二十六の二 あけおめ前の二人

文字数 2,051文字

「ニット帽の奴らじゃね。店員にもからんでいた。むかつく連中。でも、あいつら私らより年上っぽいよ。いじめじゃなくて犯罪。警察か警備員に連絡するのがよくね?」
 桜井はついてくる。

「年齢など関係ない。警察はあてにならない」
 俺はあいつらを探す。
「桜井は来なくていい」

 見つけた。でも、一階への長いエスカレーターはファミリーでぎっしりだ。人ごみに見失いそうだ。

「なにをする気なの? まじめ君が?。でかいのと二対一だよ。松本君、やられちゃうよ」
 呆れた声だ。こいつも邪魔だ。

 桜井は俺の態度に感づいている。でも彼女は知らない。さすがに高校時代はやっていないが、俺の一番の特技が喧嘩であることを。

「もういい。ついてくるな」

 期待の目など向けるはずない桜井に告げる。そりゃそうだ。ただの優等生にしか見えないだろうから。

「だったら私も行く。私だってゆるせない!」

 桜井が俺をみつめる。……強い眼差し。二度目の出会いを感じた。
 彼女がエスカレーターからジャンプする。マジかよ……。俺も手すりから飛び降りる。

「一緒に行こう」

 フェンスの内側に無様に着地しながら、無様に着地した彼女に言う。桜井に手をだしたのならぶちのめせばいいだけだし、復讐心を砕くほどに半殺しにすればいいだけだ。
 ……冷静になれ。俺は、彼女のまえだからと格好つけだした。
 だったら馬鹿な真似で解決しよう。なさけない結末に桜井に笑われようとも。

「やっぱり別に動こう」

 *

「お金をとられたよね」

 高校生ぐらいの私服の子が俺の声にびくりと振りかえる。桜井には、あの二人の尾行を頼んである。パチンコ屋に入ったと連絡が来た。

「ご、ごめんなさい」
 おとなしそうな男の子は俺にも怯えてやがる。
「僕がスマホを見ながら歩いていたから、ぶつかりそうになって、笑ったと勘違いされて、僕が悪いんです」

「取りかえしにいくよ」
 男の子の手を引っぱる。男の子は尻込みする。携帯の番号を知っている、名前も学校も教えた、仕返しが怖いそうだ。
「大丈夫。みんな俺が引き受けるから。その代わり、二度と逃げるなよ。立ち向かおうね」

 男の子を引きずるように駅から戻る。桜井と連絡を取る。連中はまだ店内にいるらしい。川田と一緒に十一人の不良に囲まれたばかりだから(居酒屋にいた連中は仲間を呼びつけた。さすがにその人数では通報されて助かった。町田にはしばらく寄りつかないけど)、二人ならば平気だ。交渉がこじれても二三発殴らして蹴られれば、満足して返してくれるかも。
 それで駄目なら、本来の計画とおり強引に奪いかえすだけだ。

「通報しちゃった」

 パチンコ屋の前で、桜井が警察官二人の横で笑っていた。俺に本の入った袋を手渡す。拍子抜けの結末に、いっときだけ木枯らしは吹きやんだ。

 ***

『えっ、……なんで松本君が電話をするの? 夏奈ちゃんと一緒なの?』

 横根の声のトーンがあやしくなる。風がまた強くなりだして、桜井がマフラーを首に巻く。

「偶然会って、横根にあやまりたいというから。桜井と換わるよ」
『……なんで、偶然会えるの?』
「横根ともナイトウォークでたまたま一緒になっただろ。とにかく換わるね」
『ま、待ってよ。松本君は、どっちが悪いと思っているの?』

 横根はまだ根にもっている。どこかで聞きつけた彼女の裏アカを公表されたら当然だ(すぐに抹消されたから俺は見ていない。自作小説のためらしいが、内容は噂だけだ)。でも、みんなの前でラケットを桜井の頭で壊し、手のひらを桜井の頬に往復させて膝蹴りまでいれたのはやりすぎだ。

「両方悪いと思う」
 当然のコメントをして、桜井にスマホを渡す。

 *

「仲直りできた」
 桜井が大げさなほどに息をつく。「ありがとう」とスマホを俺へと戻す。

 そんな簡単にできるとは思えないけど、彼女の安堵と感謝の笑みを一身に受ける。

「なにか食べていく?」
 真冬だから空はもう暗い。

「ごめん。香蓮の部屋に行く。こっちも仲直りする」
 マフラーの上ではにかんだように笑う。「こっちは一人でできる」

 誰だって感情の起伏はあるけど、彼女はそれをめいっぱいに表現する。一部でささやかれている、横根との件に悪意などあるはずないよな。だったら俺になんか頼らない。……俺だけは桜井の味方だ。だから、この笑顔をずっと見させてほしい。
 駅まで並んで歩く。桜井はお喋りだ。電車の方向は別々だった。改札を抜ける。

「楽しかったね」
 彼女は名残惜しそうだ。
「人を助けるの気分よくね?」

 そうは思わないけど、「だね」と返す。学校もサークルも今年は終わりだ。彼女と次に会えるのは来年だ。

「またね」
 俺は左手を彼女へとかざす。いきなりすぎて、桜井は右手で受けとめようとして空振りする。
「締めなのに」そんなことしか言えない。

「松本君こそ」

 彼女は涙目になっていた。なんの涙か、平坦な俺には分からない。
 俺は右手でやり直す。桜井は左手でやり直す。ぱんといい音がして、互いに握りかえして見つめあう。ほんの一瞬だけ――。




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