五十四の二 ビートの虜

文字数 6,824文字

**王思玲**

 向こうの部屋がひっそりしたから、思玲は布団から起きあがる。畳をすり足で進む。

「怖かったね」イウンヒョクの式神である子熊がついてこようとする。

「ああ。お前はまだドロシーを温めてやってくれ」
「うん」

 哲人の憤怒の気があふれようと、ドロシーも大蔵司も寝たままだ。ドロシーなど布団を頭からかぶりやがった。こいつらは強いけど抜けている。戦いで生き延びられるのは、やはり私かもな。
 ちょうどウンヒョクが戻ってきた。

「瑞希達の声がしたから顔をださなかった。何があったか教えてくれ」
「俺も又聞きだが母親を見つけたらしい」
「それで?」
「……驚かないんだ。デニーが横根ちゃん達の記憶を消した。無音ちゃんと麻卦は内宮に向かった。……桜井ちゃんが魄にさらわれたようだ。哲人と川田と折坂は、救うために冥界へ向かった」
「折坂が? ならば気兼ね不要か」
「思玲ちゃんはクールだね」

 寝たふりをして正解だった。私は忌むべき世界の住人だ。冥界などに行ったらどっぷり馴染んでしまう。それでもその場に居合わせていたら、ともに向かっただろう……。
 幼子の姿をした魄――魂がしがみついた魄がうごめきだすかも。和戸を守るものがなくなるが、どうせ月が上るまでの約束だ。じきに夕暮れだ。

「一羽飛んでいたので連れてきた」
 イウンヒョクが言う。その後ろから南極大燕がよちよちと歩いてきた。

「思玲様おひさしぶりです。飛び蛇から聞きましたけど、俺は根無し草が性に合わないので、よろしければ式神に戻っていいですよ」
 九郎が悪びれずに言う。

「好きにしろ」
 思玲は部屋へと戻る。こいつに和戸は守れない。できることは伝令だけ。
「まずはキム老人に謝ってこい。主が嘘つきでごめんなさいとな」

「どうせならここへ来るように説得しろよ。お前らの好物の蒸留酒を好きなだけ飲ませてやる」
 ウンヒョクの笑い声を背に聞く。

「ソジュは勘弁してくださいよ。そんでですね、かわいい蛇に頼まれたんで、さきに貉を探しますぜ。俺ら南極大燕は、受けた依頼を放置できない達なんすよ」
「だったら一時間で連れてこい」

 窓がない間接照明だけの部屋で、布団をかけぬまま転がる。私だって黒乱のもふもふを抱きたい。でもドロシーの心だけでも回復させてやらないとな。あの子はうなされすぎだ。
 下の階からビートが届きだした。



 **松本哲人**

「夏奈!」俺は叫ぶ。声を響かせてやる。

 返事は帰ってこないけど。

「うまそうな虎の匂いだ。そっちだ」
 川田の声が闇の溜まる真下へ向かう。

「下層か。厄介だな」
 折坂さんがつぶやく。
「戦わず桜井の奪還だけを考えろ。そして散ることなく上を目指せ」

「邪魔があるなら戦う」
 夏奈を食おうとする奴らに死を重ねさせる。

 隣にいるものの姿さえ見えない闇。照らす青色も紅色も存在しない。でも、はるか上からかすかに聞こえだした。

オオオオオオ、オオオオオ……

「麻卦め、早すぎる。いや無音様の力が強すぎる」
「……俺達を引き上げる音か?」
「川田は満月に知恵が高まるタイプか。このどよめきは私達でなく仲間を呼び寄せる魄の声だ。それに乗り、私達も人の世界へ帰還する」

 冥界に漂う魄……。ここにはあれらが無数にいるのか? 楊聡民と王俊宏は魂だったと思うけど。
 今朝は夏奈の力で帰還できた。今回は魄に乗って帰るのか。俺はマジで人でない。

