二十三の一 バトンタッチ

文字数 2,232文字

――こんなところで、なんで寝ているんだ?
――しかも一人だけだぜ。ひでえ奴だ

 喋り声に、俺はがばりと目を覚ます。
 スマホと鍵を握りしめていた。ここはどこだ? ……朝方の空気の向こうに、見知った景色が広がっている。ここはお天狗さんだ。

――おっ。ようやく間抜け面が起きたぞ
――こいつだけ人に戻りやがったな

 声の主を探す。俺以外に誰もいない。誰かのリュックサックが転がっている。

――ははは。寝ぼけていやがる。きょろきょろしやがって

 声は上からだ。見あげると空が青い。ペンギンと子どもが浮かんでいた。


「な、な、なんだよ」

 俺はのけぞり、すぐ後ろが石段だったことに気づく……。俺はここを這いのぼってきた。

「琥珀。こいつ俺達が見えてやがるぜ」

 ペンギンが冬衣装の子どもに言う。……空飛ぶペンギンに知り合いはないが、琥珀という名前は覚えている。パーカーのフードを深めにかぶった子どもが降りてきて、俺を覗きこむ。

「哲人。僕と九郎を感じられるのか?」

 九郎という名前もどこかで……。これは夢なんかじゃない。

「おい、あのお方はどこだ?」
 ペンギンも降りてくる。ずんぐりした体形で尻尾だけが長い。
「いつまでも抜けた顔をしているな。思玲様はいずこだ?」

 思玲……、スーリン、王思玲。目のきついかわいい女の子を思いだす。目のきつい美人な女性も思いだす。ぼんやりとじわじわと俺はすべてを思いだしていく。

「……龍は?」無意識に尋ねる。

「俺の目だから見えたけどな」ペンギンが言う。「西伊豆沖の深い海に飛びこんだぜ。思玲様に力が戻られて、恐れて逃げたじゃねえよな」

 俺は首を横に振る。彼女はまだこれからだ。

「琥珀……。俺はドロシーに会った」
 浮かぶ小鬼へという。
「夏奈にも会った。使い魔にも、楊偉天にも会った。今日は何月何日の何時だ?」

「……寝ぼけているではないよな」
 琥珀がポケットから真新しいスマホを取りだす。「時間は七時五十二分。日付は……」

 よかった。俺は数時間寝ただけだ。しかも記憶は残っている。しかも、こいつらが見える……。
 あの夜のように、また俺は人間くずれになってしまった。人の姿をしながら、人の目に見えぬ存在。

「哲人! 思玲様はどこだって聞いてるだろ? 俺ら南極大燕は気が短いんだよ」
 ペンギンがじれた声をだす。このペンギンが川田の部屋に出没した、大ツバメのチューラン。
「任務を完遂したのを早々に伝えないと、またぼろくそに言われちまう。……あの方が見つけられねえ。また結界にこもっていやが――、こもられておられるのか?」

 昨夜の出来事も詳細に思いだす。思いだしたくないことも。俺は立ちあがる。

「分からない」
 馴染みみたいに話す二体に、俺もそっけなく答える。「露泥無はどこ?」

 黒猫も女の子もいない。ヨタカもナマズも。

「もしかして貉のことか?」琥珀が言う。「あの夜に東京の公園にいた奴がオタっぽい女に化けて、哲人のポケットをあさっていた。またもや捕まえて、ドロシーのリュックに突っこんでやった。逃れようもないまま魔道士のトラップを受けているから、そろそろ溶けたかもな」

「さすがは新月封じの小鬼だな。チチチ」

 大ツバメの笑い声を聞きながら、俺はポケットを探る。天珠が押しこまれていた。これは俺が――。露泥無は俺へとまた渡してくれた。急いでリュックを開ける。

「ひどい奴ばかりだ」
 うごめく闇が這いでてきた。
「完全なる闇になれなかったら、とっくに消滅していた。究極形態は腰痛持ちなのに、箱を持ちあげてリュックサックにいれたというのに。善意の第三者を」

「喋りかたがうぜえんだよ」

 九郎が闇へとドロップキックをして、露泥無が「ぐえっ」と悲鳴をあげる。

「やめろ! 仲間だ」
 俺にとっては頼るべき仲間だ。
「露泥無。天珠で彼女達と連絡を取ってくれ」

「僕にはまだ無理……。琥珀、頼む」
「僕の名を呼ぶな。古くさい連絡手段だし」

 琥珀が生意気そうに俺から天珠を受けとる。……こいつにこそ感謝の意を告げないとならない。なのに、そんなシチュエーションでない。いずれまとめて礼を言おう。
 九郎がペンギンみたいな姿勢で着地する。首に長い尾羽根を巻きつける。

「もしもーし。……ス、思玲様。まさかあなた様がでられるとは思いもよらず」
 琥珀の目から大粒の涙があふれだす。
「ご無事でなにより。琥珀めは、ようやく戻ってまいりました。九郎も一緒でございます。……いえ、九郎はなにもしておりません。ドロシー様のご祖父が、独断でわたくしを開放してくださいました。……はい、梁大人は孫と連絡がとれなくなったゆえ。ドロシー様もご無事で? ……それはなにより」

 琥珀が鼻水をたらしながら、九郎へサムズアップする。どうやら、みんな無事のようだ。太陽が鎮守の林に差しこむ。……仲間はまだいる。

「ケビンは峻計にやられて沢に落ちた。川田があとを追った。それを伝えてくれ」

 あの人こそ無事だろうか。琥珀が舌を打ち、その旨を伝える。思玲の返答に神妙にうなずく。

「ずっと離れ離れだったんだな。連絡もしないで」
 琥珀が天珠の表面を手で覆いながら、俺をにらむ。
「哲人達の状況をうかがっておられる」

 俺は祠宮を囲む林を探る。どこかで野良猫が笑って見おろしていないかと。

「……四玉の箱を開けた。フサフサは猫に戻り去っていった。追えなかった。そう伝えて」

 嘘じゃない。みんなをだますわけじゃない。どこかで野鳥がきれいな声でさえずっている。




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