三十七の二 元座敷わらしと女魔道士
文字数 1,703文字
「なにが無茶をさせないだ。無意味にでかくなりおって、物の怪の力は残っているだろうな」
思玲が横にきた俺をにらむ。そんなのを期待されても困る。
「すぐそこですよね。みんなも守らないとならないですから」
「なにが守らないとならないだ。でかくなったら偉くもなるのか」
嫌味たらしく返される。
「この道をまっすぐ行けばそこだ。なかなかよさげな木を見つけてある」
まっすぐ行けば、この公園の名のとおりに緑地が整備された一帯になる。……よさげな木を見つけたということは、
「武器を作るのですか?」戦うための魔道具を。
「私などに作れるはずないだろ」あきれ顔を向ける。「だが、手ぶらで師傅にお会いできぬ。そもそも、なにかしら手にせぬと落ち着かない」
彼女は足の引きずりを隠しきれない。それでも前だけを向いて速足で歩く。
「夕方に学校で別れたあと、鬼を倒したのですよね?」
小鬼に十二磈、さらには警備員にも追われていると、峻計が言っていた。四面楚歌の状況で、しかも扇も小刀もない状態でだ。
「狼が入りこめない校舎内で、しばらく息をひそめていた。そのあとは色々あってな(警報を鳴らしたのは言わないらしい)。まあ、十二磈など所詮は小物だ」
言葉をにごす。小物相手に図書館で散々な目にあわされていたが。
「矛を使ったのですね」
単刀直入に聞く。それ以外考えられない。
「予行演習というか、そんな感じだな」思玲ははぐらかす。
***
「どの木だったかな」
思玲が木々のあいだの遊歩道で立ちどまり、また歩きだす。
「眼鏡がなくて見えないのですか?」
また戦いのさなかに割られたのだろうか。
「夜なら一緒だ。鴉どもは目を狙うから、あの眼鏡には術をコーテイングしてあった。もはや鴉も和戸と峻計だけゆえ、落ちても拾わなかった。……いずれ戻ってくるだろう」
思玲は感慨もなく話す。
「あの木は桜井とともに探したが、青色インコはすぐに面倒くさがって……。もうすこし離れて歩け。人の姿だと、どうも生々しい」
たしかにくっつきすぎだな。座敷わらしのときに何度も抱えられたから、距離感が親密になりすぎた。俺は一歩後ろに下がる。
記憶があるうちにお礼をしないと駄目だよ
座敷わらしのときに抱かれた思玲の温もりとともに、横根の言葉を思いだす。
「思玲には感謝しています」
簡潔にだけど、彼女の背中へと礼を述べる。
「……私など道端のぺんぺん草だと言ったよな? 峻計の妖術を見て、師傅に会ったのなら、その意味が分かっただろ。私など、なんの力にもなれなかった」
思玲は歩きながら言う。
「劉師傅が来られたから決着は近い。師傅を説得できた哲人こそ、みんなに感謝されるべきだ」
そんなことない。感謝されるのは、師傅でも俺でもなく思玲に決まっている。言葉にだして力説したいけど、人に戻るのはまだ終わっていない。
「箱を取られたのは無念だな」
思玲が話題を変える。
「師傅といえども取りかえすのは難しい。あいつは高雄 における雨中の戦いで、師傅に黒羽扇をひとつ消された。それからは、師傅を徹底的に避けるようになった。……また、箱を捨て駒に逃げてくれたらな」
俺と同じくあいつも箱を代償に逃げたことがあるのか。
思玲は四玉を取られたいきさつを聞いてこない。俺も思玲もあいつから生き延びられて万々歳なのだから、仔細を聞く必要もないのだろう。
しかし、弱きものに強く、強きものから逃げる。ある意味、峻計は最強だな。
*
草鈴があろうが川田達から離れたくないので、別の小道で戻ることにする。それで見つからなければアジサイの葉ででも我慢してもらい、戦いになったら横で見ていてもらおう。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、デートなの?」
さきほどの男の子の霊が歩道の横に浮かんでいた。知らぬうちに、また思玲にくっつき歩いていた。
「害なき地縛霊だ。かまうな」
式神や魔道士との死闘を経験した俺に、彼女はまだ指図する。
「……いつか成仏させてやりたいがな」
俺も同意するだけだ。
