四十八の三 なおも稲光
文字数 2,061文字
「倭奴 め」
姿をさらした貪が結界に体当たりする。陽炎が揺らめくだけだ。……全員が閉ざされた。だけど俺達にはドロシーがいる。夏奈もいる。この二人は破壊実績がある。
「ドロシーちゃん、お帰り。僕も戦うの?」
風軍の巨大な翼が畳まれる。
「まだ」とドロシーは首を横に振る。
「俺様を封ずるつもりか」
貪がやけくそのように黒い炎を地に吐く。風軍ははじき返す。横根の結界は大鷹さえも包みこんだ。
「松本、でっかい狩りだぜ」川田が飛び乗る。
「一人じゃだめだよ」と横根が続く。
「勝てると思え。だが無理をするな」
思玲を乗せた雅も背に乗る。
「哲人さん、行こう」
ドロシーが俺の手を引く。その手から逃れる。
みんなを乗せた風軍が飛び立つ。
「夏奈!」俺は龍を呼ぶ。「一緒に戦おう」
結界に守られない俺へと、貪は炎を吐く。青龍が地に這い盾となる。
「熱すぎだし」夏奈が毒づく。「早く乗って」
夏奈が俺を頭へと投げる。しがみつく。深夜の極みが近づいて、虚弱な妖怪の残りかすさえ蘇る。龍を包みこむ。
心と心がつながる。
*****
「松本君だ……」
久しぶりに見る夏奈の笑みはさみしげだった。
「今までのこと、みんな伝わったよ。……たくみ君を許してあげてね」
俺はうなずけないまま、強い光に意識を外へと戻される――。
*****
「灯せ」
風軍の上で、再びドロシーが七葉扇を振るった。 巨大な光が闇の龍へと向かう。
「この光はなんなんだ!」
目をやられた貪が中空でのたうつ。神殺の結界を尾で叩き炎をまき散らす。風軍はとても近寄れない。
「滅ぼせ」
七葉扇からの光が横根の結界を貫く。墨色と萌黄色の混ざった残酷な光。貪が苦悶する。
「姉ちゃん、強くなったな」
川田は巨大な龍に飛びかかろうとして結界にはじかれる。羽毛の上を転がる。
「瑞希、こいつを消せ。戦わせろ」
横根は従わない。風軍が旋回する。すれ違いざま、思玲が俺をにらむ。こっちへ来いと言いたげだ。
またあふれだした光に、貪が背を向ける。
「この光、私にも邪魔なんだけど」
夏奈である龍がグチグチ言う。
「松本君の彼女だから仕方ないけどね」
ここで言うのかよ。俺の心のどのあたりまで夏奈に伝わった?
「本気で戦えよ」
本心から言う。なのに夏奈は貪に近づかない。俺は長距離から独鈷杵を投げる。巨体だから当たるけど、貪の鱗が硬いことを知れただけだ。
「あの龍こそ本気ださねーし」
夏奈が不吉なことを言う。「……逃げるべきかも」
青龍の感だ。
「松本君、下!」
「松本、あいつだ!」
白猫と手負いの獣も叫ぶ。
「お前は青龍に乗る。分かっていた」
薄目を開けた貪が俺を笑う。
「人の姿をした鴉もな」
俺もようやく気づく。あいつは貪から逃げたわけじゃない。機会を待っていた。
回復した土壁を侍らして、はるか下に峻計がいた。
あいつが両手の黒羽扇を上空にかかげる。……この図体だから夏奈は大丈夫。みんなは結界に守られている。俺以外は。
体を貫く轟音と衝撃。
雷術を受けて、夏奈の鱗から手が滑る。風軍を包む結界が復活するのを、落ちながら見る。夏奈が俺を受けとめようとして、貪に邪魔されるのも見えた。
俺は地面に激突する。いまは妖怪だから、これぐらいでは意識は飛ばない。でも電撃で体がしびれて動かない。ドロシーのパパの服も黒焦げだ。
新月の夜の極み近くだ。はやく回復しろ……。俺が空で手放した剣が、なおも横たわる藤川匠の前のぬかるみに刺さるのが見えた。
目のつぶれた藤川に意識が戻る。破邪の剣へと手を伸ばす。刃を握る手から血がしたたる。
