六の一 敵増殖中

文字数 2,630文字

「川田を一人にしたのか!」
 状況把握できていなかろうが、カラスを怒鳴ってしまう。

「箱を守らせている。ついでに笛も。役割与えると忠実っぽい。たぶん」
 ドーンが頭上で答える。

「基本は哲人の頼みしか聞かねえから早く連れてこい。大事なものはみんな持ってこいよ」

 ペンギンのような九郎が降りてきて言う。その爪に抱えられていた琥珀が自力でふわり浮かぶ。あいかわらず冬仕立てのパーカーを深くかぶっている。俺を見おろす。

「僕と川田と哲人。三人で行けば勝てる。そして奪い返す」
 怒りのまなざしを向けてくる。

「勝つって誰に? 奪還って何を?」

「裏切り者の大蔵司から思玲様をだよ。俺とドーンは参戦しないからな」
 九郎が言う。

「琥珀の考えだと、川田は戦いになると暴走する可能性が極めて高いらしい。なんで抑えられそうな哲人を待っていた。とっとと行くじゃん」
 頭にとまっていたドーンがアパートへ飛んでいく。

「待てよ」
 言いながら俺も追いかける。痛みを思いだす。これくらい一時間で完治だ。

「いまの衝撃を思玲様も大蔵司も気づく。おそらく台輔から降りる。来たら、僕と九郎で引き延ばす。……人だらけだろうが先制しないとな。覚悟しておけよ」

 たっぷり覚悟の詰まった琥珀の声を背後に聞く。俺は訳が分からないまま、川田のもとへ向かう。
 大蔵司が敵。たしかに異形になった俺への眼差しはフレンドリーでなくなったけど、信じるはずない。それより俺を襲おうとしたらしき人の正体は白虎らしい。たしか韓国の魔道士の……楊偉天の友の式神だ。つまり俺への復讐に差し向けられた。
 理不尽すぎる。いまので餃子の皮になって消滅してくれたらいいけど……勘違いでただの人を殺してないだろうな。

「しかし僕なんかがレジェンド中のレジェンドを倒しちゃったぜ。肉弾戦なら龍を上回る白虎をな。ははは」

 琥珀が笑う。こいつは淡泊に見せて直情的だから不安だ。

 *

「おそろしく強いのがいたな」
 ドアを開けたままの部屋に入るなり川田が言う。俺の傷を気にすることなく、
「だが逃げた。白猫だった瑞希みたいに素早い奴だな」

 つまり琥珀たちの話は事実だった。
 川田は四玉の巣であった箱を両手で抱えて立っていた。片側の目は潰れたまま。ドーンの横笛は床に転がっている。

「笛も守れよ」
 ドーンが川田の頭に着地する。「大好きな狩りの時間だぜ」

「猫は逃げたと言っただろ。……俺らへの殺気は感じないが、思玲とピンクの車の女を狩るのか?」
 川田が俺へという。
「思玲は強くなった。車の女はさらに強いが、油断している隙に先制すれば、俺と松本だけで勝てる。すくなくとも一人は倒せる」

 川田は狼から人の姿に戻り、多少知性も戻ってきた。だが感心できるレベルではない。思玲まで狩りの対象と考慮するならば、野生の感のが頼りになる。

「殺気がないのだから、大蔵司も味方だよ」
 そもそも命の恩人だ。戦えるはずない。

 俺はドーンの横笛を拾いシャツの中にしまう。これで俺はドーンと離れられない。さもないとドーンは本当の異形になってしまう。笛を吹かないとおぞましいものを食ってしまう。

「琥珀が言うには、さっきの人間は異形が化けていたらしい。それを差し向けたのは影添大社らしい」
 ドーンが俺の頭で羽根を休めながら言う。
「俺は小鬼を信じるけどな。まあいいや、哲人の判断に任せるじゃん。どっちにしろ立ち去らないとならねーし」

 サイレンの音が近づいてきた。あのクレーターも暴走族の仕業になるのだろうか……。そんなことを心配するな。脳内で何かが繋がりかけている。キム老人、麻卦執務室長、デニーという男……。死者の書に尋ねるまでもない。

「ドーンあり得るかも」
 俺はカラスを頭に乗せたまま外へ出る。クレーター周辺を野次馬が遠巻きにしている。「でも大蔵司じゃない。戦う相手が違う」
「さきに行くぜ」

 俺の話を聞いていない川田が跳躍する。民家の屋根伝いにジャンプを繰り返し見えなくなる。

喧嘩するなよ!」
 ドーンが慌てて追いかける。

 ふわふわとも飛べない俺は、いまさらどうでもいいので、野次馬をはらい飛ばしながら道を駆ける。クレーターに飲み込まれた民家の駐車場を越える。……どうせ人でないのだから、もう一度飛びたい。身軽な座敷わらしに戻りたい。

「哲人、何が起きた」
 クレーターの向こうの人混みから思玲の声がした。

「住宅地でやばいよ。人を巻き込んでないだろうね? 怒られるで済まされない」

 大蔵司の声もした。でも美女二人の姿は見えない。

「きょろきょろするな。姿隠しだ」
 自動販売機の上からだ。

「私も入れてもらっているけど、説明してもらわないとね」

 大蔵司の声はなおも涼しげだ。……もしかすると影添大社が俺を韓国のキム老人に売ったのかもしれない。だとしても彼女は何も知らない、かもしれない。

「白虎に襲われたみたいです」
 壁に張りついて告げる。

「な、なんだと!」
「白虎ってなんだっけ?」

 思玲の切羽詰まった声と大蔵司の素っ頓狂な声が重なった。

「琥珀が撃退しました。そのまま思玲達と合流すると言ってましたけど――」

 駐車場の方向から爆音が轟いた。
 続けざまに無数の鈴の音がした。

「台輔!」

 神楽鈴を手にした大蔵司と、呆気にとられた面の思玲が自動販売機の上に現れる。
 真顔の大蔵司は飛び降りるなり、人混みを分けて大通りへ走っていく。

「怒りで化け物が正体を現した」
 思玲がひょいと飛び降りる。「鈴の音だけで我が結界を裂いたぞ。姿隠しだけだがな。雅!」

 屋根から人の目に見えぬ蒼い狼が飛び降りてきて、身構えてしまう。また姿を隠した思玲がその背に乗る。雅は再び屋根へと跳ねる。俺も追いかける。


 ****


 日本人に嵌められた。私は少なからぬ傷を負わされた。人に化けていたため守る力が足りなかった。本来の姿ならば耐えられる攻撃だったとしても、油断した。たやすい仕事と思いこまされた。

 王思玲はこの国の魔道士と、松本哲人は傷を受け入れた獣人と合流した。両腕を潰された私では本気で戦わなければ――周辺の人間を犠牲にしなければ勝てない。先生が認めるはずない。傷が回復するまでは静かに殺せない。

 影添大社を許せない。私の情報を奴らに売った。そうでなければ私を待ち伏せできるはずがない。
 私は“(ハン)”という感情を持てないが、私怨を晴らすことはできる。まずは奴らの式神を消してやった。封印などと姑息な手腕を受け入れたものが悪い。




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