他人にかまっていられない俺達へと、無邪気な霊が「バイバイ」と言う。手を振るのは人に戻ったときにねと、聞こえぬように心の奥で返事する。
次回「真夏の萌黄色」
思玲が横にきた俺をにらむ。そんなのを期待されても困る。
「すぐそこですよね。みんなも守らないとならないですから」
「なにが守らないとならないだ。でかくなったら偉くもなるのか」
嫌味たらしく返される。
「この道をまっすぐ行けばそこだ。なかなかよさげな木を見つけてある」
まっすぐ行けば、この公園の名のとおりに緑地が整備された一帯になる。……よさげな木を見つけたということは、
「武器を作るのですか?」戦うための魔道具を。
「私などに作れるはずないだろ」あきれ顔を向ける。「だが、手ぶらで師傅にお会いできぬ。そもそも、なにかしら手にせぬと落ち着かない」
彼女は足の引きずりを隠しきれない。それでも前だけを向いて速足で歩く。
「夕方に学校で別れたあと、鬼を倒したのですよね?」
小鬼に十二磈、さらには警備員にも追われていると、峻計が言っていた。四面楚歌の状況で、しかも扇も小刀もない状態でだ。
「狼が入りこめない校舎内で、しばらく息をひそめていた。そのあとは色々あってな(警報を鳴らしたのは言わないらしい)。まあ、十二磈など所詮は小物だ」
言葉をにごす。小物相手に図書館で散々な目にあわされていたが。
「矛を使ったのですね」
単刀直入に聞く。それ以外考えられない。
「予行演習というか、そんな感じだな」思玲ははぐらかす。
***
「どの木だったかな」
思玲が木々のあいだの遊歩道で立ちどまり、また歩きだす。
「眼鏡がなくて見えないのですか?」
また戦いのさなかに割られたのだろうか。
「夜なら一緒だ。鴉どもは目を狙うから、あの眼鏡には術をコーテイングしてあった。もはや鴉も和戸と峻計だけゆえ、落ちても拾わなかった。……いずれ戻ってくるだろう」
思玲は感慨もなく話す。
「あの木は桜井とともに探したが、青色インコはすぐに面倒くさがって……。もうすこし離れて歩け。人の姿だと、どうも生々しい」
たしかにくっつきすぎだな。座敷わらしのときに何度も抱えられたから、距離感が親密になりすぎた。俺は一歩後ろに下がる。
記憶があるうちにお礼をしないと駄目だよ
座敷わらしのときに抱かれた思玲の温もりとともに、横根の言葉を思いだす。
「思玲には感謝しています」
簡潔にだけど、彼女の背中へと礼を述べる。
「……私など道端のぺんぺん草だと言ったよな? 峻計の妖術を見て、師傅に会ったのなら、その意味が分かっただろ。私など、なんの力にもなれなかった」
思玲は歩きながら言う。
「劉師傅が来られたから決着は近い。師傅を説得できた哲人こそ、みんなに感謝されるべきだ」
そんなことない。感謝されるのは、師傅でも俺でもなく思玲に決まっている。言葉にだして力説したいけど、人に戻るのはまだ終わっていない。
「箱を取られたのは無念だな」
思玲が話題を変える。
「師傅といえども取りかえすのは難しい。あいつは
俺と同じくあいつも箱を代償に逃げたことがあるのか。
思玲は四玉を取られたいきさつを聞いてこない。俺も思玲もあいつから生き延びられて万々歳なのだから、仔細を聞く必要もないのだろう。
しかし、弱きものに強く、強きものから逃げる。ある意味、峻計は最強だな。
*
草鈴があろうが川田達から離れたくないので、別の小道で戻ることにする。それで見つからなければアジサイの葉ででも我慢してもらい、戦いになったら横で見ていてもらおう。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、デートなの?」
さきほどの男の子の霊が歩道の横に浮かんでいた。知らぬうちに、また思玲にくっつき歩いていた。
「害なき地縛霊だ。かまうな」
式神や魔道士との死闘を経験した俺に、彼女はまだ指図する。
「……いつか成仏させてやりたいがな」
俺も同意するだけだ。
他人にかまっていられない俺達へと、無邪気な霊が「バイバイ」と言う。手を振るのは人に戻ったときにねと、聞こえぬように心の奥で返事する。
次回「真夏の萌黄色」