「貪よ、邪魔はしない。だが、この二人だけは私に始末させろ」
相変わらず峻計は声だけだ。ドロシーがいたら丸見えになる。
「おほ、松本哲人がでかくなってやがる」
稜線下から現れた土壁が俺へと寄ってくる。その隻腕に人の手をした槍が現れる。
「ふざけんな!」
空から女の子が降ってきた。金色に輝く護符を、土壁はスエイして避ける。
「ふぎっ」
思玲は軽く蹴りを入れられて、俺の横まで転がる。
「チビ、のろいくせに声までだすな」
土壁が笑う。
「もっと落ちてくるかな」
空へと笑う。
その空い、峻計が再びの雷をまき散らす。夏奈はもがいている。風軍は陽炎の中を旋回する。ドロシーが闇雲に光を放つ。
貪が地面を見る。
「峻計。俺様もしびれているのだがな」
貪の声は空鳴りだ。
「充分に邪魔だぜ。見せしめだ。お前の大事なものを心に浮かべろ」
土壁が峻計へと振りかえる。
「峻計さん、堪忍してくれよ。俺達二人で楽しくやろうじゃないか」
「案ずるな。お前は浮かばなかった」
峻計が空をにらむ。
「私はこうも思い浮かべたよね。あいつを殺したら、貴様をいずれ殺すとな」
貪は気にもしない。地上すべてを蔑むように笑う。
「貪……。竹林は救ってくれ」
楊偉天はなおも生きていた。
「鏡の破片よ、あの子が人であった名前を教えてやれ。刻んだもうひとつの名も」
――黄品雨。そして楊聡民
鏡が答える。務めを果たしかのように、小雨に輝く神殺の破片が消えていく。
次回「月神の剣」
姿をさらした貪が結界に体当たりする。陽炎が揺らめくだけだ。……全員が閉ざされた。だけど俺達にはドロシーがいる。夏奈もいる。この二人は破壊実績がある。
「ドロシーちゃん、お帰り。僕も戦うの?」
風軍の巨大な翼が畳まれる。
「まだ」とドロシーは首を横に振る。
「俺様を封ずるつもりか」
貪がやけくそのように黒い炎を地に吐く。風軍ははじき返す。横根の結界は大鷹さえも包みこんだ。
「松本、でっかい狩りだぜ」川田が飛び乗る。
「一人じゃだめだよ」と横根が続く。
「勝てると思え。だが無理をするな」
思玲を乗せた雅も背に乗る。
「哲人さん、行こう」
ドロシーが俺の手を引く。その手から逃れる。
みんなを乗せた風軍が飛び立つ。
「夏奈!」俺は龍を呼ぶ。「一緒に戦おう」
結界に守られない俺へと、貪は炎を吐く。青龍が地に這い盾となる。
「熱すぎだし」夏奈が毒づく。「早く乗って」
夏奈が俺を頭へと投げる。しがみつく。深夜の極みが近づいて、虚弱な妖怪の残りかすさえ蘇る。龍を包みこむ。
心と心がつながる。
*****
「松本君だ……」
久しぶりに見る夏奈の笑みはさみしげだった。
「今までのこと、みんな伝わったよ。……たくみ君を許してあげてね」
俺はうなずけないまま、強い光に意識を外へと戻される――。
*****
「灯せ」
風軍の上で、再びドロシーが七葉扇を振るった。 巨大な光が闇の龍へと向かう。
「この光はなんなんだ!」
目をやられた貪が中空でのたうつ。神殺の結界を尾で叩き炎をまき散らす。風軍はとても近寄れない。
「滅ぼせ」
七葉扇からの光が横根の結界を貫く。墨色と萌黄色の混ざった残酷な光。貪が苦悶する。
「姉ちゃん、強くなったな」
川田は巨大な龍に飛びかかろうとして結界にはじかれる。羽毛の上を転がる。
「瑞希、こいつを消せ。戦わせろ」
横根は従わない。風軍が旋回する。すれ違いざま、思玲が俺をにらむ。こっちへ来いと言いたげだ。
またあふれだした光に、貪が背を向ける。
「この光、私にも邪魔なんだけど」
夏奈である龍がグチグチ言う。
「松本君の彼女だから仕方ないけどね」
ここで言うのかよ。俺の心のどのあたりまで夏奈に伝わった?
