七の二 異形が夜明けを待ち望む

文字数 4,011文字

「こいつら敵じゃねーだね。て言うか、ハラペコは猫やキモイ鳥に化けられねーのかよ?」
「最初から脱線しないでくれ。変げはすでに試しているが、生きものにはなれなかった。……僕は脱線しない。質問を始めてくれ」

 カラスとやかんの脱線が終わり、俺はベンチの前に整列する六魄に尋ねる。

「深圳の駅についたところまでは覚えている。そこから先に何があったか知っている?」

「あの男は知りすぎて、我々を梁勲の式神と勘違いした」
「あなたの見張りと勘違いした」
「おかげで抹殺されずに済んだ」
「記憶も消されずに済んだ」
「すべてではないが多くを知っている」

「て言うかさあ、交互に話すのやめてくれね」
「僕達は声をかけてはいけない。彼らは(たましい)ではないから難しいことができない。その記憶もじきに薄らぐ」
「本能だけ? 川田みたいだし、カカカ。黙っているよ」
「本能ともちょっと違うが、そうしてくれ」
「二人ともマジで静かにね。――知っていることを教えて」

 また六魄達が交互に語りだす。その内容を整理して、頭の中で箇条書きする。


・思玲は台湾に寄りたいと言った。
・暴雪が半島から消えた。
・麻卦はイウンヒョクという名を挙げた。キム老人の一番弟子。日本にいる。
・その男に白虎を狩らせる。そのための餌が思玲と松本哲人。殺させはしない。
・という話になったところで、思玲が魔道具を使い麻卦が怪我した。混乱しだしたので、デニーがみなの記憶を消した。ついでに露泥無の記憶も消したらしい。
・上海は影添大社のすることに干渉しないと言った。
・デニーは世界の水平を保つために藤川匠を狩る。
・デニーは儀式をおこなう。


「デニーは人の式神を従えられる」
 一体がつけ足すように言う。「私達や松本哲人には無駄だった。さらには――」

「それは不夜会の切り札だ。言わないでほしかったな。もういい。充分に分かった」
 露泥無であるやかんが六魄達の話を終わらせる。
「デニーは大姐の指示の下でしか動かない。だが、その中で最善と感じたことを独断で進める」

「ありがとう。すごく助かった」
 俺は魄達に礼をする。……知り得たことは、やはり麻卦は裏切っていた。俺達を売っていた。でも怒りを飲み込め。
「この話は思玲と大蔵司にはまだ教えない。気づいてないままの振りを続ける。むしろ媚びて、夏奈と横根を返してもらう」
 とりわけ思玲が知るとぐちゃぐちゃになる。

「哲人がそう考えるならそれでいくじゃん。でも、その後は?」

 相変わらずドーンは俺に頼っている。俺は怒ってないし冷静になれ。 
 影添大社の現宮司には告刀の力がないらしい。ならばここは用済だ。あとは上海不夜会の秘宝……露泥無の前で口にだせない。すべきことはひとつだけ。

「貪を倒そう」その肝をみんなで食おう。

「……なるほどね。だけど猛毒の可能性のが高い」

 露泥無は俺の考えを悟る。周婆さんと同じ意見か……。

「デニーと沈大姐は不仲ではないよね?」

 頭でっかちと煙たがられているけど俺とはなぜか馬が合う、味方のような異形に尋ねる。

「もちろんだ。互いに尊敬しあっている関係だ」
「デニーのすることを拒まないの?」

 俺の一言に、知恵ある黒いやかんがしばし黙りこんだ。やがて言う。

「松本は儀式のことを言っている」
「ああ。それは青龍の儀式のことだよな? 楊偉天が為そうとした儀式だよな?」

 俺の声はどうしても荒くなる。露泥無はまた黙ったのちに。

「教えておこう。それこそがデニーの独断だ。大姐は善人ではないから咎めない。……大姐の望むことを為すために、デニーが楊偉天の儀式をおこなう理由。僕が教えてもらえるはずないし、松本から憤怒の気が漂うならば、憶測を口にすべきでもない」

「俺は冷静だよ」口先だけで告げる。

 夏奈を龍へと望む奴がなおも地球上にいるのが許せない。ふいに藤川匠の顔が脳裏に浮かぶ。続いて――軍帽をかぶった緑色の目の男も浮かぶ……。
 こいつがデニー。たしかに会っていた。その顔を二度と忘れない。

「そいつは若い男か?」
 ドーンがふいにくちばしをひろげる。

「二十七歳」とやかんが答える。

「やっぱり。あのおばさんは甘やかしているな。ガツンと叱ればいいのに。カカッ」

「大姐がデニーを甘やかしたことなど一度もない。むしろ逆に扱っていた。だからデニーは強くなった」
 露泥無が告げる。
「だからデニーの力は大姐を越えた。もはや勝てる魔道士はいない。ここにいるもの達が束にならないとね」

 俺はただただ朝が待ち遠しい。目が合うことがなくても、笑顔が向けられなくても、夏奈の顔を見たい。そのまま手を取りあってどこかへ逃げたい。俺は人に戻って、夏奈は数年で命を終えないように忌まわしい龍の資質を抜き去って……。