「はぐれものの魄は、なおさら急いで桜井を食うぜ」
「命の危機が迫れば、桜井はこの場所で龍と化す。奴らだけでは逆に喰われるだけだ」

「とにかく急ごう」
 夏奈を食べさせないし、龍にもさせない。

「急いでいる。魄どもに乗り遅れると、私達はここに放置されるからな」

 俺達は闇をくだる。どれだけ過ぎたかもわからない。もしかして一万メートル潜ったかもしれないし、50センチだけかもしれない。
 低音の響きは上から追いかけてくる。

「あそこだろ」ふいに川田が言う。

「……龍の気配か? まだ私にはわからない」
 折坂さんが答える。「川田の勘に従う」

 俺には全然わからない。でも声ならばだせる。

「夏奈!!!!!」

 虚無とは闇で表現される。照らされないから虚無。
 ならばもう一度叫べ。俺の声は夏奈に届く。そしたら夏奈は反応してくれる。そういう奴だから。

「夏奈!!!!!」

 闇が終わらないならば、何度でも叫べ。

「夏奈! 夏奈! 夏奈! 夏奈! 夏奈! 夏奈! 夏奈!!!!!!!」
「松本君!!!!!」

 虚空を切り裂くコバルトブルー。
 夏奈のなかの龍と俺のなかのちっぽけな龍が調和して、冥界が青色に照らされる。
 でも、まだ夏奈は見えない。人影が五体浮かんでいるだけ。

「ここから先は行かせない」

 一人の老いた男。二人の男。一人の若い男。一人の女。

「まずはあの子が食事を済ます」
「あの子なら龍になる娘を倒せる」
「我々はおこぼれでいい」
「ここでなら私達に敵はいない」
「獣人も白虎も」

「だけど俺はお前達を倒せる」
 拳を握る。

 ビートが青ざめた闇を震わす。そのもとである声が聞こえだす。

臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗

「臨影闘死皆陰烈在暗……」
 折坂さんも口ずさみ「そうだ。冥界で魄に勝るのは魂。すなわち人の強き心だ」

 それは俺の心。俺達の生きた魂。俺と夏奈の鼓動。

臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗
臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗

「同胞よ、呼ぶな」年老いた男が言う。
「これは俺達を封じる声」壮年男が言う。
「従いたくない!」若い男が言う。

「だめだ。立ち去れ」
 生き続ける死者の王が命じる。「さもないと消す」

「お前は死の虜だろ!」
 女が襲ってきた。

 俺の手になにも現れない。だとしても軽く握った拳を真っすぐに伸ばす。

「ぎっ」女の鼻に直撃する。女の爪と歯は俺に届かない。

「俺は生きることに命を懸けている」

 目の前で、女が赤い人の形となり、輪郭が崩れ、黒い影となり消える。

臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗
臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗

「しゃあああ」男が襲ってきた。

「おりゃ」川田が噛みつきやがった。「……ぐ、ぐわああ」

 川田が口を放す。血を垂らし(ただ)れていくのがコバルトブルーに照らされる。

「王の魂すなわち強き人の魂。ここでなら頂戴できる」
 男が俺に顔を向ける。口を広げる。

「邪魔をするな」その口に拳を当てる。

「ひ、ひいい……」男も影となり漂い消える。

「川田は手をだすな。貴様の出番は誘導で終わった」
「言うのが遅い。口から溶けていく」
「ドロシーならば治癒できる。……美麗な鳥と化せるあの人だったら」

 川田が苦しんでいる。折坂さんは取り込まれ始めている。

「ガキ、来るな! キショいんだよ!」

 夏奈は怒っている。龍の生まれんとする(どよめ)きが下から漂う。

「私達の選択肢は三つ」
 年老いた男が言う。
「鼓動を受け入れて影となり社に添うか。下に向かい、あの方の力にすがり続けるか。ここで戦い、漂うさだめを終わらせてもらうか」

臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗
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 影添大社の魄達のビートは高まっていく。

「ぼ、僕は社に向かう。新しい宮司に従う。……臨影闘死皆陰烈在暗」
 若い男が赤い影となり上空に向かう。

「俺はあの人に従い続ける。肝をひと舐めだけでも譲ってもらう」
 壮年の男が底へと向かう。

 追いかけたいのに、老いた男が立ちはだかる。

「私は消え去ることを願う。戴冠を辞した者よ頼む」

 冥界だろうと俺はおのれの鼓動を感じる。俺は生き続けている。
 ふと感じる。ドロシーだったら。死者の女王だったらどうするだろう?

「わかった」
 俺は老いた男の肩を抱く。震えるほどの身体に温もりを授ける。

多謝(ドーチェ)

 老いた男が暗い霧となり消える。同時に。

「夏奈!」俺は獣人達から離れ、壮年の男を追いかける。

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 改まった影添大社が奏でる不吉な響きも追いかけてくる……!

