三十九の三 しこしこバコーン
文字数 3,773文字
「ヤバっ、峻計だけじゃない」
小鳥が横根の肩へと戻る。……さっきの二羽と一緒でないのが幸いだ。俺は横根に背を向ける。ここにいない川田の代わりに彼女の盾になる――。
音もなく空が砕けた。闇空が黒水晶の破片となり、溶けながら降りそそいでくる。知らぬ間に閉じこめられ、結界は割れた。
「護符の仕業ね。最後まで忌々しい奴め」
あいつの声がする。「死ぬ前から魂の姿になっているしね」
見えないあいつが指を鳴らし、コートの中に異形が現れる。桜井が悲鳴をあげる。ドーンも頭上ですくみあがる。
俺だって立ったままで腰を抜かしかけた。多足は大ムカデだと、思玲から聞いてはいた。テニスコート一面分の長さなんて想像すらしなかった。
そいつがフェンスに張りつき、がさがさと無数の足がうごめかす。ばかでかい顔に触角を震わせ、長い牙を俺達に向ける。
パチッ
指を鳴らす音がまた聞こえた。異形がまた姿をだす。
手長とは、猩猩だかヒヒの妖怪と言っていた。フェンスを越えるほどの銀色の毛の巨体に赤い顔、そして四本の異様に長い手に丸太ほどの棍棒を持つ、一つ目の猿の化け物なんて聞いていなかった。
手長が牙をだして夜空に吠える。俺は後ずさる。
「きゃっ」
俺に当たって、横根がふわりとよろめく。
「なにかいるの? 峻計や野良犬なら見えるよね。物の怪?」
彼女には馬鹿でかい怪物すら見えていない。深夜の極みは過ぎ去ろうとしても、人はまだ異形の餌だ。
「ハハハ、四神くずれ達あきらめろ」
わざとらしい笑い声……。小鬼だ!
「ようやく老祖師と連絡が取れたからな。あのお方は劉昇を抑えているからな。誰もお前達を助けに来ないぞ。復活した焔暁さんと竹林さんには思玲をあぶりだして欲しかったのに、声だけかけて飛んでった。だから先にお前達を始末しに来た。青龍、逃げられないぞ」
琥珀の説明口調によると、川田と思玲は無事だ。
「琥珀、敵に知らせる必要はない」
峻計の忌々しげな声。でも琥珀は、
「手長と多足は老祖師の術をたっぷりと受けてきたぞ。術をまとってのろまでも、護符ぐらいはじき返すからな」
手長の肩から説明しまくる。
「峻計さんだって、本調子じゃないにしろ黒い光がだせるようになったしね。……青龍、逃げても僕が追いかける」
琥珀が宙に浮かびあがる。背後にいる手長に比べると豆粒のようだ。なにげに手長からの盾となっている。
「お喋りな口をふさげ!」
黒い光がいきなり現れて、琥珀へと向かう。小鬼はふわりと避ける。たまたまだろうか、光はフェンスにいるムカデの化け物に当たる。多足がこうべを上げて苦しむ……。口から紫色の煙をまき散らしだした。手長が鼻をふさぎ、ムカデへと抗議の吠え声をあげる。
ドクンドクンドクン……
手もとの木札から脈打つように、俺の体へと守護の力が注ぎこまれる。
「危ないな。叱るだけにしてくださいよ。今の光を見るかぎり、黒羽扇はかなり復活していますね。僕までだまされるところでしたよ。あーあ、多足を怒らしちゃって。毒なんかあったら青龍が逃げだしますよ」
琥珀は上空へと浮かんでいく。
俺達に逃げろと告げているのか? いや、さっきから桜井を逃げさせろと言っている。
「こ、これってヤバいよな。逃げようぜ」
ドーンが尻ごみする。
「桜井も横根も一緒に逃げろ」
