七十三の三 夏に乱れ咲け、さくら花

文字数 7,401文字

 憤怒の法具と破邪の剣を交差させた儀式……。藤川こそ滅茶苦茶だ。
 尺貫法にこだわれば、十尺ほどの螺旋が歩く速さで近づいてくる。……夏奈は俺のなかに逃げた。それだと俺ごと儀式の螺旋に飲みこまれる。
 逃げるに決まっている。背を向けると象サイズの暴雪がいた。

「ゆったりした光の渦だな。すなわち極めて強い。ともに浴びよう」

 追い払うの無理だよな。
 仕方ない。俺だけ光を受けとめて、スーパー座敷わらしにでもなろう。
 覚悟してまた振り返ると、ドロシーが盾になってくれていた。

「消せるか試す」
 手にしたままの陰辜諸の杖を春南剣と交差させない、どころか手から消す。首からマントみたいにかけた護布も消す。火伏せの護符を頭越しに俺へ投げる。
「やっぱり私も儀式を受ける」

 彼女にも龍の資質……向かい合う玄武の俺がいる。上の下の朱雀と亀が現れる。後ろ髪とリュックサックしか見えないけど、きっと彼女はほくそ笑んでいる。

「滅茶苦茶すぎる魔女め!」
 藤川が駆けだしながら、また月神の剣と独鈷杵を交差させる。

「くそ、邪魔するな」
 彼女は天宮の護符と七葉扇を現すなり交差させる。

 紅と萌黄のマーブル螺旋が、儀式の螺旋をかき消し、青き怒りの螺旋と衝突する……。俺の目前で、なんていう戦いだ。
 俺はすぐに振り向く。暴雪はもういない。

「すごい。ぴったり打ち消しあった。藤川め、もう一度儀式の光を当てろ」
『ドロシーちゃん……。ドロテアだってそんなことしてない』
「夏奈さんを守るため。それに私はドロテアではない。だから人でなくなっても平気だ。……そしたらまだまだ戦える」

 螺旋を放ったドロシーの息が荒い。立っているのがやっとかもしれない。一方の藤川だって傷を負っている。なのに軽やかな動き。すでに俺達から距離を開けて、次の一手を模索している……。

「藤川、情けないぞ。手加減されていることに気づけ」
「松本こそ情けない。女子に守られているだけに気づけ」

 ああ言えばこう言う……。その向こうで白虎が巨大化していくのを見えた。……いまの世にパラケラテリウムいわゆるインドリコテリウムがいたらこれくらいかな。

「散り散りになった光をかき集めたのか……。終わらないよ」
 ドロシーがしゃがみかける。

「ちっこいうちに喰ってやる」
 川田が史上最大陸生哺乳類サイズの暴雪へ四つん這いで駆けていく。しつけが足りない。

「何をだ? 凰が望むはずない!」
 置き去りにされた折坂さんが必死に叫ぶ。

「私の敵は貴様達だ!」

 藤川匠が駆けてくるのも見る。俺の前で膝に手を突くドロシーへと。
 藤川の手から独鈷杵も放たれる。そっちは曲線を描き俺へと。

「強い。逃げて」
 またドロシーが七葉扇と天宮の護符を交差させる。
「噠!」

 萌黄色と紅色の螺旋を、独鈷杵は突き抜ける。俺へ向かう。夏奈がいるのに。

「ドロテア、力が弱まりだしたぞ!」
 藤川は月神の剣を手にドロシーへ飛びかかる。

 俺の法具だろ。俺は独鈷杵を右手で受けとめる。手のひらを突き抜けた。

「うわあ」右胸に刺さりやがった。

「いや」ドロシーが藤川に押し倒された。

『どけ』

ぞわっ

 誰もが俺を見た。

「真の逆鱗……」藤川も俺のシャツを透かすほどに見ていた。「……フロレ……私に?」

『ああ。……哲人の傷は浅い。がんばれ! ドロシーちゃんを守れ!』

 おのれの激烈な怒りに耐えて、夏奈が俺を叱咤した。
 夏奈だって龍にならじと踏んばっている。俺だって踏んばってみせる!