「わあ」

 さすがにびっくり。無数の赤い影が天を目指す。凍える群れにもみくちゃにされる。

「時間がないから戦うな! 桜井を連れもどすだけだ」

 折坂さんが叫ぶ。……魄達は無音ちゃんのもとに向かっている。これに乗って帰るという意味か。

「哲人、はやく来いよ! こいつを追い払え!」

 コバルトブルーは煌々と照らしている。

「すぐそこにいる!」
 俺は群れと反対方向にくだる魄へ追いつく。
「消えろ」
 その背に飛び蹴りする。
 
「ひい……」
 壮年の男が霧散する。その向こうには。

「松本哲人。ここに何度も現れるとは」
 白シャツ姿の男が笑う。「もはや私のが人に近い」

「暴雪、邪魔するな」
 いつだか琥珀のレベル11で消えた男をにらむ。

「私はお前の力になれるぞ。すぐ下にいるのは魄に乗った魂。魔に身を売り力を得た女。醜悪すぎる存在だが、ここでは無敵だ」

 魂が残ったままの魄。俺は会っている。ともに生き返った。
 でもあの人は醜くない。見た目も、その中身も。滅茶苦茶なだけだ。

「倒す必要ない。連れて帰る」
「いいや。じきにあの娘は感極まって龍となる。そして私の妻にする」

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 また呪文が追いついてきた。

「夏奈は龍にならない。邪魔だ、どけ」
「ここで龍と化すときを、邪悪な存在が待ちかまえている。闇にひそめる虎である私とともに、そいつを倒せ」

 嫁にしようとするお前だって邪悪だろ。

「白虎の話も一理ある」
 折坂さんが追いつくなり言う。「魂ある魄こそ忌むべきもの。龍の肝を食われたら、そいつはサタンとして人の世に復活する」

 サタン……人と神の敵。その言葉を俺は聞いた。それだけは言うなと、ショートヘアでかわいすぎる白人の女の子は、心から拒絶した。
 ならば、そんな奴をこの世に現せない。

「川田は?」
「顔が溶けだし夷ほどに気色悪い存在になった。明日まで冥界に置き去りにしようと画策したのに、魄に乗せて帰還させた」
「……ありがとうございます」

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「麻卦は無音様の力を制御できていない。時間切れ直前だ。お前しか切り抜けられない」
 言葉と裏腹に折坂さんが冷静に告げる。
「いまのうちに教えておく。川田の血は赤い。だから可能性がある。私なら黒い血の人になるだけだ」

 それはどんな手段に頼って? 聞いたところで、折坂さんだって知らないだろう。

「あなたの声は安堵をもたらしてくれます。でもいまは、夏奈を取り返して帰るだけです」
 もちろん人のままで。

「その行為には邪魔をする」
 暴雪の身体が膨らむ。人の姿から白い虎に化す。

「ならば私が相手する」
 折坂さんの手に日本刀が現れる。「松本は急げ」

 折坂さんとにらみ合う白虎の隣をすり抜ける。

「すべては邪悪がよみがえる悪しき導きかもしれない」
 白虎がすれ違いざまに吐き捨てる。「お前が生き返ったのも。私がお前を狙うのも」

 そんなの知る必要ない。それにおそらく違う。俺にふさわしい七難八苦を与えられただけだ。

 *

 なおも照らすコバルトブルー。光の源で、夏奈は虚空に(はりつけ)みたいになっていた。その脇に、おかっぱの黒髪の女の子が浮かんでいる。四歳児ぐらい。昭和みたいな服装だ。

「哲人がようやく来た……」
 身動きできない夏奈が涙ぐむ。

「まだ気を抜くな」

 俺の声に夏奈はうなずき、「あの人は母親だった?」

「ああ。無音ちゃんを抱いてくれた」
 それだけ言って、邪悪と呼ばれた存在に顔を向ける。

「私が五体の魄を従えていた」
 女の子が大人の口調で語りだす。
「急速に目覚めた夏梓群は、私の存在に気づきそうだった。だからあの娘から逃げた。私を殺した憎き周文欣――お前らが老大大と呼ぶあいつに進言されたら終わりだからな」

「話は聞かない。夏奈を置いて消えろ」

 なのにこいつは話し続ける。

「お兄ちゃんのお友達を守ってあげてたんだよ。だから聞いてったら。誰も狙ってないので切りあげたけど。へへ。
……周は、術を極めた私さえも、その力を披露する時間さえ与えず倒した。いにしえの呪いの言葉。周文欣は生粋の暗殺者だった」

「興味ない。夏奈を解放しろ」

「もっと聞いてよ、えへへ……。周お婆ちゃんより怖いのが夏梓群。だけど松本がいると気づかれる心配なかったよ。恋は盲目って奴だね。
……松本哲人のおかげで、私は梁勲から離れられた。おかげで龍と巡りあえた。龍と契約を結べた。私は六十年前より強く復活する。そして夏梓群を取り戻す」

 取り戻す?