護符のある俺が時間稼ぎするしかない。化け物相手に三対二。小鬼は露骨なまでに俺達の味方だ。
「そ、そうする。瑞希ちゃん、逃げるよ!」
桜井が甲高い鳴き声混じりの絶叫を、横根の耳もとでする。
「夏奈ちゃん、鼓膜が痛いよ。なにかいるの? どうしたらいいの?」
横根には気配の高まった桜井の声すら聞こえない。異形はなにひとつ見えていない。どうせ毒の煙も見えていない。また草鈴を必死に吹くだけだ。
「俺が横根を守るから、はやく行け――」
俺の体になにか当たった。護符が発動して気づく。ドーンが俺の頭から落ちた。腹を上にして凍ったように動かない。
「あいつが小刀を投げた。松本君がはじき返して刀は消えた」桜井が言う。「でもなぜか、上にいた和戸君がやられた」
俺経由で邪悪な力を受けたのか。俺はドーンを救うべくしゃがむ――。頭上をなにかが通りすぎた。横根が俺に寄りかかるように、ふわりと崩れおちる。
「黒い光が瑞希ちゃんにぶつかった」
桜井が宙に浮かびあがる。
「私までしびれたのに、こっちもはじき返した。……珊瑚の玉だ」
男二人を殺した邪悪な光で気絶だけかよ。俺はドーンを抱えあげ、横根へと振り返る。
ズドン
後頭部にとてつもない衝撃を受けてつんのめる。……これこそが黒羽扇の光だ。焼けるほど痛いが、護符を持つおとなの体だ。耐えるしかない。再度立ちあがる。
「和戸君ヤバいし! お札の力も受けている」桜井が叫ぶ。
そうだった。でも気絶しているドーンを野ざらしになどできない。珊瑚さん一緒に守ってと、横根の上に乗せる……。珊瑚さん護符からも守ってね。
気絶した彼女を抱きあげようとして手が滑る。峻計が指を鳴らす音が聞こえ、びくっと振り返る。
にらみあっていた巨大な異形も、その音に反応した。多足がガサガサとフェンスを横に這いだす。手長も俺達へと赤い一つ目を向ける。
ウングォー
手長が咆哮をあげる。長い手を伸ばして、俺達へと棍棒を振りおとす。俺は眠る横根へとのしかかる。別の手に持つ棍棒に横から殴られる。俺だけ吹っ飛ばされ、管理室に激突する。
長い手の長い爪が迫ってきた。俺は転がるように逃げる。手長の別の手が横根へと棍棒を振りかざした。
でも異形の大猿は後ずさる。意識のない横根とドーンを、地面に漂う紫色の煙が薄く包む。
「瑞希ちゃん、起きて!」
桜井が横根のもとへ飛ぶ。彼女達へと鎌首をもたげた大ムカデと、小鳥がにらみあう。多足が桜井へと触角を動かす。
「いやだな……」
桜井が空へと逃げる。それでいい。俺が守る。俺は立ちあがりみんなへと走る。
ズドン
背中を黒羽扇に打たれて前のめりに転がる。……おとなの体になっても痛いものは痛い。あいつの扇が早々に復活するとは。
ウングォ、ウングォ
手長がまた吠える。煙のない場所から手を伸ばし俺を握る。護符は白く光り燃えている。手長はかまわず俺を持ちあげる。
横根達から遠ざかる。化け物が口を開け牙を見せる。
「手長、そいつに触わると消えるぞ」
琥珀が俺へとスマホをかざす。
スマホからの波動が直撃して、横根の脇に背中から叩き落とされる。痛くはないので、横根にまたのしかかる。異形と人の体は重なりあわない。俺は上から包むだけだ。
「琥珀、いらぬことをするな」
見えないあいつはいらだっている。俺は横根の口もとへと顔を寄せる。……やすらかな吐息を感じる。毒の煙ではなかったのか? ならばドーンは……。くちばしから黒い泡が!