「ふん!」
 俺を溶かそうとする法具を引き抜く。それは俺の手から消える。

「やあ!」
 藤川が手に戻ったばかりの法具を投げようとする。またも俺へと。

「死なない程度に照らせ!」
「ぐおっ」

 湧き出る紅色の光のドーム。藤川が上空に吹っ飛ばされる。数秒してアスファルトに背中から落ちる。

「はあ、ふう……。哲人さん以外の人間が私を組み敷くのだけは赦せない。暴雪もいない。たくらんでいる。だから、もう終わらせる」
 立ちあがったドロシーの手から扇が消え、春南剣が現れる。
「降参しない罰だ。知らないからね」

『ドロテアやめろって!』

 またまた俺からインコが飛びだした! またもや真っ正面で踏ん張るドロシーの背にタックルしやがる!

「噠、あいやー」

 ドロシーが人の声を発して、天宮の護符と春南剣を交差させながら地面にうつ伏す。

ボムッ

 紅色と紫色の螺旋がアスファルトに衝突。その反動でドロシーが吹っ飛ぶ……。人の作りしものに直撃した粉塵ときな臭さ。爆撃を受けたようなクレーター。それを照らす紅。

「フロレ・エス違った夏奈さんだろうと、三度目をしたら躾ける」
 またもドロシーのもとへ戻る護り。俺の手から火伏せの護符は消え、緋色のマントを羽織ったドロシーが空中で体勢を整えなおしていた。
 浮かんだままで春南剣を手から消し、藤川を見おろす。
「ドロテアでない私には、夏奈さんと組んでも勝てないのが分かったか。だから降伏しろ。お願いだから」

 おでこの汗をぬぐう彼女の上には黄金色の満月。空の頂点に達した。夏の陽ほどに忌むべき俺達を照らす。

「軽率だ」藤川匠がしゃがんだままで剣を天にかざす。

 閃光。続いて雷鳴。

「へ、三重の守りに効くか!」
 雷術を喰らっても平気な面のドロシーが手をカニ型にする。
「お仕置きだ――死ぬほど照らせ!」
 背後へと向ける。

 月をかき消すほどの紅。

「くっ」巨大化した白虎の顔を照らす。「目が……」

 白虎が姿を隠そうとする。

「逃がすか!」その尻尾に川田に飛びついた。「また喰わせろ!」

「やめろ! 食べるな! 戻ってこい!」
「松本は俺のボスじゃない。なので従わない」

 なんて奴だ。ならば躾けてもらわないと。満月の獣人さえ従えるドロシーに……。空に彼女はいなかった。

「へへ、さすがに疲れてきた」
 地面にしゃがみこんでいた。
「ちょっとだけ休みた――休ませてよ!」

 またまたまたまた俺へと独鈷杵が飛んできた。角度的にドロシーが術を向ければ俺まで被害甚大。しかも夏奈が俺の頭にとまっている。

「夏奈さん! 例の奴!」ドロシーが叫ぶ。

「お、おお。消えやがれぇ、チチチチチ!!!!!!!」

 コザクラインコの甲高い鳴き声。違う。龍の咆哮。違う……例の奴。俺は初見だけど、インコのくちばしから波動が放たれた!

 飲みこまれた独鈷杵が消滅する。明王様から授かった法具がインコに負けた。

「ドロシーちゃん!」
 夏奈は座りこむ彼女のもとへ飛ぶ。

「フロレ・エスタスのブレスは滅びの波動」
 藤川匠は立ち上がっていた。
「その振動にあらゆるものが瓦解して消える。どの世界に属するものも逃げられない」
 その手には月神の――なんちゅう踏み込みだ。俺の目前で剣を構えられる。
「松本の目にある光を返してもらう」

 刹那に思う。藤川匠に立ち向かえる武器は俺にない。拳以外には。でも火伏せの護符はドロシー。
 だとしても!

「俺の心!」

 破邪の剣を拳で受けとめ……られるはず……受けとめた!

