祭囃子が聞こえてきたぜ

文字数 3,263文字

4.90-tune


 人を喰いたい。人を喰いたい。人を喰い殺したい。
 たらふくになるほど人間を喰らいたい。そのために俺はこの世に現れた。力をもって生まれた。

 なのに弱かった。明の時代よりもたやすく殺された。松本哲人にやられた。
 なぜ、ただの人間に?
 俺様は闇に潜みながら考察する。火伏せの護符と憤怒の気。あのチビの武器はそれだけじゃない。奴は狩りのために平然と異形へ変わる。巨大な俺様に、暗い空高くに、(おび)えようが(ひる)まない。狩るために祓いの者と群れる。人側についた異形を従える。
 松本哲人こそがハンターどものリーダーだ。剣を受け継ぐものだ。

 ならば松本哲人がこの世界から立ち去るまで潜もう。明晩復活など反故にして、しばらくここで過ごす。地上には、あいつも藤川匠もいなくなってから顔だせばいい。夏梓群も……化け物め。
 松本哲人はここにも現れた。そんな怪物が、つぎは正真正銘の化け物を連れてくるかもしれない。飼いならされた魔女は人への憎しみを飲みこみ、冥界でおとなしくする俺らまで狩りそうだ。憂さばらしに。

 あり得る話だ。松本哲人なら、異形となった夏梓群を引き連れてあの獣人の救出にくるかもな。
 ここは混沌が整理整頓された地。望むものとすぐに出会える。奴らが俺を倒すことに心が向かえば出遭ってしまう。逃げきれない。あの二人に勝てるはずない。
 ここで死んだらどうなる? 消滅せぬ代わりに闇と同化して八百年は復活できない。まだ封じられるのがましだ。
 地上に出たらどうなる? 人を食える。だが松本には有能な猟犬がいる。早々に化け物カップルのご登場だ。昨夜はあの二人が離れてくれた。そんな僥倖は続かない。つまり俺様は英語で言えばジエンド。

 だったら奴らの真似をしろ。俺も強くなればいい。成長って奴だ。
 そのために桜井夏奈を喰らう。龍が龍の肝を喰う。
 間違いなく松本哲人と夏梓群が傍らにいるだろうな。それどころか桜井を餌にして俺を誘いだしそうだ。松本哲人の脳みそにしょっちゅう浮かんでは消える策。
 ……人間に蛇が惚れた。千年に一度ほどの奇跡の飛び蛇。あれが人へ全面的に従うなんて、あり得ないことを起こすのが松本哲人だ。ふたつの花咲き誇る夏を掌中にしているし。
 そっちはまだ分からないけどな。藤川匠が赦すはずない。現段階での剣の継承者が。
 
ゲヒ、ゲヒヒヒヒ

 思いついたぜ。蒼龍の復活を待てばいい。連中は雌龍を倒すしかない。でもあの二人は阻止しようとする。混乱が生じる。その隙に、俺様が弱ったフロレ・エスタスの肝を喰らう。二体の龍の力が持つ俺様ならば、魔女にも勝てる……はずない。
 だけど混乱が待っている。あの二人の意志が別れるかもしれない。『守る』と『倒す』に離れるかもしれない。
 一人だけの夏梓群ならば、心を責めればたやすく倒せる。それから桜井夏奈を食べよう。そして憤怒あふれる松本哲人を殺す。なおも負けるかもしれないけど、それだけは実践する。俺様にだって矜持がある。有史以来最悪の龍らしいからな。

 とてつもない希望的観測。真逆に進む可能性のが高い。だけど俺様はあがく。俺は成敗されるために復活したわけでないよな。ましてや、奴らの導きの梯子(はしご)のために。

 どうせ今夜始まるだろう。俺は満月の夜に殺されることあれ、その夜のうちによみがえる。
 そりゃ完全なる白銀を喰らえばそうはいかないけど、それでも今夜なら消滅せず、次の満月を待たずに完全復活する。異形になった夏梓群の攻撃が直撃してもだ。松本哲人に握り殺されない限り、強者に食い殺されない限り、消滅せずここにたたずむ。臨機応変に死んでもいい。

 傷を負おうがもはや構わない。治癒するために、たっぷり人を喰おう。ゲヒヒヒヒ

 ***

 大和獣人がいなければ松本哲人を倒せた。麗しき雌龍とここで契りを交わせたはずだ。無理やりだろうと。
 折坂に報復したいのに見つけられない。地上には戻ってないはずだが。あの程度の傷だけで済まさない。次こそ食い殺す。
 私の標的は増えるばかりだ。王思玲。松本哲人。夏梓群。イウンヒョク。私を食べた手負いの獣人。この国の女陰陽士。折坂。
 黒乱と小柄なコカトリス、大燕と小鬼はなおも赦してやる。私は弱い者いじめをしない。