「危ない!」
桜井の気配がどよめいた。見上げると、大ムカデが対の毒牙を俺達に向けていた。鎌首をおろす。俺は横根を抱きしめる。
グサリ
人の足ほどもある牙が真横の地面に突き刺さる。多足の顔にめりこんでいたコザクラインコが空へと戻る。
さすが桜井。俺も不気味な顔に護符の拳をめりこます。大ムカデが声もなく暴れだす。青光りする長い胴体がフェンスを叩き、その顔が俺をはじく。俺は地面にころがる。
「避けて!」
桜井の怒声に、飛んできた黒い光をかわす。
多足は苦しんではいるが溶け始めやしない。また紫色の煙を吐きだしやがった。地面が見えぬほどに大量にだ。でかい手長でさえ煙を嫌がり遠巻きに吠える……。
紫の煙は低く濃く漂い、いまだ目を覚まさない横根を包む。その脇に落ちたカラスも包んでいく。意識のないドーンがむせた咳をする。足をひきつらせる。
助けないと! 俺は化け物達に背をさらす。
ズドン、ズドン
黒い光は俺だけを背後から狙う。身より心が削られるが、おのれになどかまっていられない。さらに一撃喰らいながらも、二人のもとに転がりこむ。ぐたりとしたカラスを持ち上げる。横根は?
……彼女は静かな息のままだ。海神の玉は、紫色の煙からさえ横根を守護する。それに、知恵なき異形達は珊瑚を恐れて彼女を襲えない(怪物にやられているのは俺ばかりだ)。
「琥珀、ちょろちょろ飛ぶな。娘を撃てない」
峻計はなおも姿を見せない。いらだちだけが聞こえる。俺はドーンを横根の胸もとに強く押し込み、彼女を抱き起こそうとして手が滑る。……さっきは無意識に抱けた。つまり、こんなの気合いだろ!
俺は師傅を真似る。妖怪が人をカラスごと抱き上げる。護符が発動しているからか、横根の体がびくりとする。珊瑚があろうと長く接するのはうまくない。俺はコートを背にカニ走りする。
ズドン、ズドン、ズドン
おあつらえ向きのターゲットだろうが、めちゃくちゃ痛いだけだ。
「はやく起こしなよ。和戸君へ祈らせないと」
桜井が降りてきて、トーンを落として言う。彼女を見たからか、手長が毒を気にせず近寄ってくる。その股間をくぐり、黒い光が青い小鳥へと放たれる。桜井は上空へとたやすく逃れる。
「横根、起きろ! 祈れ!」
俺が叫べど、彼女は腕のなかですやすやと眠るだけだ。……気配を感じた。
「レベル7を受けやがれ!」
琥珀が宙でスマホを俺達に向けた。画面から、波動がどよめき襲ってくる。
次回「サスペンデッド」
小鳥が横根の肩へと戻る。……さっきの二羽と一緒でないのが幸いだ。俺は横根に背を向ける。ここにいない川田の代わりに彼女の盾になる――。
音もなく空が砕けた。闇空が黒水晶の破片となり、溶けながら降りそそいでくる。知らぬ間に閉じこめられ、結界は割れた。
「護符の仕業ね。最後まで忌々しい奴め」
あいつの声がする。「死ぬ前から魂の姿になっているしね」
見えないあいつが指を鳴らし、コートの中に異形が現れる。桜井が悲鳴をあげる。ドーンも頭上ですくみあがる。
俺だって立ったままで腰を抜かしかけた。多足は大ムカデだと、思玲から聞いてはいた。テニスコート一面分の長さなんて想像すらしなかった。
そいつがフェンスに張りつき、がさがさと無数の足がうごめかす。ばかでかい顔に触角を震わせ、長い牙を俺達に向ける。
パチッ
指を鳴らす音がまた聞こえた。異形がまた姿をだす。
手長とは、猩猩だかヒヒの妖怪と言っていた。フェンスを越えるほどの銀色の毛の巨体に赤い顔、そして四本の異様に長い手に丸太ほどの棍棒を持つ、一つ目の猿の化け物なんて聞いていなかった。
手長が牙をだして夜空に吠える。俺は後ずさる。
「きゃっ」
俺に当たって、横根がふわりとよろめく。
「なにかいるの? 峻計や野良犬なら見えるよね。物の怪?」
彼女には馬鹿でかい怪物すら見えていない。深夜の極みは過ぎ去ろうとしても、人はまだ異形の餌だ。
「ハハハ、四神くずれ達あきらめろ」
わざとらしい笑い声……。小鬼だ!
