *

 リュックに手を入れる。箱を取りだす……。傷を負った身では無理だ。リュックを下にずらす。これならば、か弱い座敷わらしになってももとに戻せる。
 底には純度100の白銀弾がある。ドロシーを救うためのお守り。

「私が開けていい?」

 制服姿の横根に言われたら断りようがない。
 彼女が木のふたをどかす。ふるびた金属製の箱。川田である猟犬も覗いている。ドーンと風軍は木の枝に並んでいる。小ワシは鴉に寄りかかり、うとうとしている。横根が金属のふたをはずす。
 白色の玉が輝いていた。その光を、横根は胸もとで抱えるように受けとめる。黒色の光の残骸が、例によって俺へと寄ってくる。
 片目の猟犬が飛びかかる。

「俺の光だ」
 飲みこむなり、にやりと笑う……。もはやどうにもならない。

「カカカ、やっぱ白猫だ」

 ドーンが笑う。横根であった猫がうずくまっていた。

「ま、前よりちょっと小さいかな?」
 珊瑚の玉を首輪からぶらさげた白猫が言う。俺の目には分からない。

「うわー、格好いい!」風軍が興奮しだした。「狼だ!」

 いやな予感を感じながら、川田を見る。なつかしい図体の黒い隻眼の狼がいた。

「これなら雅にも負けないぜ」

 俺へと笑う。
 大丈夫とは思うけど……。

「お、俺達を食わないよな」
 やっぱりドーンが確認する。「記憶は戻った?」

「食うはずないだろ」
 川田である狼が頭上をにらむ。「記憶など俺にはない」

 山は静かなままだ。完全なる手負いの獣になろうとも、川田はこの三人を襲わない。
 横根がドロシーの指揮棒をくわえる。残り少ない明かりで箱を照らす。……透明な光が飛んでこない。

「松本君の弱っているよ。四神くずれになったから分かる。やっぱり、ずっと戦っていたんだ」

 楊偉天に半死にさせられたものな。俺は青かったはずの玉に手を伸ばす。透明無垢な光が来なければ、俺はもはや戦えない。祈るように玉に触れる――。

ふわっふわっ

 弱りきった光は、なおもやってきてくれた。衰弱しきった俺の体へと這ってくる。自分に異形の光が流れこむのを感じる。意識が遠のくのを必死にこらえる。

「カカカッ、今度は哲人が中学生だ」
 ドーンが笑う。俺の頭へと降りてくる。

 俺は夏の制服姿の体へと浮かべと念じる。やや重たげに、でも力強く空に上がれた。……どこも痛くない。首もえぐれていない。それだけで充分だ。

 *

 明かりの消えた指揮棒と七葉扇をリュックにしまう。それを白シャツの中に入れて、眠る風軍を抱く。川田の先導で山を下りる。横根が続く。上空を飛ぶドーンの影は、新月の闇のせいで見えない。
 このままこの四人で行ってもいい。でも思玲にだけは会わないといけない。
 無駄にでかい狼がまた振りかえる。

「松本、弱くなってないだろうな」

 川田はそればかり心配している。俺はそのたびにうなずきを返す。あたりまえだろと。
 俺はまだ戦える。




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