六十六の一 大和獣人

文字数 6,468文字

4.94-tune


 **大蔵司京**

 自分の死の予感。
 頭を触るけど、やはり耳がなくなっている。ニャンが語尾につかないニャン。いまのはわざと。
 私は人間に戻っていた。異形で首を落とされ死にかけた。折坂さんがめっちゃ怒っている。有給休暇とらせてもらえばよかった……。
 混乱するな。思玲とドロシーを見習え。生き延びるための最善を即座にこなせ。
 明日の朝になり人間に戻ったら、真っ先にしようと心に決めていたことを。

「人になれ!」

 なんとかの杖を手にだすなり、折坂さんに向ける。これは理屈が違うから避けられない。
 ……はずなのに。そのままの姿で跳躍した。空高く。明るい夜だな。

「危ない!」
 ドロシーに飛びつかれ、押し倒される。「集中してよ。人の話も聞いてよ。私は試すなと言った。先手をとられちゃったよ」

 仰向けで見るすぐ上を、涼しい風が一陣通り過ぎた。折坂さんの日本刀による飛ぶ斬撃だ。しかもカーブしてきた。こりゃ一発で分断される。
 いきなりの死の匂い。何度でも死の香り。私はなんで最前線にいる。

「噠!」のしかかったままのドロシーが、手のひらを空に向ける。「くそ、刀ではじかれた」

 折坂さんが落ちてきた。プロペラみたいに刀を回している。顔中が剛毛。狂相――。

「きゃあ」
「くえっ」

 二人して吹っ飛ばされる。だけど痛くない。

「私から離れないで。そしたら死ぬ」
 ドロシーに抱き起こされる。
「満月の大和獣人に陰辜諸の杖は効かなかった。おそらく川田さんにも。だから早く私を異形にして」
「え? ああ。うん。化け物になれ」

 弱者は戦いで信念を捨てろ。私はドロシーへ杖を向ける。なにも起きない。またまた死の予感。

「……いまの私は火伏せの護符に守られているからか。だけど捨てたらすぐに襲われきゃあ!」

 ドロシーもろとも背後から吹っ飛ばされる。だけど痛くない。これが護符パワーか。

(とん)……。私が狙われた。火伏せが守りきれなきゃああ!」

 一緒にぶっ倒れていたドロシーだけがまた弾き飛ぶ。
 ようやく折坂さんの姿が見えた。四つん這いでドロシーに飛びつく。両手に伸びた爪で切り裂きだす。
 とてつもなく俊敏。火伏せを凌駕する力。明確な殺意。勝てるはずない。

「噠!」
「くわっ」

 だけど折坂さんが吹っ飛ぶ。

「くそう。使わずに説き伏せるつもりだったのに」

 ボロボロのチャイナドレスのドロシーが立ち上がる。破けた胸もとには海神の珊瑚。透けた瑞希みたいに輝かせない。その手には光り輝く私の九十九……。台輔に投げて消滅したよな。なんでお前のもとに現れる? 手から消しているし。

「壊れそうだからもう使わない。やっぱり京さんは私を異形にして。だからこの護符はいらない。だからハーベストムーンは哲人さんに渡して!」

 念動力なんて激レアな術で、木札を夜空に飛ばす。銃弾より早そうだけど、天馬がいななきで答える。キャッチしたのだろう。
 杖は習慣ですぐ手に隠してしまった。O型だろうと几帳面すぎる私。とりあえずドロシーのもとへ駆ける。
 木霊は固唾をのんでいる。折坂さんが立ちあがる。

「照らせ!」
「ぐわっ」

 紅色の光を受けて、折坂さんが吹っ飛ぶ。でかいし、たぶん光速だし、これは避けられないよな。だって、ひかりもこだまも速い。それに勝るはのぞみ。人の望み。

『かっとんだ術より、おっかない呪文より、強いものがあるんだよ……手酌してねえで上司に注げ』

 執務室長に珍しく居酒屋でおごってもらったとき聞かされたこと。その意味が今夜わかりそう。

「照らせ、照らせ。……ふう」

 ドロシーは疲れを隠せない。そりゃあんなのを乱発したら。

「でもダメージ与えているのかよ」
「たぶんゼロ。だけど先手をとらせない。だから早く陰辜諸の杖をだしてよ。照らせ!」

 ドロシーが円状の扇を突きだす。また紅い光。
 私は右手人差し指に意識集中……。スマホが現れた。これじゃない。なんとかの杖はどの指だっけ? 花火が真横で発射されているみたいで集中できない。

「照らせ! 照らせ! 照らせ!」
 すさまじい光の競演。
「照らせ! 照らせ! 照らせ! 照らせ! はやく杖で私を……来る!」

 日本刀が飛んできた!