「話は終わったか? お前は邪悪らしいが、俺は小さい子の姿を殴れない。どこかに消えてくれ」

 こいつが立ち去るはずがない。すべて合点がいく。
 こいつがラスボス。本当の魔女を倒すことが、俺の七難八苦の締めくくり。そのために生き返った。……ならば藤川匠は? ゼ・カン・ユは?

「嘘だ。松本哲人はこの姿の私でもためらいなく殺す。私を復活させぬために闖入してきた」
 女の子が笑う。
「力足りぬ私だろうと、藤川匠のもとに向かいたい。そのために龍を復活させる」

 見当違いも甚だしかった。すべての邪悪が奴のもとに向かう……。こいつは究極の悪霊だ。ゼ・カン・ユだろうと受け入れるはずない。
 今はどうでもいい。ただただ、フロレ・エスタスだったかわいい人を救うだけ。だから拳を握る。

「松本哲人の憤怒。だが弱い」
 女の子がまた笑う。「私の怨念に勝るはずなのに」

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 影添大社から聞こえる鼓動にとらわれて、赤色の魄達が登っていく。俺達だけが取り残されていく。
 俺は拳を握るだけ。小さい子の姿を相手にどうすればいい。
 あざ笑られようと。夏奈がすがろうと。

「さあ、我慢せずに龍となりな。そして私に血をひと啜りだけ恵んでおくれ。肝から流れる新鮮な赤い血を」
「ふざけんな! 哲人助けろ!」

 もっと怒れよ俺。小さな女の子に飛びかかりぶん殴れよ。こいつは人ではないだろ。……でも人の魄だ。人の魂だ。

「私は松本を見誤った。辺りかまわず怒気を発散すると思っていた」
 背後から折坂さんの声がした。
「お前では勝てない。つまり誰も、ここでこいつに勝てない」

 俺の前に浮かび日本刀を構えなおす折坂さんの背は裂かれていて、黒い血が流れていた。

「白虎に背を向けたからだ。私は人の目に見える忌むべき異形。冥界でも疎んじられ、その力を発揮できない。……いいか。いよいよ龍の争奪戦だ。華やかな桜井は、麗しきドロシーのものだ」
 折坂さんが幼い子へと向かう。「次が最終電車だ。乗り遅れるな」

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臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗……

 天上からのビートが急激に弱まりだした。下層から赤色の魄達が懸命に登ってくる。

「龍を置いていけ! さもないと今夜取り返しに向かう」
 暴雪の狂乱じみた声がした。

「捨て身? へへへ」
 幼女の笑い声がした。

「うおおおおお」

 獣人の咆哮がコバルトブルーを震わす。折坂さんが鬼の面相で夏奈へと抱きつく。

「死にな」
 女の子の爪が伸び、いずれもがその背に刺さる。

 それでも俺は動けない。黄品雨の魂をやさしく受けとめた藤川匠……。

「それでいい。見直した。私が認める二人目の人だ」
 折坂さんが温和な顔で振り返る。夏奈を俺へと投げる。
「私は宮司を置いて死なぬ。心配無用」

 そんな声は聞こえぬように、夏奈は俺にしがみつく。
「何度もごめん。行こう」

「……ああ」
 だから魄の群れに飛びこむ。
「折坂さん、待ってます」

「臨影闘死皆陰烈在暗」
「臨影闘死皆陰烈在暗」
「臨影闘死皆陰烈在暗」

 無機質に唱える魄達の捕囚のように、二人は天へ向かう。そいつらをコバルトブルーに照らしながら、夏奈が目を閉じて顔をあげてくる。

「怖かった。また安心させて」

 おおきな瞳と豊かな感情。突拍子もない行動力に引きずられることを夢見たけど、今こそが告げるときだ。

「もう夏奈とはキスできない。だけど最後まで守る」




次章「4.7-tune」
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