「本気で戦えよ」
本心から言う。なのに夏奈は貪に近づかない。俺は長距離から独鈷杵を投げる。巨体だから当たるけど、貪の鱗が硬いことを知れただけだ。
「あの龍こそ本気ださねーし」
夏奈が不吉なことを言う。「……逃げるべきかも」
青龍の感だ。
「松本君、下!」
「松本、あいつだ!」
白猫と手負いの獣も叫ぶ。
「お前は青龍に乗る。分かっていた」
薄目を開けた貪が俺を笑う。
「人の姿をした鴉もな」
俺もようやく気づく。あいつは貪から逃げたわけじゃない。機会を待っていた。
回復した土壁を侍らして、はるか下に峻計がいた。
あいつが両手の黒羽扇を上空にかかげる。……この図体だから夏奈は大丈夫。みんなは結界に守られている。俺以外は。
体を貫く轟音と衝撃。
雷術を受けて、夏奈の鱗から手が滑る。風軍を包む結界が復活するのを、落ちながら見る。夏奈が俺を受けとめようとして、貪に邪魔されるのも見えた。
俺は地面に激突する。いまは妖怪だから、これぐらいでは意識は飛ばない。でも電撃で体がしびれて動かない。ドロシーのパパの服も黒焦げだ。
新月の夜の極み近くだ。はやく回復しろ……。俺が空で手放した剣が、なおも横たわる藤川匠の前のぬかるみに刺さるのが見えた。
目のつぶれた藤川に意識が戻る。破邪の剣へと手を伸ばす。刃を握る手から血がしたたる。
「貪よ、邪魔はしない。だが、この二人だけは私に始末させろ」
相変わらず峻計は声だけだ。ドロシーがいたら丸見えになる。
「おほ、松本哲人がでかくなってやがる」
稜線下から現れた土壁が俺へと寄ってくる。その隻腕に人の手をした槍が現れる。
「ふざけんな!」
空から女の子が降ってきた。金色に輝く護符を、土壁はスエイして避ける。
「ふぎっ」
思玲は軽く蹴りを入れられて、俺の横まで転がる。
「チビ、のろいくせに声までだすな」
土壁が笑う。
「もっと落ちてくるかな」
空へと笑う。
その空い、峻計が再びの雷をまき散らす。夏奈はもがいている。風軍は陽炎の中を旋回する。ドロシーが闇雲に光を放つ。
貪が地面を見る。
「峻計。俺様もしびれているのだがな」
貪の声は空鳴りだ。
「充分に邪魔だぜ。見せしめだ。お前の大事なものを心に浮かべろ」
土壁が峻計へと振りかえる。
「峻計さん、堪忍してくれよ。俺達二人で楽しくやろうじゃないか」
「案ずるな。お前は浮かばなかった」
峻計が空をにらむ。
「私はこうも思い浮かべたよね。あいつを殺したら、貴様をいずれ殺すとな」
貪は気にもしない。地上すべてを蔑むように笑う。
「貪……。竹林は救ってくれ」
楊偉天はなおも生きていた。
「鏡の破片よ、あの子が人であった名前を教えてやれ。刻んだもうひとつの名も」
――黄品雨。そして
鏡が答える。務めを果たしかのように、小雨に輝く神殺の破片が消えていく。
次回「月神の剣」