十一の三 お天宮様でも譲歩する

文字数 2,540文字

「ゆるせない」
 ドロシーが俺から手を離す。

「シノ!」

 アンディが気づいた。扇をかざす。フサフサが笑いながらシノを盾とする。彼の扇から光は発せられない。

「……君が優しすぎるからだ。もっときつく躾けてよ」
 ドロシーが言う。「護符を見つけてこい!」

 ドロシーが地に転がり、「滅」とフサフサの足もとを掃射する。煤竹色の光を、フサフサは軽やかなステップで避ける。

「松本!」
 黒虎毛の猟犬がタコの足を放し、俺の頭上へと跳躍する。中空を無為に噛み、地に戻り空へと身がまえる。
「こいつは目を狙う」

 どちらの大カラスに狙われたのか分からないが、カラスはみんな同じと考えておこう――。地面がずしりと響いた。

「土の中からは初めてだ」

 尻もちしたフサフサが、青色の光から四つん這いで逃げる。アンディが土蛸により解放されたシノを抱き寄せる。斑風は飛びたとうとして、また風に妨げられる。

「アンディ、白銀の玉をだして」シノが言う。「ドロシーに撃ってもらおう。あの子は絶対にはずさない」

 ……誰を狙う気だ。シノの恨みランキングなら、大カラスよりリクトとフサフサのが上だろうけど。

「言えなかったが、俺は持てなくなった。俺は怯えて使ってはずしたと判断された!」

 アンディの言葉に安堵しかけるが……、代わりに短銃をだしやがった。銃口を空へと向ける。轟音が響く。実弾だ。

「術の光が効かなければ、人の作りし武器か」
 雷鳴のような笑い声。
「さらに効かない」

 つまり彼らには大カラスを倒す手段がない? フサフサとリクトがにやりと笑いやがった……。

「敵はカラスだけだ! ほかは味方だ!」

 二人にきつく命じる。フサフサは鼻を鳴らして同意してくれたが、

「でもタコだけは食うぜ。そのあとにタカも」こっちは論外だ。「おっと、ドーンが落ちてきた。飛べなくても、あいつは食わないぜ」

 急こう配の木段を、がんじがらめのカラスが転がる。俺は駆けだす。抱えようとして、しめ縄に威嚇される。

「すまぬ。助けようとして、誤って落としてしまった」
 ご神体への森から思玲の小声がした。
「魔道団の意気地なしが明りをつけたせいで、私はそっちに行けない。私の存在を、まだ大鴉達にばらしくない。哲人は護符を取りにいけ」

「なかった」と、見えない少女へ告げる。

「ならばやり直せ。異形に堕ちても良き行いをしたのならば授かりに行け。悪しき行いだったら、護符はなく和戸はずっとあのままだ」

 善行は、おそらく何もしていない。でも行くしかない。俺はふわふわと階段を進む。

「お前は阿呆か? 地に足をつけていけ。鳥居を抜けるところからやり直せ」

 俺は鳥居に一礼し(二拍二礼は省略)、地面に足をおろす。久しぶりに自分の足で歩く。木を嵌めこんだだけの急傾斜な階段をのぼる。……お天狗さんの石段を思いだす。

「いいぞ。大丈夫そうだ。そのまま目指せ」

 思玲の小声に鼓舞されて、俺は駆けあがる。妖怪のくせに息が上がる。最後は手も使い、這いつくばって登りきる。
 石の祠が見えた。なにもなかった。

 カラスもどきに荒らされて、人だった犬や猫だった人に境内を好き放題されて、そりゃあるはずないよな。
 アンディの青い光が空を舞う。見おろせば、スタジアムの底みたいだ。ドロシー達はてんでに演武しているようだ。滑稽に感じて笑いが漏れる。

「ないのか?」
 森から荒い息がした。思玲は木段でなくきつい傾斜の林を登ってきた。石祠に手をついて息を整える。帽子のつばを極端におろしていた。
「私からも頼んでやる」

 立ちあがった思玲が、地に足をつけた俺より背高いことを思いだす。でも、やっぱり小さい。小学生の女の子と小学生程度のか弱い妖怪の二人組だ。
 思玲が俺を二度見する。

「そ、その首はどうした。魔道団にリンチされたのか?」

「そんなはずないだろ」
 俺は祠の前にしゃがむ。「一緒にお願いしよう」

 女の子はなおも昂っていたが、俺の横に座る。帽子をはずす。

「きっと届く」

 思玲の俺を見る目が感傷的だと感じる。女の子は祠に向けて手をあわせる。

「哲人はなぜにここを知った? その由縁にもお願いしろ」

 祖母のことだ。思玲に習い手をあわせる。……願うのは思玲に任せる。俺は気がかりを詫びるだけにする。ちょっと気になったことと、ずっと気になっていたことを。

――お天宮さん、名前を間違えて覚えてごめんなさい。お婆ちゃん、誰もご臨終に立ち会えなくてごめんなさい

 目を開ける。なんら変化はない。思玲はまだ祈りを続けている。……木霊がざわざわ騒めく。思玲の香りの仕業だ。ずっと異形達の魔演に息をひそめていたくせに。
 俺はもう一度目をつぶり、お天宮さんをかしこむ。

――お天宮さん。お婆ちゃんとの約束を果たしてください。若かったお婆ちゃんとなにがあったか知らないけど、年老いた早苗さんは僕を守りたいとお願いしたはずです

 目を開ける。祠の前には、木で作られた紙垂が渋々と祀られていた。

「お天宮様。ありがとうございます。――お婆ちゃん、ありがとう」
 雷に似た護符を手にする。

「火伏ではない」思玲も目を開けた。「だが、おそらくそれは」

 俺は女の子に背を向けて、境内を再び見おろす。異形と魔道士の禍々しき式目はまだ続いていた。……上空から風切り音が聞こえる。突風は銃をかまえるドロシーへと向かう。
 俺は跳躍する。木札を両手にかまえる。

「流範!」高々と飛びながら叫ぶ。

 風をかすめて地面に着地する。異形の黒羽根が幾枚か舞い、地に届くまえに消えていく。

「この護符野郎め」
 闇空に大カラスが羽根をゆったり羽ばたかせたたずむ。憎悪の目を俺に向ける。

「でも火伏でも土着でもないよ」
 その横で竹林の声がする。「……なのに、いやな感じ」

『ホホホ。竹林よ。それは私達の仕業かもな。なにしろ、こんなこともできるのだから』

 呼ぶ声がした。結界が消えてあらわになった竹林が動揺する。

『鴉どもは立ち去れ。夜の俺達には、爺さんしか関われない。聞いているだろ、キキキッ』
 甲高い誘う声が続く。

「哲人、戻ってきな」フサフサの声はよく届く。「ダイガクの連中だ。逃げるよ」

 いきなり真っ暗闇になる。ドロシーの灯し火が消えたのは一瞬で、すぐに神社は血の色の明かりに包まれる。




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