一の一 フォーチュンな生け贄達
文字数 2,333文字
1-tune
桜井が三石香蓮 と台湾に旅だったのは四日前。俺と川田陸斗 の学部は、ようやく試験のフィニッシュだった。
『もう日本だよね?』と、更新されないSNSに送ったのは六時間前で、彼女からの連絡はたった今だ。
『台湾のお土産欲しい人は連絡して。三人まで』
夏休みが数日過ぎた午後三時。俺は川田のアパートにいた。暑いしサークル二年生のグループラインだし、お願いしますのスタンプを機械的に送る。『川田も』と付け足す。個人へと返事が来る。
『二人ともラッキーだね。たまたま瑞希 ちゃんと会ったから、四人そろった。学校の図書館あたりにいます』
先着順だとしても選ばれた!
「人数を絞るな。俺はいらん」川田が憤 っている。
「返事しちゃったよ。ラッキーだねだって」
「俺もか? さすが幸せクラブに所属だな」
川田がスマホを横に置く。所属するテニスサークル名『4-tune』が幸運をあらわす英語が語源であるのを(頭の4は春夏秋冬を意味する)、さらにいじられるとつらい。
「桜井には再来週まで会うことないな。松本は行けるのか?」
十日後の合宿を言っている。
「俺は学部のお勉強会に強制参加」
癪 だから何度も言いたくない。「お土産は今すぐっぽい。学校の図書館に行こう。横根 もいるよ」
「はやく言え。瑞希ちゃんがいるなら風呂に入っていく」
布団に寝ころがっていた川田が、でかい体をのっそり持ちあげる。
こいつは予備校時代からのきれいな彼女がいるくせに、サークル内では横根瑞希が好みだ。彼女は小柄でかわいいが、俺は桜井と終日並んで歩く日に焦がれる。刈りこんだ頭も石鹸で洗う川田とは好みは違う。
桜井と横根の組み合わせは珍しいよな。いつもは三石とセットなのに。半年ほど前、勇気を絞りまくり彼女を誘ったときも、『香蓮も呼ぶね!』と返事を寄こしたぐらいだ。それで電話したら、『二人だけは……』と断られた。
川田は数分でユニットバスからでてくる。
「そのまま四人でどっか行く?七実 ちゃんには黙っておくから」
「七実は関係ないがバイトだ。土産もらったらすぐに帰る」
川田がサンダルを履き、ドアを開けて俺を待つ。
半日以上部屋に閉じこもった身には、八月間近の午後の外気は異なる世界の鉄槌のようだった。
***
大通りにでたところで、俺のスマホが鳴りだす。三石からだ。
『いま実家に帰る電車だけど、ちょっと気になるから伝えておくね。夏奈のお土産だけど、松本君と親父君、頂戴って返事したよね?』
親父君とは川田のことだ。三石が帰省中だから、桜井は単独行動か。
「俺と川田と横根がもらえるってさ。暑いなか受けとりにいくところ」
『横根も? ……あの土産ヤバいかも。夏奈もちょっとおかしいし』
俺は街路樹の下で立ちどまる。メッセージだけのやり取りだけど違和を感じはした(絵文字がなく、文章が長かった)。
『二日目の夕方、屋台村でお爺さんが夏奈をじっと見ていたのには気づいたんだけどさ、翌朝ホテルをでるときにそいつが手土産持って現れたんだ。夏奈がノーサンキューって押しかえそうとその箱に触れた途端、無表情になって受けとったのよ!
