十の一 街路樹の上で
文字数 3,820文字
「ごめんなさい。それと、ありがとう」
白猫が頭をさげる。
思玲がつかつかとやってくる。
「動かなくていい」
横根へと言い、俺の隣をにらむ。「さきほどの猫だな」
「フサフサと言います。がむしゃらに突っこんでくれた。……フサフサ、ありがとう」
俺は野良猫に礼を述べる。妖怪ならではの経験だ。
「ふん。がむしゃらとは心外だね。あの化け物は油断しただろ。人間相手に使う手さ。人 間 にね」
フサフサが思玲を見上げる。彼女は目を合わさない。野良猫は嫌味たらしく鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「二度とお札を落とさないことだね。あれは私のせいじゃないからね」
薄汚い毛むくじゃらの猫が腰をあげる。「もう呼びださないでおくれよ」
フサフサは小道に降り、思玲の足もとを過ぎる。彼女は一瞥も送らない。
野良猫は闇にまぎれこむ。
「呼びだすとは?」思玲が俺に尋ねる。
「自分が非力の代わりに、力になってくれるものを呼ぶみたいです。みんなを守るために」
そんな力のうごめきをたしかに感じた。でも都会の真ん中で妖怪の問いかけに応じてくれるのは、霊感が強い猫ぐらいだったのだろう。多少いた幽霊には無視されるかどつかれた。
「野良猫を呼びだせる程度か」
この女は小馬鹿にしやがる。
「現実にあるものを壊されようと、人が誰も現れなかった」
横根が問う。
「夜の出来事だから、おさなごが夜泣きするぐらいだ。この程度なら、悪さをする若者どもの仕業にでもすり替えるだろう」
暴走族とかか? そんなニュースなら見た覚えはあるけど。
「傷を見てやる」
思玲が俺の前にしゃがむ。彼女は本当に目視するだけだ。
「四肢はそろっているし、外傷もひどくない。夜が深まれば治るだろ。祈るまでもない」
そんなので治癒するとは、妖怪でいることも捨てたものではない。彼女は俺を横にずらす。
「瑞希はさらに大丈夫だ」診察は即座に終了する。
「流範も回復するのですか?」
横根の問いかけに、思玲の横顔に邪悪なまでの笑みが浮かんだ。
「護符に牙を向けた報いと、螺旋の光をダブルで喰らったのだぞ。あの傷は長く癒えぬ」
彼女が横根を抱き上げる。
「だが追いつめられた異形は怖い。烏合といえども手下も残る。結界に籠るまでもないがな。帰るぞ」
いきなり歩きだす。俺もよろよろと浮かぶ。
墓地はガス爆発でも起きたようだ。亡くなった人が眠っているのに。木札をしまい、墓地全体に手を合わせる。思玲に急かされて、ふわふわと追う。
「川田にも礼を言っておけ。お前達を探しにいくと暴れたため、うたた寝していた私も目が覚めた」
思玲は前を向いたまま言う。三日ぐらい寝ないで済むと豪語していたよな。指摘などできない。
「川田君と和戸君はまだ結界ですか?」
「連れて歩けば、なおさら深みに嵌まる。二人ともしつこくせがむので、少々荒い術で寝てもらった」
あちこちに迷惑かけまくりだ。
山門を抜ける。帰宅途中らしい熟年夫婦が思玲に会釈する。こいつは愛想を返しもせずに、街路樹の低い枝に横根を持ちあげる。俺もその横に座る。精神的疲弊をどっと感じる。
いきなり思玲が扇を振るう。俺と横根を囲んだ結界は粉々になり、彼女は俺をにらみながら舌を打つ。
「あいつらを連れてくるから待っていろ。今度こそおとなしくしないと、お前らにもぶっつけるからな。護符などぶっ壊してやる」
