十二の一 忌むべき祭り

文字数 2,483文字

 大カラス達は捨てセリフを残して去っていった。

「こっちにおいで」
 俺は無意識にリクトを呼ぶ。「フサフサ、逃げるなよ。思玲とドーンを頼む」

 フサフサが闇空をにらみながら階段の下に向かう。ドーンのしめ縄を無造作にほどく。しめ縄は消えていく。
 帽子をかぶりなおした思玲が、ワンピースの裾をまくりながら階段を降りてくる。ぐったりしたカラスをフサフサから奪いとる。

「ゴッド、ブレス、アス……」

 シノが人の言葉をつぶやき、胸に十字をえがく。アンディが彼女を強く抱く。……彼の片目はふさがれて血が流れていた。ドロシーは立ちつくしている。

『ホホホ、哲人君。これは偶然だ。お前がこの世界に戻ってきたうえに護符を手にしたことは、なんら関係しない』

 ゆったりした誘う声が闇に聞こえる。なにも知らない草むらの虫とヨタカが鳴くだけだ。血の色に照らされた猟犬が俺の横にはべる。闇へと低くうなる。

『前夜祭に鉢合わせるとは、あいかわらず不運だな。キキキ、おとなしく横で見ていろよ』

 斑風が主達の前へと歩く。腰をおろし、背に乗るようにうながす。土蛸の残された足がシノ達のまわりのオベリスクとなる。……これが偶然であるはずない。護符をもつ俺と立ち会った、みんなこそが不運。

「ドロシー、こっちへ来い」

 アンディが呼ぶ。なのに彼女は俺のもとへ駆ける。無理やり俺の手を握りしめる。

「君達は、なにと関わっていたの」
 彼女の手が汗ばんでいく。「クラシカルな西洋の言語が心に伝わる……」

 たしかに、そんな内容を端折って聞いた。でも東洋の式神が逃げだす存在とは。

『契約に関わる者がいるから、残念ながら姿を現せない』
 眠たげなほどの声が誘う。
『用件だけ言わせてもらおう。――成熟前の姿に戻りし王思玲よ。松本哲人が隠すものを奪ってくれないだろうか。これまた残念だが、祓いの者に見返りはない』

 女の子が、血の色のスポットライトにさらに濃く照らされる。……使い魔が求めるのはドロシーのリュックのことか? あの中には。

「誰が妖魔の言葉に従う」
 思玲が目をかざしながら強く言う。

『ならば見せしめだ。ロタマモ先生、さえずちゃってください』

 血の色の闇がひんやりとする。

『あーあーあー、久しぶりだから緊張するな』
 ロタマモと呼ばれた奴が声の調子を整える。
『まずは魔獣の気を散らさせる蛸坊主からにするか。――ディ、スワリアクスコノゾ……』
 声として不快な言葉を連ねる。

「全員、耳をふさげ!」思玲が叫ぶ。「いにしえの呪いの言葉だ! 心で歌え!」

 アンディとシノが手を耳に当てうずくまる。思玲がドーンの両頬(耳?)を挟んでぶらさげる。俺もリクトの耳をふさぐ。――ドロシーが俺の耳をふさぎ、異国の歌を声にだして歌う。

『思玲。話をちゃんと聞けよ』甲高い声が呼ぶ。『八千男を見ろ。ピンポイントだろ』

 地上に姿をだした土蛸が、残された四本の足をばたつかせもだえていた。またたく間に溶けだす。シノの悲鳴があがる。

「あんたじゃ無理だ」
 フサフサが思玲の手からドーンをひったくる。

「ゆるせない!」
 ドロシーが俺の耳から手をどかす。足もとの銃を拾うなり、「滅」と空へとやみくもに掃射する。

夏梓群(シァツゥチィン)よ。英名はドロシー。世にも稀なるサラブレッドの娘……。本当に稀少だぞ。その力は本来遺伝しないからな。前例など、あの頃の奴らさえ忘れた大昔だ』

 ドロシーが銃に術をリロードしかけてやめる。宙を怯えたように見る。

「まどわすな!」思玲が空へと怒鳴る。

『ホホホ、か弱き少女達に必要あるものか。ともかく梓群よ、うらむ相手が違う』
 この声はどこから聞こえてくるのだ。
『そして気高くか弱き思玲よ。今回ばかりはうなずいてもらいたい。犠牲を増やしたくない』

「梟め、ふざけるな!」
 そう言って思玲はなぜか俺をにらむ。
「お前が契約したせいだ。貴様がなんとかし――。私もともに歩むと言ったな。だが私は耳をふさぐ。妖魔の依頼など断る!」
 野球帽を投げ捨てる。

『お前はそう言うよな』人をさげすむ甲高き声。『ロタマモ、アンコール』

ホホホ。……ディ、スワリアクスコノゾ、ノ、フエリ、エルガンペ-ダ

 笑い声に続き、また不快なさえずりが聞こえる。

「斑風!」

 アンディの悲痛の声が響く。彼が首へと抱きつくまえに、巨大なタカがもだえながら溶けていく……。アンディもへたり込む。ドロシーがまた俺の手を握る。

『キキキ、残った異形は、契約相手を除外すれば三匹だ。次はどれかな? カウントダウンしてやろうか』

「サキトガめ……」

 思玲の声が弱まる。俺だって、こいつらをゆるせない。

「奴らはどこだ。探せ」

 手負いの獣に命ずる。獣は戸惑うだけだ。うす曇りの闇が林を包むだけ。

『哲人君、教えておこう。私達に関わるのは、現在進行している契約に抵触する。そもそも、その魔獣でも見つけられまい』
 ロタマモのいやらしい声。
『思玲よ。哲人君だけ逃そうなどと心に思わないでくれ。ならば、残りの全員が消える』

「そんなこと思ってない! ……箱を持てばいいのだな」
 思玲が力なく言う。「だが、わが命に代えても貴様達には渡さぬ」

 思玲が俺へと歩いてくる。怒りを飲みこんだ顔も愛らしいままだ。……ドーンを抱えたフサフサはいなくなっていた。どこに逃れても無駄と、妖怪である俺は感づいている。

『ホホホ、思玲よ。強きお前にそれ以上を望めるものか』

「妖魔め、姿を現せ!」アンディが吠える。

 キョキョキョキョと、あっちの世界のヨタカが鳴きかえすだけだ。

「哲人、すまぬ。私は弱すぎる」
 思玲が歯を食いしばりながら言う。
「和戸も川田も殺されたくない。野良猫さえも」

 この子が耐えるのなら……。俺はシャツからだしたリュックを思玲に手渡す。

「王姐、泥だらけ。すり傷だらけ……」
 隣でドロシーが涙をこらえている。

梓群(ツゥチィン)、泣いている場合じゃないぜ。次はお前に依頼するのだからな』
 聞きたくもないサキトガの声がする。
『四玉の箱を思玲から奪った拍子に地面へ落とせ。そしたら「誰か拾って~」と泣き叫べばOKだ。キキキキキ』

 ヨタカさえも鳴きやんだ。




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