二十九の二 座敷わらしとコザクラインコ

文字数 2,154文字

「松本君が消えちゃった」横根が座りこんでいる。

 俺は宙に浮かびあがり、木札を取りだす。両面の呪文の文字が蘇っている。
 さっそく怒りまくっている。人の姿の化けカラスに。

「松本君は復活したよ! 瑞希ちゃんありがとう!」
 桜井の歓喜で結界が充満する。
「鬼、ぼさっとしないで人間と座敷わらしを守れ! つつくぞ!」

 桜井が黄玉に命令しながら、結界の狭い空をびゅんびゅんと飛びまわる。たまにぶつかり、はじき返される。

「さすがにあんたに従う筋合いはないだろ。あいつを裏切れるわけないしな。難しい言葉を使えば中立って奴だ」

 鬼は日和見している。
 それよりあいつはどこだ? 見わたしても見あたらない。

「気をつけて。カラス女は結界に張りついて身を隠している。黒い光が急に飛んでくるから、これでもかって注意して」

 桜井が飛びながら言う。護符が復活したのに結界は消えないのか。完全に閉じこめられてないからか。

「来るよ!」

 桜井が叫ぶ。言われるそばから、なにもない空に黒い光が現れる。俺へと向かってくる――。まただ。避けると横根に当たる。俺は護符をかかげる。申し訳ないけど、本旨をはずれて頑張ってもらうしかない。
 浄化されたてだ。木札は黒い光を受けとめるが、持ち手は小さき妖怪だ。俺と一緒に端かれて横根が悲鳴をあげる。肘をさする彼女の胸もとに木札を押しつける……。珊瑚までけがされるかも。海神の玉には頼らない。

「松本、上だ!」川田が吠える。
「そこね!」桜井も吠える。

 黒い光が一直線に降ってくる。……またも横根が狙いだ。手を伸ばし、彼女の頭上で受けとめる。衝撃で腕が後ろに折れそうだ。
 お天狗さん、横根を守れ!
 右手を添えて打ち返すと、黒い光は結界に当たり消えていった。

「くそっ」と、上空から峻計が落ちてきた。両足できれいに着地して、上空へと身がまえる。飛びまわる青い小鳥を目で追っている。……護符は発動している。今しかない!
 俺はあいつの背後に飛びつく。その首筋へと護符を押しつける。
 流範の魂を思いだす。

「ふざけるな!」

 即座にはらいのけられる。峻計はおのれの首へと黒羽扇をかざす。かまえなおし、残った手で首の後ろをほぐす。
「十二磈あたりと一緒にするな。私をなめすぎだ」

 逡巡してしまった。
 俺へと扇を向けた峻計が、小鳥に吹っ飛ばされる。

「結界を開けて、瑞希ちゃんを開放しろ」

 桜井があいつの頭上に浮かぶ。カラスにつつかれまくった面影など、もはやない。太陽に照らされた校庭よりも、闇に閉ざされた屋上が俺達のホームってことだ。

「それと四玉を返せ」俺が付け足す。

「箱を取られたの!」
 人間の桜井だったら目をまん丸にしていそうだ。

「……よく分かったよ。青龍をあしらうのは、老祖師でないと無理のようだね」
 あいつが立ちあがる。
「だったら、そこそこの術を繰りだしてやる。青龍になるものならば生きのびな。――我、とこしえの闇を求むる者なり……」

 あいつが呪文を唱えはじめる。峻計も闇が本拠の異形だった。妖悪な気配があふれだす。結界の中の空気が変わる。

「峻計さん、やめてくれ」

 鬼が怯える。俺の手の中でも、はやく逃げろと木札が訴える。あいつのまわりに黒い光がよどみのように集まりだす。あいつはなおも呪文を続ける。

「ヤバそう。瑞希ちゃんだけでも逃がそう!」桜井が俺のもとへ飛んでくる。

「ま、任せた。俺は四玉を奪いとる!」

 俺は峻計へと向かう。あいつは術に集中している。俺達以外の誰もが見入られるほどに。とにかく木札を押しつけるだけだ。

「あいつ、さっきまでと違うよ」

 人である桜井が俺の横を駆ける。横根と一緒に逃げろって。……俺も人として、彼女の横を駆けていると感じられる。ならば二人で――

「……その螺旋は死と滅を望むものなり! 飲みこみな!」

 はやっ、あいつが呪文を終えた。邪悪な笑みを浮かべて黒羽扇をかかげる。あいつの頭上で、黒いよどみが巨大な渦を巻きはじめた。扇を俺達に向ける。黒い渦も俺達へと顔を向ける。
 護符を当てるどころではない。あいつに背を向け逃げようとするが、暗黒に吸いよせられる。必死に飛びながら振り返く。渦の中心にひとつ目が見える。あんなのに吸われたら瞬時に消え去る。すぐ横でもがくように飛ぶ小鳥を守るため、妖怪としての力が発動する。そんなの今さらだ。

「護りの術……」峻計の笑みがとぎれた。

 あいつが扇を上空へとかざす。黒い渦も上へと顔を向ける。俺達を吸いこもうとする力が消える。桜井ともども勢いあまって結界まで飛んでいき、はじき返されて地面に落ちる。
 俺も気配を感じとる。これは術だ。とてつもないから分かる。どこからか風を切る音が聞こえる。あいつは鬼のもとへと駆けていく。

バキバキ、バキバキバキッ

 落雷のごとき音とともに結界が崩れ落ちた。黒い渦が、またたく間にかき消される。風がすさぶり、屋上の中心へとなにかが落ちる。……褐色がごうごうと術を渦巻く。この術の力は強すぎて、まともに直視できない。

 術の竜巻がおさまっていく。大きな剣を下へとかかげた男性が片膝を地につけていた。渦に舞っていた緋色の布が男の肩に降りる。
 男が顔をあげる。剣を大きくはらう。鋼色の光が屋上を覆うほどに特大な輪となり向かってきた。




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