「人封」
 私は神楽鈴を鳴らす。しめ縄に包まれる。
「空封そして地封」

 丸に十字のしめ縄が私を中心に広がりだす。

「あいやー!」

 ドロシーを巻き込んでしまった! しかも無防備の背中からふっ飛ばして……。

グサッ

 結界に折坂さんの刀が刺さった。突き抜けた。

「ちっ」たやすくかわして「解封!」

 消せた消せた。さすがは北千住の若き女帝だった人。
 ドロシーの体のあらゆるところをさすりまくって回復させないとならない。
 なのに目の前に折坂さん。殺意まみれの目。

「死ぬほど照らせ!」

「ぐわっ」
「ひええ」

 ……目が紅色に焼けた。まぶたを閉じても紅色。私は眼球を手のひらでこすって回復。折坂さんはいなくなっていた。いまのうちだ。

「ドロシーごめん!」

 半身だけ起こしている彼女のもとへ向かう。しめ縄の直撃だった。たっぷりとじっくりと彼女の体を触りまくらないといけない――

「あちちち」
 彼女の背に触れた右手が溶けだした。

「まだ発動しているから触らないで。痛いだけ。私はほぼ無傷」
 ドロシーは立ちあがる。
「だけどなんで戻ってくるの? 私を守るの?」

 ドロシーはチャイナドレスが破れて露出したブラの真ん中を握っていた。私は左手で自分の右手をさする。
 ドロシーは営舎へとかまえる。……建物の壁が壊れている。大きな穴。その前には気絶したままの人。

「ここでの戦闘はこれ以上まずい。犠牲が――あちちち」
 ドロシーの肩をつかむなり、手が燃えだす。
 ……戻ってきた護符が怒りまくっている。まるで私が彼女にやましい心を持っているみたいじゃないかよ。もう私は保険じゃないのかよ。

「グオアアアア!」

 雄叫びをあげながら、穴から折坂さんが飛びでてきた。手には日本刀。……これが生死をかけた戦いって奴か。とりあえずただれた手をさする。
 なんとかの杖でドロシーに人をやめてもらうしかない。そのために右人差し指へ意識を集中。またスマホがでてきてしまった。



 **峻計**

「どこへ消えていた?」
 峻計は現れた榊冬華に聞く。こいつは乗り物になってくれない。

「冥界で鋭気を養ってきた。台湾の老師にも会った」
「楊偉天の魂に?」
「いいえ。魄と」
「……食ったのか」
「無理だった。ありふれた死んだ魂より知恵があった」
「お前よりもだろうな」
「へへ。老祖師は松本とともに戻ってくるかもしれない」

 峻計は振り向いてしまう。

「冗談だよ。松本哲人は人の姿の異形になった。固そうなだけ。今どきで言えば星三個ぐらいかな。デニーとイウンヒョクが一緒にいた」
「梓群は?」
「また異形になった。……星は十個ぐらい。護符が身も心も守っている。人に戻らないと誰も勝てない」
「サタンだろうと倒せるものはいる」

 それが私であるはずない。でも過去を知っている。ゼ・カン・ユとフロレ・エスタスを。
 峻計は再び駆けだす。背後を冬華が浮かんで追ってくる。まだ月明り差しこまないのに空が林を照らす。今夜は月が強すぎる。

サワサワ
サワサワ

 立ち止まれば木霊に襲われる。歩くだけなら狼に追いつかれる。対抗できる武器はない。

「私を運べ」
「逃げるの?」
「思玲の背後に決まっているだろ」
「狼も蛇もいる。……だったら同じことをやり返そうよ。あの杖を奪いかえす」
「それこそ無理だ。有能な奴が持っている」

 だけど別のものに渡せば機会があるかもな。松本哲人は扱えない。思玲は受けとらない。ならば夏梓群……。あの娘が持てば可能性がある。だが失敗すなわち死。……いや。そもそもあの杖は、私が心より願えば……。

「では別のを盗む。そっちのがたやすいかも。陰辜諸の杖と呼ばれている」

 峻計は立ちどまってしまう。振り向いてしまう。
「その杖ならば知っている。人を異形に変える魔道具だ。私ならばきっと扱える」
 邪悪な笑みを浮かべる。

 夢魔であった私は、望みにつけこんで犬を人に変えられた。私ならばその杖で思玲を異形に変えてみせよう。そして藤川匠を殺し四玉の箱を奪う。あの子の魂を解放してやり、私が儀式をとりしきる。
 そのために邪魔な奴を……。