まくしたてられるまでもない。俺達がうなずくと、彼女は大学の正門方面へと背を向ける。ふいに振り返る。
「しかし見たか。あの大鴉を」
会心の笑みを浮かべている。「私が奴に当てたのだぞ。師傅さえも幾度となく手こずらされた、あの流範にな」
それだけ言うと思玲は去っていった。……月はいつから上がっていたのだろう。戦いのさなかも浮かんでいたっけ? 今はやさしい光で照らしている。
***
「すごいお札だったね」
横根の声で目が覚める。妖怪だろうがうたた寝するみたいだ。思玲のことをとやかく言えない。
「強力すぎて正直引いちゃうよ。追いはらうぐらいでいいのに」
目をこすりながら返事する。横根は枝の上で器用に重箱座りをしていた。
幽霊が消えたときの有り様を、彼女は見ていない。くちばしを折る程度だと思っているのだろう。
「横根は大丈夫? 投げ飛ばされたよね」
思玲のざっと見だけでは心もとない。
「ひどくはないよ。きっと猫の体が柔らかいからだね」
「俺ももう治りはじめているような……。血とかでてないよね?」
「えっ? ……自分が見えないんだ。鼻血も青あざもたんこぶもひどかったけど消えているよ」
白猫の目は微笑んでいる。
こんな世界に陥って、二人で幾多の災難を乗りこえた。こんなのが自業自得であるはずない。横根を服で覆ったとき、人としての彼女を感じた。俺も人に戻って必要以上に触れあえたけど、それどころではなかった。
「もう流範は来ないんだよね」
横根は俺の目を見つめたままだ。見た目は猫なのに、人であった彼女を思いだしてしまう。
「それなら、また松本君の中に入れてもらっていい?」とでも言いだすのか?
「それなら、夏奈ちゃんを呼んでみようよ」
横根が四肢をあげる。
「もう大カラスを恐れる必要はないよね? 幽霊だって、今となっては怖くないし」
……あの玉をだせば、桜井は戻ってくるかもしれない。彼女は奴らの掌中にいないわけだし(匿った横根を青龍の娘と勘違いした)、試すだけなら問題ないかも。
でも桜井を呼びたくない。
「思玲がいるときにしようか」
「思玲がいないうちにやるべきだよ」
白猫がむきになる。なにも知らない横根がうらやましい。俺は悩むふりをする。
思玲が桜井を探さない理由は薄々分かる。彼女を劉師傅に差しださないためだ。それに関して俺はなにも言えない。呼びださない理由を考えろ。
一年生の冬。マフラーの上のはにかんだ笑み。
なおさら桜井の笑顔が浮かんでしまう。
覚悟を決めろ! 滝の上からジャンプしたりと、やってから後悔してきたじゃないか。やらない後悔などやらない。あの笑顔を焼きつけて、俺は彼女を受けいれる。そして俺が守る。
だから腹からふるびた箱をだす。
「夏奈ちゃんの箱。そのせいで、私は白猫になった」
俺には浮かんでみえる木箱を見て、横根がつぶやく。
「違うよ。楊偉天って奴の箱だ」
俺は蓋を開ける。青錆びた金属の箱が見え「あちちっ!」
服の中が燃えたようで、あわてて木札を取りだす。……お札はまたもや白く光っていた。横根が不安げに見る。
「これは術によるまやかしだよ。燃えていると感じるけど、実はなんともない」
手で握ってみせる。……思玲の師匠だけあって楊偉天はすごいな。桜井に催眠術をかけやがるし、玉だけで人を式神に変えるし。この箱には魔道士や護符避けの術が満載だし……。
俺は気づいてしまう。お天狗さんの木札は強力な護符のはずなのに、今も奴の術によって熱を持ち白く輝くことに。それは、楊偉天の妖術がお天狗さんの護符よりも力あることを示しているのか?
