二十三の二 青い光とともに
文字数 2,157文字
「次に会ったら礼を言っておけ。だそうだ。さすが我が主。寛大な心……。は、はい、聞こえております。哲人は人間に戻っております。なぜか私どもが見えて話せます」
「人じゃない。人間くずれだ」
「チチチッ。人間の哲人だから、俺が気配を捕らえたのだろ」
ペンギン、いや大ツバメが俺を見あげる。
「でも目が青かったか?」
それ見ろ。青い目は人間くずれの証……。
「直接お話ししたいそうだ」
小鬼が天珠を突きだしてくる。……たしかに、あっちの世界のものだ。でも耳に当てても声をかけてもなにも起きない。琥珀に戻す。
「わざわざご確認されるとは、地に埋めるほどに低頭の思いでございます。……左様です。これは異形ふぜいのものであり、思玲様ほどのご資質を持てぬ人間は……」
つまり俺はもはや異形でない。
小鳥がさえずりあっている。フサフサが渡してくれた青龍の光。それを握ったまま、俺は人に戻った。その力を残し人間になった。
資質がないから天珠を扱えない。資質がないから魔道士ではない。あっちの世界と触れあえるだけの、ただの人間だ。
「……御意。燕にもよくよく申しつけておきます」
琥珀が天珠を切る。おもいきり舌打ちする。
「俺と九郎は、まだ思玲様と合流できない。哲人を守れだとさ。式神として哲人に付き従えだとさ」
ペンギンいやツバメが大袈裟にため息する。俺は火照った汗を感じる。人間だから夏ならば当然だ。
***
お天狗さんの前で手をあわせ、ポケットの荷物を整理する。
師傅の草鈴はさらに潰れていた。琥珀が寄こせと言うから渡す。手のひらを当て、直ったと言い自分のポケットにしまう。
浄財である二万円もぐしゃぐしゃだ。九郎が寄こせと言うが、一枚は賽銭箱に入れて、一枚をリュックの外ポケットにしまう。
横根が残してくれた手紙がない。ドロシー達が回覧して戻ってこなかった(おそらくは思玲)。
犬笛と鷹笛もリュックに、天珠はポケットに残す。ポケットからはみだしていたお天宮様の護符は、ちょっとだけ考えてリュックの内側に入れる。几帳面に護布で結ばれた木箱が見えた。
フサフサは、あの木札は俺を守るものが持つべきだと言った。それは、骨のようにしゃぶっていた猟犬だろうか? それとも、しめ縄に巻かれたカラス? それとも――。
だとしても、いまはリュックの肩ひもを長めに調整するだけだ。
自分のスマホをいじる。あの三人の電話番号とアドレスは削除してしまった。そもそも横根のスマホは藤川匠が所持している。盗っ人め。
「哲人はあいかわらずのんびりだな。思玲様と合流するまえに、日が暮れちまうぜ」
九郎がじれている。新月の夜など迎えさせてたまるか。それまでに、やるべきことがある。俺はリュックを肩にかけて立ちあがる。
「露泥無、具合はどう? お目付け役を運んでやるよ」
朝の光のもとでは、うごめく闇は逆に目立つ。闇が形となっていく。
「この形状が一番軽い」
ぐったりしたヨタカが俺の頭にうずくまる。
「天珠は穢れなかった。……この世界から消えるのを受けいれたからだ」
その話は聞かない。あの猫は生きている。俺に青龍の光を渡して、あのマチをめざしている。
「鳥を乗せて、人の世界に行けないよ」
ヨタカを両手ですくう。手のなかで変げした痩せた黒猫を抱きかかえる。石段を降りる。
「護符はもらわねえのか?」
九郎がちいさい羽根をパタパタして舞いあがる。俺はうなずく。
お天狗さんは、もっと大事なことに力を使ってくれた。いまだ、みんなと近い。
*
石段をおりたところで、もう一度手をあわせる。白い雲がゆったり漂う空を見あげる。
「フサフサを見かけなかったか?」それでも聞いてしまう。「うす汚れて白くて長い毛の大きな猫」
露泥無はなにも言わない。やっぱり空を見あげるだけだ。
「あのアパートの近所にいた奴か? 俺が見えるうえに笑いやがる猫」
九郎が言う。「この界隈は三周ほど偵察したが、見かけなかったな」
ありがとうと伝え、俺は鳥居を抜ける。山道へと入る。小鬼と大ツバメが浮かびながら付き従う。
「松本……。あの猫はすばやいからな。こいつなんかに見つけられるはずない」
黒猫が俺を見あげる。
露泥無の言うとおりだ。あの猫がくたばるはずない。もし俺達に記憶が残らなくても、つぎに会ったら五人で礼を言ってやる。
「松本様、もしくは哲人様と呼べ」
琥珀が俺の胸もとをにらむ。「まあいいや。……ひさしぶりに思玲様とお会いできる」
琥珀は緊張している。そわそわしながら浮かんでいる。彼女が小学生になったのは、九郎から聞かされているだろう。……土壁に破壊されたスマホの待ち受け画像。それについて問わねばならない。でも、ほかの奴らがいない場所でだ。
「時間がない。思玲とはまだ会わない」
下り坂でも汗を感じながら、三体の異形に告げる。
「人の姿でやるべきことがある。さきにみんなと合流していいよ」
聞こえよがしの舌打ちとため息が聞こえた。
山道の途中でもう一度だけ振りむいて、心のなかで礼を告げる。下界へと振りかえる。……いまの姿が、ミカヅキが見ていた将来の姿。導きのカラスが見抜いていた、縁起のよい姿。その姿で、横根と夏奈へ続く急峻な道を歩む。
