十一の四 死とともに歩む

文字数 3,478文字

 俺は思玲の性格をよく知っている。蛮勇では決してない。ただ単に後先考えず突進して後悔するタイプだ。
 大蔵司は涼しげに口笛吹いて後をついていくタイプかな。恐れなどない。よほど自分に自信があるのだろう。
 夏奈は喜怒哀楽が顔にでるタイプ。初見では頭が悪そうなほどに、おおらかで些細なことを気にしない。そのくせ出しゃばるからトラブル起こす系。百六十センチちょいあるのに、遠目でも分かるほど三人で一番小さい。おおきな目。結んだ口もと。圧倒的美女と年下の美女といても引けを取らない。
 おそらく百人で人気投票すれば、大蔵司が六十人、思玲が三十人、夏奈にも十票が入るだろう。そして俺は夏奈に入れるに決まっている。俺が異形でなければ。

 思索がずれてしまったけど要するに、この女達は臆することなく沢を詰めていく。
 夏奈は露泥無である(なおさら危ないし濡れてしまう)浮き輪に頼ろうとせず、藪が張りだした岩場を見事なバランス感覚で、まるで宙に浮かぶように、思玲と大蔵司のあとに続く。最後尾の俺は沢に浮かぶ浮き輪を引きずる。なにかの際の救命用だ。
 小さな滝みたいな枝流があった。傾斜は緩い。先頭の思玲が振り返る。

「ここからこれに沿って進むが、土壁は気配を消せる。神出鬼没だから気をつけろ。だがな、思慮なき奴が行動できるのだから罠は消えている。それだけがラッキーだ」

「人の形の異形とは戦いづらいね。あそこまで悪しき気配だと封印などできないし……。どういう奴なの?」

 大蔵司がいまさら質問するので、俺が答える。

「峻計という魔物の力で、野良犬が人になった。……師傅がその野犬の前足を斬った。それがあの忌むべき槍に変わったと思う」
 これから言うことも、おそらく思玲は知らない。
「ツチカベと呼ばれた野良犬は、峻計が劉師傅に呪いをかける手助けをした。人を憎んでいる」

 あの時の俺は、コザクラインコである夏奈をおなかでかばっていた。絶望へと、ビルを登り始めた。

「……人を憎む異形ならば倒さねばならぬな」
 思玲が歩きだす。「子どもに甘かろうが、その心もいずれ蝕まれる」

「だね」とだけ大蔵司が言う。

「話が読めねーし。松本哲人がまたお喋りしたのかよ」
 夏奈がむくれながら後に続く。

 俺は黒いリュックサックを背負って夏奈の尻を追う。

「僕は峻計が待ちかまえている気がしてならない」
 沢で遭難しかけたリュックサックが怯えている。「藤川匠もいたら、桜井以外全員が倒される」

 死者の書をひも解けば、敵陣営も分かるのだろうか? 楊偉天が山奥で俺達を待ちかまえていたように……そして自らが死んだ。書に頼ってはいけない。
 この沢の水量は少ない。林の中、異国の鳥の鳴き声がする。俺は立ちどまる。夏奈の後ろ姿が遠ざかっていく。

「どうした?」背中の露泥無に聞かれる。

 揺さぶられるままに死者の書をめくりたい。でも俺も楊偉天のように終わるだろう。だったら代わりに、

「六魄を呼ぶ。あの二人と一緒だと現れない」
「……呼ぶまでもない」

 振り返ると、六つの黒い陽炎が漂っていた。

「お前達は松本に何を期待している?」
 リュックサックが先に質問しやがる。

「お前と同じかもしれない」
「僕と同じ? ……僕は大姐の指示で仕方なくいるだけだ。そもそもいまの僕の姿が見えないのか? 無機質なものに強制的に封じられた仕打ちに耐えて」

「続きはあとにしてよ」
 だらだら喋りだした露泥無に言い「ここにいたのならば、人の目に見える人の形の異形がいるのを知っているよね。そいつが俺達をどこで待ちかまえているか――、人の目に見える女性の異形がいるかを見てきてくれないか」

「松本哲人の死はここにない」
 魄のひとつが言う。暗い陽炎のごとく漂いながら。

「どういう意味だ?」露泥無が聞くけど。

「分かった。行こう」
 俺は歩きだす。三人を追う。「ここに峻計はいないみたいだ」

 貪も藤川匠もいない……。
 土壁は俺に死をもたらせない。だけど強靭な体と攻撃力。賢くはないが愚かでもない。ある意味抜け目ない。峻計と組んで戦うだけで脅威だ。でも俺を殺せるほどではない。俺に死をもたらせるのは、峻計、貪、藤川匠。
 それと暴雪。
 ここに一体だけでいるならば倒すべきだ。あの憐れな野犬を終わらせるべきだ。