お爺さんは夏奈の手をしばらく握って、横で見ててもキモいのに、夏奈は逃げようともしないし。気味悪くなってきて、海外だし怖くもなって。だからその日の予定やめよか悩んだけど、せっかく水着買っ』
「桜井は大丈夫だったのか?」
三石の話をとめ、知りたいことを聞く。
『みたいかな。ラインはできるようになったしね。空港で別れるまでは怖いぐらいだったけど。まあ、おばさんからも連絡ないし』
二人は同じ年のいとこ同士だ。三石(長野県出身)の父が、桜井(千葉市近郊在住)の母の兄だ。
「で、どう変わったんだよ?」
俺は聞くけど、三石の背後がうるさくなる。
『ごめん、トンネル区間だ。お土産はたぶんその箱。私にはくれないって――』
電話がとぎれる。
「深刻そうだったけど大丈夫?」
ドーンが俺の顔を覗きこんできて、思いきりびっくりする。
*
和戸駿 だからじゃねと、ドーンとは子どもの頃からのあだ名らしい。こいつの付属高校時代の知り合いが大学に多数いるから、呼び名は受験組にもひろまった。
小柄でもバスケサークル掛け持ちのドーンは、野球部のファーストだった川田(主将でもあった)より圧倒的にテニスがうまい。高校時代の大会メンバーに普通科以外で唯一入りこんだ俺でさえ、なめているとゲームを取られかけた。
「駅前に用事あってさ、でもスマホの充電切れちゃってさ、川田んちに行こうとしたわけ。どこ行くの? て言うか、充電のコード差しっぱ?」
ドーンがにこにこと口早に言う。大学から歩いて十分ちょっとの川田の部屋でコンセントを借りるつもりらしい。
「俺達は学校に用事があるから、かってに入っていろ」
川田が鍵を手わたす。二人の身長差は20センチぐらいある(俺はそのほぼ真ん中)。
「夏休みになんで?」
「桜井が台湾のお土産を俺らと横根にくれるって。でも先着三名っぽい」
俺が説明してやる。
「香蓮ちゃんと行ってたね。SNS見た? 香蓮ちゃんだけ水着の自撮りやらかしたし。て言うか、お土産ってなに?」
……今の話を教えるべきか。
「すこし変わっているみたい。三石が気にするほどに」
それだけ伝え、三石へ『とりあえず行く』と打ちこむ。
「蛇酒じゃないだろな? コブラだかがそのまま入っている奴」
川田の本気か冗談か分からないコメントに、ドーンがうける。
「カカッ、でも夏奈ちゃんのお土産なら、哲人は大喜びで飲んじゃうかも。いらないけど俺も見にいこ。そんで瑞希ちゃんに充電器借りよ」
三人並んで、ありふれたままの街路を歩きだす。しかし暑いな。
次回「女子二人は石段で待っていた」
桜井が
『もう日本だよね?』と、更新されないSNSに送ったのは六時間前で、彼女からの連絡はたった今だ。
『台湾のお土産欲しい人は連絡して。三人まで』
夏休みが数日過ぎた午後三時。俺は川田のアパートにいた。暑いしサークル二年生のグループラインだし、お願いしますのスタンプを機械的に送る。『川田も』と付け足す。個人へと返事が来る。
『二人ともラッキーだね。たまたま
先着順だとしても選ばれた!
「人数を絞るな。俺はいらん」川田が
「返事しちゃったよ。ラッキーだねだって」
「俺もか? さすが幸せクラブに所属だな」
川田がスマホを横に置く。所属するテニスサークル名『4-tune』が幸運をあらわす英語が語源であるのを(頭の4は春夏秋冬を意味する)、さらにいじられるとつらい。
「桜井には再来週まで会うことないな。松本は行けるのか?」
十日後の合宿を言っている。
「俺は学部のお勉強会に強制参加」
「はやく言え。瑞希ちゃんがいるなら風呂に入っていく」
布団に寝ころがっていた川田が、でかい体をのっそり持ちあげる。
こいつは予備校時代からのきれいな彼女がいるくせに、サークル内では横根瑞希が好みだ。彼女は小柄でかわいいが、俺は桜井と終日並んで歩く日に焦がれる。刈りこんだ頭も石鹸で洗う川田とは好みは違う。
桜井と横根の組み合わせは珍しいよな。いつもは三石とセットなのに。半年ほど前、勇気を絞りまくり彼女を誘ったときも、『香蓮も呼ぶね!』と返事を寄こしたぐらいだ。それで電話したら、『二人だけは……』と断られた。
川田は数分でユニットバスからでてくる。
「そのまま四人でどっか行く?