「ようやく老祖師と連絡が取れたからな。あのお方は劉昇を抑えているからな。誰もお前達を助けに来ないぞ。復活した焔暁さんと竹林さんには思玲をあぶりだして欲しかったのに、声だけかけて飛んでった。だから先にお前達を始末しに来た。青龍、逃げられないぞ」
琥珀の説明口調によると、川田と思玲は無事だ。
「琥珀、敵に知らせる必要はない」
峻計の忌々しげな声。でも琥珀は、
「手長と多足は老祖師の術をたっぷりと受けてきたぞ。術をまとってのろまでも、護符ぐらいはじき返すからな」
手長の肩から説明しまくる。
「峻計さんだって、本調子じゃないにしろ黒い光がだせるようになったしね。……青龍、逃げても僕が追いかける」
琥珀が宙に浮かびあがる。背後にいる手長に比べると豆粒のようだ。なにげに手長からの盾となっている。
「お喋りな口をふさげ!」
黒い光がいきなり現れて、琥珀へと向かう。小鬼はふわりと避ける。たまたまだろうか、光はフェンスにいるムカデの化け物に当たる。多足がこうべを上げて苦しむ……。口から紫色の煙をまき散らしだした。手長が鼻をふさぎ、ムカデへと抗議の吠え声をあげる。
ドクンドクンドクン……
手もとの木札から脈打つように、俺の体へと守護の力が注ぎこまれる。
「危ないな。叱るだけにしてくださいよ。今の光を見るかぎり、黒羽扇はかなり復活していますね。僕までだまされるところでしたよ。あーあ、多足を怒らしちゃって。毒なんかあったら青龍が逃げだしますよ」
琥珀は上空へと浮かんでいく。
俺達に逃げろと告げているのか? いや、さっきから桜井を逃げさせろと言っている。
「こ、これってヤバいよな。逃げようぜ」
ドーンが尻ごみする。
「桜井も横根も一緒に逃げろ」
護符のある俺が時間稼ぎするしかない。化け物相手に三対二。小鬼は露骨なまでに俺達の味方だ。
「そ、そうする。瑞希ちゃん、逃げるよ!」
桜井が甲高い鳴き声混じりの絶叫を、横根の耳もとでする。
「夏奈ちゃん、鼓膜が痛いよ。なにかいるの? どうしたらいいの?」
横根には気配の高まった桜井の声すら聞こえない。異形はなにひとつ見えていない。どうせ毒の煙も見えていない。また草鈴を必死に吹くだけだ。
「俺が横根を守るから、はやく行け――」
俺の体になにか当たった。護符が発動して気づく。ドーンが俺の頭から落ちた。腹を上にして凍ったように動かない。
「あいつが小刀を投げた。松本君がはじき返して刀は消えた」桜井が言う。「でもなぜか、上にいた和戸君がやられた」
俺経由で邪悪な力を受けたのか。俺はドーンを救うべくしゃがむ――。頭上をなにかが通りすぎた。横根が俺に寄りかかるように、ふわりと崩れおちる。
「黒い光が瑞希ちゃんにぶつかった」
桜井が宙に浮かびあがる。
「私までしびれたのに、こっちもはじき返した。……珊瑚の玉だ」
男二人を殺した邪悪な光で気絶だけかよ。俺はドーンを抱えあげ、横根へと振り返る。
ズドン
後頭部にとてつもない衝撃を受けてつんのめる。……これこそが黒羽扇の光だ。焼けるほど痛いが、護符を持つおとなの体だ。耐えるしかない。再度立ちあがる。
「和戸君ヤバいし! お札の力も受けている」桜井が叫ぶ。
そうだった。でも気絶しているドーンを野ざらしになどできない。珊瑚さん一緒に守ってと、横根の上に乗せる……。珊瑚さん護符からも守ってね。
気絶した彼女を抱きあげようとして手が滑る。峻計が指を鳴らす音が聞こえ、びくっと振り返る。
にらみあっていた巨大な異形も、その音に反応した。多足がガサガサとフェンスを横に這いだす。手長も俺達へと赤い一つ目を向ける。
ウングォー
手長が咆哮をあげる。長い手を伸ばして、俺達へと棍棒を振りおとす。俺は眠る横根へとのしかかる。別の手に持つ棍棒に横から殴られる。俺だけ吹っ飛ばされ、管理室に激突する。
