二十四の二 温故知新なお付き合い

文字数 2,240文字

「バイブが鳴ってない? 気のせいかな」
 壮信がきょろきょろする。

 宙に浮かぶ琥珀がパーカーのポケットから天珠を取りだす(返そうとしなかった)。金札の力が、もはやこの家に満ちているせいだ。人に感じとれない振動を感じとられるのなら、こいつらこそ長居させておけない。用件だけ伝えよう。

「明日まで温泉ランドか友達の家に泊めてもらえ」

 明日の昼までには一段落させるから。琥珀が神妙な顔で天珠にうなずいている。

「そんなのいきなり無理だし」弟が至極当然な返答をする。「彼女と過ごしたいなら、自分の下宿部屋を使えよ。俺の宿泊費は?」

「俺もすぐにでかける。無理でもでていけ! 金札も持っていけ」
 俺は弟だけには強い。俺の分まで麦茶を飲む露泥無をうながし立ちあがる。……弟を見る。
「俺のこと、覚えているよな? 昨日の夜だって覚えていたら?」
 涙がでそうになる。

「当然だし」
 そう言って、弟が古い付き合いの目を向ける。
「兄ちゃん……、なんかやらかした?」

「するはずねえら!」
 はやく去らないと。この家に来た本来の目的だけ告げる。
「金を貸してくれ。お札代と一緒にすぐ返すから」

 だから俺は消え去らない。

 ***

 友人の家に泊まりにいくけど、貸すほど金はない。そう言われて、手ぶらで自宅を後にする。隣家の柿の葉についた朝露をあさっていた九郎が、俺の頭に移動する。
 一万円所持しているけど、人でも異形でも持ち歩ける浄財をくずしたくない。実家をもう一度見あげる。俺の部屋にはあえて入らなかった。どうせ必ず戻ってくるから。

「すぐに飛びでてくるぜ。盗人も入らない」

 琥珀が、弟がいるうちから手のひらを玄関に向ける。念には念だ。
 我が家が人除けの術にも満たされていく。琥珀が俺達へと顔を向ける。

「思玲様からご指示をいただいた。シノから、異形であった哲人と野良猫の記憶がなくなったらしい。そんな混乱した状態で女子だけで河原を探すのは危険とご判断なされた」

「ドロシーは覚えているの?」
 彼女は人であった俺も覚えていた。
「彼女も思玲と同じで、両方の世界に存在しているのか?」

「あれがそんなはずないだろ。よほど哲人が気にいっただけだろ」
 琥珀は適当だ。「九郎が探索に向かえと仰せだ。僕は引き続き哲人の世話を焼く」

 なるほど。思玲はこのペンギン、いやツバメに厳しい。例の作戦は、こいつを盾にする予定だったわけだしな。

「俺は飛脚だからな。喧嘩ぐらいならできるが、さすがに出入りは不向きだ」
 九郎が頭上で言う。こいつは人に見えない異形なのに、ドーンより重く感じる。
「その役目のが性に合う。ただ、あの馬鹿犬をさんざん見てきたのに、あれの気配に気づけねえ。せめて、どの辺りか分からねえと辛いな」

 リクトいや川田が九郎を狙っていたのを思いだす。獰猛な猟犬と化したことを知らないようだ。

「貉。九郎に付き合ってやれ」琥珀が仕切る。「ケビンと川田を見つけたなら、そのまま上海に帰れ」

 主に似て、こいつも他人に厳しい。

「僕はお目付け役だ。四玉の光を持つ松本から離れるわけにはいかない」

 でも小鬼とツバメに恫喝されて、女の子は路上で溶けてヨタカになる。よたよたと国道沿いを飛んでいく。

「まだ見えるぜ。のろいにもほどがある。だいぶ経ってから追わないとじれちまう」
 九郎が頭上でぼやく。
「どんなに離れようと、俺は見たものを追える。あの野郎、変げそれぞれで気配がまったく違うけどな。ところで哲人、車は使わないのか?」

 こいつは興奮したドーンなみに早口でまくしたてる。免許証は財布のなかだ。思玲に没収された財布は、破壊されたユニットバスのなかだろう。それに母の軽自動車を傷つけられない。そもそも俺はペーパードライバーだ。

「運転は不慣れだから、車で飛びまわれない……」
 ふと思玲の話を思いだす。
「九郎は張麗豪のもとに飛んだのだよね? だから行方不明だった」

「その件をいまさら非難するなよ。思玲様にさんざん嫌味と罵声をいただいたからな」
 九郎が頭上で騒ぐ。いい加減うるさい。
「もともと俺は台湾魔道士共用の伝令だった。昇様におどされて思玲様専属の式神なんかになっちまったが、やり残した仕事を投げだせないのが大燕の性分なんだよ。
牢屋を抜けでた麗豪様に呼ばれて、逃亡の道案内をさせられて、伝令するのに老祖師を探すのに難儀して、ようやく奴らへの最後のお勤めを果たしただけだ」

 いまだ麗豪に様をつけているが、琥珀を香港から連れてきたわけだし、信じるに決まっている。……すこしずつでも進まないと。

「いまの時間は?」

 俺の問いに、琥珀がスマホを取りだす。どういう経緯で手にしたか聞いてもいないが、ウイルスは除去済で過去のデータも転送済だそうだ。古いスマホは魔道具で物理的に破壊されたと告げたら、安堵してくれた。

「日本時間になっているよな。九時十八分で間違いない」
「だったら電話をする」

 ポケットからスマホを取りだす……。俺も時間が分かるのを忘れていた。母親へと強烈なバルサンを焚いたとラインする。国道へ歩きながら、着信履歴を探って押す。

『おはよう、ちょうど起きたところ』
 彼女はすぐにでる。

「おはよう」歩きながら俺も答える。「早速だけどさ、藤川匠って知っている?」

 夏奈とおなじ年の従妹に尋ねる。
 盆地は朝から日差しがきつい。ゆったりと来る軽トラは見知ったおじいさんが運転していて、俺はちいさく会釈する。
 三石はラインすれすれに打ちかえしてきた。




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