四十二の一 元祖松本軍団

文字数 2,914文字

 あの空き地は暗闇に沈んでいた。

「ここでいいのかな?」

 着地した風軍がドバト程度にしぼんでいく。ここに決まっている。忘れられるはずがない。

「松本の血の匂いがすごいな」
 川田が顔をしかめる。

 クマダという名の白人の姿をした異形は車道へと向かった。狼が鼻さきを地面に寄せて歩く。にやりと振りかえる。

「捕らえた」

 言うなり走りだす。ドーンと横根が追いかける。俺も風軍を肩に乗せて追う。……いまは九時ぐらいだろうか。静かな田舎町に時計なんてどこにもない。天珠は思玲と露泥無が持っている。もはや誰とも連絡とれない。
 人間と出くわすことなく林へ入る。誰だって川田と夜道で会いたくない。

「……いるね」

 横根である白猫が言う。早々すぎないか。あの獣人が逃げたのは半日も前だ。なのに、とどまっているということは、

「怪我してそうか?」俺は尋ねる。

「そんな気配はないな」川田が答える。「しかも、そこそこ強そうな奴もいる」

 奴もいるってことは、「複数いるの?」

「二十体ぐらいかな」平然と答えられる。

 琥珀め。印などバレバレで、網を張られていたじゃないか。

「戻ろう」
 数が多すぎる。林で風軍に乗れない。でも樹上からならば。
「川田、木登りできる?」

「俺は猫じゃない。狼だぜ」

 即答される。雅はできたのに。複数の気配が近づいた。奴らも俺達に気づいている。

「どんな敵か見とかね? 傀儡だったら台湾だ」
 ドーンが言う。

 この気配は人ではない。なのに暗闇から無数の人影がやってくる。白人の男女達。つまり獣人だ。藤川匠の配下。

「カ・アラハミ様。こいつらがコ・ムウを殺したのでしょうか?」
 愚直そうな獣人の声がした。

「そうじゃ。クマダにマーキングしたのもこいつらだ。こいつらのせいで、クマダを処刑せねばならなかった」
 夏姿のサンタクロースみたいな白人の老人が姿をだす。気配は異形だ。

「サシトヨ様。捕まえるのはどいつでしょうか?」
 背後から、また獣人の声。

「人の目に見えぬ、人の姿の異形だけです」
 露出を抑えた服装の褐色の肌で長身な女性が現れる。
「残りは殺しなさい。あのふたりの仇です」

 獣人達が姿を現す。囲まれている。サシトヨと呼ばれた女獣人が服を脱ぎ捨てる。黒いビキニ姿になる。

「横根は木の上に避難して。風軍も。ドーンも」

 俺も浮かびあがって、川田を見おろす――。
 すでにいなかった。獣人達から悲鳴があがる。

「人の形も食わない。俺はもうふたつ倒したぜ」
 人の形をした異形の首をくわえながら、異形の狼が笑う。

 川田の口から獣人が溶けて消える。飛びかかる獣人達を跳ねとばし、狼は闇に消える。すれ違いざまに首を裂かれた獣人が溶けていく。

「これでみっつ」

 闇のどこかから聞こえる。獣人達がひるみだす。

「お前達は引きかえせ!」カ・アラハミの声。「サシトヨ。あの狼を倒してこい。私は松本哲人を捕らえる」

 サシトヨという名の女の獣人が立ち去る。白い顎鬚をたっぷりと携えた老人の手に杖が現れる。それを掲げる。
 マジかよ。

「逃げろって!」
 肩にいる風軍を手ではらう。杖を下ろされるまえに突っこんでやる。

 カ・アラハミが杖を突きだす。白色の光が飛んでくる。護布で受けとめる。
 こいつは人間ではなく異形だ。俺は天宮の護符で突く。
 受けとめられた。老人の手に青色の護布があった。

「さすがはロタマモ様を滅ぼしたものだ」
 青い護布がひろがる。「あの方が新月の夜を迎えていたら」

 護布が俺を包んでいく。木札で切り裂こうとして弾かれる。滑らかな青い布に、緋色の護布ごと巻かれていく。締めつけられて動けない。

「松本君!」

 横根が駆けてきた。だからみんな逃げろよ!