 もう一体邪魔者がいたな。魄に乗った醜悪な魂。
 私は覚えている。あの時の先生は香港に注目していた。状況によっては、私を連れて加勢に向かうつもりだった。榊冬華を抹殺するために。
 あの魂と魄はそいつだ。惨めに長い時間を漂い、執念深く時を待っていた。おそらくそれは今なのだろう。
 知ったことではない。私は任務を果たすだけ。標的どもを抹殺し、雌龍を妻にする。……青い東洋の龍。もしくは赤い西洋の龍。どちらが具現してもよい。華やかであるのに違いないのだから。

 地上はそろそろ満月に照らされる。不二の樹海でそれを浴びようか。傷を負ったこの体も、すぐに回復する。陽が沈むなりだ。
 さらには月の力を授かる。松本哲人が龍と組もうと夏梓群と組もうが負けるはずない。あの森の凶悪な木霊達は私の味方になる。王思玲が現れようものなら、私が手をくだすまでもなく木霊に食われる。

 霊峰を穢すことを、先生は認められないだろう。だが先生の心に屈服した私が、おのれを失い荒れ狂うはずない。そつなく冷静に、授かった任務をようやく果たすだけだ。
 邪魔する魔道士は端から殺す。奴らは異形の敵であり、先生の意志を邪魔する邪だ。それを阻止するならば、老い先短い先生だろうと赦さない。私は四神獣でもっとも勇ましき白虎だ。白き毛皮に夜の光を浴びれば、何よりも力を持つ獣だ。

 今宵なら龍も私に服従する。中秋の満月に、白虎に勝るものはいない。鳳凰以外には。……夜さえも紅き陽で照らす不死鳥。何よりも絢爛なる慈しみの(おおとり)。そんな鳥はつがい相手を求めて、はるか昔に去った。

猛虎一声山月高

 そろそろ向かおうか。月よ私を照らしてくれ。

 ***

「俺が首を差しだすな、俺のせいにして影添大社に戻るべきだな、キューキュー」
「もう遅いよ。台輔だけ帰りな。式神を解く」
「俺が認めないと勝手に解消できないな。京様は他に頼れる式神がないな」
「じゃあ一緒に行くしかないね」
「怖いな、怖いな、やめるべきだな。京様はイクワルに乗っ取られたときに、すりこまれたかもしれね」
「主を『陰謀論動画見すぎて洗脳され人間』みたいに言うな……大丈夫。私にはこの杖がある。向けるだけで人を異形にする。異形を人に変える。誰も恐れて近寄らない……」
「京様も気づいているな。異形になっても平気なのが一人いるな。しかもとてつもなく強くなりそうだキュー」
「あいつは人のままでも怖いよ。……演習場が見えてきた。駐屯地のどこかにあるはず」
「俺は京様に従うけど、土に潜れて空を跳ねる最強戦車になれるかな? あり得ないな、キュキュキュ」
「この杖で封印すればある。そしたら急ごう。あの二人を倒すために現れた人のもとへ」
「桃子さんと鶏子とは戦いたくないな、キューキュー」

 ***

 満月の樹海を決着の地に指名されるとは思わなかった。
 大地の怒りを何度も受けた若い森。奴らはすべてを憎しみ飢えている。空に逃げられぬものは食い殺される。破邪の剣を輝かせられる者以外は。

 共倒れが目に見える。こんな森で果たし合いなどできるものか。どうせ松本の嫌がらせだろう。
 細かい場所まで指定しなくてよかった。デニーどもが現れたのは私を囲むため。それを口実に早々と立ち去り、虐殺を始めさせよう。

 以前の私ならばそうしたはずだ。なのに逃れられない。ここで死のうが立ち去りたくない。
 思玲でも松本でもない。私は誰かを待っている……

「魄?」峻計は闇へ怪訝な目を向ける。「魂?」

「その両方だよ」
 時代遅れの服装の女の子が笑う。

 幾重にも分岐した洞窟の奥深く。光はない。こんなところに人の子が、もちろん現れるはずない。

「峻計さんは私と組むべきだ」
 悪霊のごとき邪悪な存在が、幼女の姿でまた笑う。




次回「神輿を担ぐものども」
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