「驚くな。異形だけを裂こうとしたからだ」
 藤川が剣を引く。右上にかまえる。
「半端に避けたら人としても死ぬ」
 袈裟斬りにおろしてくる。

「私を斬れ!」
 せわしすぎる。コザクラインコが俺達の間に飛びこんできた。
「フロレ・エスタスだけ」

 藤川の剣が寸前でとまる。

「夏奈はそういう奴だよな」笑みをかすかに浮かべる。

「たくみ君……きゃっ」

「目論見どおりだよ」
 藤川が夏奈であるインコを片手でつかむ。月神の剣をかかげる。
「……白虎がさらに強まろうと、私とフロレ・エスタスなら倒せる」

「言付けのため命を赦されました。お聞きください。
ケケケ、人の姿の飛び蛇よ、強き人どもに伝えてやれ。妹が澱んだ空気をたっぷり浴びた。おかげで姉である私もようやく石を割れた。……憎き妹を食い殺すのは私だ。その邪魔をするな。そしたら弱き人を千人喰らうだけで、また石のなかで眠ってやる」

 そんなの聞いていられない。独鈷杵に刺された胸がまだ痛い。かまっていられない。

「藤川!」
 異形の俺が殴りかかる。
「ぐえ」

 蹴りかえされて地面に尻から転がる。

「夏奈、耐えろ!」
 俺は藤川匠の掌中にいる青い小鳥へと叫ぶ。

「あたいの堪忍袋は破れた。……誰であろうとすべてを救う。そんな夏梓群の懸命な想いから、ゼ・カン・ユ様はあえて目を逸らしている」
 夏奈が感情を殺した声で告げる。藤川の手のひらで青い光で見えなくなる。
「そんな奴は我が主でない」

「そ、その言い方は良くない」

 俺は反論してしまう。藤川だって必死だ。夏奈こそ目を逸らすな。ドロテアだけを見るな。
 夏奈から返事はない。眩しいほどのコバルトブルーに包まれていく……。

「ドロシーやばい。立ってくれ!」
 結局彼女にすがるだけ……え?

「ごめんなさい。また引っかかっちゃった」
 ドロシーは思玲に抱き起こされていた。
「この姿を使うなんてずるいよ」

 剣で首を裂かれたドロシーが口から血を垂らす。頭が垂れる。

「たいした火伏せだ。首を落とせない」
 白虎である思玲が無様な俺へと笑う。

「藤川どけ」
 俺の手に独鈷杵が現れる。
「さもないとお前も倒す」

「暴雪め……」
 藤川の手から震える声がした。
「食い殺してやる」

「夏奈、違うだろ。蛮龍でない。気高きフロレ・エスタスに――」

 茶褐色の光に藤川匠が吹っ飛ぶ。そこから巨大な靄が空へと渦を描く。
 何が起きようが知ったことじゃない。

「暴雪、その姿はやめろ!」
 怒鳴りながら俺は駆ける。

 思玲が笑いながらドロシーを地面に落とす。その胸を踏みにじる。
 殺す。殺す。殺してやる。

「この姿ならどうだ?」
 その姿が壮信と化す。「兄ちゃん、俺を殴るの?」

 当然だ。暴雪を殴り殺す。そんなで済ますか。俺の手に戻ってきたこの法具で。

「消し去ってやる!」
「食い殺してやる!」

「ひっ」壮信が怯えた。俺へと。空へと。

 空全体を覆う褐色の異形が形づくられようとしている。

「う、麗しき雌龍よ、その姿は似合わぬ……。お、お前の相手は私でない」
 壮信がしゃがみドロシーの右手をあさる。
「龍同士で食いあえ」
 自称神獣の腐れ野郎が賢者の石をとりだす。それを天にかざす。