「フサフサのよだれだらけだから、あとできれいに洗っておこう」
得体のしれぬ老人など心配しても仕方ない。「もうひとつ開けるよ。覚悟はいい?」
覚悟を決めるのは俺だ。木箱のふたを懐にしまい、青錆びたふたを開ける。透明の玉が三個と、かすかに青い玉があった。
連中の言う四玉。
「ここから白いものが私へと入ってきた」
横根が箱の中を身を穢された証しのように見つめる。
「玉がまた輝けば、私達は人間に戻れるのかな」
彼女の問いに答えられない。うす青く澄んだ玉だけを見つめる。
無言で待つ。かすかなブルーを求めて、本当に彼女は来るのか。そういえば、あのときの三人は望まずとも四神くずれになった。桜井は望もうとも、自分から玉に触れないと異形になれなかった。
箱を開けた瞬間、黒い光は俺へと飛んできたよな。おそらく木札がはじき返して、その光は川田へと――。
ゾワッ
体中に鳥肌が立つ。興奮したなにかが近づいている。人でも霊でもない。俺達と同類の気配だ。でも、とてつもなく強い気配だ。
「な、なにが来るの」横根のひげが針金みたいだ。
はやく逃げろと木札が告げる。俺は青銅の箱を木箱にしまう。……桜井、来ないでくれ。
「そこに誰かいますよね。人間じゃないですよね」
なのに街路樹の下から彼女の声がした。俺は返事できない。再会を喜びたいのに安堵したいのに、彼女への不安と恐れが渦巻く。
青龍くずれはトカゲだの蛙だのと、思玲が言った。青い舌を伸ばすトカゲ、体中イボだらけの蛙。そんな姿を見て、俺は受けいれられるのか?
「夏奈ちゃん、だよね?」
「横根の声? 瑞希ちゃんだ!」
桜井が喜びを爆発させる。
「そうだよ、桜井だよ! 今行くね」
やけによく通る声。
「やっと会えた! こんな姿になってずっと一人だったし……」
俺達の前に青い小鳥が浮かぶ。小鳥の顔から喜びが消える。
「瑞希ちゃんなの? 瑞希ちゃんは猫になったの? あのときにいた猫?」
横根がうなずく。小鳥が俺に気づく。その顔に隠しきれない笑みが浮かぶ。
「だったら僕は松本君でしょ? ははは、子どもになったって見れば分かるし」
小鳥が俺のもとへ来る。
「やっぱり箱もあった! はやく玉をだそう!」
瑠璃色の小鳥が見えない膝の木箱に降りる。そこから俺を見上げる。
桜井は龍でもヒキガエルでもなく、まだ救いのあるものへと化した。俺は安堵で涙がでそうになる。
次回「分かち合った光」
白猫が頭をさげる。
思玲がつかつかとやってくる。
「動かなくていい」
横根へと言い、俺の隣をにらむ。「さきほどの猫だな」
「フサフサと言います。がむしゃらに突っこんでくれた。……フサフサ、ありがとう」
俺は野良猫に礼を述べる。妖怪ならではの経験だ。
「ふん。がむしゃらとは心外だね。あの化け物は油断しただろ。人間相手に使う手さ。
フサフサが思玲を見上げる。彼女は目を合わさない。野良猫は嫌味たらしく鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「二度とお札を落とさないことだね。あれは私のせいじゃないからね」
薄汚い毛むくじゃらの猫が腰をあげる。「もう呼びださないでおくれよ」
フサフサは小道に降り、思玲の足もとを過ぎる。彼女は一瞥も送らない。
野良猫は闇にまぎれこむ。
「呼びだすとは?」思玲が俺に尋ねる。
「自分が非力の代わりに、力になってくれるものを呼ぶみたいです。みんなを守るために」
そんな力のうごめきをたしかに感じた。でも都会の真ん中で妖怪の問いかけに応じてくれるのは、霊感が強い猫ぐらいだったのだろう。多少いた幽霊には無視されるかどつかれた。
「野良猫を呼びだせる程度か」
この女は小馬鹿にしやがる。