長い手の長い爪が迫ってきた。俺は転がるように逃げる。手長の別の手が横根へと棍棒を振りかざした。
でも異形の大猿は後ずさる。意識のない横根とドーンを、地面に漂う紫色の煙が薄く包む。
「瑞希ちゃん、起きて!」
桜井が横根のもとへ飛ぶ。彼女達へと鎌首をもたげた大ムカデと、小鳥がにらみあう。多足が桜井へと触角を動かす。
「いやだな……」
桜井が空へと逃げる。それでいい。俺が守る。俺は立ちあがりみんなへと走る。
ズドン
背中を黒羽扇に打たれて前のめりに転がる。……おとなの体になっても痛いものは痛い。あいつの扇が早々に復活するとは。
ウングォ、ウングォ
手長がまた吠える。煙のない場所から手を伸ばし俺を握る。護符は白く光り燃えている。手長はかまわず俺を持ちあげる。
横根達から遠ざかる。化け物が口を開け牙を見せる。
「手長、そいつに触わると消えるぞ」
琥珀が俺へとスマホをかざす。
スマホからの波動が直撃して、横根の脇に背中から叩き落とされる。痛くはないので、横根にまたのしかかる。異形と人の体は重なりあわない。俺は上から包むだけだ。
「琥珀、いらぬことをするな」
見えないあいつはいらだっている。俺は横根の口もとへと顔を寄せる。……やすらかな吐息を感じる。毒の煙ではなかったのか? ならばドーンは……。くちばしから黒い泡が!
「危ない!」
桜井の気配がどよめいた。見上げると、大ムカデが対の毒牙を俺達に向けていた。鎌首をおろす。俺は横根を抱きしめる。
グサリ
人の足ほどもある牙が真横の地面に突き刺さる。多足の顔にめりこんでいたコザクラインコが空へと戻る。
さすが桜井。俺も不気味な顔に護符の拳をめりこます。大ムカデが声もなく暴れだす。青光りする長い胴体がフェンスを叩き、その顔が俺をはじく。俺は地面にころがる。
「避けて!」
桜井の怒声に、飛んできた黒い光をかわす。
多足は苦しんではいるが溶け始めやしない。また紫色の煙を吐きだしやがった。地面が見えぬほどに大量にだ。でかい手長でさえ煙を嫌がり遠巻きに吠える……。
紫の煙は低く濃く漂い、いまだ目を覚まさない横根を包む。その脇に落ちたカラスも包んでいく。意識のないドーンがむせた咳をする。足をひきつらせる。
助けないと! 俺は化け物達に背をさらす。
ズドン、ズドン
黒い光は俺だけを背後から狙う。身より心が削られるが、おのれになどかまっていられない。さらに一撃喰らいながらも、二人のもとに転がりこむ。ぐたりとしたカラスを持ち上げる。横根は?
……彼女は静かな息のままだ。海神の玉は、紫色の煙からさえ横根を守護する。それに、知恵なき異形達は珊瑚を恐れて彼女を襲えない(怪物にやられているのは俺ばかりだ)。
「琥珀、ちょろちょろ飛ぶな。娘を撃てない」
峻計はなおも姿を見せない。いらだちだけが聞こえる。俺はドーンを横根の胸もとに強く押し込み、彼女を抱き起こそうとして手が滑る。……さっきは無意識に抱けた。つまり、こんなの気合いだろ!
俺は師傅を真似る。妖怪が人をカラスごと抱き上げる。護符が発動しているからか、横根の体がびくりとする。珊瑚があろうと長く接するのはうまくない。俺はコートを背にカニ走りする。
ズドン、ズドン、ズドン
おあつらえ向きのターゲットだろうが、めちゃくちゃ痛いだけだ。
「はやく起こしなよ。和戸君へ祈らせないと」
桜井が降りてきて、トーンを落として言う。彼女を見たからか、手長が毒を気にせず近寄ってくる。その股間をくぐり、黒い光が青い小鳥へと放たれる。桜井は上空へとたやすく逃れる。
「横根、起きろ! 祈れ!」
俺が叫べど、彼女は腕のなかですやすやと眠るだけだ。……気配を感じた。
「レベル7を受けやがれ!」
琥珀が宙でスマホを俺達に向けた。画面から、波動がどよめき襲ってくる。
次回「サスペンデッド」