「ゲヒヒヒ、力は充分復活。怖い娘も人のままでしかも瀕死……」
 黒い渦が夜空へ向かう。

 知ったことじゃないけど。
 やっぱり俺は壮信の姿へ憤怒の法具を投げない。投げられるはずないけど蹴り飛ばす。

「虎に戻りやがれ!」

「ぐえ」怯えた腐れ神獣が尻から転がる。賢者の石が地面に落ちる。「……松本め」

 俺はドロシーを抱き起こす。彼女は首の深い傷口を手で押さえている。死んではない。でもドロシーが不死身であるはずない。異形の俺が彼女の赤い血で濡れていく。

 邪悪な黒い龍が空を覆う。月を隠す……貪のさらに上で。巨大な褐色の龍が夜空を埋めた。

「グヒグヒ……、満月が見えないな……俺様も終わりかよ」

 貪の黒より濃いダークな赤。以前と違うスタイル。羽根をはやした西洋の龍。知ったことじゃないけど、これこそが……。

「あんたが本来のフロレ・エスタス……ではないな。それでも美しい。本望だ」
 貪は震えていない。あきらめている。

「みすぼらしい同族め、目ざわりだ」
 その声は空鳴り。

「フロレ・エスタスやめてくれ!」
 藤川匠がいまさら叫ぶ。

 雷雲。地鳴り。なにもかも知ったことか。

 異形の俺はドロシーを抱き上げる。巨体と化していく白虎をにらむ。
「ドロシーに癒しをあたえろ。さもないと抹殺する」

 マジで殺す。絶対に殺す。死んでも殺す。彼女を生かさなければ殺す。

「わ、わ、私に命ずるな」
 巨大な虎が俺の手の法具を見る。
「真なる怒り……。倶利伽羅の龍を従えるお方。だ、だが虎は孤高を選ぶ!」

 ならば殺す。その血でその肝で生き返ってもらう。

「怒らないでよ。約束したでしょ」
 目も開けられないドロシーが心の声で伝える。
「悪しき以外を殺しちゃダメ。今夜は誰も倒さない」

 こいつは悪だろ……。君の基準だと違うの? ネジがずれすぎてるよ。
 君の声に、俺の怒りはしぼんでしまう。だとしても。
 この声を最後の声にするはずない。

「……なんと」白虎が感嘆した。「なんと愚かな」
 その眼差しから狂気は消えない。

 荒れ狂う夏奈にも届かない。

「あ、あああ……グギャアッ……」

 空では巨大な黒い龍が、巨大すぎる赤黒い龍に嚙まれていた。引きちぎられる。その胴を裂かれる。

ぐちゃっ

 ラグビーボールほどの黒い塊が地面に落ちた。それは脈動している。

「ドロテア、こいつの肝を食え」
 夏奈だった蛮龍の声が響きわたる。

 座りこむだけだった藤川が我に返る。
「……そしたらドロテアは無双になる。させるものか!」
 また俺へと駆けてくる。

「なにが来る?」森のような暴雪が北へ顔を向ける。「狐の姉か?」

「ドロテア急げ! 松本哲人急げ!」

 夏奈である龍だけが空で吠えている。貪は消滅していた。

どっくん、どっくん

 その肝がアスファルトでのたうっている。月影が照らす。

「藤川、案ずるな」
 俺は一気に年老いたような同学年の男へ声かける。
「そんなものをドロシーに食べさせるはずない」

 藤川匠は立ち止まる。

「ならばどうする? いま死なせたら、フロレ・エスタスこそ手をつけられなくなる。あの肝は彼女のものになる。とてつもなき龍が生まれる」
「藤川の責任だろ。お前が肝を消し去れ」
「貪の肝だ。龍の体なきままで復活する。誰かに喰われて消えるまで」

「だったら俺に喰わせろ!」

 珊瑚を首に垂らした川田が、森から駆けてきた。こいつだって滅茶苦茶だ。肝を食えばもはや人に戻れるはずなく、よりおぞましき異形になるだけ。

「食ったら俺が躾ける。姉御より厳しくな」
「食えば松本より強くなる。どうせ俺を殺せないだろ」

 この人の照らす光が失せていくだけで、すべてがもとに戻っていく。
 そんなものはいらない。ただただドロシー。俺が大好きな人の鼓動をすでに感じられない。だけどまだ魂は彼女の体にある。死ぬことからあがいている。
 また紺碧の光に照らされる。

「させるか!」

 生まれ変わった者が、おのれの信じる正義のために、手負いの獣人へと向かう。
 肝を口にしようとした川田が振り返る。

「邪魔する――へっ? ぐああ……」
 月神の剣で両手を切断される。

 ゼ・カン・ユだった男が川田だった異形の首へ剣を当てる。
 そりゃ間違いなく藤川が正しい。藤川匠こそ正義だ。だとしても。
 いまは俺の手に憤怒の法具がある。

「藤川。そいつは俺の親友だ」
 夏奈ごめん。だけど怒るよな、絶対に。

 俺は独鈷杵を投げようとして、転がる迷彩柄のリュックサックを見る。……抱きしめるドロシーの口もとを見る。
 怒りでなく、もっと尊いものを込めろよ。
 赤い血を垂らした彼女の唇に俺の唇を重ねる。すぐに離して、法具に息を吹きかける。奴の背へ投げる。
 俺の思ったところに飛ぶのだから、それは藤川匠の背に深く刺さる。