「七実は関係ないがバイトだ。土産もらったらすぐに帰る」
川田がサンダルを履き、ドアを開けて俺を待つ。
半日以上部屋に閉じこもった身には、八月間近の午後の外気は異なる世界の鉄槌のようだった。
***
大通りにでたところで、俺のスマホが鳴りだす。三石からだ。
『いま実家に帰る電車だけど、ちょっと気になるから伝えておくね。夏奈のお土産だけど、松本君と親父君、頂戴って返事したよね?』
親父君とは川田のことだ。三石が帰省中だから、桜井は単独行動か。
「俺と川田と横根がもらえるってさ。暑いなか受けとりにいくところ」
『横根も? ……あの土産ヤバいかも。夏奈もちょっとおかしいし』
俺は街路樹の下で立ちどまる。メッセージだけのやり取りだけど違和を感じはした(絵文字がなく、文章が長かった)。
『二日目の夕方、屋台村でお爺さんが夏奈をじっと見ていたのには気づいたんだけどさ、翌朝ホテルをでるときにそいつが手土産持って現れたんだ。夏奈がノーサンキューって押しかえそうとその箱に触れた途端、無表情になって受けとったのよ!
お爺さんは夏奈の手をしばらく握って、横で見ててもキモいのに、夏奈は逃げようともしないし。気味悪くなってきて、海外だし怖くもなって。だからその日の予定やめよか悩んだけど、せっかく水着買っ』
「桜井は大丈夫だったのか?」
三石の話をとめ、知りたいことを聞く。
『みたいかな。ラインはできるようになったしね。空港で別れるまでは怖いぐらいだったけど。まあ、おばさんからも連絡ないし』
二人は同じ年のいとこ同士だ。三石(長野県出身)の父が、桜井(千葉市近郊在住)の母の兄だ。
「で、どう変わったんだよ?」
俺は聞くけど、三石の背後がうるさくなる。
『ごめん、トンネル区間だ。お土産はたぶんその箱。私にはくれないって――』
電話がとぎれる。
「深刻そうだったけど大丈夫?」
ドーンが俺の顔を覗きこんできて、思いきりびっくりする。
*
小柄でもバスケサークル掛け持ちのドーンは、野球部のファーストだった川田(主将でもあった)より圧倒的にテニスがうまい。高校時代の大会メンバーに普通科以外で唯一入りこんだ俺でさえ、なめているとゲームを取られかけた。
「駅前に用事あってさ、でもスマホの充電切れちゃってさ、川田んちに行こうとしたわけ。どこ行くの? て言うか、充電のコード差しっぱ?」
ドーンがにこにこと口早に言う。大学から歩いて十分ちょっとの川田の部屋でコンセントを借りるつもりらしい。
「俺達は学校に用事があるから、かってに入っていろ」
川田が鍵を手わたす。二人の身長差は20センチぐらいある(俺はそのほぼ真ん中)。
「夏休みになんで?」
「桜井が台湾のお土産を俺らと横根にくれるって。でも先着三名っぽい」
俺が説明してやる。
「香蓮ちゃんと行ってたね。SNS見た? 香蓮ちゃんだけ水着の自撮りやらかしたし。て言うか、お土産ってなに?」
……今の話を教えるべきか。
「すこし変わっているみたい。三石が気にするほどに」
それだけ伝え、三石へ『とりあえず行く』と打ちこむ。
「蛇酒じゃないだろな? コブラだかがそのまま入っている奴」
川田の本気か冗談か分からないコメントに、ドーンがうける。
「カカッ、でも夏奈ちゃんのお土産なら、哲人は大喜びで飲んじゃうかも。いらないけど俺も見にいこ。そんで瑞希ちゃんに充電器借りよ」
三人並んで、ありふれたままの街路を歩きだす。しかし暑いな。
次回「女子二人は石段で待っていた」