ザワザワ
ザワザワ

 忌々しい木霊め。峻計はまた駆けだす。

「空に浮かべないものには辛い森だね」
「それは奴らもだ。……陰辜諸の杖があれば逆転できる。私は王思玲を生贄にするだけでいい。それさえ叶えば、お前の望むことに協力しよう」
「梓群と黄品雨を我が身に入れられたら、人へ戻してもらおうかな。そしてまた名乗る」

 竹林は渡さない。あの子の魂を藤川から奪いかえした直後に、お前は私に殺される。

「たやすい」
「でしょ。そのために邪魔なのは二人。私は松本哲人を狙う。峻計さんは穴熊に反撃。何より杖を奪ってくる」

 思玲から離れられない。藤川匠に先を越されたくない。逃げたくてもここから立ち去れない。竹林を思いだすのをやめられない。そんな呪われた螺旋階段から抜けだせる。

「だが杖を奪えるのか?」

「私は魄だよ。誰にも捉えられない。では行ってくるね」
 おさなごの姿の忌むべき存在が消える。



 **王思玲**

「戻りました。峻計は姿を隠していますが、雅さんが単独ならば一分で奇襲できます。私が先導します」

 忍が告げる。やはり峻計も駐屯地を目ざしていたか。もしくは私を追っていたのか。
 犬が自分の尾をくわえようとするのに似た展開。木霊がひと息つかせてくれないからだ。

「そして遅れて合流した思玲がとどめをさす。僕は目立たぬように夜鷹となろう」
 肩にいた黒猫が気色悪い鳥になって羽ばたく。

 つまり私は一人で、木霊のただ中をこいつらを追いかけるのか。却下に決まっている。

「興味深い話も聞けました。魄は陰辜諸の杖を奪おうとしています。所有しているのは知恵なく心弱き大蔵司。たやすく取られるでしょう」

 忍は大蔵司を毛嫌いしている。理由はわかるし、嫌う者のが多いだろう。だが私は彼女を好きだ。そっちの理由は、才能の塊なのに私を頼ってくれるから。その点はドロシーよりかわいげがある。ドロシーよりは怖くないし。

ザワザワザワザワザワ
ザワザワザワザワザワ

「森中の木霊が思玲を追っていないか?」
 安全地帯である空からハラペコが言う。「わあ!」

「枯れ葉が貼りついたぐらいで大声だすな」
 思玲自身も頬から葉をはがす。
「私は京を信じる。なので杖の心配をせぬ」

「別のものが管理すべきです。それに忌むべき榊冬華は哲人様を狙っています。いまこそ合流すべき」
「蛇は黙っていろ。ハラペコは目立つから隠れろ。その姿も素性が知れている。雅は私を乗せたままで峻計を背後から襲う。三十秒後にだ」

「御意。だが五十秒はかかりましょう」

 雅が密やかに駆けだす。狩りの始まりだ。夜鷹が肩で黒い闇と化す。



 **大蔵司京**

「噠! 噠! 噠! 噠! 噠!」

 至近からの紅色五連発を、折坂さんは無言ですべて避ける。これくらい私でも余裕。
 牙がドロシーの首を狙う。お天狗さんの力としのぎを削っている。

「どけ! どけ!」

 仰向けのドロシーが折坂さんを蹴るけど、そんなかわいいキックじゃ、ただの男もどかせないよ。意外なか弱さがかわいい。語彙力が欲しい……集中しろ。
 私は神楽鈴を向ける。折坂さんが即座に顔を向ける。

「大蔵司。邪魔するな」
「は、はい」
 手から神楽鈴を消してしまう。

 だけど左手薬指に意識を集中。なにも現れない。小指ならどうだ? なくしたと諦めていたリップが出てきた。なんとかの杖はどこだよ。

「照らせ!」
「ぐおっ」

 またドロシーが紅い光を放つ。ただの照明弾なのに折坂さんが吹っ飛ぶ。

「ぐおああ!」
「きゃっ」

 次の瞬間に押し倒される。松本のお札がなければ首をひきちぎられる。火伏せの護符は松本をよりも、はるかに必死にドロシーを守っている。
 そして私は真横で見ているだけ。自分の身体をさすって傷を治すだけ。だって怖い。下手なことをすれば私が狙われる。また殺される。今度は人でだよ……。
 強化したしめ縄を切り裂いたあれがあるだろ。