「くっ」

 鳳凰の力で薄まった俺の怒り。人の体である藤川匠が倒れる。
 憤怒の法具は砂のように消える。誰の手にも戻らない。

 照らす月が消えた。空が低い暗雲に包まれる。稲光。豪雨。地面が揺れる。

「白虎、ドロテアを癒せ! さもないと食う。食い殺す。何もかも食い殺す」

 俺は思う。天上で怒りまくっている龍はロレ・エスタスでない。桜井夏奈でもない。
 だとしても俺に力を貸せ。

「野蛮な龍に従わない。私は愚か者どもを置いてここを立ち去る。九尾狐に殺されろ」

 暴雪がかすんでいく。狐が来るなど口実だ。虎が俺から逃げようとしている。
 龍を従える者から。

「そしたら俺が怒る」俺は伝える。「貴様を倒すまで狙い続ける」

「あたいだって怒る。松本哲人とともに、怒りで灼き尽くす」
 逆鱗しまくりの空の龍も告げる。
「冥界に行こうが追いかける。そして四肢をもいでから肝を晒してやる。貴様の命乞いを聞きながら首を刈る。耳から順に食べていく」

「違うだろ!」
 折坂さんが叫んだ。
「人である私に届くのは怒りだけ……違うだろ、望め! あの方を死なせないと願ってくれ! ……白虎よ、いるのだろ。また子猫になって抱いてもらいたくないのか? お前こそ癒やされたくないのか? そのためにみんなを救ってくれ」

 折坂さんこそ癒やされたいのでは? 俺が口にするはずない。
 どうせ手負いの虎に言葉も心も通じない。ドロシーの想いさえも!

「ひっ、……私は強い姿から戻らない」

 巨大な虎が俺を見つめている。
 俺も見つめる。目を逸らさない。
 虎の赤い目が貪の肝に向かう。

「喰えよ。それでも勝てない」
 ドロシーが死んじゃう。時間がない。わかってくれ。
「狂った俺は天上の狂った龍さえ服従させる。地の底の龍さえ隷属させる。虎など目じゃない」

 暴雪の怯えが怒りに変わる。だけど雷鳴。大地が揺れる。虎が俺から目を背けて、か弱く告げる。

「松本など怖くない。だが……一度見逃してくれた夏梓群を生かしておこう。抱かれるためではない。私が抱く」

 白い毛皮が俺達を包む。川田も、折坂さんも、俺もドロシーも。

「ツンデレ白虎め……。お前が屈服させた」
 俺から傷を負った藤川まで包まれていた。
「松本は何者だ?」

 聞き飽きたセリフなんだよ。

「夏梓群のダーリンだ」
 陽だまりの温もりに眠くなる。俺も疲れていたんだな。

「やさしすぎるドロテア聞こえるよね! お姉ちゃんがみんなを守ってあげるから、弟ちゃんは、あたいが選んだ男に守ってもらえ! なので手を入れろ!」

「へへ、私はドロテアじゃないし、龍の弟でもない」
 ドロシーがうっすら目を開けた。
「だけど夏奈さんの言葉通りにする。だから鱗の色を変えて。お姉ちゃんに似合わない」

 ドロシーが父親のシャツに手を差し込む。心がつながる。互いに慈しみあう。

「もう大丈夫。でも疲れちゃった」ドロシーが間近でほほ笑む。
「ちょっとだけ休みなよ」俺は彼女をやさしく抱く。
(つい)。哲人さんもね」

 ドロシーが目をつむる。俺も目を閉じる。二人は俺のなかで抱き合って眠る。かすかな時間だけだろうと……。



 **桜井夏奈**

 ははは、みんな白虎の下で寝てやがるの。ゼ・カン・ユ様までも。
 空にはあたいだけ。ドロテアにお願いされたのだから、心やさしいフロレ・エスタスに戻ってやるさ。……あたいなんかをやさしいと言ってくれた子。
 では狐ちゃん、おっぱじめようか。




次回「フロレ・エスタス」
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