「私達はあなたの気に呼応する」

 その声に俺は顔を上げる。
 六体の魄は陽炎ではなくなっていた。朧げだけど輪郭が象られ、顔の肌色もかすかに識別できるようになっていた。

「私達が知ることはそれぐらいだ。蛇達はもっと知り得ただろう」

 俺の感情を浴びれば、こいつらは(おぼろ)でなくなる。そんなことはどうでもいい。

「蛇?」

 俺の声に六魄達がうなずく。さらに朝が待ち遠しくなってきた。

「一匹は香港の周老大娘(チョウラオターニャン)の飛び蛇。こいつは翼竜を追うのをあきらめた」

 その続きを聞きたくない。でも人の形に戻りかけた魄が言う。

「もう一匹は私達同様に必死に追った。有能な蛇だ」

 法董を見限り峻計に従った飛び蛇に違いない。日本から香港へ。また日本へ。俺達はとっくに奴らの掌中にいた。

「それを知るために僕はここにいた。今まさに、僕は任務を果たした」
 やかんから露泥無の声がした。
「この姿から解放してもらい大姐に連絡しないとならない」

「カッ、こんなの分かっていたことだろ? ……奴らは何を狙っているの?」
 ドーンの声色のトーンが低くなる。

「それも知らないとならない」
「それぐらい分かれよ」

 やかんとカラスが言いあいをやめて黙りこむ。俺は漂う魄に顔を向ける。

「ありがとう。そいつはいまもいるかな?」
「有能な蛇でも小鬼がいる場所に長居はできない」

 新月系の魂をすする小鬼……。香港の小鬼達よりはるかに賢い琥珀が仲間にいて幸いだ。人であったらしい琥珀が。

「そういうこと」

 一体の魄の声に身震いした。何故だろう? でも彼らは黒い影に戻っていく。

 ***

「どうだ? 似合うか? よければ術をコーティングする」

 眼鏡をかけた思玲がやってきた。雅が横に侍っているので、六魄が消える。
 太めの黒ぶちか。彼女は眼鏡をかけると表情が(さらに)きつくなるけど、多少はやわらげている。配下の式神のナイス選択だ。

「琥珀と九郎は?」
 余計なコメントをせずに露泥無が尋ねる。

「ハラペコは日本のやかんになっても異形の気配が消えるのだな。だが邪魔なだけだ。次はスマホか財布に封印してもらえ。大蔵司に勧めておく。……連中にはその足で香港に行ってもらった。風軍を貸りるまで帰ってくるなと命じた」

 聞くべきことは多々あるけど、眼鏡屋に弁償すべき件もあるけど、
「なんのために?」
 なんのため式神たちに意味不明で難易度高めな指示をだす?

「台湾に帰るためだ。……レンズの度もぴったりだ。さすがは琥珀だな」
 思玲が眼鏡をはずす。息を吹きかけシャツで拭きながら付け足す。
「桜井に現実を見せるためだ。台湾で、あの能天気を異形と接しられるようにしてやる」

 この実年齢二十五歳の私服の女子高生は……。
 彼女をこれ以上こっちの世界に関わらせるな!
 怒鳴り飛ばしそうになった。でも冷静に告げる。

「俺が香港まで行ったのは思玲を連れ戻すためだ。本当の姿に戻った五人を見てもらうためだ」
 怒りを抑えろ。
「夏奈を忌むべき世界に戻すだと? ふざけちょ! ふざけんな!」

 怒鳴らずにいられるか。川田が公園を横切り加勢に来たので、両手で静止する。
 思玲は俺へとにらみ返す。

「歪められた記憶。存在するけど存在しない世界に半端に関わる能天気」
 カバンから七葉扇をだしやがる。
「今のままで守れるか? この危うい社にずっと預けておくのか!」

「思玲も落ち着けって」
「松本もだ。まず僕は詳細を知りたい」
 俺達はカラスとやかんにたしなめられる。

「詳細より何より琥珀達を戻させるべきだよ」
 俺は冷静な振りをする。「梁勲が貸してくれるはずないし、俺達の周りには飛び蛇がいる」

「生草坊主を裏切った蛇か? あんな賢いのは初めて見た」
 眼鏡をかけなおした思玲の目がすっと細くなる。
「ならば私だけが飛行機で行く。異形は人多し場所に連れ歩けない」

 なおも俺らを異形扱いしやがる。それよりも、
「思玲にはみんなを守ってもらいたい。お願いします」
 頭を下げる。とにかく低姿勢だ。

「哲人らしからぬな。いや、哲人そのものの意見か」
 十代の思玲がシニカルな笑みを浮かべる。
「守るでなく攻めるだろ。そのためのファーストステップだ」

 脳みそが震えた。
 その言葉は天啓だ。俺達には時間がない。悠長こそが敵だ。

「桜井ちゃんに何をするの? 魔道具を使うの? 興味あるけど」
 聞き耳を立てまくっていた大蔵司が俺達へ寄ってくる。

「盗み聞きするな。それはトップシークレットだ」
 思玲が手で追い払う振りをする。

「ちょっとむかつくけどさ、私も一緒に行きたいな」
 大蔵司が怖い目で笑う。
「モモン蛾を封じてあるヘリに台輔をいれさせてもらえるかも。廃車のお詫びに有給取らせてもらえるかも。……台湾か韓国に行きたかったんだ。無料(ただ)で、後々のために」

 思玲が瞬間考える。笑わずに告げる。
「一緒に来させてやる。だが哲人の意見もまっとうだ。瑞希と桜井も連れていく。私と大蔵司で守ろう」

「瑞希は俺と松本で守る。龍だけ連れていけ」
 後ろでぼおっと聞いていた川田の片目が野獣のように光る。
「はやくドーンを人に戻してやれ。うるさい笛の音がどんどん弱まっている……。ドーンだけにどんどんだ」




次回「眠れる連中」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み