八の二 悪の一味

文字数 2,187文字

 神社は記憶よりも小さかった。シンプルな木造で記憶同様に古びていた。
 記憶にない石鳥居に『天宮社』と記されている。お天狗さんでなくお天宮(てんぐう)さんだったんだ。子どもだった俺に区別がつくはずないよな。
 クワガタの木はなくなっていた。朽ちはじめていたものな。木のあったあたりに手をあわせる。

「様子を見てきてね」と言って、ドロシーはすこし下の曲がり角に隠れている。俺を仲間だと決めつけている。
 オケラが静かに鳴く。ようやく夜が近づく。……俺はなんで喜々とする? それよりも、あの雷型の護符はどこだ?
 賽銭箱の上からから覗いても見あたらない。カラス以下の俺は武器が欲しいのに。

「ふん。お札ならあそこだろ?」

 不機嫌な地声に振り向くと、白人女性がドロシーの腕をひねりあげていた。浮かんだ足を必死にばたつかせている。

「カカッ、たしかに小さい祠があったし」
 びくりとするより素早く、カラスが俺の頭に舞い降りる。
「その直登階段を登ったところ。あれってご本尊じゃね(ご神体だ)? 哲人でもふわふわ飛べば余裕じゃん」

 俺はドーンを乗せたまま、本堂脇から伸びる小道を見る。急傾斜の踏み跡みたいな道に、申し訳に木をはめただけの山道だ。そんなことより、

「フサフサ、やめろ! おろせ!」
 怒鳴るに決まっている。

「おろさねーし。麓にタカが飛んでいたぜ」
 ドーンが羽根をひろげずに、俺の肩にひょんと降りる。俺の目を覗きこんで、
「タカの異形だ。大カラスと戦っている」
 ひそりと言う。

「いいからドロシーをおろせ!」
 俺はなおも叫ぶ。なのに、

「私が持ってきてやるよ」

 野良猫だった女が俺の横をすり抜ける。引きずられたドロシーと目があう。苦痛でゆがませた顔をさらにゆがませる。とっさにかける言葉が見つからない。

ゾクリ

 異形の気配が近づいた。フサフサが立ちどまる。ドロシーはさらに怯える。

「松本!」
 うす暗い林道を麓から駆けてくるのは、子犬ではない。その犬は尻尾を振りながら俺へと飛びこむ。
「また印をつけられたな。なめればいいのだよな。うまくはないけど消えるのだよな」

 凛とした片目の若い柴犬だ。……また気配がした。吸い寄せられる気配。
 暗い林道を、女の子がワンピースをまくしあげてよろよろに登ってきた。下にはいた黒いレギンスが、妖怪だから闇でも見える――。木霊さえも少女をめでている。

「ぜ、全員無事か?」
 思玲が膝に手をあてながら聞く。
「ド、ドロシーか? ほかは誰がいる?」

「この女だけっぽい」ドーンが答える。「フサフサが捕まえた。このおばちゃんは圧倒的にやばいぜ。英語は喋れないけどな。カカカ」

「ならばリクトを捕らえろ!」思玲が叫ぶ。「夜になるぞ!」

 なごりのように境内へ差しこんだ西日を受けて、フサフサの目が光る。次の瞬間には俺の真横に駆け寄り、黒い柴犬をつまみあげる。首を絞めあげる。

「反抗期の面だ。仕方ないね」
 フサフサが俺へと笑いかける。もうひとつの手でドロシーの両手をぶらさげたままで。

 思玲が息を整えながら立ちあがる。
「リクトは森にひそむ異形を喰ったようだ」
 顔を上げる。
「さらに人から遠ざかってしまった。すまぬ」
 その顔に強い意思が戻る。

クーン……

 リクトの声が弱まる。四肢がだらりとさがり、フサフサが地面に落とす。

「さすがだな。よく分かっている。目覚めかけたら蹴りをいれろ」
 思玲が口もとをゆがませる。

 フサフサは鼻を鳴らして了承する。その手もとに吊るされたドロシーを、思玲が見る。少女は一度だけ息を深く吸う。深めにかぶった帽子のつばをあげる。

「闇をおそれ光を灯すとはな」
 思玲がドロシーを笑う。その手もとで指揮棒が、提灯みたいに光を揺らしていた。
「あいかわらず扇を使いこなせぬか。教場を破壊したのだから上層部も持たせたくはないよな。だが戦いの場で道具を落とすとは、しょせんは温室育ちのお嬢様だ」

「王思玲……」
 苦悶の顔のままでドロシーが少女を見つめる。
「本当に子供だ。……それを返して」

「左様。かしこい貴様ならお分かりだろうが、より術をたかめるためにな」
 思玲が歩み寄り、ぶら下げられたドロシーを光で照らす。
「もはやケビンといえども私にはかなわぬ。香港に逃げかえり、上の者に泣きをいれるがいい。そして私達に関わるなと伝えろ」

 なにを言ってやがる。その場しのぎのはったり野郎め。女の子が白人を見上げる。

「フサフサ、スマホをさぐりだせ。こいつには申しわけないが服を切り裂いてくれ」

「リ、リュックにある」ドロシーがあわてて言う。「身にまとった魔道具は真珠だけ」

「中か? 外か?」
「外ポケット。リュックも裂く必要な――」

 フサフサが持つ手を変えて、ドロシーがうめく。

「……魔物使いめ。妖術士め。あなたがこんな人間だったなんて」

「ふん。人間同士でほざいていな」
 人の姿をした野良猫が鼻をほじりながら言う。
「そうそう、ハラペコを逃した腹いせに、この子のサンポを持ってきてやったよ。……あの番犬は私を見て怯えやがった。つまらなくなっちまったね」
 その肩に鎖をかけていた。
「クビワがでかくて心配だったけど、この子も大きくなったからなんとかなりそうだ」

 俺に笑いかけて、首輪がついた鎖をびゅんびゅんと振りまわす。強奪されたであろう飼い犬を憐れんでいられない。鎖が脇腹にあたり、ドロシーがまたうめく。




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