十八の二 合流手前

文字数 3,675文字

「司祭長って誰?」大蔵司がダイレクトに聞く。

「誰それ? ははは」夏奈は笑うだけだった。「着替えたいから松本君はあっちを向いていて。異形でも、ははは」

「馬鹿笑いするな。お前が目をひん剥いて――」

「王姐、その話題はやめよう」
 ドロシーが誰にも顔を向けずに言った。「なんだか不快になる。ご飯を買おう」

 *

 ドロシーは人がいる店も不快で入れないそうだ。
 懇願されて、思玲と俺(おにぎり選択のアドバイス要員)がコンビニで買いだしをする。情緒不安定ぽい夏奈は車でおとなしくさせておく。

「この二人だけにするべきでないよね」

 大蔵司も車内に残る。あっという間にそんな関係になってしまった夏奈とドロシー。

「青龍の資質が目覚めた」
 二人きりになるなり思玲が言う。「ゆえにこっちの世界にいる」

 異形の俺が見える夏奈。すべてを受けているような夏奈。うれしくない。遠ざかっている。

「龍で思いだした。白虎の存在を忘れていたが、哲人と二人だけで動くのは危険かもしれぬ。なので私は一人きりで用を足す」

 思玲がトイレに向かう。俺は覚えていたけど、気にしていたら引きこもるしかない。敵は貪や峻計もいる。そもそも俺の頭は白虎よりも夏奈。あの三人はトイレ行かずに大丈夫かなんて気にはする。あとはノンストップで帰りたい。


「俺は死者の書を見ました。そしてもう一度だけ見ないとならない」
 出てきた思玲へ告げる。「その時は一緒に読んでほしい」

「日本語が記されていたのか?」
 思玲が心の声で返す。

「はい」
「怖い書だな。いまちょっと見せろ」
 洗ってない手を突きだしてくる。

「なんのためですか?」
「いいから寄こせ」

 ……こいつも川田と同じだ。受け取るなり破ってゴミ箱に捨てるつもりだ。それこそが正しい行為。でも、

「俺はゼ・カン・ユとその下僕(しもべ)を知らないとならない。……司祭長も知るべきかもしれない。それが済んだら死者の書は思玲に渡します」

 思玲はきつくてきれいすぎる顔で、店員の目に見えない俺をにらんでいたけど、

「ドロシーがサンドイッチとチョコレートとフルーツ、桜井と京がおにぎり各二個だったな。私は水だけでいい。ドロシーは食いすぎだ、どれかひとつにする」
 パントマイムをやめて店の奥へと進む。
「今夜、二人きりでこっそり見よう。私も聞きたいことがある。邪魔だから先に車へ戻っていろ」

 自動ドアに体重を乗せられない俺へと言う。

 *

 ドロシーは茂みで用を足したらしい。妖怪だろうとちょっともやもやしてしまった。
 大型四駆は再び空へ戻る。会話は少ない。というか、みんな寝ている。日本のサンドイッチは添加物臭いと不満げだったドロシーも居眠り運転だ。
 琥珀と九郎が窓の外に見える。異形だけが起きている。女子達を守っている。

『哲人は寝てないよね。あと三時間ぐらいであのゴルフ場に到着だよ』
 風軍がスピーカーで教えてくれる。

 混沌だったゴルフ場。でも、ひとつの区切りだった場所。あそこまで生き延びた土壁は俺に消された。これから、どんどんじわじわ変わっていくだろう――減っていくだろう。

「そこから俺の部屋まで一時間ぐらいだから思玲に運転してもらおう(右ハンドルに慣れてなくても一番まともだ)。……封印されるってどんななの?」
『自分の力だけじゃないみたい。楽だね。ずっとこのままでもいいかも』
「はは。自力で抜けだすことはできないんだ」
『できなそう』

「二人とも静かにしよう。私、寝ないと機嫌が悪くなる」
 大蔵司がすでに不機嫌なトーンで会話に割りこんだ。
「風軍は色々と話しちゃ駄目だからな。この術は影添大社の機密だから、処分しなくちゃならなくなる。おやすみ」

 ……異形の身だと、大蔵司を怖く感じる。思玲がかわいく感じるように。

『怖いね。本気で怒った主様みたい』
 風軍も同感のようで小声で言う。『それより思玲がおいしそうだよね。哲人はよく我慢できるね』

 とんでもないことを言いやがるが、そっちも微妙に同意見だ。

「襲うなよ」
『当たり前だよ。一対一じゃ勝てないし』
「……風軍は誰が一番強いと思う」
『そりゃ日本人――』
「静かにしろと言っているだろ!」

 陰陽士がキレて、彼女以外の目が完全に覚めてしまう。でもみんな静かなままだ。
 ……夏奈も黙ったまま。俺と目を合わせない。俺も話しかけない。憶測と猜疑心しかない今は、一年ぐらい前のように距離が開いたままの二人でいるべきだ。