「だけど、ここにも死がいる。だから私達は松本哲人を追えない」
 魄が謎解きみたいに言う。「あなたと王思玲は、死のすぐ横を歩んでいる」

 魂なき魄なのに、やけにしっかりした口振り。俺は立ちどまり振りかえる。黒い影が慌ただしいほどに霧散した。

「靴紐でもほどけたの? イケメンお化けは桜井ちゃんの背中を守れよ」
 進行方向からの声。大蔵司が俺の様子を見に戻ってきた。
「私がみんなの隣にいようが意味なくね?」

 静かな森に爆発音が響く。

 ***

「土壁が根城を燃やしたようだ。ほめてやりたい」
 小道にでたところで思玲が言う。

「指図を受けていたのだと思う」
 背中のリュックが言う。「僕たちの陣営を見て勝てないと思った。やはり峻計はいない」

 龍がいるかもと怯えていたくせに。

「つまり、ここでの戦いは終わり。あの化け物ならば橋が落ちた沢をジャンプで越えそうだ。そしたらトヨタを破壊される」
 思玲が平然と言う。
「そしてトラップに巻き込まれて、奴はとてつもない深手を負う。そもそも私達は母屋に用事はない。杖だけをゲットする。だが奴に逃げられる前に――大蔵司よ、先に車へ戻ってくれ」

「私一人で?」
「ハラペコを貸してやる。機関銃に変化できるかもしれぬ」
「土壁もお尋ね者?」
「無論。倒せば一億ぐらいもらえるだろ」
 思玲が根拠なきことを真顔で言う。

「十億円の十分の一……。ハラペコは麦わら帽になれ。あれは使えそう」

「マジ? 一人であんなのと戦うの? やめとくべきじゃね」
 夏奈が目を見開く。

 夏奈は土壁の存在を見ても驚くだけで怯えない。恐怖の感情が抜けているかのようだ。

「心配してくれてありがと。気をつけるよ。それと見えない橋が残っていても、いきなり消えるから渡っちゃ駄目だよ」

 俺からリュックサックを受け取った大蔵司が、草いきれの道を駆けていく。映画のワンシーンみたい。

「結界を橋にするつもりか。私にそんな芸当はできぬぞ」
「そしたらまた川まで降りて登るわけ? やばいって。さっき蛇がいたし」

 夏奈は蛇を見かけても悲鳴を上げなかったのか。……彼女とは4-tuneでも決して接点は多くなかった。インコや龍である彼女としか深く関わってない、これから始まりの二人だけど……想像以上に深みがある。ワイルドだ。魔道士と行動しても違和感がない。

「倒せば丸太橋になる木が残っているはずだ。とにかく急ぐぞ」

 思玲も駆けだす。夏奈が追いかけようとして思いきりこける。起こそうとして手が滑る。
「のろい!」と思玲が怒鳴る。

 *

 土壁の異界の炎で焼かれた楊偉天の住みかは燃えかすになっていた。囲む樹々に延焼していない。ここで邪悪な式神を飼い、忌むべき振る舞いを続けていたのだろうか。

「琥珀や峻計もいたのですか」
「私や師傅、祭や麗豪も寝泊まりしていたが、琥珀や大鴉とは重なってないから知らぬ。ドロシーは来たことある。楊偉天ご秘蔵の扇をゴミにした。……師傅に懐いていた」

 面影などないけど、俺はここで撮られた写真を知っている。今より若い思玲が写っていた。陳佳蘭も楊聡民と王俊宏もこんな場所で過ごしていた。キム老人も暴雪も来ている……。
 白虎は台湾まで追ってくるのだろうか? 日本で待ちかまえているのだろうか?
 影添大社の行為はまどろこしい。金のためならば、俺達の首を差しだせば終わりのはずだ。ほかに目的があるのかも……。それよりも俺と思玲に死を運ぶのは白虎以外にも……。

「また心の声で会話しているの?」

 夏奈の声色が不機嫌になる。感情がころころころころ。

「哲人が物思いにふけっているだけだ。こいつは賢いから、みんなの分までどっぷり考えてもらう。それでいて目耳鼻は常に外へと向く嫌らしい奴だ」
「本気にされるから否定してよ」
「あ、また蛇がいる。飛んだりして、ははは」
「そもそもこいつは、聞いておいてすでに興味が失せているではないか。――桜井。その蛇は楊偉天が放したものだ。異形ではないがよろしくない。百歩歩かぬうちに死ぬ」

 思玲が赤いカバンから小刀をだす。軽く振ると、草むらから寝ぼけたように顔をだした毒蛇の首が消滅する。

「ここからこいつらだらけだ。噛まれたら大蔵司のもとまで百歩以内で走るぞ」
 思玲が道を外れる。藪を掻き分ける。




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