「清い守りの玉天……」
 カ・アラハミが白猫へ杖を向ける。「私にも光り輝くというのか」

 カ・アラハミが杖をおろす。白い光が放たれる。

「ざけんな!」

 俺はまとわりついた布をふりほどく。いや、ほどけない。横根は光を避ける。いや、避けられない。追跡する光だ。しかも珊瑚を避けて背後から。

「ふぎゃ!」

 白猫が光に包まれ見えなくなる。光が消え、黒焦げの猫が転がっていた。

「瑞希ちゃーん!」

 ドーンが降りてくる。カ・アラハミが杖を向ける。

「ドーン、受けとれ!」
 湧きだした砂粒ほどの力を受けとれ。俺は青色の布を巻いたまま浮かびあがる。ドーンに向かった光を、その布で弾く。
「これも受けとれ」

 布から落としたお天宮さんの木札を、迦楼羅と化したカラスがキャッチする。

「掲げろってか?」
 ドーンが手にした護符が中空で赤く輝く。
「カカカ、ヤバめじゃね」

 迦楼羅が俺へと飛んでくる。青い布を切り裂く。

「横根が先だろ!」

 怒鳴ってしまう。……焦げたままの猫がふわりと立ち上がった。とりあえず安堵する。

「どうしても哲人の子分みたいになっちまうんだよな」
 ドーンがぼやきながらついてくる。「て言うか、アロハのひげ爺は?」

 横根が宙に浮かんだ。その首もとをつまむカ・アラハミが姿を現す。まとう結界まで使えるのか。

「貴様ら三人は人間じゃな? 仲間の命が惜しくないか」

 異形の老人がほくそ笑む。
 人質だ。横根を面前への盾にして、カ・アラハミが俺達に杖を向ける。

「狼も人間だ!」

 白猫が吠えた。老人の顔におもいきり爪をかける。
 老人が顔をかばい、横根を放り投げる。横根は軽やかに着地して、体を震わす。焦げた毛が落ちて、純白の毛並みが現れる。

「じ、自分で自分に祈ってみたんだ」
 俺達を見上げる。「透けてないよね。自分だと分からないから」

 まったく透けていない。それよりも機会だ――。ドーンのが素早い。迦楼羅は燃えるように赤い護符で、カ・アラハミに突撃する。はじき返される。老人の体が消える。

「結界だ!」
 しかも両方。俺は横根のもとに降りる。
「ドーンも来い。四方を見張れ」

 俺達は背中合わせになり(背丈はそれぞれ違うけど)、闇に目を配る。……ドロシーがいたときは、いきなり現れる光に怯える必要なかった。

「瑞希ちゃん、気配は追えないの?」
「え、分からないよ。いるのかいないのかさえ分からない」

 横根がドーンに答える。
 ならば動くべきか……。サシトヨとかいう強そうな女獣人に、川田を倒せと命じたよな。加勢に行くべきか?

「お前らはなにをやっているんだ?」
「わあ」

 目のまえに黒い狼が現れて、跳ねあがってしまう。

 *

「強そうな雌には逃げられた。代わりに雑魚をふたつ倒して、ひとつ捕まえた。来るまでに溶けちまったがな」
 狼が舌を垂らしながら言う。

「て言うか、結界は? あの爺さんはいるのかよ?」
 ドーンの問いかけに、

「分からん」と川田は即答して「雑魚どもは森を散り散りに逃げたがな」

 手負いの獣までいたら、ボスも逃げたと決めつけよう。……獣人達を追えば藤川匠につながるかも。だったら急がないと。

「風軍!」
 俺の呼びかけに、ちいさなワシが降りてくる。
「あいつらを追えるかな?」

 風軍は白猫に降りようとして、俺の肩にとまる。
「僕は猛禽賊だよ。陸上の獲物を捕らえたら、二度と逃さないんだ」

「だったら空き地に戻ろう」
 俺が真っ先に走りだす。今回の体は、意識しないと浮かんでくれない。




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