「はやくここから出たい。結界を破壊したい」
 ドロシーがルームミラーを見ながら苛立った声をだす。

 ***

「そうだ。瑞希に連絡してないや」
 大蔵司はいきなり目を覚ます。左手に現れたスマホを操作しだす。

「京は何をどれだけ隠し持っている? ちなみに私は頑張っても二個までだ。しかも希望のものを手にだせる確率は二分の一だ。それはジョークだが、そもそも隠し持つのは好きでない」

「王姐にも苦手があるんですね。私は三つまで管理できる。それ以上だとなくなっちゃう」
 こういう話になるとドロシーは食いつく。俺は部外者になる。

「ドロシーはかわいいから特別に教えてあげる。手の指に紐づけて管理すればいい。右手の親指はライター、左手の中指はスマホって感じに。……そして大事なものは手のひらに関連付ける。右手のひらは神楽鈴。左手のひらは――秘密」

「マジでチンプンカンプンだ。つまり十二個も隠し持てるのか?」

「だね。さすがに混乱するから現実には五六個ぐらいだけど。――ドロシーちゃんにやり方を夜に部屋で教えてあげる。瑞希は冷たいから、これからは香港ガール推し。……血がたぎってきたら太ももの傷も治せるしね」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「松本君、この二人を仲良くさせないほうがいいよ」

 夏奈がいきなり言うので、車内の会話がとまる。

「でも松本君と仲良くなるよりはマシか。ははは」

 みんなは静まったままだ。記憶消しの術のおかげで、逆に古すぎる記憶が戻ったような夏奈は不気味すぎる。
 運転席のドロシーは振りかえらない。ルームミラー越しでも目は合わない。

 *

 大蔵司が横根とかわしたメッセージによると、彼女と川田とドーンは俺の部屋で待機したままだった。

「掃除はしたけど、ユニットバスのドアは直せないだってさ」
「あれは無理」

 フサフサに壊されたのだから俺に文句などない。感謝しかない……人であった姿を思いだすと涙がでそう。
 空飛ぶ車が再び急降下を始める。

「コースじゃなくて駐車場に降りなよ」
 感傷に浸らない。冷淡に先だけを考えろ。

「任せて、へへへ」

 久々にドロシーと言葉を交わす。夏奈が不快な顔をする。
 俺は懐から忌むべき杖をだす。……俺の黒い血はかすれ再び青色……。慌てて仕舞いなおす。

「左右の旋回はハンドルで操作しているとして、上下の移動は風軍に任せているのか?」
 思玲の問いに、

「私がしている。ハンドルを引っ張れば上昇で、押し込めば下降」
 体重を乗せるぐらいハンドルを押しながらドロシーが答える。

 駐車場は意外に車が停まっていて、見つかったり巻き添えにしたりの恐れがあるので、どこかの大学のグラウンドに着陸する。

「ようやくだ」
 ドロシーが窓を開けるなり「噠!」

 結界を破壊されむき出しで車道まで走る。時速70キロメートル。ちょっと飛ばし過ぎ。

「アクセル折れるほど踏んでいるのにスピードが出ない。風軍を封印しているせいかな」
「そもそもそこまで踏むな。私が代わる」

 運転席に思玲が座る。助手席で大蔵司がスマホでナビをする。俺は後部座席の真ん中で、夏奈とドロシーに挟まれる。このシチュエーションを夢想したこともあったけど、いまは息が詰まる。これからどうなるのだろう。

 本人が言ったように、夏奈はまだ俺達から離れる意志はないようだ。貪や峻計が藤川匠のもとにいる限りは。
 その後も――俺やドーンはともかく――横根を置いて去ると思えない。でも何が起きるかなんてわからない。それこそ横根を連れていくかもしれない。
 もちろん川田達三人と合流する。誰よりも俺が望んでいる。

「風軍は陸を走っても平気なの?」ドロシーの問いに。
『僕は動かしてない。ちょっと楽しい』
「だがガソリンが目に見えて減っていく」思玲が言う。
「ほんとだ! じゃあ封印を解除しよう」大蔵司は節約的だ。
「いや。このまま行く。給油したいが金を貸してくれるか?」
「俺が持っているよ」

 なんかの報酬のごく一部であった金を懐からだして渡す。残りの金は大蔵司の車ごと白虎に燃やされた。あれは影添大社に再請求できるだろうか。
 ガソリンスタンドで夏奈がトイレを借りる。大蔵司がついていく。

「このまま二人を置き去りにすべきかも」
 三人だけになった車内でドロシーが言う。「そうもいかないけどね、へへ」

「桜井は混乱している。それにお前も付き合うな」
 思玲が振り向いて言う。「出来ないならば、ここで風軍とともに帰れ」

「残るに決まっている。……だから王姐には従う」

 ドロシーはそう言って俺の手を強く握る。
 夏奈がいないってだけで握り返してしまう。




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