「現実にあるものを壊されようと、人が誰も現れなかった」
横根が問う。
「夜の出来事だから、おさなごが夜泣きするぐらいだ。この程度なら、悪さをする若者どもの仕業にでもすり替えるだろう」
暴走族とかか? そんなニュースなら見た覚えはあるけど。
「傷を見てやる」
思玲が俺の前にしゃがむ。彼女は本当に目視するだけだ。
「四肢はそろっているし、外傷もひどくない。夜が深まれば治るだろ。祈るまでもない」
そんなので治癒するとは、妖怪でいることも捨てたものではない。彼女は俺を横にずらす。
「瑞希はさらに大丈夫だ」診察は即座に終了する。
「流範も回復するのですか?」
横根の問いかけに、思玲の横顔に邪悪なまでの笑みが浮かんだ。
「護符に牙を向けた報いと、螺旋の光をダブルで喰らったのだぞ。あの傷は長く癒えぬ」
彼女が横根を抱き上げる。
「だが追いつめられた異形は怖い。烏合といえども手下も残る。結界に籠るまでもないがな。帰るぞ」
いきなり歩きだす。俺もよろよろと浮かぶ。
墓地はガス爆発でも起きたようだ。亡くなった人が眠っているのに。木札をしまい、墓地全体に手を合わせる。思玲に急かされて、ふわふわと追う。
「川田にも礼を言っておけ。お前達を探しにいくと暴れたため、うたた寝していた私も目が覚めた」
思玲は前を向いたまま言う。三日ぐらい寝ないで済むと豪語していたよな。指摘などできない。
「川田君と和戸君はまだ結界ですか?」
「連れて歩けば、なおさら深みに嵌まる。二人ともしつこくせがむので、少々荒い術で寝てもらった」
あちこちに迷惑かけまくりだ。
山門を抜ける。帰宅途中らしい熟年夫婦が思玲に会釈する。こいつは愛想を返しもせずに、街路樹の低い枝に横根を持ちあげる。俺もその横に座る。精神的疲弊をどっと感じる。
いきなり思玲が扇を振るう。俺と横根を囲んだ結界は粉々になり、彼女は俺をにらみながら舌を打つ。
「あいつらを連れてくるから待っていろ。今度こそおとなしくしないと、お前らにもぶっつけるからな。護符などぶっ壊してやる」
まくしたてられるまでもない。俺達がうなずくと、彼女は大学の正門方面へと背を向ける。ふいに振り返る。
「しかし見たか。あの大鴉を」
会心の笑みを浮かべている。「私が奴に当てたのだぞ。師傅さえも幾度となく手こずらされた、あの流範にな」
それだけ言うと思玲は去っていった。……月はいつから上がっていたのだろう。戦いのさなかも浮かんでいたっけ? 今はやさしい光で照らしている。
***
「すごいお札だったね」
横根の声で目が覚める。妖怪だろうがうたた寝するみたいだ。思玲のことをとやかく言えない。
「強力すぎて正直引いちゃうよ。追いはらうぐらいでいいのに」
目をこすりながら返事する。横根は枝の上で器用に重箱座りをしていた。
幽霊が消えたときの有り様を、彼女は見ていない。くちばしを折る程度だと思っているのだろう。
「横根は大丈夫? 投げ飛ばされたよね」
思玲のざっと見だけでは心もとない。
「ひどくはないよ。きっと猫の体が柔らかいからだね」
「俺ももう治りはじめているような……。血とかでてないよね?」
「えっ? ……自分が見えないんだ。鼻血も青あざもたんこぶもひどかったけど消えているよ」
白猫の目は微笑んでいる。
こんな世界に陥って、二人で幾多の災難を乗りこえた。こんなのが自業自得であるはずない。横根を服で覆ったとき、人としての彼女を感じた。俺も人に戻って必要以上に触れあえたけど、それどころではなかった。
「もう流範は来ないんだよね」
横根は俺の目を見つめたままだ。見た目は猫なのに、人であった彼女を思いだしてしまう。
「それなら、また松本君の中に入れてもらっていい?」とでも言いだすのか?