「ドロシー手刀を使え!」
「そんなものはない! また口にしたら死ぬほど躾ける」
「……わかった」

 だったら好きにしろ……。人影が月に照らされていた。

「ウォーダシン!」

 私の心? 中国語なのに伝わる。
 その肉声はまさに魂の叫び。朱色の矢が飛んできて、折坂さんだった化け物に刺さりまくる。

「グワアアアア」

 獣の悲鳴を発した折坂さんが私達から遠のく。体中に刺さった矢を叩き落とし、立つ人をにらむ。

「扇を裂いた矢など効かぬか……。これで私は完全に手ぶらだ」
 デニーさんが立っていた。
「松本は何している? ドロシーを守ってくれ」

 デニーさんがうつ伏せに倒れる。朱色のサテンがふわりと包む。

 機会だろ!
 私はドロシーに飛びつく。その体をさすりまくる。ブラの上からだろうと私には分かる。まだ固くて重みが足りない。すなわち脂肪分が不足……。
 十八歳にしてなおも乳腺が成長ただ中とは。間違いなくDいやEを超える。ゆったり育てているのだから重力に負けぬ整った形になるだろうが、私の好みは瑞希ぐらいていうか体中傷だらけ……。

パシン

「変態め、私じゃない!」
 ドロシーに頬を叩かれた。「デニーさんを守って」

 折坂さん――折坂が四つん這いで彼へと駆けだした。……人殺しにさせてはいけない。絶対。
 ならばすくむな! でも怖いので背後から。

「臨影闘死皆陰烈在暗」
 立ちあがり唱える。最後ぐらい私のもとに来い!
「臨影闘死皆陰烈在暗!」
 右手が白銀に輝く。ドロシーに奪われまくった継承されしものが復活した。
 ただの苦無で何千回と練習している。
「臨影闘死皆陰烈在暗。烈!」

 もう一度だけ唱えて投げる。白銀の光が強まりながら一直線に飛ぶ。
 なのに獣人は感づく。背を向けたまま跳躍された。
 だけど苦無は追撃する。上へとカーブする。
 私すげえ。

「ぐっ」
 九十九が折坂の尻に刺さる。奴は前のめりに地面へ落ちる。

「PKの術だ。のろいから、かけられた」
 ドロシーは萌黄色の扇を円状に広げていた。
「だけど二人の力だ。……杖」

 忘れてた。右中指に意識を集中。なにも現れない。煙草はもうないんだ。帰りにコンビニ……左中指に意識を集中。ようやく現れた。
 即座になんとかの杖をドロシーへ――逆向きだ。自分に当てるところだった。あぶねあぶね。

「私じゃない。弱っているうちに折坂を人に変えろ。復活するからすぐに。すぐに!」
 なおも傷だらけのドロシーが地面から命じる。

「そうか」
 私は折坂さんへ杖を向ける。同時にそれは消える。

「へへへ、お姉ちゃんありがとうね。これは峻計さんに渡すから」
 小さい女の子の声がした。

 戸惑い。心臓が痛くなる。何度でも殺されていた。でも奪われただけ。戦場で私の命は杖より下か。
 悲しみより怒りより奪還しろ。

「返せ!」
 右手のひらに集中。私の手に神楽鈴が現れる。あたりを見渡す。なにも見つからない。

「照らせ! 見つけた。だけど倒せる術がない。逃げられる」

 どこ? 私には見つけられない。

「ちゅっ」
 寝ころんだドロシーが闇へと投げキスする。
「へへ。だからマーキングしてやった。もう姿を隠しても無駄だ」

 紅色のラインが消えることなく森へとつながっていく……。

「折坂め、私が相手だ!」

 恐れも疲れも知らないこの子は人じゃない。でも人だ。
 人のままのドロシーが立ちあがる。異形の折坂も立ちあがりやがる。尻に深々刺さった九十九が力尽き崩れて消える。私達へと振り向くけど、空をあおぎ咆哮をあげる。
 あっ、満月が東の山から顔をだした。瀕死の虎まで見上げやがった。

「ダメだよ。常に狙われている覚悟!」

 えっ?

 いくつもの爪に背中から貫かれる。折坂さん俊敏すぎ……頭を噛み砕かれた?
 あちこち急いでたっぷりさすらなきゃ。意識が途切れる。私、戦いの邪魔。




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