まずは藤川匠をあばく。
次章「3-tune」
次回「ミカヅキたるミツアシ」
「人じゃない。人間くずれだ」
「チチチッ。人間の哲人だから、俺が気配を捕らえたのだろ」
ペンギン、いや大ツバメが俺を見あげる。
「でも目が青かったか?」
それ見ろ。青い目は人間くずれの証……。
「直接お話ししたいそうだ」
小鬼が天珠を突きだしてくる。……たしかに、あっちの世界のものだ。でも耳に当てても声をかけてもなにも起きない。琥珀に戻す。
「わざわざご確認されるとは、地に埋めるほどに低頭の思いでございます。……左様です。これは異形ふぜいのものであり、思玲様ほどのご資質を持てぬ人間は……」
つまり俺はもはや異形でない。
小鳥がさえずりあっている。フサフサが渡してくれた青龍の光。それを握ったまま、俺は人に戻った。その力を残し人間になった。
資質がないから天珠を扱えない。資質がないから魔道士ではない。あっちの世界と触れあえるだけの、ただの人間だ。
「……御意。燕にもよくよく申しつけておきます」
琥珀が天珠を切る。おもいきり舌打ちする。
「俺と九郎は、まだ思玲様と合流できない。哲人を守れだとさ。式神として哲人に付き従えだとさ」
ペンギンいやツバメが大袈裟にため息する。俺は火照った汗を感じる。人間だから夏ならば当然だ。
***
お天狗さんの前で手をあわせ、ポケットの荷物を整理する。
師傅の草鈴はさらに潰れていた。琥珀が寄こせと言うから渡す。手のひらを当て、直ったと言い自分のポケットにしまう。
浄財である二万円もぐしゃぐしゃだ。九郎が寄こせと言うが、一枚は賽銭箱に入れて、一枚をリュックの外ポケットにしまう。
横根が残してくれた手紙がない。ドロシー達が回覧して戻ってこなかった(おそらくは思玲)。
犬笛と鷹笛もリュックに、天珠はポケットに残す。ポケットからはみだしていたお天宮様の護符は、ちょっとだけ考えてリュックの内側に入れる。几帳面に護布で結ばれた木箱が見えた。
フサフサは、あの木札は俺を守るものが持つべきだと言った。それは、骨のようにしゃぶっていた猟犬だろうか? それとも、しめ縄に巻かれたカラス? それとも――。
だとしても、いまはリュックの肩ひもを長めに調整するだけだ。
自分のスマホをいじる。あの三人の電話番号とアドレスは削除してしまった。そもそも横根のスマホは藤川匠が所持している。盗っ人め。
「哲人はあいかわらずのんびりだな。思玲様と合流するまえに、日が暮れちまうぜ」
九郎がじれている。新月の夜など迎えさせてたまるか。それまでに、やるべきことがある。俺はリュックを肩にかけて立ちあがる。
「露泥無、具合はどう? お目付け役を運んでやるよ」
朝の光のもとでは、うごめく闇は逆に目立つ。闇が形となっていく。
「この形状が一番軽い」
ぐったりしたヨタカが俺の頭にうずくまる。
「天珠は穢れなかった。……この世界から消えるのを受けいれたからだ」
その話は聞かない。あの猫は生きている。俺に青龍の光を渡して、あのマチをめざしている。
「鳥を乗せて、人の世界に行けないよ」
ヨタカを両手ですくう。手のなかで変げした痩せた黒猫を抱きかかえる。石段を降りる。
「護符はもらわねえのか?」
九郎がちいさい羽根をパタパタして舞いあがる。俺はうなずく。
お天狗さんは、もっと大事なことに力を使ってくれた。いまだ、みんなと近い。
*
石段をおりたところで、もう一度手をあわせる。白い雲がゆったり漂う空を見あげる。
「フサフサを見かけなかったか?」それでも聞いてしまう。「うす汚れて白くて長い毛の大きな猫」
露泥無はなにも言わない。やっぱり空を見あげるだけだ。
「あのアパートの近所にいた奴か? 俺が見えるうえに笑いやがる猫」
九郎が言う。「この界隈は三周ほど偵察したが、見かけなかったな」
ありがとうと伝え、俺は鳥居を抜ける。山道へと入る。小鬼と大ツバメが浮かびながら付き従う。
「松本……。あの猫はすばやいからな。こいつなんかに見つけられるはずない」
黒猫が俺を見あげる。
露泥無の言うとおりだ。あの猫がくたばるはずない。もし俺達に記憶が残らなくても、つぎに会ったら五人で礼を言ってやる。
「松本様、もしくは哲人様と呼べ」
琥珀が俺の胸もとをにらむ。「まあいいや。……ひさしぶりに思玲様とお会いできる」
琥珀は緊張している。そわそわしながら浮かんでいる。彼女が小学生になったのは、九郎から聞かされているだろう。……土壁に破壊されたスマホの待ち受け画像。それについて問わねばならない。でも、ほかの奴らがいない場所でだ。
「時間がない。思玲とはまだ会わない」
下り坂でも汗を感じながら、三体の異形に告げる。
「人の姿でやるべきことがある。さきにみんなと合流していいよ」
聞こえよがしの舌打ちとため息が聞こえた。
山道の途中でもう一度だけ振りむいて、心のなかで礼を告げる。下界へと振りかえる。……いまの姿が、ミカヅキが見ていた将来の姿。導きのカラスが見抜いていた、縁起のよい姿。その姿で、横根と夏奈へ続く急峻な道を歩む。
まずは藤川匠をあばく。
次章「3-tune」
次回「ミカヅキたるミツアシ」