「それなら、夏奈ちゃんを呼んでみようよ」
横根が四肢をあげる。
「もう大カラスを恐れる必要はないよね? 幽霊だって、今となっては怖くないし」
……あの玉をだせば、桜井は戻ってくるかもしれない。彼女は奴らの掌中にいないわけだし(匿った横根を青龍の娘と勘違いした)、試すだけなら問題ないかも。
でも桜井を呼びたくない。
「思玲がいるときにしようか」
「思玲がいないうちにやるべきだよ」
白猫がむきになる。なにも知らない横根がうらやましい。俺は悩むふりをする。
思玲が桜井を探さない理由は薄々分かる。彼女を劉師傅に差しださないためだ。それに関して俺はなにも言えない。呼びださない理由を考えろ。
一年生の冬。マフラーの上のはにかんだ笑み。
なおさら桜井の笑顔が浮かんでしまう。
覚悟を決めろ! 滝の上からジャンプしたりと、やってから後悔してきたじゃないか。やらない後悔などやらない。あの笑顔を焼きつけて、俺は彼女を受けいれる。そして俺が守る。
だから腹からふるびた箱をだす。
「夏奈ちゃんの箱。そのせいで、私は白猫になった」
俺には浮かんでみえる木箱を見て、横根がつぶやく。
「違うよ。楊偉天って奴の箱だ」
俺は蓋を開ける。青錆びた金属の箱が見え「あちちっ!」
服の中が燃えたようで、あわてて木札を取りだす。……お札はまたもや白く光っていた。横根が不安げに見る。
「これは術によるまやかしだよ。燃えていると感じるけど、実はなんともない」
手で握ってみせる。……思玲の師匠だけあって楊偉天はすごいな。桜井に催眠術をかけやがるし、玉だけで人を式神に変えるし。この箱には魔道士や護符避けの術が満載だし……。
俺は気づいてしまう。お天狗さんの木札は強力な護符のはずなのに、今も奴の術によって熱を持ち白く輝くことに。それは、楊偉天の妖術がお天狗さんの護符よりも力あることを示しているのか?
「フサフサのよだれだらけだから、あとできれいに洗っておこう」
得体のしれぬ老人など心配しても仕方ない。「もうひとつ開けるよ。覚悟はいい?」
覚悟を決めるのは俺だ。木箱のふたを懐にしまい、青錆びたふたを開ける。透明の玉が三個と、かすかに青い玉があった。
連中の言う四玉。
「ここから白いものが私へと入ってきた」
横根が箱の中を身を穢された証しのように見つめる。
「玉がまた輝けば、私達は人間に戻れるのかな」
彼女の問いに答えられない。うす青く澄んだ玉だけを見つめる。
無言で待つ。かすかなブルーを求めて、本当に彼女は来るのか。そういえば、あのときの三人は望まずとも四神くずれになった。桜井は望もうとも、自分から玉に触れないと異形になれなかった。
箱を開けた瞬間、黒い光は俺へと飛んできたよな。おそらく木札がはじき返して、その光は川田へと――。
ゾワッ
体中に鳥肌が立つ。興奮したなにかが近づいている。人でも霊でもない。俺達と同類の気配だ。でも、とてつもなく強い気配だ。
「な、なにが来るの」横根のひげが針金みたいだ。
はやく逃げろと木札が告げる。俺は青銅の箱を木箱にしまう。……桜井、来ないでくれ。
「そこに誰かいますよね。人間じゃないですよね」
なのに街路樹の下から彼女の声がした。俺は返事できない。再会を喜びたいのに安堵したいのに、彼女への不安と恐れが渦巻く。
青龍くずれはトカゲだの蛙だのと、思玲が言った。青い舌を伸ばすトカゲ、体中イボだらけの蛙。そんな姿を見て、俺は受けいれられるのか?
「夏奈ちゃん、だよね?」
「横根の声? 瑞希ちゃんだ!」
桜井が喜びを爆発させる。
「そうだよ、桜井だよ! 今行くね」
やけによく通る声。
「やっと会えた! こんな姿になってずっと一人だったし……」
俺達の前に青い小鳥が浮かぶ。小鳥の顔から喜びが消える。
「瑞希ちゃんなの? 瑞希ちゃんは猫になったの? あのときにいた猫?」
横根がうなずく。小鳥が俺に気づく。その顔に隠しきれない笑みが浮かぶ。
「だったら僕は松本君でしょ? ははは、子どもになったって見れば分かるし」
小鳥が俺のもとへ来る。
「やっぱり箱もあった! はやく玉をだそう!」
瑠璃色の小鳥が見えない膝の木箱に降りる。そこから俺を見上げる。
桜井は龍でもヒキガエルでもなく、まだ救いのあるものへと化した。俺は安堵で涙がでそうになる。
次回「分かち合った光」